第四十一話 「廃棄処分のガラクタ」
俺たちは、水泳部の部室を捜査する。だが、めぼしい発見はなかった。俺は力なく肩を落とす。
そっちはどうだ、と、水泳部女子部室を調べる御簾川に声をかける。どうやら、御簾川のほうも成果はないようだ。
「白詰くんは、酉饗さんのこと、どう思ってるの?」
宗田さんが、声を潜めて俺に話しかけた。いくら声を潜めたところで、『完全音感』能力者である御簾川には聞き取れるだろうが、宗田さんはそれに気づいていない。
「あいつは犯人じゃないな」
俺は断言した。「酉饗は、真犯人を庇っていると思う。あの態度は、自分を犯人だと思い込ませる演技だ。そう考えたほうがしっくり来る。実行犯が酉饗なのか真犯人なのかは分からないが、少なくとも酉饗は犯人側に一枚噛んでる」
宗田さんは首肯した。「あたしも、なんか、そんな気がする。酉饗さんは、ほんとうの犯人に怖いこと言われてるんじゃないかな、って」
宗田さんは、酉饗が脅されている可能性があると言いたいんだろう。
「私もそう思う」
御簾川が女子部室から出て来て言う。「津惟は本当はこんなことしたくないんじゃないかな。今まで全然物的証拠を残さなかった犯人が津惟だったら、あんなふうに自分が犯人だって言い出さないだろうし。もしかしたら、津惟は助けを求めてるのかも。だけど、何か弱みを握られてて、言えない、とか」
「確かに……一切証拠を残さなかった犯人が、今さら自白するわけないもんな」
酉饗は、自分が犯人だと言うことで、逆に犯人ではないことを証明したようなものだ。
俺たちは次に、保健室に向かった。笠懸先生に、今回の被害者の症状などを聞くためだ。
笠懸先生によると、今回の水泳部トップ選手の男子は、重度のショック症状により、病院行きとなったらしい。
笠懸先生は「言っとくけどね、五位鷺と君も、十分危険な状態だったんだよ。あたしゃひやひやしたね。いつ救急車呼ぼうかってさ」と冗談めかして言った。
「やっぱり、その症状には個人差があるんですか」と御簾川。
「そりゃあもちろんだよ。雷が落ちても地震が起きても動じない人もいれば、ばかに引っ付かれてるだけで倒れる人もいるからね。健康サプリみたいなもんさね」
「……ばか?」
宗田さんは、きょとんとした顔で俺のほうをみた。なんか、俺が馬鹿って言われてるみたいで、イヤだ。……いやでも、これはこれでありだ。罵倒する宗田さんってのも。
って、何言ってんだ俺!!
「相模なら知ってるんじゃないか。ばかなんて、アイツの代名詞だろ」
俺は適当にそう答えておいた。宗田さんは、「うんっ、また今度相模くんに聞いとくねっ!」と、天使のような笑みを振りまいた。
相模。宗田さんに話しかけられることを、ありがたく思えよ。
◇◆白詰朔◇◆
結局進展なしのまま、俺たちは最終下校時刻を迎えた。家に残している母さんが心配だ。だけど、今のこの事件を見過ごすわけにもいかない。東郷さんたちを信じて、俺は夕暮れを六陵高校で迎えた。
「疲れたな」
俺たちはあのあと、今までの事件現場である剣道部部室、陸上部部室、テニス部部室を順繰りに回った。だけど、どこにも事件の証拠になりそうなものはなかった。事件から結構日が経ってるから、犯人が証拠を処分した可能性もある。
それに、管理人室のあの紙も、管理人さんに頼んで見せてもらった。他のところに『酉饗津惟』の表記がないかどうか、を確認するためだ。もしかしたら、事件現場となった場所以外にも、犯人が出入りした場所があるかもしれないと思ったのだが、そのような表記はなかった。もしくは、犯人が、他人の名義を使っているのかもしれないが、さすがにそこまでは分からない。
というわけで俺たちは今、中庭で黄昏れているのだった。時計の柱に体を預け、夕日を眺めながら、疲れを吐き出す。
「あたしも疲れたかもしれない」
「そうだね、体力使うね、意外と」
「だな」
柱にもたれかかっているので、俺たちは互いの顔が見えない。
「ねぇ、lean on ってどういう意味か知ってる?」
御簾川が突然そんなことを聞いてきた。俺と宗田さんは頭を捻る。
「わかんない」
「知らないな」
俺と宗田さんでは、御簾川の学力に程遠い。
「leanが傾く、onが接地の意味だから、熟語で“もたれかかる”っていう意味なんだけど、もう一つ意味があるの。“頼る”っていう意味」
俺は御簾川の横顔を見つめる。夕日に黒く塗られた横髪は、御簾川の輪郭を紅の空に色濃く浮かび上がらせる。
「津惟には、頼る人がいないんじゃないかな。弱みを握られてて、脅されてて、ゴキブリ爆弾事件の犯人に仕立て上げられて、それでも誰にも助けを請えないんだから。津惟は、自分が犯人だってことを、辛そうに話してたし、津惟は本当は犯人にはなりたくなかったんだと思う。それなのに誰にもそのことを話さないっていうことは、肩を預けられる、並んでもたれ掛かれるような人が、津惟にはいないんだと思う。……だからね、栞ちゃん、白詰くん。私から一つ、提案があるの」
遠くで、部活帰りの生徒たちのはしゃぎ声が聞こえる。風の音が耳を掠める。
「津惟を目的にしよう」
御簾川は決意に満ちた声でそう言った。
「今私たちは、『ゴキブリ爆弾事件の犯人を見つける』ことを目的に調査してるけど、それを変えるの。『酉饗津惟を助ける』ことを目的にするの。元々、推部の方針は、六陵生を助けることなんだから、いけないことじゃないはず」
「それをしたら何が変わるんだ?」
「犯人捜査だったら、有田先輩が言ってたように、きりのいいところで解決に導かないといけないけど、津惟を助けるってなったら、いつまででも津惟を助けることだけに集中できるじゃない」
「で、でも、あたしたちは、先輩から頼まれて捜査してたのに、勝手に変えちゃってだいじょうぶなの?」
「大丈夫。だって、この一連の事件で、本当に被害を受けてるのは、津惟なんだから。犯人だと勘違いされて、追放されるんだから、本当に助けなくちゃいけないのは津惟のはず。何とかして真犯人を見つけ出して、津惟の追放を止めさせないと、この事件は真に終わりとは言えない。だって、真犯人はその後も、のうのうと六陵高校で生活を続けるんだから」
なるほどな、と俺は頷く。
「確かに、もう『ゴキブリ爆弾事件の犯人を見つける』っていう名目の捜査は結論が出てるから、酉饗を助けるとすればその方法しかないな」
「ただ、問題は、それを津惟に依頼として要請してもらわないといけないってことなんだよね」
「だな」
俺はうなずく。なんでですか?と宗田さんが聞いてきたので、俺と御簾川は丁寧に教える。
この一連の事件では、酉饗が犯人として槍玉に挙げられている。そして、ダリアさんやシーマンさん、並びに生徒指導部の先生たちは、酉饗を六陵高校から追放しようとしている。
だが、それではこの事件は終わらない。真犯人は捕まらない。
どうすれば真犯人を捕まえられるか。それには、先輩たちの目を酉饗からその真犯人に向けさせなければならない。
その状況を作り出すには何が必要か。
それは、酉饗の、『被害者』としての捜査依頼だ。
酉饗が、『自分は犯人に仕立て上げられている』と言って、推部に依頼すればいい。『真犯人を見つけてほしい』と。
そうすれば、先輩たちは少しは疑うのではないだろうか。
『酉饗を操る真犯人』の存在を。
「先輩たちが生徒指導部に依頼されたのは、ゴキブリ爆弾事件の犯人捜査だ。つまり、酉饗を守ったり真犯人を探すことは生徒指導部に逆らうことにはならないし、うまくいけば酉饗の追放を取り消させることができるかもしれない」
なるほどー、と宗田さんは間の抜けた声を出した。
「津惟はもう家に帰っただろうから、今から、私、会いに行こうと思う。津惟に、推部への依頼を出すように言ってくる」
御簾川はすっくと立ち上がった。
「頼れる人がいないのなら、私達がそうならないと。そうでしょ?」
確かに、御簾川の言う通りだ。酉饗が、誰にも頼れないのなら、俺達が支えてやらないとな。
「あたしも行きますっ!」
「俺も行くよ。だって俺達は――」
友達、だもんな。
誰かが言ったわけじゃない。
誰に言われたわけでもない。
『親友はなるもんじゃない、そうあるものなんだよ……親友!』
相模は笑った。
『友達ってのはそういうもんだ。いつの間にか、そう在るものなんだよ。俺とお前さんの父も、そんな具合だった』
東郷さんは遠くを見つめた。
『シロサクが困ってるときは絶対、俺が助けるからだぁ!! だって俺とシロサクは、親友だもんなぁ!!』
相模はそう言って、また笑った。
『俺とお前さんの父親は、親友だった。それだけじゃァいけねェのかィ?』
そう言って東郷さんは立ち上がった。
性別だとか、家柄だとか、状況だとか敵味方だとか、犯人か被害者かだとか、この際どうでもいいんだろう。
いつのまにそうなっていたのかは知らないが、俺達は既に、皆友達なんだ。
友達って言うと軽い感じがするなら、親友と言ってもいい。
酉饗がそう思っていてもいなくてもいい。
誰かが、どちらか片方が親友だと思えば、俺達は親友なんだ。
男っぽい酉饗には、丁度良い言葉じゃないか。
「酉饗を助けに行くか」
そして俺達は立ち上がり、各々の思いを肩に掛け、芝生を歩み出す。
◇◆白詰朔◇◆
西学園地区駅で、南竜飛線に乗る。あの入試のとき以来、久しぶりに乗る列車だったが、今の俺はあの時のような俺じゃない。
時流が変えたのではない。
俺が変えたのだ。
俺はもう道には迷わない。自分の信じた道を突き進む。
時々袋小路に突き当たったり、上から人が落ちてきたり、するかもしれない。
―――――だけど、袋小路があれば突き破ってやる。人が落ちてきたらしっかり支えてやる。
袋小路の先にだって道はあるだろう。
人を助けたって、失うものはないだろう。
ならいいじゃないか。
それくらいの回り道なら――――
――――甘んじて受け入れてやる。
◇◆白詰朔◇◆
御簾川の案内で、俺達は酉饗の家へと辿り着いた。
歓楽街から少し離れた場所にあるその家は、全容を見渡すことはできない。
目の前にそそりたつその家は、天に向かって反り返り、雲を突き破っていた。
周りは厳重なバリケードが組まれ、鉛色に光る家の壁は、歓楽街から届く七色の光を、余すところなくその体に写し込んでいた。
「最早これは、豪邸とも言えないな」
俺は素直に感想を述べる。
「だね!」
宗田さんは踵を上げて、好奇心満載で食い入るように家を見つめている。
今のは皮肉だったんだけどな。
「じゃ、押すよ」
御簾川は、爆弾の起爆スイッチくらい慎重にインターホンを押した。
機械音声がそれに応え、少しの応答のあと、目の前の壁が音もなく消えた。
「友達一人会うのに、まるでゲームのラスボス戦みたいな気分だよ」
御簾川はふーと息を漏らす。相当緊張しているんだろう。
「だけど、まだ終わりじゃないんだよね。私達はまだ、スタートラインにも立ってない。例えるなら今は、スーパーオリマブラザーズの1-1で階段につまづいて甲羅に乗って滑って土管の中の怪花に食べられかけてるような状況なんだよね」
「そうだな。酉饗から依頼を取れれば、俺達はやっと反撃することが出来る」
俺はバッグから依頼状を取り出した。
「さしずめ、この紙に酉饗の名前が書かれたその瞬間に、これはファイアーフラワーになる。怪花なんて一発KOだ」
「しゅっしゅっしゅっ!! 炎のパーンチ!!」
宗田さんはぎこちなくジャブを繰り出す。ふざけたことを言っているように見えて、目は真剣そのものだ。
つまるところ、宗田さんは、誰かに狙いをつけて夜の闇を殴っているのだろう。怪花のような、誰かを狙って。
◇◆白詰朔◇◆
通されたのは、応接室のようなところだった。数分間、俺達が息を潜めて立って待っていると、彼女が現れた。言うまでもない。酉饗津惟だ。いつも通りの制服姿で、酉饗は現れた。
酉饗は開口一番に「どうして」と叫んだ。
「どうして家なんかに来たんだ! 酉饗津惟と一緒にいたら、それだけで犯人の仲間だと思われるかもしれないんだぞ!? 酉饗津惟なんかに会ったら、ダメじゃないか!!」
「お嬢様、まずはお座り下さい。あなた方も、どうぞお座りに」
側にいた老執事に促され、俺達は赤色のソファに腰を下ろした。六陵会館や推部部室のそれとは比べ物にならないほど、圧倒的に豪華だ。ディテールが凝っているし、それに何より、取っ手や接地面が銀色だ。モノホンの銀でできていると言われても頷ける。
老執事は一礼してから出ていった。
「まずは私達から話させてもらうね。私達は、津惟にお願いがあって来たの」
俺は依頼状を水晶の机の上に差し出す。
「この紙に、『助けてください』って書いて。あと名前も」
「……何でだよ」
酉饗は目元を拭った。目元が赤く腫れている。泣いていたのだろうか。
「これがあれば、津惟は追放されなくて済むの。この紙に今言ったことを書けば、津惟は助かるの」
今更ながら、酉饗にしてみれば、悪徳商法のように聞こえるのではないか、と思った。
でも、それでも、信じてもらわなければいけない。信じてもらわなければ、酉饗を助けることはできない。
「信じてくれ、酉饗。お前はゴキブリ爆弾の犯人じゃない。俺達はお前の味方だ! 自分一人で抱え込むことはないんだ! 真犯人に脅されてるっていうんだったら、俺達が守ってやる! だって、俺達は――」
親友だからな。
と、言いたいところだが。
「――六陵高校推理探偵部の新入部員だからな!」
親友、なんて、こっぱずかしくて言えるかよ。
「――親友だから」
御簾川が俺の言葉を伝えた。グッジョブ、御簾川。
「親友だから、おんなじ六陵高校に集まった仲間だから、誰一人いなくなってほしくなんかないし、自分に絶望してほしくないの。お願いだから、私達に頼ってほしい」
御簾川は酉饗の顔を穏やかな顔で見つめる。酉饗は下に俯いた。
「嫌だ」
「――――――え?」
「嫌……だ、って、言って、るんだ」
酉饗はわなわなと震える。
「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だァァッ! 嫌なんだ! もう、酉饗津惟なんかのせいで人が傷つくのは嫌なんだ! 誰かが苦しい思いをするのは嫌なんだ! 酉饗津惟はッ、六陵高校にいちゃいけない人間なんだッ! 害悪なんだ、虫けらなんだ、廃棄処分のガラクタなんだ! あの場所に戻ったら、また誰かがゴキブリの被害に遭う! 全部、酉饗津惟が悪いんだッ! 酉饗津惟は六陵高校をゴキブリまみれにする、疫病神なんだッ! 酉饗津惟は死ぬべきなんだッ!」
その凄まじい迫力に、俺達は気圧された。今まで見たことのない、酉饗の口撃に、俺達は身動き一つ取れなかった。
ただ一人を除いて。
「―――――ッ、津惟ちゃんのバカッ!」
酉饗が目を瞑る。平手打ちが鼻先を掠めた。
宗田さんがいつの間にか立ち上がり、酉饗に向かって平手を放ったのだ。当たってないけど。
「この世界のどこにも、いたらいけない人なんて、いないよ!」
酉饗は、ポカンとした顔で、たった今平手打ちを仕掛けた人物を眺める。
「生きてるんだから! あたしたちはみんな、生きてるんだから! 自分からそれを投げ出したりしちゃもったいないでしょ! 命なんて、頑張って頑張って、持っとくものなんだよ! 捨てたりするものじゃないんだよ!」
横を見ると、御簾川もポカンとした顔をしている。たぶん俺も、同じような顔をしている。
「命捨てるゴミ箱なんて、この世界にはないんだよ! 命を捨てる曜日なんて、誰も決めてないんだよ! だから、だから、ゴミを捨てるときは、ちゃんとその曜日に捨てないと、廃品回収の人たちが返しにきて、それで、それで、袋開けて確かめて、間違ってるの取り出して、別の袋に入れといて、それで、それで―――――」
宗田さんは、懸命に次の言葉を探している。恐らく、話の展開を決めずに話し始めてしまったんだろう。
「……ふふ」
なんだか、自然に笑いが込み上げてきた。御簾川も、片手で口元を押さえている。
「……ふふふふ」
「あはっ」
「ふふははっ!」
「あははははははっ!」
身をよじる俺達を見て、酉饗もぎこちない笑みを浮かべた。
「なんだよ、命捨てる曜日って……。良いこと言おうとして失敗したクチだろ? 今の。…………なんか、気が削がれたぜ」
酉饗は、ぼすっとソファに座り込んだ。両手を開いて背もたれにかけ、足を組んで俺を見る。
「……わかった、聞くよ。酉饗津惟を助ける計画ってやつを。ただし、言い出したからには、ちゃんと最後まで付き合ってくれよ? それが、漢ってやつだろ」
「酉饗……お前ってやつは……」
本当に男らしいな。
と、言いかけたが、喉元でそれを押し留め、代わりの言葉を引っ張り出した。
「本当に純粋だな」
酉饗は、嬉しそうな顔をした。
それは、今までに見たことのない、酉饗の本当の笑顔だった気がした。
“ばか”とは、ひっつきむしのことをあらわす東北地方の言葉です。
相模は東北出身ですから、栞に聞かれてもちゃんと答えられますね。
よかったね、サガ!




