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おばあちゃんの最期の日

 それは、夢かと思うくらい不思議な光景だった。


 あれは、わたしが小学生の頃___


 おばあちゃんが夢遊病で深夜に歩いている時、わたしは後ろから離れて付いて行っていた。

 危ない事があれば、怪我をしないように先回りして危険を取り除いたんだ。

 そしておばあちゃんが歩き回る日の夜にだけ、何か見える事に気づいた。

 初めは妖怪かなって思った。

 でも……

 少し大きい……蛍?

 フワフワの何か?

 妖怪じゃなさそうだ。

 

 前世の群馬の集落には神様が植えたといわれる木があった。

 その木の近くには温泉がある。

 人間が十人くらいゆったり入れる大きさの温泉からはいつも湯気が出ている。


 囲いはなくて、男性と女性で時間を決めて入っていた。


 おばあちゃんは夜中に家から温泉までの二十分の道をゆっくり歩いて行く。

 違う所に行く事はないんだ。

 毎回必ず温泉の前に立ち尽くして、しばらくすると神様が植えた木の幹に抱きつく。

 もしかしたら、おばあちゃんは行方不明のお父さんを捜しているのかもしれないと思った。


 おばあちゃんは毎日歩き回るわけじゃなかった。

 何かが見える日にだけ歩いていた……?


 わたしは不思議で仕方なくて、おばあちゃんがよく眠っている日に何度もそっと温泉を見に行った。

 でも、やっぱり何も見えないんだ。

 絶対におかしい。

 でも、おばあちゃんも病気でわたしまで変な事を言ったら……

 集落から追い出されるかも……


 それでも、お兄ちゃんなら話しても平気じゃないかって考えて……

 でも、途中まで言いかけてやめたんだ。

 お兄ちゃんに嫌われたくなかったから。

 自分でも変だって思ったから。


 わたしがおばあちゃんに付いて歩いていると、毎回山道の途中から霧がかかる。

 その中を、少し大きい蛍みたいな光が現れる。

 温泉に着くとフワフワした何かが温泉に入っている。


 フワフワした何かは、わたしとおばあちゃんが来ても特に気にはしていないみたいだった。

 おばあちゃんもボーっとしているから、その生き物を見ても何とも思わない。

 というより、見えていない……?

 おばあちゃんは、わたしには見えない何か違う物を見ていたのかもしれない。


 そして、おばあちゃんが温泉の前に立ち尽くしている間……

 蛍みたいな光がわたしのそばに来て、まるで遊んでくれるみたいにくっついて来る。

 時々フワフワした小さい子が足元に来て、じっとわたしを見つめるんだ。

 

 何回か会っているとだんだんとフワフワの小さい子を抱っこできるようになった。

 そうしているうちに、大きいフワフワした子達とも仲良くなっていった。

 おばあちゃんが立ち尽くしたり木に抱きついている間、わたしはその不思議な子達に遊んでもらっていたんだ。

 疲れきっていたわたしの心がどれだけ癒された事か……

 

 集落はいい人達ばかりだ。

 でも、この子達の事は秘密にしなければと思うようになった。


 だから集落の人達におばあちゃんの後を付いて歩いてくれると言われた時も、おばあちゃんはお父さんを捜しているだけだからって断ったんだ。


 そんなある日、わたしは見た___


 温泉に入る大きい生き物を……

 真っ白い……

 ドラゴン?


 大きい身体。

 大きい翼。

 金色の瞳。


 ドラゴンは、わたしとおばあちゃんの気配に気づくと一瞬わたし達を見たんだ。

 本当なら怖いと思うはずなのに、わたしは全然怖くなかった。

 ドラゴンが優しい顔をしているのもあったけど、フワフワした子達がそのドラゴンに懐いていたからだ。

 ……それだけじゃない?

 何だろう?

 心が温かい……?


 雪が降る寒い夜、おばあちゃんはいつも通りボーっと温泉を見つめていた。

 わたしは、ほっぺたを真っ赤にしてフワフワの子達と遊んでいる。


 ドラゴンは、ただわたし達を見つめていた。

 その日おばあちゃんはいつもより長く、この場所にいたんだ。


 しばらくすると息苦しさを感じた。

 蛍みたいな子とフワフワした子達が慌て始めた。

 まるで早くここから帰った方がいいと言うみたいに……


 わたしはボーっとしているおばあちゃんを無理矢理引っ張って家に戻った。


 それからしばらくは身体の具合が悪かった。

 息苦しくて身体が重い。

 おばあちゃんも同じ症状だった。

 

 昼間とかおばあちゃんが歩き回らない夜には、いつも通りの温泉なのに……

 どうして、おばあちゃんが歩き回る夜にだけ不思議な事が起こるんだろう……?


 そして……

 おばあちゃんが亡くなった夜の事___


 久しぶりにおばあちゃんに夢遊病の症状が出た。

 しばらく症状が出なかったから、もう治ったのかと思ったのに……

 

 おばあちゃんは雪が積もる山道をゆっくり進んで行った。

 途中から霧が出て、蛍みたいな子が現れて……

 温泉に着くとフワフワした子達が温泉に入っている。


 久しぶりに会えたのが嬉しくて、たくさん遊んだ。

 おばあちゃんも、いつもより長く木に抱きついていた。


「わたしは、ここよ?」


 おばあちゃんの独り言が聞こえてきた。

 木に話しかけているのかな?

 それとも、おばあちゃんだけに見える誰かがいるのかな? 

『わたし』……?

 いつもは『オレ』って言っているよね?


 あまり長くなるとまた苦しくなるかも。

 おばあちゃんの手を引っ張って帰ろうかと考えた時だった。

 

 おばあちゃんが倒れた……


 その時気づいた。

 酸素が薄くなったみたいに息ができない……

 フラフラして頭が回らない……

 

 このままじゃ、おばあちゃんが死んじゃう。


 わたしは、おばあちゃんをおんぶしようとした。

 でも身体に力が入らなくて、上手くできなくて…… 


 そうしているうちに……

 おばあちゃんが……

 息をしなくなった。


「ずっと待っていたのに……」


 ……おばあちゃんは最期にそう言い残した。


 その瞬間、フワフワした子達も蛍の子もいなくなって霧も晴れた。


 横たわるおばあちゃんに、わたしの着ていたコートをかけて集落の大人を呼びに走った。


 苦しかった。

 今まで感じた事がないくらい息苦しかった。

 身体中が痛かった。

 でも、それ以上に心が苦しかった。

 わたしは結局、おばあちゃんを助けられなかったんだ。


 それから五日後___

 わたしは死んだ。

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