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超能力高校生探偵:白詰朔の幸福  作者: 正坂夢太郎
第四章 真の犯人を暴け!
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第五十一話 「朔と栞と破壊と再生」

「……支えてくれる人に、感謝しろよ」


 俺は、コンクリートから鋼の腕を引き抜いた。がらがら、と、破片が散らばる。デルは、白目を剥いて気絶していた。


「待てよ、クソ坊主……まだ終わっちゃいねぇぞ」


 後ろで、土台が立ち上がった。ゆっくりと振り向く。土台は、ぐったりとうなだれている相模の喉元に、ナイフを当てていた。さっきのナイフだ。


「はっはは……形勢逆転、てとこか。残念だったなぁ?」


 土台は、慎重に、俺を正面に見据えながら俺の後ろに回り込んだ。俺も後ろを向く。屋上の入口が後方にある状態で、土台と睨み合う。


「これ以上、何をするつもりだ」

「逃げるんだよ。どうやら、お前には、俺のフルパワーでやらなきゃダメらしい。ここじゃ、それは出来ないからな」

「逃げられると思ってるのか」


 風の吹き荒れる、六陵高校一年生棟の屋上。土台は、その入口の扉から離れた場所にいる。逃げられるわけがない。

 ――――なのに、どうして――――こんなに胸騒ぎがする?


「力、名声、平和、欲望。全てを満たすのは、金だ。俺がお前に勝つ理由はそこにある。クソ坊主、てめぇは俺に勝てない」


 土台は、手を空に掲げ――――叫んだ。


「『RAVAGE(ラヴィッジ)』!!」


 その瞬間、どこかで響いたエンジンの音が、瞬く間に接近し、耳をつんざく。


「あぶないっ!!」


 ドン、という衝撃音が聞こえる。質量をもった物質と物質がぶつかり合う、破壊の音。何者かによって前方へと突き飛ばされた俺は、その、突然現れ俺を突き飛ばした「何者か」が、バイクに衝突し、空を舞うのを見る。


「宗田さんっ!!」


 バイクに撥ね飛ばされた宗田さんが、宙を舞った。弧を描き、その身体が、柵を越える。手を伸ばす宗田さんの姿が、縁の向こうへ、消えてゆく。


「くっそぉぉぉおお!!」


 地面を蹴る。後ろから土台の下卑た笑い声が聞こえた。またエンジン音が鳴り、目の前にバイクが立ち塞がった。後輪をギャリギャリと回転させ、唸りを上げる。『RAVAGE』の文字が、雨に濡れて光って――――


「……ん?」


 何か、様子がおかしい。


「はっ……はっ……はぁ……! ざまぁ……ねぇなぁ……クソぉ……坊主ぅ……!」


 やけに、静かだ。


 次の瞬間、目の前のバイクが、俺に向かって飛び出してきた。だけど……これじゃまるで……


「ナマケモノ並だ」


 とてつもなくのろい。俺は横に飛び退き、鋼化した拳を振りかぶり、殴る。バイクは、ゆっくりと空中でへこみ、砕け、粉々になって飛んで行く。奥で笑っている土台は、まだバイクが壊れたのに気づいていないようだ。 まさか、これは――宗田さんの能力、か!


 空を見上げる。遠くに落ちる雷光も、心なしかその光度を落とし、風も弱くなり、雨も遅く、一粒一粒の形が、鮮明に見える。


「宗田さんっ!!!」


 縁に乗り出す。宗田さんは、カタツムリのような速度で、けれども確かに、下へと落ちていくところだった。


 ――――助けられる!!


 ――――けど、ここは屋上だ。こんなところから飛び降りたら――俺はどうなる?


「ぐッ――――!!」


 八年前の、あの光景が脳裏をよぎる。マンションのベランダから落ちてゆく、顔を闇色に塗り潰された、父。恐怖が――言い知れぬ恐怖が、俺の心に入ろうとしてくる。

「くそッ……何をビビってんだ、俺は!」


 思い出せ!宗田さんと初めて会ったあの日を!あの時の俺を!

 俺が、宗田さんを助けるんだろうが!


「うォォォォォォオオオッッ!」


 縁から勢いよく飛び出す。静かに下降してゆく宗田さんを、しっかりと抱える。柔らかな温もりが、俺を励ます。生きている温もりが、心を支える。


「目の前で殺して、たまるかよォォォォ!!」


 鋼化した足が地面にめりこむ。めきめき、と嫌な音がする。

 ――もう誰も死なせない!あいつらの思い通りには、させない!


「うァァァァアアアアッ!」

 両足が悲鳴を上げる。遅く進む世界は、徐々に俺の足を痛め付けてゆく。


 それからどれだけの時間が過ぎたのかは、分からない。宗田さんが、ようやく止まり、俺達は、地面へと膝をついた。


「や、やった……助かった……」


 胸を撫で下ろす。「宗田さん、なんであんな無茶――――」


 言いかけて、俺は息を呑む。宗田さんの顔から、生気が消えていた。


「そ……宗田さん……? おい……どうしたんだよ……」


 宗田さんの頬に手を当てる。生物のもっていい冷気じゃない。まるで、死人のようだ。

 はっ、と空を見る。雨粒はまだ、その形を俺に見せていた。


「宗田さん、能力を止めてくれ。俺達はもう助かったんだ」


 応答はない。唇が――――白くなっていく。


「宗田さん……宗田さん! 発動を止めてくれ! 宗田さん! 聞こえないのか!?」


 このままだと……宗田さんが、死ぬ!


「宗田さん! 起きてくれ! ダメだ、こんなところで死んじゃダメだ!!」


 どうする……どうすればいい!?

 宗田さんの顔からは、どんどん生気が抜けていく。遅くなっている世界の中で、俺しか宗田さんを助けることはできない。このままだと…………!

 記憶を呼び起こす。能力を止めるためには、どうすればよかった! 思い出せ……!



 能力を発動するには『夢』が必要だ。宗田さんの『夢』は、『白詰くんに認めてもらうこと』。宗田さんはそれを願ったから、能力が発動した。『鶴の恩返し』と同じく、宗田さんは俺に恩を返そうとして、身を擲って――――いや、今はそんなことを考えてる場合じゃない……!


 『夢』を願って超能力が発動するのなら……!超能力の代わりに、俺が宗田さんの『夢』を叶えてやればいい!


「……けど、どうやって……?」


 『宗田さんを認める』。そんなの、どうやったらいいんだ……?


 そのとき、俺の記憶が蘇った。昨日の朝、俺の部屋で、宗田さんが言った台詞。紫色の録音機から俺の声を流し、宗田さんは言った。


『あたしはね、白詰くんのことが大好きなの。この声を聴いてたら、すごく安心するし、嬉しくなるの。白詰くんがあたしのこと呼んでくれてる、認められてる、って感じられて』


『この声』。つまり、それは……例の、『栞、愛してる』。


 俺は急いで、胸ポケットから紫の録音機を取り出す。そしてそこで気づいた。ついさっき、デルの声をここに上書きしてしまった。万事休すだ。


「クソ……ッ!」


 水たまりに拳をぶつける。叩き上げられた水飛沫は、地面すれすれを放物線状に滑空する。宗田さんの両頬に手を添えると、冷たい温度が伝わってくる。時間は無情に過ぎてゆく。


「宗……田…………さん……」


 下唇を噛むと血が溢れた。顎を伝って、地面に赤の水溜まりが出来る。


「し……おり…………ッ!」


 宗田さんの目が、ほんの少し動いた。


「栞……愛…してる」


 頭の中で、『もっともっと、心の底から! うっとりと、聞いた相手が卒倒する感じで』と、来集の煽りが聞こえる。


「栞ッ!」


 栞を力一杯抱きしめる。俺の体温が伝わるように、氷を溶かすように。力強く、あったかく、抱きしめる。水晶のような涙が、俺の瞳から溢れる。


「好きだ……ッ! ……頼むから、俺の世界から消えないでいてくれ……!!」


 瞬間、世界の幕が開けたかのように、世界に音が溢れた。雨は激しく地面を打ち付け、雷が轟き、暴風が吹き荒れる。そのどれもが、俺たちを祝福しているように聞こえた。俺の腕の中で、氷が温度を取り戻していく。


「あれ……? 白詰くん……あたし……」

「……栞」


 栞の肩を優しく掴み、俺はキスをした。唇の先と先が、ちょこんと触れる程度の、キス。だけど俺たちには、それで十分だった。


「……俺は、洒落たことは言えない。だから、陳腐だけどさ……栞のこと、好きだ」

「――――う゛ん゛」


 ぽろぽろと、栞の頬に雫が滴る。


「頼むから、お願いだから……もう二度と、俺のために命を捨てる、なんてこと、しないでくれ。俺が、栞を、助けるから……“命の恩人”は、今日で終わりにしよう」

「――う゛ん゛っ」

「今日から、俺は……“栞の恋人”だ」

 栞の両手を握り、まっすぐに目を見る。栞の目には、俺だけが映っている。


「俺のことを、好きでいてくれるか?」

「――――あたりまえだよっ……! あたしは……白詰くんが、だいすき…………っ!」


 どばっと、涙腺が崩壊したかのように、栞はうえーんと泣き出した。「ひっく、ひぐっ……ありがどお、白詰ぐん」



「おい! クソ坊主!!」


 上から落ちてきた声に目を向ける。屋上の縁から、土台が顔を覗かせていた。


「……何を……!?」


 土台は、相模とデルを軽々と持ち上げると――――俺に向かって、順番に、思いっきり投げ落とした。物凄い速度で落ちてきた相模を、なんとかキャッチする。続いてデルもキャッチする。鋼化した脚にひびが入る。


「どういうつもりだ、土台!!」

「呼び捨てとは頂けねぇな、クソ坊主」


 そして土台は、何の脈絡もなく、屋上から飛び降りた。


「『RAVAGE』!!」


 土台がそう言うとともに、落下する土台を追うように、先程俺が壊したバイクの破片が虫の群れのように集まり、元のバイクの形に戻った。空中でバイクに跨がり、回転しながら着地する。


「言ったろ、クソ坊主。金さえあれば、なんでもできるってよ」

「……なんで、デルを落とした。……殺そうとした」

「もういいんだ、ソイツは」


 真っ黒な笑みを浮かべる。「使い物になりゃしねぇ。また別の依頼人カモを見つけりゃいい話だ」

「だから殺そうとしたのか」

「ああ。何か悪いか、クソ坊主」

「デルを支えに生きてる人がいる」


 ゆっくりと、腕をまくる。脚がぎしぎしときしむ。「それだけだ」


「俺をどうにかするつもりなら、また今度にしようぜ、クソ坊主。俺だって万全の状態じゃねぇ」

「ふざけんな」

「……そうムスんなって。また今度、ゴキブリを山盛り使って、じわじわと苦しませて、殺してやるからさ」


 バイクのグリップを握る。マフラーから、煙が噴き出た。タイヤが回転し、地面を掴んで走り出す。


「逃げんなッ土台今男ォッ!!」


 土台を追うように走り出す。一歩踏み出すごとに脚が軋み、血が漏れる。土台の高笑いが、どんどん遠くなっていく。校門に来たところで、俺は体勢を崩した。


「ク……ソッ…………!」


 諦めかけて、目を上げたところで――――おかしなものが、目に飛び込んできた。

 それは、文字だった。

 次に、機械になった。

 最後にはそれは、バイクになった。


『シロサクが困ってるときは絶対、俺が助けるからだぁ!! だって俺とシロサクは、親友だもんなぁ!!』


「……相模、お前は……ほんまもんのバカだよ」


 俺の目の前には――至るところに『相模』と白く書かれたバイクが、植え込みの陰に立て掛けられていた。


 そういえば、と、思い出し、ポケットから相模にもらった鍵を取り出し、そのバイクに差し込んでみると、エンジンがかかった。――――いける。


「白詰くんっ」


 息せききらせた栞が、走ってきた。「あたしもっ……あたしも連れてってっ」

「ダメだ」

「なんで?」

「危ないからだ。土台は、平気で人を殺す。ちり紙を捨てるのと同じ感覚で、棄てる」

「でもっ……白詰くん、言ってくれたよ! あたしを守る、って」


 栞の瞳は、まっすぐに俺を見ていた。俺は頷く。


「俺のことは朔、でいいよ、……栞」


 ヘルメットを渡す。栞は俺の後ろに跨がり、雨の中を相模号のライトが照らし出し、『RAVAGE』を浮かび上がらせた。

 栞の体温を背中に感じながら、グリップを回し、バイクを発進させた。最高速度で、土台を追いかける。至近距離まで近づいたところで、腕をまくる。


「『鋼狼爆走族イラプティヴウルフ』!」


 タイヤ状の鋼狼タングステンの塊を飛ばす。一体が電柱に激突し、めきめき、と土台の進行方向に倒れ込む。


「ひゃっはははははァ! 残念だったなァクソ坊主! お前とはここでお別れだ!」


 『RAVAGE』が先尖形に変形し、倒れた電柱をぶち破る。破壊された破片がふり注ぐ。


「しっかり掴まっててくれ、栞! ――――『鋼狼の爆走車輪』!」


 タイヤ、ミラー、エンジン、マフラー、そして俺と栞を、すべて鋼化コーティングする。降り注ぐ破片は全て跳ね返り、俺達は瓦礫の雨を突破した。


「すごい! ね、ね、さく、もう一回やって、もう一回!」


 栞は妙に興奮している。一瞬、緊迫していたのを忘れ、ふふっと笑いが漏れた。

次回で章完結の予定です。

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