嫉妬と魔王(1)
ハデスは今までは出かけている事が多かったけど、天使の姿に戻ってからは幸せの島にいる事が多くなった。
ずっと一緒にいられて嬉しいな。
でも、寂しくないのかな?
ヴォジャノーイ王国にも行けないし、お父さんの仕事の手伝いもできなくなっちゃったし。
「姫様、疲れましたか? 少し休憩しますか?」
一緒に散歩をしている魚族長が心配してくれる。
「大丈夫だよ? あのね、ハデスはずっと島にいて暇なんじゃないかと思って……」
「今までが忙し過ぎたのです。これからは、ずっと姫様のそばにいられると喜んでいらっしゃいました」
「え? そうなの?」
嬉しいな。
そんな風に思ってくれていたんだ。
「姫様……あの……余計な事かもしれませんが、ハデス様は冥界にはもう戻らないそうです。……ですが、そう簡単にはいかないはずです。どうか、気をつけてください。疲れきって追い詰められた冥界のケルベロスが襲ってくるかもしれません」
「そんなに疲れているの? かわいそうだよ……」
「姫様は優しいですね……だからこそ心配なのです」
「死の島の戦いみたいになったら嫌だな。あの時は辛かったよ……」
「そうですね。ですが、わたしも陸に上がれるようになりました。姫様を命がけで守れます」
「……ダメだよ? 命がけなんて絶対にダメだよ。魚族長は大切な家族なんだよ? そんな悲しい事を言わないで欲しいよ……」
「姫様……わたしも家族ですか?」
「もちろんだよ。魚族長は大切な家族だよ?」
「家族か……嬉しいです」
魚族長が寂しそうに微笑んでいる。
そういえば、魚族長は他の魚族とは少し違う感じがするけど……
なんとなく訊いたらいけない感じがするね。
「……!? 何だ!?」
魚族長が空を見上げる。
え?
何これ?
おじいちゃんが張ってくれた結界が振動している!?
「ルゥ!」
ハデスが慌てて家から出て来た。
「おい! 何だこれ!?」
パパとママとお兄ちゃんも外に出て来た。
パパに抱っこされているハーピーちゃんが空を見つめている。
「誰かが結界を壊そうとしているのでは……」
お兄ちゃんがハデスに尋ねているけど……
先代の神様が張った結界だよ?
その結界を壊せるのかな?
もしかして、冥界のケルベロス?
「月海!? これは……!?」
お父さんが魔王城から来てくれた。
「この気配は、魔族じゃなさそうだ」
お父さんが空を見上げて怖い顔をしている。
いつもはニコニコしているけど、こうしていると魔王に見えるね。
「お父さん、結界を壊されちゃうよ……おじいちゃんが張ってくれたのに」
「とりあえず、お父さんが幸せの島に防御膜を張るからね」
お父さんが右手を前に伸ばすと砂浜の砂が黒くなっていく。
え?
白い砂が黒くなった?
お父さんの魔力は何の力なの?
……怖い。
この世界に来てから一番怖いかもしれない。
身体が動かない。
お父さんから目を離せない。
目を離した瞬間にやられそうなくらいの殺気を感じる。
「ルゥ……大丈夫か? 魔王様の力に驚いただろう?」
ハデスが心配して抱き寄せてくれる。
「ハデス、この力は何?」
怖くて堪らないよ……
「闇の力だ」
「闇の力? わたしの知っている闇の力とは違うみたいだよ?」
「ウリエルが、この世界に転移して来た魔王様を魔王の座につかせる為に天界に封じられていた古代の闇の力を与えたのだ。この世界にも闇の力を使える者がいるが、それは闇の精霊に力を借りたり生まれながらに持っている力だ。魔王様の闇の力は、それらを遥かに凌駕している」
遥かに……?
今は粘土の身体だけど、前は大丈夫だったのかな?
古代の闇の力……
怖くて身体の震えが止まらない。
「わたしも天族だが闇に近い力を使っている。だが、これほどの力はない。さすがは魔王様だ」
ハデスもかなり強いけどね……
わたしも聖女だけど、闇の精霊と契約している。
でも、闇の力は危険だから契約しているだけで使う事は一度もなかった。
すごい……
お父さんの闇の防御膜で、幸せの島が薄暗くなった。




