家族でお出かけ~ヴォジャノーイ王国後編~
「ひ……姫様がくつろげるように部屋を用意しておきました。明るいうちに魔王様の墓前へ……墓前……へ……」
王様が、じいじの顔色を窺いながら案内してくれている。
うわあ……
どこを見ても金ピカだ。
目のチカチカが止まらない。
いつか現れる魔王の娘のわたしが暮らしやすいように、かなり前から準備してくれていたらしいけど……
「悪趣味な奴め」
じいじ!?
甥っ子とはいえ王様だから!
王様……
怒って処刑とか言わないよね?
「……ごめんなさい」
王様が謝った!?
下げた頭を上げられない。
じいじは怖がられているんだね……
王様がやっと頭を上げると、目が合ったママと何とも言えない表情で頷き合った?
その一瞬で全てを察した。
あぁ……
ママも王様も、じいじの事が怖いんだ……
城から少し離れた場所にあるお墓まで、皆で馬車に乗って移動する。
馬車と言っても魔法石で動くから馬は必要ない。
代わりに金でできたピカピカの馬がつけられている。
車輪はあるけど回らないから、揺れずにすごく快適だ。
大きな門をくぐり抜けると美しい庭園が広がっている。
お墓は庭園の奥にあるらしい。
色とりどりの花、整備された石畳。
手入れが行き届いているのが一目で分かる。
しばらく進むと、大きな墓石が見えてくる。
馬車から降りて墓石の前に立ち、見上げると……
うわぁ……
すごく大きくて立派な墓石だ。
「……王様、ありがとう。お父さんのお墓……本当にありがとう」
わたしの言葉に王様が涙ぐむ。
あぁ……
わたしも涙が止まらないよ。
亡くなってだいぶ経つのに、こんなに大切にしてもらっているなんて。
お父さん……
わたし嬉しいよ。
お父さんは異世界でこんなにも愛されていたんだね。
……え?
墓石の奥を見ると、見た事のある景色が広がっている?
あれは……
おばあちゃんの家?
おばあちゃんとわたしが暮らしていた群馬の家だ!
どうして、ここに……?
突然の事で呆然とするわたしに、じいじが優しく話し始める。
「魔王様が育った家を再現したのだ。魔王様は、もう元の世界に帰れないという現実に耐えられなくて……せめて家だけでも……と」
お父さん……
帰りたかったんだね。
辛かったんだね。
涙が止まらないわたしを、じいじが優しく抱きしめる。
話してくれたじいじも辛そうだ……
少し落ち着くとじいじと家の縁側に座る。
こうしていると群馬に戻ってきたみたいだ。
でも……
もう群馬には戻りたくないよ。
この世界の家族の温かさを知った今のわたしにはひとりぼっちの孤独は耐えられない……
誰もいない家に戻るなんて嫌だよ。
じいじとパパとママと別れるなんて嫌だよ。
「魔王様はいつも、お母上とルゥの事を想っていた。ここに座り、外の景色を見ながらルゥはどれくらい大きくなったかと寂しそうに話して……」
わたしはお父さんに愛されていた……
じいじはそれを伝えたいんだね。
家の縁側でボーっと景色を眺める。
不思議だな。
家は前世の時と全く同じなのに、ここから見える景色は異世界で……
お父さんのお墓も見えて……
お父さんがこの異世界に来た頃は、前魔王が亡くなったばかりでたくさんの種族が自分達の従っている王を魔王にしたくて争っていたらしい。
お父さん……
苦労したんだろうな……
いつの間にかパパとママがわたしの両隣りに座っている。
じいじはどこかに行ったのかな?
パパとママが涙ぐんでいるわたしを心配そうに見つめている。
「ルゥ、パン食べるぅ?」
家で焼いたパンをバスケットから出そうと、パパが蓋を開けると……
バサバサッ
……え?
何かがバスケットから飛び出してきた?
あ……
ピーちゃんだ。
バスケットの中に隠れていたピーちゃんがわたしの肩にとまった。
狭い所に入っていたから、翼を広げて伸びをしている。
付いて来ちゃったんだ。
でもハーピー族長と連絡を取り合う為に島にいるんだから、隠れて付いて来なくてもいいんじゃないかな?
いつも隠れていたから隠れる癖がついちゃったとか?
ピーちゃんはスズメくらい小さかったけど、今ではカラスくらいの大きさになった。
ママは、連絡用の鳥が大きくなったり話をしたりするなんて聞いた事がないって不思議がっているみたい。
「こら、お前はまた勝手に! ルゥの肩に乗るな! なんで付いて来ているんだよ?」
ママが怒っているけどピーちゃんは全然気にしていないね。
言葉が通じていないのかな?
「それにしても、でかくなったな。今度ハーピー族長に会いに行くから鳥も連れて行くか」
ピーちゃんが、あきらかに嫌そうな顔をしている?
本当は言葉を理解しているの?
勝手にわたしに会っていた事を族長に怒られるのが嫌で何も分からない振りをしているとか?
「そうだ、ルゥも一緒に来るか? 族長も会いたがっていたし」
ママが嬉しそうに話しているね。
ハーピー族長か。
確かお年寄りだからハーピー族の島から出られないんだっけ。
あれ?
でも、魔族って皆若い容姿だったような?
かなり昔に生まれたっていうウェアウルフ族も若く見えたし。
うーん……?
種族によって違うのかな?
「うん。行きたい」
わたしの髪をママが優しく撫でてくれる。
羽毛が温かくて気持ちいいな……
「えぇ? じゃあ、オーク族長にも会いに行こうよぉ。今の時期ならぁ赤ん坊がぁいっぱいいてぇかわいいよぉ?」
オーク族?
パパ以外のオーク族には会った事がないんだよね。
赤ちゃんがいっぱい……か。
そういえばパパの赤ちゃんの姿はすごくかわいかったなぁ。
「うん。オーク族にも会うのが楽しみだよ」
パパが泣き疲れたわたしを優しく抱きしめる。
温かい。
心臓の音が心地いい。
パパが生きていてくれて本当に良かった。
縁側でこんな風にくつろいでいると群馬にいるみたいだ。
静かな庭園に虫の声だけが聞こえる。
西洋みたいな庭園におばあちゃんとわたしの家がポツンとあるのは違和感しかないけど……
時々、群馬での暮らしは夢だったんじゃないかって思う事もあったんだよね。
でも、お父さんの事を聞いたりこの家を見たらやっぱり現実だったんだ……って。
おばあちゃんの最期のあの姿も……
全部現実だったんだ……
「もう少し、しっかりして欲しいものだ」
あれ?
誰かが怒られている?
少し離れた所で王様がじいじに怒られているみたいだ。
うわあ……
王様が泣きそうになっている。
何かあったのかな?
じいじは優しいけど剣術とか魔術とかの鍛錬の時には厳しかったんだよね。
でも、それはわたしの為だったから。
きっと今も王様の為に怒っているはず……だよね?
じいじは怒っている時も冷静だから、凄みがあるんだ。
そういえばママが、じいじにだけは逆らわないって言っていたよね。
今まではそんな事を言っていなかったのに……
何か怖い思いでもしたのかな?
しばらくして王宮に戻ると大きな部屋に豪華な食事が用意されている。
うわあ!
すごい!
見た事がない海産物ばかり!
おいしそう。
ヴォジャノーイ族は肉食だけどテーブルにあるのは海産物と野菜と果物だけ?
わたしに気を遣ってくれたのかな?
じいじとママはお酒を呑みながらくつろいでいる。
わたしとパパは初めて見る食べ物に興味津々。
何から食べようかな?
「ギィヤアー! ギャアー!」
……?
誰かの悲鳴?
まさかメインディッシュの為に何かを殺……
何の生き物なんだろう?
すごい声だよ。
「な、何の声ぇ? 怖いよぉ」
パパが震え始めたけど……
今まで聞いた事がないくらい激しい悲鳴だからわたしも怖いよ。
ドドドド
何かが集団で走って来る音が聞こえるけど……
何?
食べられるのが嫌で逃げて来たとか?
何の生き物なんだろう?
まさか人間……?
音が聞こえる扉の方を恐る恐る見てみると……
え!?
あれは何!?
大根みたいな生き物が数匹、扉から入って来た!?
手足が生えているの?
目と口もある。
これが叫んでいたの?
「マンドラゴラか」
じいじがその生き物を見ながら呟いた?
マンドラゴラ?
聞いた事がある。
確か土から引き抜く時にすごい悲鳴をあげるって。
まさか走れる足があるなんて……
「待て! 姫様の食材ー!!」
慌ててヴォジャノーイ族の料理人が部屋に入って来たけど……
ん?
魔族だから料理人は変かな?
って……
わたしの食材っ!?
こんな姿を見たらもう食べられないかも……
あ……
マンドラゴラがじいじの足元に逃げ込んだね。
「ギャアー!」
じいじの顔を見たマンドラゴラが悲鳴をあげて倒れた!?
え?
何が起きたの?
あ……
王様とママが同情する目でマンドラゴラを見ている。
なるほど。
じいじの事が怖くて気絶したのか……
料理人達が、他にも逃げて来ていたマンドラゴラを捕まえて厨房に戻ったね。
あの子達……
食卓に並ぶのか……
パパの顔を見ると恐怖でいつも以上に緑色になっていた。




