ハデスと魚族長~前編~
今回は、ハデスが主役です。
深夜の波打ち際で魚族長が立ち尽くしている。
「……魚族長。聞いていたのか?」
「ヴォジャノーイ様……ご無事で何よりです」
……?
わたしが無事でよかった?
ルゥではなく?
この姿でも、わたしだと分かるとは……
全て聞こえていたのか?
「記憶がないのですね」
記憶?
時が戻る前の、わたしの記憶のない部分を聞いていたのか。
ハーピーやオークには聞こえなかったようだが……
魚族長の耳の良さはドラゴン並みだからな。
結界内に魔王城も入っているが、魔王様もベリアルも魚族長ほど耳が良くない。
ルゥが自害した事を知っているのは、弟とわたしと魚族長だけか……?
デメテルはどこまで知っているのか……
絶対に他に知られるわけにはいかない。
ルゥが死者を蘇らせたのとはわけが違う。
神が娘を蘇らせる為に時を戻したのだ。
これが天界に知られれば問題になるだろう。
もうヴォジャノーイ族の身体ではないから水の防御膜は張れないが、ハデスの身体を取り戻し結界を張れるようになった。
まあ、水の精霊を呼び出せば防御膜を張る事ができるが精霊に話を聞かれたくはないからな。
これから話す事は誰にも聞かれてはいけないのだ。
魚族長と二人で入る結界を張る。
結界を張るのも久しぶりだな……
「魚族長……わたしには記憶がない。何があったか教えて欲しい」
記憶がない時に何があった?
「ヴォジャノーイ様……わたしも全てを聞いたわけではありません。姫様がヴォジャノーイ様に会いに行き、防御膜に入ってからは何も聞こえませんでした」
わたしは防御膜を張っていたのか。
「それから少しして、何の音もしない家から姫様の血の匂いがしてきました。そして、聞こえてきたのは……自害されたヴォジャノーイ様を呼ぶ声でした」
……?
わたしが自害した?
ルゥが自害した事は聞いていたが……
ルゥの死に耐えられなかったのか?
「それから……時間が戻り『昨日の話を姫様にしてはいけない』とハデス様に話す声が聞こえてきました」
そこからは、わたしにも分かる……
「わたしが死んでいる間に何があったか分かるか?」
「……デメ……テル? という方が来ました」
「デメテルが来た!?」
「はい。お知り合いですか?」
「……姉だ」
「姉……? そうでしたか。新しい神はゼウス……という名なのですか?」
「ああ。そうだ」
「デメテル様が話す声が聞こえてきました。『ゼウス様は愚かだ』……と」
デメテルは軟禁中のはずだが……
勝手に抜け出して来たのか?
「わたしが知っては、いけない事だとは思うのですが……デメテル様は『ずっと姫様を守り続けていた』と話していました」
デメテルが……?
どうやって?
「デメテル様は『ハデス様は信頼できる存在だった。娘を嫁がせてもよかったが、ゼウス様が勝手に嫁がせてしまい突然いなくなった理由も知らされず感情のコントロールができなくなった』と言っていました」
デメテルは、わたしを認めていたのか……
もっときちんと話し合っていれば、違う未来があったのかもしれないな。
「それから『ゼウス様のした事は全てダメだった』とも言っていました。イナンナとはドラゴン王でしたね。人間になったイナンナの腹に、ゼウス様が前の神の子を戻したらしいのですが……人間のイナンナに、神の子の出産は耐えられなかったらしいのです。それをデメテル様が手助けしていたようです」
そうだったのか……
その頃は軟禁されていなかったしな。
「それから、身体は天界に残したまま意識だけを異世界の集落に飛ばし陰ながら大天使達からイナンナを守っていたようです。ゼウス様が集落に住み『姫様の身体』を産ませる為に、追放された天族の身体を使っていた事も知っていたそうです。だからデメテル様は『ゼウス様にバレないように、こっそりイナンナや姫様を守っていた』と言っていました。それから『異世界にいた頃の姫様に申し訳なかった』とも言っていました。『苦しめてしまいかわいそうな事をした』……と」
デメテルは、ずっとイナンナとルゥを守っていたのか?
弟が話していた事と全く違うが……
どうなっているのだ?




