誕生祭の終わり
じいじとイフリート王は、ただ静かにわたしの話を聞いてくれた。
「白いドラゴンだったのか?」
じいじが真剣な顔で尋ねてきた。
「うん。ドラゴンの姿のばあばによく似ていたよ?」
じいじとイフリート王が顔を見合わせている?
「ルゥ? それは……」
じいじが途中まで話して言葉を詰まらせた。
「……じいじ」
どうかしたのかな?
「辛かったな……」
「……うん」
さっきの続きの言葉とは違うんだろうけど……
優しく抱きしめてくれる腕が心地いい。
辛い……か。
そうだね。
無力だった自分が赦せなくて……
辛いよ……
「どうしてもっと早く教えてくれなかった? 一人で抱えるには辛過ぎただろう?」
「だって……わたしが……もっと力持ちで……治癒の力を使えたら……」
今なら、わたしは力持ちで治癒の力も使えるのに……
あの時欲しかった力が今のわたしには全部あるのに……
「わたしが……おばあちゃんを助けられなかったから、だからおばあちゃんは死んじゃったの」
わたしが殺したんだよ……
わたしが、あの夜温泉に行かせなかったら何か変わっていたはずだ。
「それは違う。ルゥは最後まで頑張った。おばあさんもそう思っているだろう」
じいじの言葉に涙がこぼれる。
「ルゥ? いい子だ。よく一人で頑張った……」
優しく髪を撫でるじいじに心が落ち着いてきた。
今はこれ以上泣いちゃダメだ。
ルゥのお兄様は自らの手で父親を殺したんだ。
わたしの為に……
きっとすごく辛かったはずだよ。
今日は前王妃として頑張るんだ。
宴の間はしっかりしないと。
「じいじ……? 踊ってくれる?」
少し驚いた後、微笑みながら手を差し出してくれる。
わたしは前王妃なんだ。
前ヴォジャノーイ王であるじいじと幸せに暮らしている姿を人間に見せないと……
今は泣いている時じゃない……
「もちろんだ」
イフリート王が見守る中、わたしとじいじは踊った。
じいじは優しくわたしを見つめて、微笑んでくれた。
人化しても、ひんやりしているじいじの手……
その手から伝わるじいじの温もりに、心も温かくなる。
わたし達のダンスに人間達が見とれている事に気づかないくらい、じいじだけを見つめていた……
宴は何事もなく終わり、民への感謝を伝える時間になった。
といっても高い場所から手を振るだけみたい。
わたしとじいじ達も、お兄様から離れた場所に立っている。
人間達はわたしの事をどう思っているんだろう?
聖女?
魔族の妃?
王妹?
横に長いバルコニーの下には大勢の人間が集まっている。
歓声をあげたり拍手をしたり、とにかく嬉しそうにしている。
よかった。
お兄様は人気があるんだね。
ルゥの父親は嫌われていたのかな?
父親を討ったお兄様がこれだけ歓迎されているんだから……
酷い人間だったのかも。
「リコリス王国ばんざーい」
「リコリス王万歳!」
民の幸せそうな声。
お兄様……
立派な王様なんだね。
今日は、宴に来られてよかった。
お兄様にも叔父様にも会えたし。
今度はおじい様にも会えるといいな。
「聖女様さっきはありがとう!」
……?
今のは子供の声?
「聖女様! おかげで子供が助かりました!」
さっきの親子?
目が覚めたんだね。
元気そうでよかった。
でも、どうしてわたしがやったって分かったのかな?
親子に笑顔で手を振ると歓声があがる。
……え?
人間がわたしに歓声を……
どうして?
「聖女様! お幸せに!」
「聖女様万歳!」
これは……?
「皆、ルゥの絵本を見たのだろう」
隣に立つじいじが微笑んでくれる。
「人間達は聖女様の幸せを喜んでいるようです」
イフリート王も笑っている。
嬉しい……
魔族と暮らしているから、人間には嫌われているかと思ったのに……
「じいじ……あれ、やってもいいかな?」
じいじが優しく微笑む。
胸の前で手を組んで目を閉じる。
歓声をあげていた人間達がわたしを見つめて静まり返る。
想像するんだ。
お兄様の幸せな笑顔を。
キラキラ輝く未来を。
組んだ手から光が溢れ出す。
その光が、光の柱になって空高く伸びて行く。
そして花火のように広がって人々に降り注ぐ。
人間達が大歓声をあげる。
「リコリス王の末永い幸せを願います!」
大声で叫んだけど、わたしの声は人間の歓声でかき消されたかな?
この声がお兄様に届きますように。
「前ヴォジャノーイ王妃に祝福を!」
お兄様の声が響き渡る。
聞こえたんだね。
お兄様……
ありがとう。
さらに大きい歓声があがる。
こうして誕生祭は幕を閉じた。
この時は知らなかった……
人間を食べる魔族と共にいるわたしを、バルコニーの下にいる平民達がなぜ祝ってくれたのかを……




