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ベリアルの記憶

 ばあばの歩く姿が、前世のおばあちゃんの姿と重なって不安になる。


「じいじ……ばあばを止めなくていいのかな? おばあちゃんみたいに……また助けられないのは嫌だよ……」


 あの時どうしておばあちゃんを止めなかったのかって、ずっと自分を責めたんだ。

 今でも、その気持ちは変わらない。


「ルゥ……今のルゥは一人ではない。ここにいる全員がルゥと共にいる。安心していい。もう一人きりで抱え込む事はない」


 じいじの言葉に涙が溢れてくる。

 前世の、ひとりぼっちの心の穴が埋まっていくのを感じる。

 前世のあの時、じいじがいてくれたら……

 いや、違う。

 集落の皆に温泉の秘密を話していれば……


 全てわたしが決めた道だった。

 変な事を言って集落を追い出されないように、フワフワの子達と光る子の事を秘密にして……

 でも今になって分かった。

 あれでよかったんだって。

 あの夜の温泉には濃い魔素が満ちていた。

 集落の皆を巻き込まずに済んでよかったんだ。

 そうじゃなかったらもっと後悔していたはずだよ。

 

 ……わたしがおばあちゃんを殺した。

 だから、今度は……

 今度こそは……

 絶対にばあばを守る。

 溢れ出した涙を拭いて、ばあばの後ろを付いて歩く。

 今のわたしは前世の時とは違う。

 一緒に悩んだり笑ったり泣いたりできる皆がいるんだ。

 もうひとりぼっちじゃない。


 ばあばが温泉にたどり着いた。

 温泉までは一本道だったから危ない事もなかった。


 温泉をじっと見つめたまま立ち尽くすばあばが、前世のおばあちゃんと重なる。

 まさか、おばあちゃんと同じ物を見ているの?

 我慢していた涙が頬を伝って、抱っこしていたベリアルに当たった。

 

 ベリアルが、わたしを見上げている。


「ごめんね、ベリアル……濡れちゃったね」


 ベリアルが少し考えた後に、わたしの涙を翼で拭ってくれた?


「ベリアル……ありがとう。前世のおばあちゃんを思い出したの……」


 わたしがそう言うと、ベリアルがくちばしをモゴモゴさせる。


「ベリアル? どうしたの?」


「勇者の母親……」


 え?

 ベリアルがしゃべった!?


「ベリアル!? しゃべれるの!? まさか……記憶もあるの!?」


 じいじもグリフォン王達も驚いている。

 

 確か自称神様がわたしの所に来させたんだよね?

 記憶があるのに何も分からない振りをして、かわいいヒヨコを演じていたの?

 

 じっと、ベリアルを見つめる。

 ベリアルもわたしを見つめている。


 ……かわいい。

 つぶらな瞳。

 カスタードクリームみたいな色の羽毛。

 フワフワ……


 あまりのかわいさにギュッと抱きしめて、ほおずりをする。


 あぁ……

 幸せ。


「ルゥ。ベリアルは、じいじが持つ」


 そう言うと、じいじがベリアルを取り上げる。


 あぁ……

 わたしのモフモフが……


「ベリアル。どういう事だ? 記憶があるのか?」


 じいじが怖い顔でベリアルを問い詰めている?


 じいじ……

 どう見ても、かわいいヒヨコをいじめているようにしか見えないよ?


「オレにも分からないんだ。気がついたらこんな姿に……しかも、ピオとか言って恥ずかしくて……」


 なるほど。

 さんざん悪さをしてきたのにピオって……

 恥ずかしいよね。

 かわいいけど……

 

「でも、どうして話す気になったの?」


 このまま普通のヒヨコの振りをする事もできたはずなのに。


「……それは、見ていられなかったからだ」


「見ていられなかった? 何を?」


「勇者の母親、このドラゴンは……」


 え?

 ドラゴンってばあばの事?


「ばあばが、どうかしたの?」


 じいじに抱っこ……

 というより、頭を掴まれているベリアルが言葉に詰まっている。


「……見た事がある。こいつ、たぶん神の恋人だ」


 ベリアル?

 何を言っているの?

 神様の恋人?


「ベリアル? どういう事?」


「確か、今の神が大天使から神になる時にこの恋人は天界を追放されたんだ。ありもしない罪を着せられてな。天族のやりそうな事だ」


 ばあばが自称神様の恋人だった?


「自称神様は本物の神様なの? どうして天使だったばあばが、ドラゴンになっているの?」


 ベリアルもヒヨコになっているし。

 もしかして追放される時は動物にされちゃうのかな?


「あぁ。あいつは本物の神だ。……ドラゴン王には、時を止める力がある。その力自体は問題ない。天族には永遠の命があるからな。だが……その力を使ってこの浮遊島を創って、次期神と淫らな事をしていると噂を流されて……」


「そんな……一体何があったの?」


「オレにもよく分からないが、二度と天界に戻れないように魂と力を分けて追放したらしいな。オレは、今の神が神になった日に追放されたからここまでしか分からないが……」


 魂と力を分けた?

 じゃあ、身体は?

 

 ……!

 何……?

 息が……

 苦しい。


 膝から崩れ落ちる。

 ……え?

 目の前が真っ暗に……


「ルゥ!?」


 じいじの声……?

 地面に座り込むわたしを、じいじが支えてくれる。

 

 そうか……

 グリフォン王国には、ブラックドラゴンのおじちゃんの結界がないんだ。

 神様が……

 わたしを殺そうとしているの……?

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