ルゥが赤ちゃんの時の物語
ルゥが異世界に来た時のお話です。
夕方の海。
沈む夕日が海面をオレンジに染めていく。
さっきまでは息苦しかったのに今は楽になった。
薄暗くかかっていたモヤも無くなっている。
少し涼しくなってきた砂浜で、なぜか見た事が無い生き物に囲まれている。
砂浜にはテーブルと椅子が置いてあって、そこにいるんだけど……
あぁ。
わたし、どうして赤ちゃんになっているんだろう……
わたしを抱っこしている、この生き物は……?
カエルが人間になった……みたいな?
身体は人間、顔はカエルだけどカッコいいな……
きちんとした服を着ているし、紳士っていう感じだよ。
あと、そこでわたしをじっと見ているのは鳥人間?
紺色のツンツンはねたショートカットの髪に赤紫の瞳で、気の強そうな顔はすごい美人だ。
大きい黒い翼が生えているけど……
翼と手が一体化していて、鋭い爪も見える。
家の中から歩いて来ているのはアニメで観た事がある。
確か、オーク……?
裸で腰に布だけ巻いている。
太っていてかなり大きい身体だ。
背は二メートルより大きいかな?
全身緑で下の牙は口からずっと出たまま、耳は大きくて上の部分がとがっている。
わたし、食べられちゃうのかな?
ここ、どう考えても異世界だよね?
異世界……
わたし……
川で死んだのか……
お父さんは、わたしが小さい時に海で行方不明、お母さんはわたしを産んですぐに亡くなった。
高二の夏までおばあちゃんと二人で暮らしてきたけど、一昨日お葬式が終わったんだ。
『ひとりぼっちになっちゃった』
苦しくて寂しくて、家で一人で泣いていたら近所の子が川遊びに誘ってくれたんだよね。
そこで溺れた子を助けようとしたところまでは覚えているんだけど……
わたしは群馬県のすごい田舎で産まれ育った。
だから集落の人は皆、顔見知り。
子供達は兄弟姉妹みたいに仲が良い。
駅に行くには車で一時間。
信号だって、わたしの住んでいる集落には無い。
秘境の地って言われる事もあったっけ……
ん?
目の前に木でできたスプーンが差し出されたけど……
何?
スプーンにお粥みたいな物が乗っている。
誰が……?
え?
さっきのオーク!?
うぅ。
緊張で忘れていたけど、お腹が空いて我慢できない。
さっきも鳥の人の胸に吸い付いちゃったし。
わたし、高校生なのに……
赤ちゃんの本能なの?
恥ずかしい!
恥ずかしいよ!
うわぁぁ!
「はい。あーん」
……!?
口の中にスプーンが入ってきた!?
オークが嬉しそうにご飯を食べさせてくれている!?
……!!
おいしい!!
何これ。
おいし過ぎる!
赤ちゃんだから上手に食べられなくて口から出てきちゃうけど。
パクッ!
モグモグ!
おいしいー!!
このオーク、顔は怖いけど優しそうだな。
さっきから汚れた口を拭いてくれるし、わたしが飲み込むまで口に入れるのを待ってくれている。
「なんか、すみません」
あれ?
わたし、普通に話せるの?
いや、今の赤ちゃんが言う言葉じゃないよね?
どうしよう。
変な赤ちゃんだって思われて食べられちゃうかも!
「うわぁ、人間の赤ん坊って話せるんだねぇ。こんなに小さいのに偉いねぇ」
オークは変だって思わなかったみたい。
でも他の二人は?
恐る恐る二人を見ると……
うわぁ。
二人とも無言でわたしを見ている!
怪しいと思われたんだ。
どうしよう……
いきなり食い付かれたりして……
「ルゥ様、おいしいですか?」
え?
どうして、カエル人間がわたしの名前を知っているの?
お父さんがつけてくれた名前、月海と書いて『るみ』と読むんだけど……
皆からは、ルーと呼ばれていたんだよね。
でも『ルゥ様』って?
「ルゥ様、わたしは今日からあなた様のじいじです」
……ん?
今、何て言ったの?
「じいじ……?」
あ……
じいじって呼んじゃった。
カエル人間の表情が曇っていくのが見て分かる……
あぁ……
怒らせちゃった?
どうしよう。
恐る恐るもう一度カエル人間の顔を見る。
え?
涙……?
カエル人間……
泣いているの?
……え?
カエル人間に優しく抱きしめられた?
これは一体……?
なんだろう……
懐かしい感じ……?
「あぁー! いいなぁいいなぁ! ヴォジャノーイがじいじならオレはパパって呼んでぇ?」
え?
オークは何を言っているの?
パパ?
でも……
言わないと『ご飯をあげないよ』とか言ったりして。
うぅ……
「……パパ」
あぁ!
食欲に負けたぁぁ。
「うわぁぁぁい。嬉しいなぁ。ねえ聞いたぁ? ハーピー、今パパって言われたよぉ?」
鳥の人……
怒っているの?
胸に吸い付いたから?
あぁ、鳥の人が近づいてくる。
食べられちゃう!
カエル人間の膝の上でギュッと目をつむる。
あれ?
何もされない?
ゆっくり目を開けると目の前に鳥の人がいる。
もうダメ。
カエル人間にしがみつく。
いや、待って!
カエル人間も肉食っぽいよ!?
「……わたしは?」
え?
何?
今、何て言ったの?
「バカオークがパパなら、わたしは何だ?」
ええ!?
うぅ……
カエル人間が『じいじ』だから……
ばあば……?
いや、怒られちゃいそう。
じゃあ……
「ママ……?」
ドサッ
……!?
鳥の人が、膝から崩れ落ちた!?
どうしちゃったの?
今度こそ食べられちゃうの!?
「悪くない」
え?
鳥の人?
悪くないって、何が?
「悪くないぞ!」
鳥の人、空に飛んで行っちゃった。
ちらっと見えた顔……
嬉しそうだったな。
ふわああぁぁ。
大きいあくびが出る。
お腹いっぱい。
怖い状況のはずなのに……
眠……い……
赤ちゃんの本能……
すごい……
眠っている間に、食べないで欲しいな……
あれ?
今……
誰かが優しく髪を撫でてくれたような……?
気のせいかな?




