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超能力高校生探偵:白詰朔の幸福  作者: 正坂夢太郎
第四章 真の犯人を暴け!
47/55

第四十七話 「鬼星人と呼ばれた男」

最近はシリアス展開が多い気がしたので、今回はかなり遊んでみました。どこを遊んだのかは、読んで頂ければ一目瞭然ですよ。

 ◇◆相模友久◇◆



 ヘル越しの世界は、いつもと違う世界だと知ったのは、半年前のことだ。俺がそのことについてのあれやこれやを話すつもりはないけれど、みんなもこれを体験すれば、俺と同じ気持ちになるだろう。なんてったって、いつもとまったく同じ風景が、160kWhの速度で、それこそものすごい速度で耳をかすめるんだからなぁ! そりゃもうなんの、ただただ「すげー」としか言えないと思うね、俺は。

 アイスクリームのように、空にはちょこんと雲が乗っかっていた。俺は別に、空を見上げてそう言っているわけじゃない。じゃあどうしてそんなことが言えるんだ、アイスクリームなんてお前の勝手な想像なんじゃないかって? そうじゃない。俺はなんたってまず第一に“暴走車輪”乗りなんだ! つまり、ミラーをくいっと上げるだけで、そこには今日の空が映るってわけだぁ!

 俺は相模友久。六陵高校に通う高一男子だ!! 今日も俺は愛車を“暴走”らせ、目的地へ向かう!! マフラーが痛んできてるから、取り替えてやらないとな。“攻撃”るときに外れたらコトだ。

 そんな日常思考を繰り広げていると、前方に六陵高校か見えてきた!! さぁ今日も、“戦友”と“共闘”りに、“戦場”へ――――


「――――うん?」


 相模友久は目を凝らす。前方に誘導灯を持って登校生徒を誘導する三年生の姿が見える。正面奥にそびえる一年生棟の校門向きの壁には、赤い垂れ幕がかかっていた。そこには白い文字ででかでかと


『緊急集会 即刻集合』


 ――――と書いてある。相模友久は速度を緩め、校門前に着地した。三年生は相模友久のバイクを見て眉をしかめたが、変わらない調子で続けた。


「緊急集会です、今すぐに校庭に集合してください。荷物そのまま、服もそのまま」


 よくわからないが、緊急集会というからには緊急のことなのだろう。暴走族ごっこをしてる場合じゃないなこりゃ、と判断した彼は、自分の愛車を校門側の植え込みの影に隠し、ヘルメットを放り入れて校庭へ向かった。どうしてそこまで彼がせっついていたかというと、彼は何よりも、集合時の最後の一人というものになるのが嫌だったのだ。性格的に、彼は独りを嫌っているのだ。だから彼は自分の愛車・・であったとしてもほっぽって目的地に向かう。それが半年前に買ったばかりのものであったとしても、だ。多少草木に擦れて傷がついても気にしない。

 相模友久という男はそういう男なのだ。




 ◇◆白詰朔◇◆




 あれからすぐに放送が入り、緊急集会の開催が告げられた。

 俺達は、クラス順に校庭に並ぶ。朝練を途中で切り上げたらしき運動部の生徒達が、滴る汗を拭き取っている。それが何よりも事態の緊急性を示していた。誰が言い出すでもなく、当然と言えば当然なのだが、辺りは六陵赤新聞、通称“赤紙”の記事の話題で持ちきりだった。


 白詰朔は耳を澄ませる。


「それにしても、見たか? あれ」

「見た見た。犯人、一年だったな」

「『酉饗津惟は、悪人だ!!』だぜ」

「完全にイっちゃってるよな、頭」

「ゴキブリ爆弾の時点でヤバいわ」

「ホントは何て言ってたと思う?」

「え? 本当は違うのか? 何々」

「『酉饗津惟は悪魔だ』らしいぜ」

「まじか!? 黒歴史不可避だろ!!」

「後輩が偶然そこ聞いてたんだわ」

「うわー、後輩も可哀想だなソレ」

「実際のとこさ、どうなんのかね」

「ん? そりゃあ当然追放っしょ」

「それにしても今年は早かったな」

「でも、いきなり大物だったなww」

「ご退場お願いしまーすってかww」


 周りの話は、根も歯もない話ばかりだ。俺は怒りを噛み殺し、朝礼台を睨む。

 ざわめきが大きくなった。生徒指導部、体育教師、野球部顧問の星野臣人、通称“鬼星人”が朝礼台の上に立ったのだ。


「黙れ」


 一瞬で校庭が静まり返る。


「今日の朝校門で配布された六陵赤新聞について言っておく。あそこに書かれていたことは紛れもなく真実だ」


 また校庭がざわめいたが、鬼星人が一睨みするとしん、とした。


「酉饗津惟の待遇について気になってるだろうが、もう既に待遇は決まってる。酉饗津惟は――――――」


 まさか、ここで言ってしまうのか。

 今言ってしまったら――――もう後には引けない。

 酉饗津惟は――――――六陵高校にいられなくなってしまう。


 俺は唾を呑んだ。鬼星人の唇が持ち上がる。鼓動が加速する。重苦しく、鬼星人の口が動いた。






「――――――“追放”だ」






 わっと校庭が沸き立つ。遠くで拍手の音が鳴る。拍手は次第に拡散し――――俺達のクラスの最後尾に並ぶ酉饗まで届き、耳元で弾ける。



「――――その“追放”、待って下さい!」



 六陵高校の目という目が御簾川に集まる。御簾川は、朝礼台の上まで一気に走り込み、鬼星人からマイクを奪った。


「あれ、御簾川ちゃんだよな」

「ああ、新入生代表挨拶のな」

「俺前から目つけてたんだよ」

「バッカ、俺なんか隣の席だ」

「何言ってんだよ、バカだろ」

「いや、委員会が同じなんだ」

「お前、委員長だったっけ?」

「ああ。すっげかわいいんだ」

「そりゃ俺も知ってるっての」

「いや、あの子はグンバツだ」

「お前それ死語じゃねーか?」

「んなことどうでもいいだろ」


 一年生がざわめく。皆御簾川のことを覚えているみたいだ。それが吉と出るか凶と出るか。


「六陵高校の皆さん、聞いてください。――――津惟は犯人じゃありません。本当の犯人は今もこの中にいて、平気な顔をして高校生活を続けようとしているんです!! 本当の犯人はあなたの隣にいるかもしれないんです!! 追放されるべきなのは、津惟じゃなくて真犯人なんです!! 皆で協力して探せば、犯人を見つけることは難しくありません!! だから皆さん、私達を信じてくだ」



 その瞬間、何かが俺の視界を、横切った。ひどく凶悪な意思の込められたそれは、躊躇なく御簾川を襲う。



ゴンッ



 鈍い音が鳴り響いた。

 御簾川の額に拳大の石が当たり、御簾川は後ろ向きに傾く。鮮やかな赤色が朝礼台に滴った。



 ――――誰かが石を投げたのだ。



「御簾川っ!!」



 俺が叫んでも、御簾川の耳に俺の声は届かず、代わりに、罵声が響いた。


「引っ込めー!! 何が学年首席だクズ!!」

 続いて聞こえる。

「犯人をかばう学年首席なんて聞いたことねーよ! 諦めろぼんくらぁ!!」


 次々に御簾川を詰る言葉が御簾川を襲う。御簾川は額を押さえ、校庭を睨む。指の隙間から血が漏れ出る。

 先程御簾川のことを噂していた一年生でさえ、場の空気に呑まれ、御簾川を罵倒し出した。


「そいつも“追放”だー!!」


 誰かが叫んだ。


「追放!! 追放!!」


 湖面に落ちた石は、波紋状に広がる。追放コールが校庭を埋め尽くした。


「追放!! 追放!! 追放!! 追放!! 追放!!」



『覚えておいてほしいのは、コミュニティに属している限り、それそのものは単独ではいられない、ということだ』


 シーマンさんの言葉が蘇る。


「――――――みんな“場”には勝てないってのかよ」


 俺は呻く。御簾川は、間違ったことは言っていない。だけど、皆は“赤紙”のせいで、完全に酉饗が犯人だと思い込んでいる。

 一体、どうすればいい?

 ――――――完全に、打つ手なしだ。ここまで事態が悪化してしまったら、俺達の力でどうかなるとは思えない。“六陵高校”は、酉饗津惟の追放を望んでいる。


 ――――――酉饗津惟を救う方法は、無いっていうのか?



「黙れクソ共ぉ!!」



 鬼星人の一喝で、校庭は水を打ったように静まり返った。鬼星人は片手で御簾川を支え、もう片方の手でマイクを握り締める。


「――――追放生徒を決めるのは生徒指導部の仕事だ。黙ってろ」


 鬼星人は大きく首を回す。ごきごき、という音が校庭中に響いた。


「今石投げたヤツ出てこい」


 鬼星人は校庭をぎろりと睨み回した。獰猛な目線に生徒は竦み上がる。


「てめぇが追放だ出てこいゴラァ!! 出てくる勇気すらないんなら、今すぐ首吊って死ね!!」


 鬼星人は一瞥をくれると、御簾川を姫様抱っこして抱え去った。


「――――行くぞ酉饗」


 俺は酉饗の手を引き、二人の後を追った。後ろを振り返ると、俺達に向いていた視線が不自然に外れた。



 ◇◆白詰朔◇◆



 俺と酉饗と宗田さんは、鬼星人の操縦する車に乗った。御簾川は助手席にもたれ、俺達は俺サンドイッチの順で後部座席に座った。


「……で、なんでお前らが乗ってる」


 ハンドルを切りながら鬼星人が呟く。


「俺達は御簾川の友達です」

「……友達、か」


 鬼星人はおどけたように眉を上げた。「変わってるな」


「あ、あのっ、び、病院はあとどれくらいで着くますかっ」


 宗田さんはびくびくしながら問う。鬼星人にトラウマがあるんだから当然だ。思い出したら、俺もなんだか胃が痛んできた。


「二十分くらいだろ。そんなことより、お前ら」


 信号に目をやり、鬼星人はバックミラー越しに俺達を見る。


「さっきこいつが言ってたのは本当なのか」


「……本当です」


 鬼星人はハンドルをトッと叩く。


「立場上、俺はお前らの言葉をまるっと信じることはできない。だが、本当だとすると、酉饗津惟、お前は今かなりまずい立場にいるな」

「……はい」


 酉饗は声を絞り出す。「やっぱり、酉饗津惟は六陵高校にいるべき人間じゃないんだ、紗希にまで迷惑がかかるんなら、一秒でも早く皆から離れないとダメなん――――」

「ふざけるな」


 鬼星人が後ろを向いて酉饗を睨んだ。「体を張って倒れた友を見捨てて平気なのか、お前は」

「見捨てるんじゃない」


 酉饗の眦から涙が零れる。「自分がいたら、皆は嫌な気持ちになる。だから、そんな自分はいない方がいいんだ」

「……お前、自分がどれだけ偉いと思ってる。自分さえいなくなれば全部解決する? 馬鹿馬鹿しい自己満足だ」

「でも――――」

「黙れ」


 信号が青に変わり、鬼星人はクラッチを入れアクセルを踏んだ。


「お前がいなくなっても誰も気にしない、そこでうなだれてる御簾川もお前がいなくなったら泣いて喜ぶ。そう思うのか。それなら今すぐにでも追放してやる」



 ◇◆白詰朔◇◆



 途中で車を降り、病院までの道を歩く。陽射しはアイスクリームが一瞬で蒸発するほづ照りつけていたが、鬼星人は汗一つかかずに御簾川を運ぶ。

 着いたのは、見覚えのある病院だった。俺と宗田さんが初めて会話した、あの病院だ。


 御簾川はすぐさま手術室に運ばれた。頭を何針か縫う手術になるそうだ。


「お前らは学校に戻ってろ」


 手術室前の廊下の長椅子に座り鬼星人が言う。俺は首を横に振った。


「御簾川がよくなるまでここにいます」

「…………そうか」


 鬼星人は脚と腕を組み、壁に頭を付けて目を閉じた。寝ているのだろうか。


「酉饗津惟」


 びくっと酉饗が反応する。「はい」


「交換条件だ。今日中に真犯人を見つけろ」

「はい?」

「追放を取り消してやる。責任は全て俺が被る」

「ほ、ホントですか? 追放の取り消しなんて」

「なんだ? 俺に嘘を言って欲しいのか、お前」

「いや、別にそういうわけじゃないんですけど」


 酉饗は頭を掻く。「鬼星人が優しいなあ、と」


 鬼星人は目を見開いた。威圧感が迸る。


「……ふっ、冗談を言う余裕があるなら大したもんだ」


 鬼星人は長いため息を吐くと、また目を閉じた。



 ◇◆白詰朔◇◆



 結局、酉饗と宗田さんは、真犯人の捜索に向かった。酉饗は自分に恨みのありそうな人を探すために自宅に、宗田さんは高校に戻って再度被害現場の捜索。俺は病院に残った。


 二時間ほどした頃、手術室の扉が開く。御簾川が運び出される。俺達は担当医に話を聞いた。担当医は、昔から俺がお世話になっている先生だった。


「君は……」


 医師は俺達を見て驚いた。俺と会うのは一ヶ月振りくらいか。


「……担任の先生ですか」

「いや、生徒指導教師だ」


 医師と鬼星人は意味深に目線を交わす。まるでそれだけで御簾川の安否が分かったかのように、鬼星人は「そうか」と頷いた。


「成功したのか」

「はい。六針縫いましたよ。最新の縫合技術ですから、手術痕は残りませんけれど」


 六陵高校の特典が役に立ったってわけか。


「何日程度で快復しますか」

「あと三日ほど、ですかね」

「……やたらと早いですね」

「そういう技術ですからね」


 俺は深々とお辞儀をする。


「ありがとうございました」

「頭を上げてください、白詰くん」


 落ち着いた口調で医師は言う。「これは一つ、この前の貸しの清算と思っていただければいいんです」


 医師は俺が宗田さんを助けたことを言っているのだろう。だけど――


「それとこれとは話が別です。俺はあの時、先生に助けてもらいましたし。俺の貸しばっかりですよ。清算なんてできっこありません」



 ◇◆白詰朔◇◆



 俺達は病室に出向いた。御簾川は頭に包帯を巻いて寝ていた。窓の陽射しがその白をぼうっと浮かび上がらせている。

 御簾川は申し訳なさそうにはにかんだ。


「すいません……迷惑かけてしまって」

「お前が謝るな。謝るのは俺の方だ」


 そう言って鬼星人は膝を地面につけ、両手の平をそれに倣わせた。


「すまなかった。全て俺達の早とちりのせいだ」


 頭を下げようとする鬼星人を御簾川は止める。


「止めてください、土下座なんて」


 優しい声で御簾川が言う。鬼星人は顔を上げた。


「……許すのか。お前の友を犯人と決めつけ、追放するとまで言った俺を」

「いえ、許しませんよ」


 一転して冷たい声で御簾川は言い放つ。


「おい、御簾川」

「土下座までしてるんだからいいだろう、って言いたいの? 白詰くん。だけどね、何回土下座されても、私は星野先生も、他の生徒指導部の先生も、有田先輩も宇治川先輩も、広報部の吉永って人も、石を投げた人も、津惟を犯人だと言った人はみんな許さない」


 俺を睨んで御簾川は言う。まるで、全ての人の恨んでいるような、そんな目付きで彼女は続ける。


「だから、私は…………一瞬でも津惟を疑った自分を許せない。絶対に許せない」

「御簾川」

「だから、星野先生も私も、御簾川紗希に謝るより先に、津惟の疑いを晴らさなきゃいけないんです。真犯人を見つけ出して、その人を一刻も早く追放しないといけないんです。そうしてようやく、私達は許されるんです」

「そう意気がるのは分かりますが」と医師。「絶対安静ですよ。傷口が開く可能性があります」


「お前の言い分は分かった」と鬼星人。

「だが、俺は教師だ。一人の生徒だけを擁護することはできない。怪我人の場合は別だが。だから俺達は直接に真犯人探しに協力はできない。それは分かるな、御簾川」


 御簾川が頷く。「はい」


「だからお前達が真犯人を見つけるんだ。期間は今日の終わりまで。それまでに見つけられたら、明日の緊急集会でそいつに追放を言い渡してやる。それまでは俺がお前らを守ってやる」

「守ってやる、って……個人擁護は無理なんじゃなかったんですか」

「先生が言ってるのは暴力からの防御だと思うよ、白詰くん。ですよね、先生」


 鬼星人は不敵に笑う。「そうだ。怪我人は助ける。それ以外は自分達でどうにかしろ」

「あの、何で期限が今日までなんですか? 理由ってあるんですか」


 御簾川は手を丸め口に当てる。「それ以降は時間切れだからじゃないですか」


 鬼星人は首をぽりぽりと掻いた。「その通りだ。原則、“追放”は宣言をした当日に実行される。翌日には六陵高校に酉饗津惟の籍はなくなる。今回を例外として酉饗津惟の追放を引き延ばしてもいいが、真犯人が見つからなければ、どちらにしろ酉饗津惟の居場所はなくなるだろう。社会的にな」


 なるほど。そう言えばそんなことが六陵超百科にも書いてあったような気がする。それを分かっていたから、ダリアさんはあの時点で断言したのか。


「それにしても、星野先生は優しいですね」

「……!?」


 鬼星人は顔を赤らめる。「……お前、いつから気づいていたんだ」


 おいおい、鬼星人ってそういうキャラだったか?というか何の話だ。


「一番最初に会ったときからです。私達が六陵超百科を取りに備品室に行った時、先生は私達を急かしてましたけど……あれって、六陵超百科の山を動かしてるのを見られたくなかったからですよね。私、出るときに振り返って見たんです。そしたら、星野先生が山を隅に動かしてるのが見えて……あれってよく考えたら、私達が一番取りやすい場所だったんですよね。それに、あのとき先生は私達のクラスを聞きましたけど、本当はあの時点で誰が何組かって全部覚えてたんじゃないですか? そうじゃなきゃ、クラスに合わせて山を動かすなんてできませんもん」

「……覚えてたのは学級委員だけだ」

「それに体育のときですよ」


 御簾川は無慈悲に続ける。


「先生はわざと皆の“嫌われ役”になってるんだって確信しました」

「…………続けろ」

「多分先生は、毎年一人の生徒を“見せしめ”として殴るなりなんなりしてるんじゃないですか? そうして皆が自分を嫌うよう仕向けてる。本当に生徒を殴りたいだけなら、栞ちゃんも私も殴ってたはずです。なのに殴らなかったのは、見せしめは一人で十分だったから。それに、先生は、自分を責め立てた生徒、つまり私に対して『お前は賢いな』って言いました。あれは先生が『御簾川はクラスメイトが俺を嫌うよう仕向けてる、御簾川は俺の意図を理解してる』って思ってたから出た言葉ですよね? これらのことから考えられるのは、先生はわざと生徒に嫌われようとしてたってことです。ここからは私の推測ですけど、生徒指導部の一員である先生は、生徒のフラストレーションの解消方法を模索する上で、『自分に怒りを向けさせる』という方法を考え付いたんじゃないかって、思いました。自分が“鬼星人”になることで生徒のフラストレーションを解消させてたんです。先生は“鬼星人”なんかじゃなくて、本当は生徒のことを第一に思う心優しい先生だったんです。…………殴るっていうのはさすがにどうかな、と思いましたけど。それを差し引いても……それに先生は

、今日は私を助けてくれましたし」


 御簾川は鬼星人を見る。鬼星人は頷きもせず、首を振りもしなかった。そして口を開く。


「…………成程な」


 鬼星人は俯いたまま、否定も肯定もしない。今の話は真実なのか?


「…………と、いうわけだ」


 そう言うと鬼星人は立ち上がった。「帰るとするか」


 なるほど、墓穴は掘らない戦法に出たか。


「お前はどうする、白詰。戻るか」


 鬼星人が俺を見下ろす。圧迫感があり、身長が縮んだような錯覚に囚われる。


「お、俺はもう少し御簾川の側にいます」


「えぇー」と御簾川が漏らす。「何だよ」と俺が聞くと、「べつに」と口を尖らせた。


 鬼星人は「ふ」と笑うと、病室を後にした。さっきまで御簾川に帯を取られてたってのに、まるで気にしてもいないようだ。


「医師として、あの先生に説教を説いてきますね」と医師は言って出ていった。俺たちに気を遣ったんだろう。本当に、あの先生には頭が上がらない。最近俺は色んな人に貸しを作りすぎてる気がする。以前の俺なら、そんなことはしなかったんだろうな。お人好しで臆病で、人を助けるくせに“命の恩人”だなんて呼ばれるのを嫌がっている。それは本当の自分じゃない、なんて思ってる。今の俺なら“命の恩人”の称号を喜んで受け取れる。だってそれは間違いなく俺自身で、それ以外の何でも無いんだからな。こう思えたのは大きな成長だ。人類にとっては何の影響も与えない一歩でも、俺は変われる。


「二人っきりになっちゃったね」


 御簾川がえへへ、と笑い髪をかきあげ耳に挟む。そんな笑い方もできたんだな、と冗談めかして言うと、当たり前でしょ、私だって女の子なんだから、と頬を膨らませた。こうして見ると、御簾川はやっぱり美人だ。写真の中にまで輝きを持って行く類いの美人だ。

 もちろん、年相応に、だけど。


「やっぱ、御簾川はカッコいいよな」と口を突いて出た。「色褪せないっていうか、芯がしっかりしてるっていうかさ。今どき珍しいよ」


「私なんてまだまだダメダメだよ」


 心からの言い方だ。「だって、まだ真犯人の目処すら立ててないんだもん」


「焦ることないって。今、宗田さんと酉饗が捜査してくれてるからさ。それに宗田さんから聞いたんだけど、先輩達も捜査に協力してくれることになったらしい」

「本当に!?」御簾川は両手をぱしん、と合わせる。「頼もしいね」


「だな」


 そして少し、会話が詰まる。だけど俺にはその空白が心地よく感じられた。何も話さなくてもいい空間というのは、最高の癒しだ。

 ただ、今の状況からして、そうずっとのんびりしてるわけにもいかない。今日中にゴキブリ爆弾事件の真犯人を見つけなくちゃいけないんだからな。


「夢ってさ」と御簾川が呟く。


「夢ってさ、大きい方がいいのかな」


 御簾川は天井を見ている。


「さあな。俺の夢はあんまり大きくはないけど」


 そう言えば夢も変わったな、と思う。昔は『みんなが幸福になってほしい』なんて言ってたっけ。俺は『目の前の人を救う』ので精一杯だってのに、のんきなもんだ、昔の俺。


「私もちょっと夢が変わったよ。今はなんかね…………自分の近くの人に声が届くくらいでちょうどいいかなー、なんて思ってるの。妥協とかじゃなくて……それが一番、いいような気がして」


「そうか?」と俺は言う。「御簾川はもっと高みを目指せばいいと思うけど」


 自分は小さなところに落ち着いたくせして、我ながら自分勝手な言い草だけど、俺は本当にそう思った。御簾川は大きな舞台に立てる人だ、と俺は思ったんだ。勇気があり、行動力があり、意思を貫いてぶれない。


「……そうだね」


 御簾川は顎に手をちょいと当てて納得したように頷いた。「やっぱりそっちのほうがいいね、私は」

「だろ」


 御簾川にしては珍しく、少し落ち着かない様子に見えた。


「やっぱり白詰くんはカッコいいね」

「え?」


 さっきの俺の真似をされたのだと気づき、慌てて腕を振る。「いや、いや、全然そんなことないって」


「何も謙遜することないのに。私、白詰くんのそういうとこ、好きだよ?」


 それを聞いて俺は面食らってしまった。御簾川の顔をまじまじと見る。御簾川は特別変わった様子を見せずに、俺の視線に戸惑い首を傾げた。あかべこのように、ことん、と。御簾川べこだ。


 案外、御簾川は、宗田さん以上に天然なのかもしれないな。


 俺はなんだか恥ずかしくなってきたので、御簾川の頭をぽす、とやって、缶コーヒーでも買ってくる、と言って席を外した。御簾川はいってらっしゃい、とまるで新婚の若妻みたいな初々しい言い方で俺を送り出した。


 ちなみに、今は関係ないが、俺は宗田さんのことが大好きだ。恋愛的な意味で。

 そしてついでに言っておくと、御簾川の俺に対する好意というのは、友達的な意味合いだ。


 ――――――――――たぶんな。


いかがでしたでしょうか。

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