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超能力高校生探偵:白詰朔の幸福  作者: 正坂夢太郎
第四章 真の犯人を暴け!
49/55

第四十九話 「マモリタイモノ」

俺達には、マモリタイモノがある。

「こ、これは……なんですか!?」


 滅茶苦茶になった水泳部部室を覗き俺は呻く。


「真犯人の仕業よ」


 ダリアさんは目を閉じ、文章を読み上げる。「『4/18 06:48酉饗津惟水泳部男子更衣室貸出』。さっき確認してきたわ。酉饗津惟は、今朝はカワサキさんと一緒だったのよね。ということは、二人は管理人室には寄っていない。もちろん水泳部部室の鍵なんて手も触れていない。つまり、これは真犯人の工作」

 ダリアさんは目を開き、ポケットから一つの鍵を取り出す。『水泳部男子更衣室』とかかれた半透明なプレートが引っ提げられている。


「これはそこの植え込みに落ちていたの。恐らく、犯人は、管理人室まで鍵を返しにいっている時間がなかったから放り捨てたんでしょうね。実際貸出表にこの鍵が今日返された記述はなかったわ」


 緊急集会のせいか。


「でも、どうして犯人はそこまで慌てていたのか。その理由の根拠になるのが、緊急集会と併せて、この水泳部部室の惨状。恐らく――――」


 ダリアさんはくい、と部屋の中へ目をやる。


「真犯人はこの部室に“忘れ物”をしていたの」

「……忘れ物?」

「そう。犯人は慌てて忘れ物を探していた。しかも、片付ける余裕もなかったということは、まだそれは見つかっていない可能性が高いわ」

「それってつまり…………“見られたらまずいもの”がこの部室にあるってこと、ですか」

「ええ。恐らくそれは――――犯人の特定に繋がるものよ」

「“物的証拠”、ですね」


 俺は唾を呑み込む。野次馬のざわめきが遠ざかっていく。

 ついに――――ついに犯人がわかるのか。この一連のゴキブリ爆弾事件を企て、土台今男達を雇い、酉饗津惟を追放させようと目論んだ犯人が。


 にしても、凄い推理力だな。


「私達も今来たばかりなのだ。たった今テープを張り終えたところでな」

「じゃあさっそく探しましょう」


 俺は部室に踏み込み、床に落ちている雑誌や空き缶、衣服や湿布などを次々と除けていく。時間をかければ、きっと見つかるはずだ。

 後ろで何かが動く気配がした。振り向くと、シーマンさんが手に何かを持って立っていた。雲を通り抜けた陽光を反射し()それは、未来への希望に見えた。


「探し物はこれか、クローバー」


 そうしてシーマンさんはにやりと自慢気に笑う。「隅の見つけにくい部分に落ちていたが、埃をかぶっていなかった。恐らくこれが、犯人の忘れ物だ」


 俺はシーマンさんからそれを受け取り、まじまじと見つめる。見覚えのある形状だ。つい最近まで、毎日のように目にしていたような気が――――



『いつかまた、会えればいいわね』



「――――――あ」

「どうしたクローバー」


 シーマンさんが俺の顔を覗き込む。「思い当たることがあるのか」

「ロケットペンダント」

 目を細めて呟く。

「光ってた」


 生徒会長、五位鷺さんは、事件に遭遇する前に犯人と遭遇した。そのときのことを彼は、そう言っていたはずだ。

『光っていた』、と。


「クローバーくん?」


 ダリアさんも心配そうに言う。俺は無言のまま、そのペンダントを開いた。


 そこにあったのは――――それは一枚の写真。少し懐かしい、彼女の姿。俺と初めて会った頃の彼女。



『ここは私の職場ですから』



 無表情で、しかし感情のこもった声でそう言い渡した彼女の顔が、色鮮やかに蘇る。俺は確信を得て、ロケットをとじた。


「ダリアさん、シーマンさん。ありがとうございました。真犯人……なんとなく分かった気がします」

「何だと」

「本当なの」

「今からそれを確認してきます。これ、貰っていきますね」


 ロケットをポケットに突っ込み、部屋を出て、テープをくぐり、波を越えて、俺は六陵高校を後にした。まっすぐに坂を降り、駅へと向かう。


 今から会いに行く彼女に聞きたいことは山程あった。しかしまさか、こんな形で会うことになるとは思ってもみなかった。


「ふふっ……案外早く再会できそうですよ」


 俺の心臓は高鳴っていた。それが疲れからのものなのか、感情からのものなのか、そんなものは今はどうでもよかった。ただ俺は、彼女にまた会えることが、嬉しくて仕方なかった。








「行ってしまったぞ」

「そうね」


 野次馬の声に包まれた部室棟の水泳部男子更衣室で二人は呟く。


「結局のところ――――我々は補佐役だな」

「まあ、今回に関しては、それでもいいと思うけれど」

「そうだな。少しでも役に立てたのなら、それでいいか。あれで犯人が割れれば万々歳、割れなければ――――」

「皆が万々歳になる」

「クローバー達がヘマをやらかすとは思えないがな」


 シーマンはふんッと胸を張った。いつも思うのだけれど、彼の根拠のない自信の源泉は何なのだろう。


「……そういえば、シーマン、あなた、また廊下に写真飾ったでしょう」

「悪いのか」

「あのねえ……前から言ってるように、私達が神託の間に入るときに、あの額縁は揺れるのよ。それが六陵七不思議の一つになっていることは知っているわよね?」

「だが、ダリア。音楽室には音楽家の肖像画を飾るのがマナーというものだ。常識だ」


 それはどこの世界の常識なのか。


「先代は肖像画なんて飾っていなかったじゃない」

「それはそうだが、先代は額を飾るのに何も反論しなかったではないか」

「それは、それが後に六陵七不思議の一つになるなんて知らなかったからよ」

「だが、先代は認めてくれたではないか! 七不思議として騒がれるようになっても、『取り外して』とは言わなかったではないか!」


 有田千鶴はゆっくりとため息をつく。「シーマン、あなたは少し先代を引っ張りすぎじゃないかしら」

「べ、別にいいだろう! 我々にとって頼れる上級生というのは先代だけだったのだぞ!」


 シーマンはぷんすかと肩を揺らす。


「それはそうだけど、もう先代はここにはいないじゃない」

「そ、それは確かにそうだが……第一、ダリア、君は本当に先代への恩というものが足りない!」

「私は先代の方が好きだったけれど」

「そっ……それは私に失礼だ!」

「自分の方が好きだって言ってほしいの、シーマン?」

「ッ…………」


 シーマンは耳を真紅に染める。本当に、誉めて欲しいんだったらそう言えばいいのに。見栄っ張りだけは一流だから、余計に厄介だ。


「私はシーマンの方が好き」

「こっ…………心が込もっていないのだ、心が! ダリアはいつだってそうだ! いつだったか、去年の体育大会のとき――――」


 私はわーわーと喚くシーマンと共に水泳部部室から出て鍵をかけた。

 今私達にできることは、もう見守ることくらいだ。だから私は、新入部員三人の顔を思い浮かべる。クローバーくん、カワサキさん、ソーダさん。三人とも素質に溢れた人間だ。

 彼らならきっと、この事件を解決できる。いつしか有田千鶴は、そんな根拠のない自信を抱いていた。

 その源泉が、彼らを“信じる心”であったことを、彼女はまだ知る由もない。






 ◇◆宗田栞◇◆






 鍵の閉まる音が聞こえた。


 雨の音が鳴る中に、耳をすませば小さく足音が聞こえる。それは、赤帽の男含む四人が遠ざかっていく音。そしてそれは、やがて雨音に掻き消されて聞こえなくなった。


「ごめんな、宗田っち。俺があいつらに捕まったばっかりに」

「ううん、ちがうよ」

 宗田栞はぶんぶんと首を振る。「それもあるけど、あたしはあの人たちに聞きたいことがあって」

「聞きたいこと?」

「うん、実はね、高校で起こってる『ゴキブリ爆弾事件』なんだけど………………」




「そうだったのかー……」


 相模友久はぽかーんと口を開ける。「いきなり集会なんておかしいと思ったけど……そんな捜査なんかしてたんだなぁ」

「相模くんは、なんであの人たちに捕まったの?」


 赤帽の男達が御簾川紗希に石を投げたところを偶然目撃して殴りかかったのだと言う。


「御簾川っちに石を投げるなんて、信じられないだろぉ? だって、御簾川っちは、俺の友達だし、俺達のアイドルなんだし」


 アイドルだったんだ。


「でも多勢に無勢だった。あっけなくやられちゃってさ、情けないな」

「そんなことないよっ、相模くんはすごく勇気のある人だよ」

「……俺は、一人でいるのが恐いんだよ」


 弱気な声で相模は言う。「昔いじめられててさ。それからは、周りの人と一緒にいなきゃ、一緒にいなきゃ……って、それだけを考えて生きてきたんだ。だから、友達を失いたくなかった。一度友達になった人が、俺の目の前で傷つけられるのは嫌だった。許せなかっただけなんだ。勇気とか、そういう話じゃないんだ」

「…………白詰くんも、おんなじこと言ってたよ。『俺にはマモリタイモノがある。家族に友達、そして幸福。一度手に入れたものを、救った命を、目の前で失いたくない。結局、俺は、お人よしというよりは、怖がりなんだよ。目の前で失いたくない、それだけなんだ』って。だけど、あたしは、白詰くんが臆病者だなんて思わない。白詰くんは、…………かっこいいもん」

「………………宗田っち…………ありがとなっ」


 相模友久は嬉しそうにはにかんだ。そして縛られた両手を上げる。「頭撫でたいとこだけど、縛られてるからなぁ」


 二人の間に、束の間の笑顔が生まれた。



 ◇◆白詰朔◇◆



 ひとまず俺は、大急ぎで自宅へと帰る。びしょ濡れの姿で店に飛び込んできた俺を見て、母さんが目をむいた。


「どうしたの」

「母さん、茲竹さんの新しい就職先の住所を教えてくれ」

「えっ?」母さんはきょとんとしている。「別にいいけど……ちょっと待ってて」


 そう言って母さんは奥に引っ込む。丁度タイミングがよかったのか、店には誰も

おらず、びしょびしょの俺を見て目を背ける人もいない。


「白詰?」


 関西風の抑揚を伴った独特の口調で、厨房から声がした。来集だ。


「何してんの、こんなとこで」

「何って……ここは俺の家だ。てかお前、学校は?」

「それはええねん、早引けしたし。じぶん、捜査中なんやろ?」


 来集はエプロン姿だ。腕を組んでいる。


「万事解決、って顔じゃないやん。……まさか、諦めたんちゃうやろな?」

「今、まさに捜査中なんだよ」

「そんならええけど。ここにはうちらがおるからな、心配せんでええで」

「ああ」


 俺は生返事をする。


「そうだ、来集。東郷さんに言伝を頼めるか?」

「東郷さんに? 言伝?」


 来集は眉を寄せた。東郷さん、言伝、どっちが琴線に触れたんだろうか。いや、今はそれはいい。


「もしかしたら、血で血を洗うようなことになるかもしれない。だから、もしもの時は、助けてくれ、って」


 来集は俺ににじり寄り、じーっと食い入るように見つめてきた。最初に会った時の、あの剣幕と似ている。


「……わかった」


 来集はうなづく。それとほぼ同時に、新就職先の住所が書かれた紙を持った母さんが戻ってきた。俺は母さんと来集に礼を言い、雨の中へと駆け出た。



 ◇◆御簾川紗希◇◆




 御簾川紗希は倒れていた。

 轟轟と雨が打ち付ける繁華街の道路で、額の包帯に血を滲ませていた。すっかり陽は暮れている。街を行く人々は彼女に見向きもしない。御簾川紗希は流れ出す血と体温が自分の体力を刻一刻と奪っていくのを感じながら、後悔を始めていた。

 私は死ぬかもしれない。何針も縫ったような手術の直後に病院を飛び出したんだから、そうなってもおかしくない。むしろ生きられていた方が奇跡だったのかもしれない。

 私はどうしていたらよかったんだろう。津惟を助けようなんて思わなかったらよかったのか。らしくないことしたのがダメだったのか。それとも私は、六陵高校に入るべきじゃなかった?そうだよね、それがそもそも間違いなんだよ。


 でも、私がこんなところで死んだら……津惟はどうなるの?今自分の家で資料を調べてる津惟は、私が津惟に会いに行こうとして死んだんだって知ったら、どう思うだろう。いや、違う。津惟は、どう思われるんだろう。六陵高校のゴキブリ爆弾事件の犯人だって誤解されたまま私が死んだら……次は私を殺した犯人に仕立て上げられるかもしれない。今まで散々津惟のことを陥れようとしてきた真犯人なら、それくらいしてもおかしくない。


 だったら……私は死ねない。こんなところで死ぬわけにいかない。これ以上、真犯人の手の内で踊らされるわけにはいかない。

 津惟を泣かせるわけには……いかない。


 御簾川紗希は地面に手をつき、精一杯の力を込めて体を持ち上げた。ゆっくりと上半身が起きる。後ろ手をついて足に力を込め、ふらつきながら立ち上がった。下には紅い水溜まりができている。

 前に進もうと足を一歩踏み出す。が、そこで平衡感覚を失い、右足がくず折れた。再びよろよろと立ち上がる。今度は左足から倒れる。前方にあった泥水に顔が突っ込み、滑らかな髪を、制服を、残酷に濡らした。


「私……は…………」


 側を通った人の靴が水をはね彼女に降りかかる。御簾川紗希は、頬に伝う泥水を拭い、また起き上がろうとした。

 その時前方に、何者かが現れた。


「どうした、嬢ちゃん。びしょ濡れじゃねェか」


 大柄で、巨大なビニール傘をさし、まるでのようなその男は、目の前で彼を見上げている少女に、手を差し伸べた。


「せっかくの美人が台無しだ」


 差し出された手をとり、御簾川紗希は立ち上がる。「ありがとう……ございます」


「雨に唄うのはもう少し小降りのときがいいんじゃないかィ」


 うっはっはと熊は笑う。悪い人ではないようだ。「どこ行くんだィ嬢ちゃん。送ってやる」


「お気持ちは嬉しいですけど……私びしょ濡れですから、今更傘に入っても変わりませんし……」

「何言ってんだィ嬢ちゃん。お前さんみてェな美人が雨に打たれて歩いてたら、男は誤解しちまうんだよ、色々とな! それが危なっかしいから送ってやるって言ってんだ。分かったかィ」


 そう言って熊は御簾川紗希の肩をガシッと掴み、自分の傘の中に引きずり込んだ。少し荒々しかったが、不思議と嫌な感じはせず、むしろ母熊のような抱擁感があった。


「…………ありがとうございます、熊さん」

「…………うん? お前さん今――――」

「――――――あ!」


 御簾川紗希は大きく否定の身振りを取る。「違うんです、私、そういうつもりじゃなくて――――――」

「…………ぶっ…………うっはっはっは!」


 熊は腹を抱えて笑った。「いやいや、嬢ちゃん中々見る目があるじゃねェか!! 俺を見て『熊』ってのは、的をてる!! 気に入った!!」


 なんだかよく分からない内に、彼は御簾川紗希に肩を貸して共に歩き出した。彼は上機嫌に自己紹介などをしてくれ、御簾川紗希は、世界にはまだまだいい人がいたんだ、と、安堵感に包まれた。



 ◇◆白詰朔◇◆



 雨を縫いギラギラと攻撃的に光る夜のネオン街は、まるで自分達が繁華街の太陽であると主張しているかのようにさえ見える。

 白詰朔は傘を傾け、紙を取り出す。先程母から貰った、ある場所の住所が書いてある紙だ。その場所へと向かう。どんどんと奥に行けば行くほど、通り過ぎる男達の顔には自信が満ち溢れ、肩で風を切っている。店先のバニーガールと目が合い、咄嗟に視線を外した。時折酔った中年の男が絡んできたが、無視して歩く。


「…………ここか……」


中華娘店ちゅうかにゃんてん 御饅』と書かれたネオンの下で白詰朔は足を止めた。あの人がこんな場所で働いてるなんて、到底信じられないけど……行くしかない。

 白詰朔は大袈裟な決意を固め、店の中へと入った。少し怪訝な目を向けられたが、あの人を指名し、案内された個室に入る。水のロックを頼み、気を落ち着ける。


 ――――今更ながら、俺はとんでもない場所に来てしまったんじゃないだろうか。あの人に用があったんなら、店が終わるのを待ってればよかったんじゃないか?いやでも、それだと時間がない。じゃあ、ここの電話番号を調べて電話するとか。そうでなけりゃさっきの人に呼び出してもらうとか。他にも方法はあったはずだ。何だって俺は、こんなところにのこのこと入ってきたんだ!


「お待たせしましたにゃん」


 個室の扉が開き、あの人が入ってきた。紅の中華チャイナ服を羽織り、太ももや腕や胸元は、俺の理性ギリギリを保つかぶち破るかくらいまではだけている。豪華絢爛な髪飾りを着けたその人は、長年見てきたその人とは、蠱惑的で、まるで別人かのように違って見えた。そして可笑しなことには、その頭には水色の猫耳、臀部からは透き通るような紺の尻尾が伸びていた。


「今日はどうしたんですかにゃん。初めてご指名頂くお客様ですよ……にゃ……………………」


 顔を上げたその人は、俺の姿を見て顔を凍りつかせた。俺だって、その人の余りの変貌に固まりたいところだったが、時間的な制約もあるし、そういうわけにもいかない。仕方なく、俺は切り出した。


「……お久しぶりです、茲竹さん。……このロケットの持ち主について聞きたくて来ました。心当たりがありませんか」


 実際は二日振りだけど、俺は久しぶりと言いたい心境だった。

 俺が開いたロケットを見て、茲竹さんは更に固まった。

 なぜかって……そこには他ならぬ、茲竹さんの写真が入っていたからだ。




 ◇◆白詰朔◇◆




 茲竹デル、というのが、茲竹さんの弟の名前であるらしかった。


「これがデルよ」


 猫耳と尻尾を外した茲竹さんは、胸元から下がっていたロケットを開き、写真を見せてくれた。頼りなさそうな男子が、満面の笑みをこちらに向けている。写真から判断すると、相当昔のものなのだろう。見たことのない面だ。


「このロケットは、六陵高校のとある場所に落ちてたんです」


 俺は再度ロケットを見せる。「茲竹デルは、六陵生なんですね」


 ええ、と茲竹さんは頷いた。「経緯いきさつを話すと長くなるけれど……それでもいいなら話してあげるわ」

「お願いします」


 茲竹さんはチャイナドレスを翻し、俺の横に座って、喋り始めた。


「全ては十年前の“イケニエ”から始まったわ。母が、“イケニエ”の被検体として選ばれたの。もちろん逆らうことは出来なかった。母は最後に、『デルを頼むわね』と言い残して去っていった。父は私達を見放していた。だから私は、何としてもデルを守らないといけなかった。それにはお金が必要だった。だから私は、デルのためにお金を稼いで、二人で生きてきた。『らぁめんよつば』が私の職場だった。私達は順調に生きていた。だけど…………デルがあるとき、大怪我をした」


 病院に運ばれた。後遺症が残り、“普通の暮らし”を送れなくなった。


「そしてデルは、学校をやめた。いつもデルは誰かを恨んでいた。多分それは、怪我の原因となった人のことなんだと思う。そしてその人が六陵高校に行ったと聞いて、デルはその後を追ったの。そして銀行のデルの口座にあった金を全部おろして、“黒の走り屋”っていう依頼請負人に仕事を頼んだ。その人にどういうことを依頼してるのか、私にはわからない。だけど、人に言えるようなことじゃないっていうのは分かった。一度だけその請負人の顔を見たことがあるけれど、金髪ピアスで、正気を失った顔をしてた」


 土台今男だ。


「私が『らぁめんよつば』を去ったのは、君が六陵高校に入ったと知ったからよ。六陵高校に入ったら、皆デルみたいになる……そんな君を見ているのは嫌だったの」


 茲竹桃娘はロケットペンダントを手に取り、胸に抱き締める。


「復讐に追われるデルを見ているのは辛かった。でも、こうやって私がお金を稼いで、それを仕返しに使って……それでデルが報われるのなら…………って、そんなことを考えて…………いつか、いつの日か、またこの写真を取ったときのようにデルが笑ってくれれば、って、ただそれだけを思って私は頑張ってきたの。私がお金を集めてさえいれば、いつかデルの幸せを買うことができるんだ、って。だけど、デルは……デルは、ペンダントを捨てたのね……」


 静かにペンダントを握りしめる茲竹さんを見詰め、俺は所在なく佇む。弱気な茲竹さんを見るのは、生まれて初めてだった。いつも朗々としていた茲竹さんは、『デルを守る』という確かな目的があったからこそ、あそこまで頑張れていたんだ。


「茲竹さんは二つ勘違いしてます」


 俺はとん、と机を叩く。「まず一つ、六陵高校に入った人は皆心を闇に苛まれるわけじゃないです。六陵高校での暮らしを楽しんで、生き生きとしてる人も沢山います。第二にデルはこのペンダントを捨ててたわけじゃないですよ」


 金色に光るロケットペンダントを指にぶら下げ、続ける。


「多分デルは、これを偶然落としたんです。そして夜か翌朝か、少なくとも二日としない内に無くなったことに気付いた。そして朝一番に落とした場所に潜り込んで、部屋中を引っ掻き回して探しまくった。デルにとってこのペンダントは、それくらい大事なものだったんですよ」

「それは本当なの」

「ホントですよ。この目でしかと見届けましたから」


 めちゃくちゃにされた水泳部部室を思い出す。「デルが茲竹さんのことを大事に思ってる証拠です」


 そんな彼が、酉饗を陥れようとした。つまり、デルがそんなことを理由は――――

 酉饗がデルに大怪我を負わせた張本人だから、だろう。


「さっき言った後遺症というのは、精神を病んでいるということなの。デルは心にも大きな傷を負っているのよ」


 茲竹さんは、淡々と、自分を責めるような口調で続ける。「デルはいつも、どうしたらアイツを惨めな目に遭わせられるか、どうやったらアイツを自分より無様に出来るかということしか考えなくなった。それ以外のことを考えられなくなった。日常生活を送れなくなった」


 それほどまでの恨みを抱いたっていうのか。


「……君はどうしてデルのことを調べているの? デルは、一体、何をしているの」

「俺の友達が被害に遭ってるんです」

「友達」

「その通りです。茲竹さん、悪いですけど、俺はたとえ犯人が茲竹さんの弟でも、躊躇いなく突き出しますよ。茲竹デルは“追放”です。六陵高校から追放です」


 茲竹さんは喉を鳴らした。

「デルが…………デルが、悪いんでしょう」


「…………そうです」


 俺は断言する。いくらデルと酉饗の間に確執があったからと言って、関係の無い六陵生を何人も巻き込んで、俺の家を襲わせて、そんなヤツが六陵高校でのさばっていていいはずがない。それに加え、俺の尊敬する茲竹さん、実の姉に心配をかけまくって、御簾川が怪我をして、宗田さんに汚い世界をこれでもかと見せつけて、俺が許せるはずがない。


 だけど……茲竹デルを追放しただけでは終わらない。それだけでは、真に終わりとは言えない。


「茲竹さん。デルを呼び出して下さい」

「え?」

「俺が話し合って、改心させてみせます。二度とこんなことをしないように、“後遺症”から救ってみせます」


 茲竹さんは少し怪訝な表情で俺を見ていたが、ふっと吹き出した。

「君は昔から変わらないわね。みんなが幸せになればいい、って。嬉しいけれど……そんな考え方だといつか身を滅ぼす。間違いなくね」

「違いますよ」と即答する。


「茲竹さんは俺の憧れの女性(大事なヒト)だからです。茲竹さんが悲しんでる姿は見たくないから、だからデルを正気に戻すんです」


 茲竹さんは、ありがとう、と言って席を立った。一瞬、目が潤んでいるように見えたが、彼女は携帯電話を取りに、奥へと引っ込んでいった。

 俺は天井を見上げ、安堵の溜め息をついた。




 ◇◆御簾川紗希◇◆




 私は天を見上げ、安堵の溜め息を漏らした。

 二日振りの酉饗邸は、変わらず鈍光を放っていた。熊さんに礼を言い、私は一人、チャイムを押す。迷いは一切なかった。傷口から流れ出す血は、いくらかましになっていた。

 中に入ると、前に見た記憶のある老紳士が出てきた。彼は自分を御嬢様の付き人だと言った。


殿守部伴造とのもりべばんぞうと申します」


 その古めかしい名と顔に刻まれた幾重もの皺から、彼が老齢であることは分かったが、彼は老人とは思えないほど美しい姿勢で、眼光も鋭く、スーツが非常によく似合っていた。


「私は御簾川紗希っていいます。あの、津惟は……」

「お嬢様は寝室に籠られております」

「会えないってことですか」

「いえ。ですが、お嬢様はこうなると頑ななものでございます故……入っていくと、すぐに追い返されるのでございます」

「……私をその部屋まで連れていって下さい」

「宜しいですが……失礼でございますが、あなたは」

「……私は津惟の友達です」


 老紳士の口元が少し柔らかに緩んだように見えた。




 老紳士に連れられ、高速昇降機エレベーターで631階まで上がる。信じられないことに、この階全体が津惟の居住スペースらしい。老紳士はいつの間にかいなくなっていた。

 目の前にある扉をゆっくりと押し開ける。老紳士が開けたのか、初めから開いていたのかは判然としない。入ってすぐにリビングのような空間に出た。と言っても、だだっ広い空間の中央に白塗りの丸机があり、その上や周辺にパック容器や靴下をはじめとしたゴミや衣類、雑貨にぬいぐるみなどが散乱していた。


 何か音が聞こえた。

 それは水の流れる音。その上を叩く裸足の音。そして、微かに人間の身体のしなる音と――――荒い息遣い。


 御簾川紗希は咄嗟に音のする方へと駆けた。向こう側が彼女の足音に気づき、焦り身じろいで水の流れが変化する。質量と体積を持った薄い金属が真鍮のタイルに落ちる。全てが音として彼女の耳に響き込んだ。

 白木の格子扉をガラガラッと開き、磨りガラスを開く。その奥で蠢いていた人物が、鬼を見るようにして御簾川紗希を見上げ呻いた。


「……紗…………希…………」


 そこにいたのは、裸で御簾川紗希を見上げる酉饗津惟だった。

 そこにあったのは、白刃に紅が光る剃刀だった。

 そして、そこに流れていたのは――――――透明な水と、それに溶け込む真っ赤な彼女の血液であった。








 ◇◆御簾川紗希◇◆








 幸い傷は浅く、死に至るようなものではなかった。御簾川紗希は懐から絆創膏を取り出し、酉饗津惟の手首に貼り付ける。

 酉饗津惟は長い間息荒く肩を震わせていた。御簾川紗希は、彼女が落ち着くまで十分に待ってから喋り出した。


「津惟」


 酉饗津惟はバスローブに身を包んでいる。髪は冷たく濡れている。御簾川紗希は、そんな彼女を真っ直ぐに見つめた。


「お願いだから……一人で抱え込まないで」


 御簾川紗希は、酉饗津惟を抱き込んだ。


「辛いことがあるなら、私達に頼って。自分を追い詰めないで。世界に絶望しないで。津惟には、寄りかかる人がいるんだから。私達がいるんだから」


 酉饗津惟の双眸から静かに涙が零れた。涙はきらきらと光りながら、二人の間に溶け込んでゆく。


「お願いだから……誰かのために自分を殺さないで」

「…………う゛ん」


 酉饗津惟は、静かに、しかし確かに、頷いた。そして彼女は、どうして手首を切ろうとしたのか、その理由を、静かに語り始める。



 ◇◆酉饗津惟◇◆



 家に帰ってきて、酉饗津惟は六陵超百科を繰った。自分の見知った顔がいないか――探すために。

 そして、茲竹デルを見つけた。彼は、酉饗津惟が起こした暴力事件によって怪我を負った男子生徒だった。

 酉饗津惟は思いを巡らす。どうして彼が六陵高校にいるのか。理由として考えられるのは一つだけだ。


 ――――暴力事件で酉饗津惟が負わせた、怪我のせいだ。


 きっと、怪我のせいで六陵高校の入学条件に当てはまってしまったのだ。きっと、スポーツ推薦が確約されていた彼は、行き場をなくしてしまったのだ。ということは、彼が酉饗津惟を恨むのは当然の話だ。当時陸上部のトップ選手であった彼は、そのせいで部活さえも辞めさせられたからだ。復讐を企てても、何一つ、おかしくない。むしろ復讐しないほうがおかしい。


 全ての元凶は――――酉饗津惟だ。



 ◇◆御簾川紗希◇◆



「デルは、私にっ、いなぐな゛っでほじがった。私を゛見だぐな゛がっだ。だから゛私は……」

「…………死のうとしたんだね」

「う゛ん――」


 御簾川紗希の平手が酉饗津惟の頬を捉えた。甲高い音が響く。酉饗津惟の頬が腫れ上がる。


「栞ちゃんが前に言ってたでしょ、『この世界にいたらいけない人なんていない』って。津惟は、もう忘れちゃったの? …………津惟。津惟は死んじゃいけないの」

「死んじゃ…………いけない………………?」

「悪いことをしたのなら、罪を犯したのなら、何があってもその罪を償わないといけないの。それが終わったとしても、死んじゃいけない。自分を殺しちゃいけない。だって、誰も嬉しくないから。皆悲しいはずだから。私は津惟が死んだら悲しいよ」


 包帯から滲んだ血が筋となって御簾川紗希の頬を伝う。「信じて」


 酉饗津惟は大粒の涙を溢した。

「ごめん…………ごめんな、紗希。私、自分のことばっかりで……紗希のこと、何も考えられてなくて……」

「いいよ、そんなの」

 御簾川紗希は血の涙を拭い去り、酉饗津惟の手を取った。「そんなことより、反撃開始だよ、津惟」

「へっ?」


 御簾川紗希は机の上にあったアルバムを手に取った。裏に返すと『茲竹デル』と書いてある。彼自身のものらしい。


「津惟が前にいざこざがあったとしても、今回のことに関しては譲れないよ。向こうは津惟を陥れるためだけに関係ない人たちを巻き込んでるんだから、追放されて当然だよ」

「で、でも…………私がデルを殴って再起不能にして」

「そもそも、それもよく分からないよね。ねぇ津惟、その暴力事件って、具体的にはどんな事件だったの? 本当に津惟が悪かったの?」


 津惟は顎に手を当てる。深く考え込む。


「私があの声を聞いたのは、確か、三年生の秋頃だったな」



 ◇◆酉饗津惟◇◆



 酉饗津惟は夕方の校庭を走っていた。彼女の通う中学校は、比較的金持ちが多く通う高校であり、外観を美しく保つことに資金を用いるために、校舎はいつも清潔だった。彼女は部活のない日に学校に出て、走り込みをしていた。

 彼女が体育倉庫の近くを走りすぎたとき、声が聞こえた。大きくはないが、高い女子の声であり、言葉と言うよりは、短く上げた悲鳴に近い。


「え?」


 酉饗津惟はゆっくりと速度を落とし、右後方、声のした体育倉庫のあたりに目をやる。何も聞こえない。だが、先程聞こえた悲鳴がとても生々しく感じられ、あれは一陣の風が運んだ木の葉擦れの音だったのだとか、たまたま誰かが何かを落とした音が耳に飛び込んできたのだとか、そういった考えに納得することができず、気付いたときには、踵を返し、体育倉庫の方へと歩き始めていた。

 風が強く吹き、木の枝を揺らし、その震動が酉饗津惟に響き、彼女は息を呑んだ。呼吸を整え、周囲を見渡す。

 校舎に囲まれ、鬱蒼とした影に包まれている体育倉庫は、輪郭のない獣のように風を唸らせる。物音がまるで聞こえない。姿はないが、毛むくじゃらの巨大な生物が、どこかで待ち構えているのではないか、と感じる。

 先程の悲鳴のようなものは何だったのだろうか。先程まで自分のいた校庭を振り返る。そしてまた前を向き、体育倉庫を見つめる。


「もし、あの悲鳴が本物なら、無視していいはずがない」


 酉饗津惟の中の正義感が雄叫びを上げる。そのとき、体育倉庫のそばに転がっている、女物の可愛らしいポーチを見つけた。中には化粧道具やアクセサリーが入っている。外側は土を被っている。


 また、悲鳴が聞こえた。


 鳥の悲鳴や、空き缶の投げ捨てられる音にも似た、一瞬の声だった。それは確かに体育倉庫から聞こえた。


 誰かがいる。


 酉饗津惟は、警察犬さながらに鼻をひくつかせる。体育倉庫の外側には、階段がある。二階の扉へと続いており、そこからも出入りが出来る。彼女は足元に落ちていた金属バットを手にとって二階へと上り、扉をゆっくりと押し開ける。二階には壁沿いに、手すりのついた細い通路が一周あるだけだ。

 中から、女子生徒のくぐもった悲鳴と、数人の男子生徒の声が洩れてきた。興奮で上擦った男達の声は生々しく、反射的に胃に痛みを、頭には焼けるような熱を、感じる。


 酉饗津惟は手すりをまたぎ、臆することなく飛び降りた。金属バットを両手で掲げ、膝をしならせ、柔らかに着地する。

 上半身を上げるやいなや、全身をバネのように動かし、バットを振り回す。二人の男達を順番に殴り付ける。一人は気が早く、ズボンを膝下まで下ろしていた。彼らは順序よく、偶然なのだろうが、色の黒い順に、その場に倒れた。埃なのか石灰なのか、煙が舞った。


「なんだおまえ」


 酉饗津惟の背後に男子生徒が立っていた。彼女は振り返り、彼と対峙する。その顔には見覚えがあった。同級生の、陸上部トップ選手の、茲竹デルだ。彼は閃光を目にしたかのように目を瞬かせる。


「何……何してるんだ」


 酉饗津惟は金属バットを肩に乗せて言った。


「――悪人成敗アクニンセイバイだ」


「え?」


 次の台詞セリフがデルの口から出る前に、酉饗津惟は彼の頭を殴り付けた。デルは横に飛び、ガラクタの山に突っ込む。がらがらとすさまじい音を立てて、それはデルを覆い尽くした。足だけが、妙な方向に折れ曲がり、覗いている。

 体育倉庫の隅には、目に闇を宿した女生徒が倒れていた。スカートが、乱暴に捲り上げられていた。



 ◇◆御簾川紗希◇◆



「それでデルは怪我を負った。部活にも出られなくなった。だからデルは私を恨んだんだ」

「ねぇ、待ってよ。それって――――」

「私は恨まれても当然だ」

()()()()()


 御簾川紗希は酉饗津惟を諫める。「それって、どう考えても紗希は悪くないよね。逆恨みだよね」

「そうか?」

「そうだよ」御簾川紗希は酉饗津惟の肩を揺さぶる。「そうだよ」

「でも、だからって――――」

「おかしいのはデルの方だよ」

 御簾川紗希は、デルの卒業アルバムをめくる。最後のほうのページに、でかでかと、『イタズラ電話禁止』と書かれたページがある。当然のように、電話番号らしきものも書いてあった。


「津惟。電話、ある?」

「あるけどさ」

「電話するよ」


 御簾川紗希はパシッとアルバムを叩いた。


「追放なんかじゃ足りないよ。デルの心根を、ひんまがった心を、正してやらないと」


 それは彼女のリーダー性、すなわち委員長的資質が言わせた言葉だった。酉饗津惟は、曖昧に頷き、そしてゆっくりと、ダイヤルを押した。


電話は繋がる。

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