ルゥと幸せの島
『突然の奇襲~ルゥが主役の物語、後編~』の続きのお話です。
静まり返った魔族達が、わたしを見つめている。
小さくなったパパは泣き疲れたのか眠ってしまった。
「魔族達よ! ルゥもわたしの話を聞いてくれ」
じいじが真剣な顔でわたしを見つめながら話し始めた。
「ルゥ。今まで黙っていたが、ルゥは魔王様の娘なのだ。すまない。本当はわたしの孫ではないのだ」
悲しそうに、じいじが話しているけど……
いつもじいじが話してくれていた『あのお方』が亡くなった魔王だっていう事は、なんとなく分かっていた。
それから、このルゥの身体の父親だっていう事も。
でも、わたしはルゥじゃない。
わたしは、この身体を勝手に使っているだけなんだよ。
じいじとママとパパが本当の家族じゃない事は、この世界に来た赤ちゃんの時から分かっていたし。
まさか赤ちゃんの時の記憶があるなんて思っていないだろうから……
わたしが初めてこの世界に来た時の事を覚えているなんて思いもしないよね。
「ルゥ……魔王様は、この世界とは違う世界から来た人間だった。残してきた赤ん坊のルゥに何かあれば世話をして欲しいと頼まれたのだ。そして、魔王様の残された最期の力で異世界にいるルゥに魔術をかけた。ルゥが辛く、生きられない状況に陥った時この世界に来られる魔術だ」
……?
この世界に来られる魔術?
じいじが優しくわたしの髪を撫でると、話を続ける。
「この世界で息絶えた赤ん坊の身体にルゥの魂が憑依したのだ。そして、魔王様のご遺志通り……魔王様が与えられなかった愛情を、わたしが『じいじ』として与える事になった」
……お父さん?
前世のお父さんの話をしているの?
ルゥの父親じゃなくて、群馬でのわたしのお父さん……?
でも……
お父さんが魔王って?
群馬の普通の人間のはずなのに……
どうしてそんな事に?
じゃあ、じいじがいつも話していたのは……
離れて暮らしている娘に会いたがっていたっていう、あの話は……
ルゥのお父さんじゃなくて……
わたしのお父さん?
お父さん……
涙が溢れ出してくる。
お父さんがわたしを大切に想っていてくれたなんて……
「ルゥは、魔王様の事を覚えているか?」
じいじが不安そうな瞳をしながら尋ねてきた。
お父さんが行方不明になったのは、わたしが一歳の時だった。
顔も声も思い出せない。
でも、前世の群馬の集落で赤ちゃんだったわたしの髪を撫でてくれた誰かの手。
温かくて大きな手……
その感覚だけは、覚えている。
あれは、きっと……
お父さんだ。
涙が止まらない。
腕の中で眠っているパパに涙が落ちる。
パパが目を覚まして、不思議そうにわたしを見つめている。
「覚えてる……覚えているよ。お父さん……」
やっと絞り出した小さな声を聞いたじいじの頬に涙が伝う。
そして、わたしを優しく抱きしめた……?
「ありがとう……」
じいじ?
どうして、ありがとうって言うの?
「魔王様を覚えていてくれてありがとう」
小さく震えるじいじが、少しだけ強くわたしを抱きしめる。
あぁ……
涙が止まらない。
わたしが、お父さんに会いたくて寂しくて泣いていた時に……
お父さんもわたしに会いたいと思ってくれていたんだ。
寂しかったのは、わたしだけじゃなかった。
嬉しいよ。
すごく嬉しいよ。
でも……
「じいじ……これからもわたしのじいじでいてくれる? これからも、ずっとずっとわたしのじいじでいてくれる?」
抱きしめてくれているじいじに尋ねてみたけど……
真実を話したからって距離を置かれたりしないよね?
これからも、じいじでいて欲しいよ。
今までみたいに皆で仲良く暮らしたいよ。
でも……
やっぱり迷惑かな?
頼まれたから一緒に暮らしていたみたいだし……
本当はわたしの事を迷惑だって思っていたかもしれない。
あ……
じいじが涙を流しながら、頷いてくれた……?
……わたしはバカだね。
ずっとずっとわたしを愛してくれていたじいじを疑うなんて最低だ。
じゃあ……
じゃあ、ママは?
「ママ、ママ……これからも一緒に寝てくれる? わたしのママでいてくれる?」
ママ……
泣いている。
涙を流しながら微笑んでいる。
ママが泣いている顔を初めて見たよ。
「ごめんね。ごめんね。ずっと守ってくれて、ありがとう」
声が震える。
申し訳なくて、ありがたくて……
涙が止まらない。
ママが、じいじに抱きしめられているわたしを抱きしめる。
じいじとママとパパ、それからわたし。
皆で抱きしめ合うとすごくすごく心が温かくなる。
「えへへぇ」
パパが、ほっぺたをピンクにして嬉しそうに声を出して笑っている。
「じいじ……パパは元通りになる?」
すごくかわいいけど、やっぱりいつものパパがいいよ。
「大丈夫だ。すぐに元に戻る」
すぐに?
あぁ……
良かった。
安心して少し笑顔になったわたしを見て、パパもニコニコ笑っている。
じいじもママも安心したように優しく微笑んでいる。
温かい……
心も身体も……
家族の温もりがわたしの全てを優しく包み込んでくれているのが伝わってくる。
これからもずっとずっとこの幸せが続きますように……
「人魚姫!」
少し落ち着いた時、声が聞こえてきた。
人魚姫?
人魚姫って……
もしかして……
声がする方を見ると数人の人間がいる。
どうして人間がいるの?
そういえば、さっき大砲を撃っていたような?
あ……
やっぱり……
あの時、魚族に襲われていた人間がいる。
「ミルフィニア……幸せなのね」
老女が、わたしの顔を見て泣きながら話しかけてきた?
寂しそうで、嬉しそうで、優しい顔。
誰?
「ありがとう。ミルフィニアを幸せにしてくれてありがとう」
何を言っているんだろう?
わたしに微笑みかけると波打ち際の方に歩いて行った?
その後に数人の老人が泣きながら付いて行ったけど……
「人魚姫……あ……」
あの時の銀髪の人間が、辛そうな顔をしながら何かを言いかけてやめた?
どうしてここに来たんだろう?
数日前、この付近でかなり危ない目に遭ったのに。
あれ?
銀髪の人間が老女の後を追って小舟に乗った?
何か話があったみたいだけど……
何も話さずに島を出て行ったね。
「何だ? 変な人間だな」
ママが呆れながら呟いたけど……
周りを見ると、ヴォジャノーイ族のおじちゃん達が泣いている。
ママ以外のハーピー族もたくさんいるし、魚族と魚族長が波打ち際でわたしを見ている。
見た事が無い魔族もたくさんいるね。
でも、誰も争う気持ちは無いみたいだ。
皆、穏やかな顔をしている。
「我ら、ウェアウルフ族は、聖女様に忠誠を誓います!」
狼人間達が一斉にひざまずく。
あれ?
今話したのって、さっきわたしが倒した狼人間?
生きていたんだね。
「我らグリフォン族も、聖女様に忠誠を誓います!」
砂浜に、翼が生えた大きい猫みたいな魔族が座ったけど……
グリフォン族?
顔が鳥で、身体が大きい猫みたい。
翼はママより、かなり大きい。
背中に乗って空を飛んだら気持ち良さそう。
それに、猫が座るみたいに前足を折り込んでいる。
かわいいな……
ピチャッ
ピチャッ
ん?
海面にたくさんの魚が跳ねている。
何だろう?
「あれはレモラ族だ。ルゥに忠誠を誓っているのだ」
じいじが教えてくれたけど……
わたしに忠誠を誓っている?
この辺りの魚族は話せるけど、レモラ族は話せないのかな?
ハーピー族もヴォジャノーイ族も砂浜にひざまずいている。
立っているのは、わたし達家族だけ。
あぁ……
こういうのは嫌だな。
わたしが魔王であるお父さんの娘だって分かったから、こんな仰々しい事をしているんだよね?
困りながらじいじの顔を見ると、優しく微笑みながら頷いてくれた?
もしかして、わたしらしく行動しなさいっていう事かな?
……そうだよね。
誰の娘であろうと関係ないよね。
今のわたしにできる事は、これだよね?
「皆、膝が痛くなっちゃうから立って?」
これ以上無いくらい晴れやかな笑顔で挨拶をしないと。
こんなに大勢のお客さんが初めて来てくれたんだから!
「はじめまして。わたし達の家にようこそ!」
「姫様あぁ!」
「聖女様あぁ!」
魔族達の声が島に響いている。
もうこの島を『死の島』と呼ぶ者はいなくなった。
今日からこの島は、わたし達家族の大切な家がある『幸せの島』になったから。




