ハデスと魚族長~後編~
今回は、ハデスが主役です。
弟とデメテルだったら……
デメテルの方が信頼できる……
デメテルは全てを知っていたのか。
ルゥに謝っていたとは……
デメテルは優しいからな……
「デメテル様は『全てはゼウス様のせいだ。いつも詰めが甘い』とお怒りでした」
……その通りだな。
では、ルゥが見たという集落の光はデメテルだったのか……
ずっと娘を守っていたという事か。
『人間と魔族の世界』に来たルゥを手元に置きたいと思う気持ちも分かるが……
どうしたものか。
ルゥには真実は話せないし……
困ったな。
「ヴォジャノーイ様、わたしはこの事を誰にも話しません。わたしは常に姫様の幸せを考えています。二度と姫様が自害しないようにしたいのです。姫様には、いつも笑っていて欲しいのです。ですが……デメテル様はこれからどうなるのでしょうか?」
そうだな。
これからも軟禁されるのか?
「分からないな……だが、ルゥに会わせてやりたいとは思う。ルゥがペルセポネだった頃、ペルセポネは母であるデメテルをとても愛していたからな」
「そうでしたか……ヴォジャノーイ様は天族だったのですね」
「ああ。そうだ」
「わたしは……常に凛々しく、威厳に満ちたヴォジャノーイ様を尊敬していました。その気持ちは今も変わりません」
魚族長……
「そうか……わたしも魚族長には感謝している。ルゥを守り続けてくれて……ありがとう」
「わたしは……陸には上がれませんので……いつも姫様の危機を見ている事しかできません」
「魚族長がいてくれたからルゥをここまで守り続けられたのだ」
「ヴォジャノーイ様……」
「ひとつ話したい事がある。先程ルゥ達に話そうとしていた事だ」
「……? はい。何でしょうか?」
「なぜリヴァイアサン王が陸に上がれるかを知っているか?」
「王だからでしょうか……? 他のリヴァイアサン族は陸には上がれませんから」
「……あいつは、陸に上がれるように堕天使と取り引きをしたのだ」
「取り引き……? わたしもその堕天使に頼めば陸に上がれるのですか?」
「その必要はない」
「ヴォジャノーイ様……わたしはどうしても陸に上がりたいのです。姫様の危機を、ただ見ている事しかできない事に耐えられないのです」
「分かっている。手を出してみろ」
「手を……ですか?」
魚族長は魔王様の最期に立ち会えず傷ついていた。
その姿は今でも忘れられるものではない。
それにルゥを任せられるほど信頼できる者だ。
取り引きなどせずとも、わたしが陸に上がれるようにしよう。
魚族やリヴァイアサン族が陸に上がれないのは遥か昔に神が与えた呪いだ。
大した理由ではなかったし、魚族長一人の呪いを解いても問題にはならないだろう。
ずっと考えていた。
ハデスの身体に戻る事ができたら魚族長の呪いを解こうと……
魚族長の手に、闇に近い神力を流し込む。
「陸に上がってみろ」
「……え? ですが、わたしは陸に上がると死んでしまいます」
「大丈夫だ。ハーピーの家にいるルゥに会いに行け。喜ぶぞ? ルゥは魚族長を大切に想っているからな。覚えているか? 初めてルゥが波打ち際で遊んだ時の事を……」
「忘れるはずがありません……赤ん坊の姫様は海が珍しいのか瞳を輝かせていました」
「あの時……涙を流している魚族長の頬を触り、泣かないでとルゥは言った。魚族長はその時ルゥに忠誠を誓ったのを覚えているか?」
「はい。ですが、すぐに拒否されました。友になりたいから忠誠など必要ないと……」
「これからは、いつでも陸に上がる事ができる。寂しい思いも辛い思いもする事はなくなるだろう。だが、これはルゥを守る為ではない。友として、いつでも遊びに来られるようにしただけだ。それだけは忘れないでくれ」
「ヴォジャノーイ様……ありがとうございます……ありがとうございます」
「さぁ、行こう。ルゥの元へ」
魚族長が恐る恐る陸に上がる。
「……これが陸なのか」
喜んでいるようだな。
魚族やリヴァイアサン族が陸に上がれなくなった理由……
遥か昔族長達と釣りで対決をした時、負けた腹いせに弟が呪いをかけたという事は……
さすがに言えないな。
はぁ……
神だというのに困ったものだ……




