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パパのキャンディ(3)

 あれ?

 静かにベリアルが帰って来た。

 どうしたのかな?

 元気がないみたい。

 

「……オレ、食われないように気をつける」


 え?

 ベリアルは何かを見ちゃったんだね。


「ベリアル……パパが怖くなっちゃった?」


「……」


 無言だ。

 ショックだったんだね。

 わたしも、パパ達が肉を食べるところは見ないようにしているし……

 魔族だから肉を食べるのは当然の事なんだ。

 魔族は人間を食べる事もある。

 だから、パパ達は肉を食べる姿をわたしには絶対に見せないんだ。

 それは、わたし達が家族でいる為には必要な事なんだと思う。

 お互いの為なんだ。

 肉を食べないで欲しいなんていう、わたしの価値観をパパ達に押し付けるのは絶対にダメだよ。  

 赤ちゃんの時にわたしを肉食にする事もできたはずなのに、そうしなかったパパ達には本当に感謝している。

 パパ達は、いつもわたしを大切に想ってくれているんだ。


「ベリアルはパパが嫌いになった?」


「そんな事はないけど……だってオレが見てなかっただけで、オークは毎日肉を食べてたんだし……でも、頭では分かってても実際見たら怖くて……」


 やっぱり見ちゃったんだね。


「パパもベリアルが大好きだから、ベリアルがパパを見て怖がったら悲しいと思うよ。今まで通りにできそうかな?」


 さすがに無理かな?


「……できないと思う。でも、オークの事を好きな気持ちは変わらないんだ。ハデス、頼む。オレの、この五分間の記憶を消してくれ」


 え?

 そんな事ができるの?


「オークを怖がって傷つけたくないんだ。頼む」


「……分かった」


 ハデスの黒いモヤに包まれると、ベリアルが眠りにつく。


「ハデス……記憶を消しても大丈夫なのかな?」


「ああ……五分くらいなら問題ないだろう。わたし達が黙っていれば済む話だ」 


「……うん」


 ああ……

 わたしが自殺した時も、こんな感じだったんだろうな。

 時が戻る前に聞いた話と、後に聞いた話は違ったんだと思う。

 あまりに残酷で、耐えられなくて自殺したんだ。

 だから、時を戻してわたしが耐えられるような話をしてくれたんだ。

 生きているのが嫌になるくらいの話か……

 怖くて訊けないよ。

 もし訊いたとしても真実は話してもらえないだろうし。

 

「ルゥ? お茶を淹れようか。ココアがいいか?」

 

 ハデスが、考え込んでいるわたしを気遣っているのが伝わってくる。

 

「ココアがいいな。ハデスのココアは世界一おいしいから」


 ハデスが、少し寂しそうに笑うわたしの髪を撫でてくれる。


「ルゥ……わたしは……ルゥの為なら何でもできる。だが……わたしではルゥを幸せにはできないか?」


 ハデス?

 どうしたの?


「そんな事はないよ。わたしは、すごく幸せだよ?」


「……そうか。時々不安になるのだ。ルゥには違う幸せがあったのではないかと……」


「違う幸せ?」

 

「わたしよりも……もっとルゥを幸せにできる者がいるのかもしれないと思う時がある」


「そんな……わたしはハデスといる時が一番幸せだよ?」 


「……わたしは自分に自信がないのだ。いつも、ルゥの隣に立つのにふさわしいのかと考えてしまう」


「……わたし達は、似ているね」

 

 似ているからこんなに惹かれるのかな?


「似ている? ルゥはいつもキラキラと輝いている。だがわたしはそうではない……」

 

「わたしもいつも同じ事を考えているよ? わたしは心が弱いから、ハデスにはふさわしくないんだって。ハデスはいつでも強いから……でも、似ているところがあるんだよ?」


「似ているところ?」

 

「うん。わたしはハデスの事を誰にも取られたくないんだよ? ハデスは……違う?」


「ルゥ……そうだな。わたし達は似ている。わたしもルゥを独り占めしたい」


 ハデスが優しく抱きしめてくれる。

 

 ああ……

 温かい。

 幸せだよ。


 ハデスの顔が近づいてくる。

 ドキドキが速くなる。


「あれ? いつの間にか寝てたか? ん? お前ら何してるんだ?」


 ベリアルが目覚めた。

 本当に記憶は消されているのかな?

 それにしても……

 タイミングが悪過ぎるよ。

 これはまたハデスが怒りそうだね。


「ベリアル、眠りにつかせてやろうか? 永遠にな……」


 でたっ!

 永遠に!


「ちょ……ちょっと待て、永遠とかやめろ……朝と同じ……うわあぁ! オークはどこだ!? 助けてくれえぇ!」


 いつものベリアルだね。

 安心した。

 

 五分の消えた記憶か……

 耐えられないくらい辛い記憶なら……

 消した方が幸せなのかもしれないね。

 わたしも、真実を知らない方がいいのかもしれない。

 わたしを大切にしてくれている皆が隠している事には、そうしなければいけない理由があるはずだから……

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