第三地区(3)
「ベリアル……? わたしは今でも、充分幸せだよ?」
「いいか? これはハデスに言うな。ハデスは冥王だ。今はケルベロスがなんとか代わりをやってるけど、いつか冥界に連れ戻されるかもしれない。だから、そうならないようにできる事は早めにやっておくんだ。冥界の奴らにハデスの存在を気づかれる前に子を授かるんだ。そうすれば、奴らも無理矢理ハデスとルゥを引き離したりはしないだろう……たぶん……うーん……本当にそうか? うーん……」
ベリアルが難しい顔をしながら悩み始めたけど……
「ケルベロス? ケルベロス王の事?」
「違う。遥か昔この世界に追放されてきたケルベロス達が子を産んだ。その子孫が今のケルベロス族だな。冥界にいるケルベロスは、この世界のケルベロスとは違ってかなり強いぞ? 天界でも恐れられてるくらいだからな」
そうなんだ。
追放されたケルベロス達が子供を授かって、今のケルベロス族がいるんだね。
「冥界のケルベロスは疲れきってるからな。ハデスの存在に気づけば、すぐにでも連れ戻そうとするだろう」
「疲れきっている? どうして?」
「何千年もハデスの代理で冥王の仕事をしてるからな。目も当てられないくらい疲れ果ててたぞ。この前ウリエルに会いに天界に行った時、たまたま天界に来てたケルベロスを見かけたけどフラフラだった」
うわぁ……
大変そうだね……
「でも、お母様は冥界に戻らなくていいって言っていたよ?」
「天界と冥界は違うからな。……お前は強いから大丈夫だろうけど気をつけろ。ケルベロスはお前を消してハデスを連れて行くかもしれないぞ? とにかく疲れてるからな」
そんなに疲れているんだ。
かわいそうに……
……あれ?
今、わたしを消すって言った?
「オレから聞いたって言うなよ。ハデスは怖いからな」
ベリアル……
本当に優しいね。
いつもさりげなく助けてくれる。
「ベリアル……?」
「なんだよ?」
「……いつもありがとう」
「は……? なっ……いや、お前の為じゃないぞ? あれだ。あの……お前の、ばあちゃんに世話になるから仕方なく教えてやったんだ。勘違いするなよ?」
「うん……ありがとう」
本当に素直じゃないな。
誰が見たって優しいのに。
「なんだ。ヒヨコはかわいいなぁ。照れ屋さんか……あははは」
「ほら、ヒヨコはわたあめは好きか?」
「キャラメルもあるぞ?」
おばあちゃん達もベリアルの優しさに気づいてくれたんだね。
「それにしても……この第三地区には、おいしい物がたくさんあるんだね」
あぁ……
わたあめを食べているベリアルがかわい過ぎるよ。
「この身体は創り物だから病気にならねぇからなぁ。いくら食っても平気なんだ。健康診断もねぇしなぁ。だから皆で好きな物を作って食ってるんだ」
ひいおばあちゃん……
いくら食べても太らないのか……
羨ましいな。
「ところで、月海は結婚してるんか? 今の話だとそんな感じだなぁ?」
あれ?
誰かな?
こたつに、ひいおばあちゃん以外にも綺麗な女性が二人いるけど……
前世の集落の皆はわたしを『ルー』って呼んでいたから……
もしかして、わたしのご先祖様かな?
「うん。最近結婚したの。えっと……お姉さんは誰?」
「お姉さん!? あははは」
「分かんねぇよなぁ。会った事もねぇからなぁ。オレは月海のひいばあちゃんの母ちゃんだ」
「それで、オレがその母ちゃんだ」
うわぁ……
若過ぎて全然実感がわかない……
「あの……何て呼んだらいいのかな?」
「そうだな……ひいひいひいばあちゃんか? あははは」
よく笑うんだね。
毎日幸せに暮らしているんだろうな。
わたしまで幸せな気持ちになるよ。
「あん姉でいいんじゃねぇか?」
あん姉か……
確かに集落のお年寄り達は年上のおじいさんを『あ兄』、おばあさんを『あん姉』って呼んでいたね。
おばあちゃんも年下のおばあさんから『月あん姉』って呼ばれていたし。
「じゃあ、あん姉って呼ぶね。何だか変な感じだけど、ご先祖様に会えるなんてすごく嬉しいよ」
「オレらも星治と月海に会えて嬉しいぞ?」
「キュキュイ?」
家にマンドラゴラの赤ちゃんが入って来た?
あれ?
吉田のおじいちゃんがマンドラゴラになっているのかな?
「吉田のおじいちゃん? マンドラゴラの姿が気に入ったの?」
「……オレは違うぞ? 皆で大根になって遊んでるんだ。オレは二兵衛ってんだ」
……二兵衛?
二兵衛って……
あの二兵衛さん!?




