身の程知らずってある意味最強
人の上に立つという経験は、誰しも必ず訪れる。
学校で進級すれば後輩が出来て先輩という立場になるし、会社で昇格すれば部下が出来て上司という立場になる。
そして稀に、年下の兄弟が出来る場合だってあるのだ。
最近、やけに身体の調子が悪い。疲れやすいし、頭痛が頻繁に起こる。
でも食欲はちゃんとある。景姉さんの料理美味しいし。
それに、頭の痛くなる原因はわかっているのだ。
「うぉおおおい、お前も付き合えぇ!!」
風呂から上がると、仕事から早く帰ってきた母さんが食卓でまた酔っ払っていた。手には焼酎の一升瓶が握られていて、俺はため息を吐いた。
「また飲んでるんですか。母さん、身体に良くないですよ」
「だって小町の奴がさぁぁぁ」
また仕事の愚痴か。
小町さんとは母さんの仕事先の新人らしく、世話役を任されたのか色々と振り回されているようだ。まぁ四人の子持ちだし面倒見良いからな。
「ハイハイ、今日はどうしたんですか」
隣に座って、さりげなく酒を遠ざけ水の入ったコップを渡す。母さんはそれを一気に飲み干すといつものように愚痴り始める。一通り話し終えると満足してそのまま寝てしまうため、頃合いを見て寝室へ促すのが最近の俺の日課だ。景姉さんは妹たちを二階へ避難させている。
「ほらぁ、お前も飲むんだぞぉ」
「飲めませんよ。俺は未成年です」
「んぁあ?先輩の酌が飲めないってのか小町ぃ?」
「俺は小町さんじゃありません。てか母さん、男勝りどころかオヤジ化してますよ…」
完全に酔っ払いになっている母さんはテーブルに顔を伏せてウニャムニャ言葉を発する。ダメだこりゃ。
「うーん、今日こそ何の仕事なのか聞き出そうと思ったんだけどな」
何故か母さんは自分の職業を教えてくれなかった。美人だが景姉さんのような華奢な身体付きではなく、逆に筋肉質でいかにも体育会系な、正に男顔負けの体型をしているこの人は、いったい何の仕事をしているのか。これまでそれとなく聞いてきたが答えてくれたためしがなかった。
「今日はもう寝そうだな」
赤い顔は既に目をうつらうつらとさせていて、俺は仕方なく聞くのを諦め、肩を叩いた。
「母さん、寝るのなら部屋行きましょう。風邪引きます」
「んんぅ……小町のくせにこのわたしと寝たいなんて生意気なんだぞう」
「何の勘違いしてるんですか…それに俺は小町さんじゃありませんってば」
いつもよりだいぶ酔っ払ってしまい、ほとんど寝ている。こうなるとこの男並みの身体は俺一人で寝室に運ぶ事が出来ない。
「姉さん呼んでくるか…」
俺は一度自室へ行き、適当に上着を持ってきて母さんの肩に掛けると二階へあがった。
姉さんの部屋をノックすると、中には姉さんと木実だけがいた。
「あ、母さん寝ちゃった?」
俺が来たことで察しがついたのだろう。姉さんは苦笑いを浮かべた。
「はい。なんか今日随分と酔っ払っちゃって」
「あらあらぁ。木実ちゃん、今日はもうお布団敷いて寝ようね」
「うんっ」
姉さんとお喋りしていたらしい木実は、こっちへトテトテとやってくると手を万歳させた。
「おにーちゃん、みてみて!」
「ん?」
目線を近付けるべくしゃがむと、頭を下げててっぺんを見せてくる。
「あ、ゴムの飾りが違うのか」
言うと木実は嬉しそうに笑った。
「あたらしいのかってもらった!」
この間のショッピングの時かな。これは……ツル?
「もういっこあるよ!」
手に握り締めていたのか、木実は両手を開いてみせた。
「カメさんかぁ。また縁起の良い物買ってもらって良かったなぁ」
正直ヘアゴムの飾りとしては微妙なチョイスだが、可愛いので黙って頭を撫でてやった。
木実はエヘヘと喜んでいる様子だ。
「…お父さんが買ってくださったのよ」
景姉さんが後ろで言っていた。
「父さんが…そっか」
……俺も行きたかったな。
「おやすみ、おにーちゃん」
「あ、ああ。おやすみ木実」
「おやすみなさい」
「おやすみなさい…」
俺は姉さんのもとへ戻り布団を敷く手伝いをする木実の後ろ姿を、しばらく見つめていた。




