ハデスとヴォジャノーイ王国~前編~
「見えてきたな」
ハデスに抱きかかえてもらい、夜空をゆっくりと飛んで来た。
少し離れた場所にヴォジャノーイ王国の明かりが見えている。
「王様……怒らないかな? 魔族は天使が嫌いだから」
「心配か? その時はその時だ。ルゥを抱えて逃げればいい」
ハデスがイタズラっぽく笑う。
うわぁ……
こんな風に笑うハデスを初めて見た。
すごくかっこいい。
ドキドキする。
ハデスは、王様が絶対に責めたりしないって信じているんだね。
「降りるぞ? しっかり掴まれ」
「うん」
ハデスに掴まっていた腕に少しだけ力を入れる。
わたしのドキドキが聞こえていないかな?
もし聞こえちゃったら恥ずかしいよ。
「伯父上!」
この声は……
王様?
ヴォジャノーイ王国に降り立つとヴォジャノーイ王が待っている。
「伯父上……天族だったのですか? どうして……」
王様……
辛そうな顔をしている。
怒ってはいないみたいだけど。
「伯父上、本当に伯父上なのですか? どうして黙っているのですか?」
王様……
泣きそうだ。
わたしまで悲しくなっちゃうよ。
「……お前が、ずっと話しているからだろう?」
ハデス……
冷静だな。
でも言葉に優しさを感じる。
やっぱり王様の事が大切なんだね。
「伯父上は……もうわたしの事などどうでもよくなったのですか? 厄介払いができてよかったとお思いですか?」
王様……?
ハデスにずっと伯父さんでいて欲しいのかな?
「……」
ハデス……
何か言ってあげないと。
王様が泣いているよ?
「伯父上は母上との約束を守り続けていただけで、わたしの事を邪魔だと思っていたのですか? わたしは……手がかかったでしょう? すぐ泣くし弱いし、何をやっても伯父上のようにはできないし……正直、面倒だったでしょう?」
王様もわたしと同じなんだね。
自分に自信がないんだ。
「……お前は今でも弱いし、すぐ泣くだろう」
……!?
ハデス……
王様がもっと泣いちゃうよ?
「やっぱり、わたしの事を……面倒だと……」
王様……
ハデスは絶対にそんな風に思わないよ?
「……お前の母親の最期の望みを知っているか?」
え?
王様を守って欲しいっていう約束の事?
「母上は、わたしが幼い頃に戦に巻き込まれて……確か、わたしを守って欲しいと伯父上に頼んだと聞きました」
「それもあるな。だが他にもある」
「他にも……?」
「妹は言った。ヴォジャノーイ族は皆、血の気が多い。自分が死んでしまえば、優しい息子は生きてはいけないだろう……とな」
「母上……」
王様……
辛そうだ。
「だから、わたしは族長の座を手に入れ種族王になった。全てお前の為だった。いつの間にか、お前を生かす事だけがわたしの生きる理由になっていた。妹はわたしに『大きな愛』を遺してくれた。……わたしに生きる希望を与えてくれたのだ」
その頃のハデスは、天界から追放されてすごく辛かったんだよね……
妹さんはハデスを心配していたんだ。
自分がいなくなった後に寂しくて辛い思いをするかもって……
ハデスが妹さんを大切に想っていたように、妹さんもハデスを愛してくれていたんだ。
「伯父上……」
「分かるか……? お前をどれほど大切に想っているかを。憎くて厳しくしていたのではない。お前が一人になっても生き残れるようにしたかったのだ」
「伯父上、わたしは……嫌われていなかったのですか? 面倒だと思わなかったのですか?」
「お前が産まれた時の事は今でもはっきり覚えている。お前の母親は身体が弱くてな。幼い頃からわたしがずっと守り続けてきた。天界の家族から疎まれていると思っていたわたしにとって、懐いてくる妹はかわいくて仕方がなかった」
王様を見つめるハデスの瞳が優しい……
どれだけ大切に想っているのかが伝わってくる。




