誕生祭の始まり
宴の会場___
広くて煌びやかで、マンガの中に入り込んだみたい。
ドレスで着飾った女性や、勲章をつけた男性がたくさんいる。
こんな凄い所にわたしがいるなんて信じられない。
前の世界では普通の女子高生だったのに……
開いたままの大きな扉をくぐると、今まで賑やかだった会場が静まり返る。
なるべく人間のいない所を通ろうと思っていたけど、人間の方が通り道を空けてくれている。
わたしとじいじとイフリート王が、用意されている席に着くと小さな声が色々と聞こえてくる。
「あれが聖女……」
「魔族なのか? 人間みたいだ」
「見て? あの宝石。何の宝石かしら?」
「あのドレスの形、初めて見たわ?」
うーん。
値踏みされている感じがして嫌だな……
まぁ、ワインをかけられないだけマシかな?
各国の王族にだけ席が用意されているみたい。
他の人間の席から離れていてよかった。
お兄様が気を遣ってくれたのかな?
「魔族の種族王が参加してくれたというのに人間の恥をさらすのは、やめてもらおうか?」
会場が一瞬で静まり返る。
え?
この声は……
お兄様?
さっきとは別人みたい。
まだ十四歳だけど、王の威厳を感じる。
ガゼボで見た表情とはまるで別人だ。
「これより誕生祭が行われるが、その前に明言しておこう! 今までの腐りきったリコリスはもうなくなった。無能な王は、この国に必要ない。皆の目の前にいるわたしこそがリコリスの正統な王である! 異論のある者はこの場から去れ!」
一瞬の間をおいて、人間達が歓声をあげた?
お兄様……
一部の家臣から疎ましく思われているって聞いていたけど、大丈夫そうだね。
それに、意見が合わない家臣がいるっていうのは悪い事じゃない。
なんでも肯定するだけの家臣の方がよほど怖いよ。
ルゥのお兄様は、ただ優しいだけじゃないんだね。
ちゃんと人間を導く強さを持っているみたい。
わたしも頑張って前王妃らしく振る舞わないと。
歓声の中、始まった宴は思っていたより穏やかに進んでいった。
色とりどりのドレスをまとった女性が広い会場でパートナーと踊っている。
おいしそうなお菓子が目の前にあるけど、我慢我慢。
この会場にいる人間達は、魔族をどう思っているんだろう?
チラッと見られるくらいで特に近寄って来るとかもない。
まぁ、魔石の効果で近づけないのもあるだろうけど……
うーん……
暇だ。
初めは、物珍しくて楽しかったけど今は退屈だな。
背筋を伸ばして、ずっと椅子に座っているだけだし。
「ルゥ? 退屈か?」
右隣に座るじいじが話しかけてくれる。
「聖女様? テラスにでも行きますか?」
左隣にいるイフリート王も心配してくれている。
いけない。
しっかりしないと。
「大丈夫。少しボーっとしちゃった」
「じいじと一曲踊るか?」
え?
でも人間には近づけないし。
迷惑になっちゃうから……
「テラスでなら人間に近寄られる事もないだろう? せっかくなら楽しまないとな?」
じいじ……
気を遣わせちゃったね。
「うん……ありがとう」
三人で人間に近寄らないように、テラスに向かう。
外の空気が気持ちいい。
綺麗な庭園が見渡せるテラスは、わたし達の貸しきりだ。
大きく深呼吸しようとするとコルセットが邪魔をする。
はあ……
早く脱ぎたい。
絵本のお姫様も大変だったんだな……
テラスからも聞こえるダンスの曲。
昼間だけど、幸せの島よりずっと涼しい風が吹いている。
「苦しいですか?」
イフリート王が心配そうにしている。
「大丈夫だよ? ありがとう」
あと、二時間くらいだからね。
「イフリート王はどうして付いて来てくれたの?」
イフリート王は今の種族王の中では一番威厳がある。
リヴァイアサン王とベリス王はよく分からないけど、他の王様は皆かわいいんだよね。
「ウェアウルフ王とグリフォン王が来たがったのですが、冷静に行動できるとは思えなかったのです。山ほど仕事を与えて来たので勝手に付いて来る事もないでしょう」
山ほどの仕事……
大変だね。
帰ったらいっぱい撫でてあげよう。
それから、かわいいお腹を吸って……
「聖女様はウェアウルフ王とグリフォン王が大切ですか?」
え?
どうしてそんな事を訊くのかな?
「うん。二人とも最初は敵だったの。わたし……ウェアウルフ王を殺そうとしたの。でもね、今はすごく大切なんだよ? 一緒にいるとすごく楽しいの」
「聖女様……今、人間が我ら魔族を見る目……恐怖に怯えるあの目こそが本来聖女様が我らを見る目のはずです。ですが……なぜ聖女様は我らを愛してくださるのですか?」
「前の世界にいた時にはよく分からなかったんだけど……今なら分かるよ。前世の時にね、わたし……たぶんこの世界の生き物を見ているの……」
そう。
わたしは前世でこの世界の生き物……
ドラゴンに会っていたんだ。




