第四十話 「生徒指導部」
神託の間への扉が閉まる。
「そういえば、歹奈良さんが、どうして有田たちは、こういう鳥打帽とか被らないんだ、って言ってましたよ。戦隊モノみたいに、色を分けて被ればいいのにな、って」
エナメルバッグから鳥打帽を取り出しながら俺は言う。
「どういうこと?」と宗田さん。
「〇〇戦隊みたいな、子供向けの特撮ヒーローモノは、大抵メンバー全員のイメージカラーが設定されてるんだよ。ほら、前言った、勧善懲悪の冒険活劇だよ。俺たちの帽子の色の割り振りが、それに似てたから、歹奈良さんは、どうせならそれと同じようにすればいいのにな、って言ってたんだ」
ただ、戦隊モノの定石でいくと、緑色の俺は微妙な立ち位置になりそうだけどな。
「それなら私が赤で、シーマンは青といったところね」
ダリアさんは長椅子に腰かけた。
「いえ、御簾川が既に青なので、青はダメです。宗田さんがピンクなので、ピンクもダメです」
「なら、黄色ね」
ダリアさんがそう言った瞬間、黄色い鳥打帽を被ったシーマンさんの姿が思い浮かぶ。
完全に、どっからどう見ても、通学途中の小学生にしか見えない。
「いえ、黄色はやめておいた方がいいと思いますよ、身長的に」
「どういう意味だそれは!」
シーマンさんは小学生がホッピングに乗っているかのように、ぴょこぴょこと飛び跳ねて怒った。
「そういえば、戦隊モノ、で思い出したことがある。クローバー、君のように、戦闘に特化した能力の場合、技名などをつけておいた方がいいぞ」
「どうしてです?」
シーマンさんは腕を組んだ。
「例えば、君がプロの奏者だとしよう。楽器は、そうだな、ギロにしよう。あの、ギロギロ鳴る打楽器だ。君はあるとき、指揮者から音を出せと指示される。その時指揮者が音名を言わなかったなら、君はどうする? とりあえず適当にするだろう。しかしその時、指揮者がちゃんと音名を言ってくれれば、例えば、Cisを出してくれ、と言われれば、君は迷いなくCisを奏でるだろう。名というものは、えてしてそういうものなのだ。世界は名前によって分節されている。“犬”と“猫”という言葉がこの世界に存在しなければ、私たちにとって、、“犬”と“猫”は区別できなくなる。君に卑近な例でいえば、先ほどの、腕からタングステンを出した動作。今のままではあれは怪奇現象でしかないが、君があれに技名をつければ、あの技は、“区別できない存在”から“技”へと変わる。技名をつけることは、君の中で『細胞変質』という能力を具現化させることができる“装置”なんだ」
シーマンさんはふんぞり返る。
はっきり言ってシーマンさんの言葉は何一つ理解できないけれど、とりあえず、技名をつけとけってことだろうな。
◇◆白詰朔◇◆
俺と宗田さんが水泳部に向かっている途上の廊下。
乱暴に放送が入る音がして、聞き覚えのある声が聞こえた。体育の鬼星人の声だ。
『一年E組酉饗津惟、今すぐ生徒指導室にくるように』
ぶつんっ、と、唐突に切れる。かと思うと、また電源の入る音がした。
今度は、御簾川の声だ。どうして、御簾川の声が放送で流れるんだ?
『六陵高校推理探偵部、六陵高校推理探偵部。部員は全員、生徒指導室に集合してください。繰り返します、六陵高校推理探偵部、六陵高校推理探偵部。部員は全員、生徒指導室に集合してください』
優しく放送が切れる。
俺たちは顔を見合せ、生徒指導室へと走った。
職員棟五階に、生徒指導室はあった。
一度、地図を確認する(六陵超百科を見る)ために1-Eに戻っていたので、俺が着いた頃には、皆が揃っていた。皆、というのは、俺たち推部メンバー(相槌先輩はいない)と、酉饗と、鬼星人と、保健室の笠懸先生と、我らが担任つくね先生の総勢九人だ。
「どうしてここに呼ばれたか、分かってるだろうな」
鬼星人は俺たちを睨み付ける。
「なぁ? 酉饗津惟!!」
酉饗の肩が跳ねる。
「お前が言わないんなら俺が言う。お前ら、よく聞け。こいつ、酉饗津惟は、ここ最近発生している、ゴキブリ爆弾事件の犯人だ」
「なっ!?」
俺はソファーから立ち上がる。「どうしてそんなことを言い切れるんですか!」
笠懸先生が口を開いた。「そこの有田が今日の朝、知らせに来たんだよ。『ゴキブリ爆弾事件の犯人を特定しました』、ってね」
ダリアさんは、顔色一つ変えず、俺を見返した。「昨日の放課後、笠懸先生に頼まれたの。『生徒指導部として、ゴキブリ爆弾事件における犯人捜索の依頼を要求するよ』と」
つまり、ダリアさんは、昨日の放課後、笠懸先生からゴキブリ爆弾事件の捜査を頼まれていたのだ。
「第一の事件発生から三日も空いてるじゃないですか! それを今頃なんで推部に頼んだんですか!」
「仕事、となると、色々会議なんかにかけないと通らないんだよ。それに、生徒の厄介事に、先生が直接関与すると、どうにも生徒たちは、色々隠すからさ。君たちに頼むのが一番だったんだ、察しとくれ」
「例年そうなのだ」とシーマンさん。「いじめや、不正行為や、それに準ずる生徒内での揉め事は、我々六陵高校推理探偵部を介して、依頼という形で解決されることになっている。先生より我々の方が小回りも利くし、解決も早いというのが理由だ」
「とにかく」
鬼星人が、一言で場を静まらせる。
その後に鬼星人が続けた言葉は、驚くべきものだった。
「酉饗津惟、お前は“追放”だ」
御簾川が机を叩いて立ち上がる。
「ちょっと待って下さい! まだ津惟が犯人と決まったわけじゃないんです!」
「そう言いたい気持ちもわかる。けどね、御簾川さん、あなたは十分に、委員長としての責務を果たしたと思う! 先生、嬉しいっ!」
つくね先生は、的外れなことを言い、うっすらと涙ぐんだ。
「そうだ。もう十分だ。お前の正義感は否定しないがな、この高校では、人を貶めるような人間は必要ない。ただでさえ生徒たちは、学校外でそういう目に遭っているんだ。それとも何だ? あの体育のときのように、自分が“追放”を買って出るか? お前なら、そうはいかないことくらい分かるだろう。今回の場合は、根元を刈らないと、事態は収束しない。あの時は、俺も悪かったが、今回は違う。酉饗津惟は、熱心に部活動に打ち込む生徒たちの、邪魔立てをしたんだよ!! それが許されないことだということは分かるだろう!!」
御簾川は唾を飲んだ。
「だけど、まだ津惟が犯人と決まったわけじゃないんですよ、本当に」
ダリアさんが手のひらを返した。
「動機もある、不審な行動もある、被害者との接触もある、証拠もある。これ以上何が必要? カワサキさん、言っておくけど、この世界は作り物の探偵小説みたいに上手く出来てるわけじゃない。あんなに都合良く証拠は出てこないし、有能な探偵がいるわけじゃない。私たちは、自分だけを頼りに、少ない情報で犯人を見つけないといけないの。事件の全ての情報を得てから犯人を探そうなんて、不可能。この世界には、押し戻すことの出来ない時間が、今も絶え間無く流れ続けているの。人生の時間は、無限じゃない。だからこそ、私たちは、のんびりと犯人がただひたすら被害者を増やし続けるのを見ているわけにはいかない。全ての可能性が酉饗津惟に集中している今、私たちが考えなければいけないのは、酉饗津惟をこの学校から“追放”すること。それだけ。これ以上捜査に時間を割く必要はないのよ」
俺たちは、その言葉に押し黙ってしまった。ダリアさんの言っていることは正論だ。
「そういうことだ。酉饗津惟、お前は、この事件の犯人だ。この学校に、お前は要らない」
酉饗を見る。酉饗は、うつむいて黙っていた。鳴きたいのをぐっとこらえ、忍んでいるように見えた。
◇◆白詰朔◇◆
俺たち、俺と宗田さんと御簾川と酉饗は、生徒指導室から追い出された。推部二年生勢と生徒指導部教師で、まだ何か話があるらしい。
「なぁ、酉饗」
そう呼びかけると、酉饗は顔をあげた。
見たこともないような表情。悲愴と後悔と絶望と自虐とが混ぜ合わされたような表情が、一瞬、垣間見えた。だけどすぐにそれはいつもの、普通の酉饗の顔に戻る。明るく元気で快活な、酉饗の表情だ。
「どうしたんだ?」
やけに明るい声で、酉饗は答える。その様子は、いつもと何ら変わりない。
「どうしてさっき、何も言わなかったんだ? あの事件の犯人は、本当にお前なのか?」
俺がそう聞くと、酉饗は笑顔を浮かべた。
――――――とびきり爽やかな笑顔を。
「もちろん」
「……え?」
御簾川の表情が強張る。
「だ、だけど、津惟は、どこからどう見ても、そんなことするような人には見えないよ。中学時代に暴力事件を起こしたって話だって、本当は嘘なんでしょ? 本当は、相手が殴ってきて、それで、その記録を塗り替えられたりしたんじゃないの? 私たちが――――」
“罪人”だから。
御簾川はそう続けたかったんだろう。“罪人”だから、という理由だけで、俺たちは蔑まれ、疎まれ、差別される。記録を塗り替えられることなんて、日常茶飯事なのだ。
だけど、酉饗がその言葉を遮った。
「本当だって。中学時代、部の同級生をぼこぼこにしたのは、間違いなくこの酉饗津惟だ。そいつの人生は、酉饗津惟のために、めちゃくちゃになったんだ」
相変わらず酉饗は笑みを浮かべている。だがよく見ると、口元が微かに震えていた。
「酉饗津惟は悪魔だ」
酉饗の声は震えていた。表情は明るいのに、声だけが、恐怖を想起させた。
酉饗自身が感じている恐怖を。
「なぁ、酉饗。お前、何か嘘吐いてないか」
「何言ってるんだ、元気も元気、モリモリだ」
「津惟。本当のことを教えてちょうだい。津惟は本当は、何か事情があるんじゃないの? 真犯人が別にいるんじゃないの?」
「うるさいな!」
酉饗が手を振りおろした。
「犯人になるのは、酉饗津惟なんだ! 悪いのは全部、酉饗津惟なんだ!」
そう言って、酉饗は、どこかに走り去っていってしまった。
◇◆白詰朔◇◆
酉饗を追いかけていった御簾川は、しばらくすると戻ってきた。想像以上に酉饗の足が速かったらしい。まぁそりゃ、いつも体育ではトップグループだったからな。
「御簾川。お前はどうして、生徒指導部の先生たちと一緒にいたんだ? 水泳部を見張りに行ったんじゃなかったのか?」
御簾川はその理由を、丁寧に教えてくれた。
まず、向かった水泳部で、既に事件は発生していた。男子トップ選手が男子更衣室で倒れていたのだ。俺たちの推理は当たっていたらしい。
そして、御簾川は保健室に同伴した。そこで(保健室だから当然なのだが)笠懸鏑先生と会い、救急車で搬送された被害者を見送ったあと、笠懸先生に、自分が推部で、この事件の捜査をしてる、と告げた。
笠懸先生は、少し苦い顔をした後、「最初のヤマがコレってのは、ツイてないねぇ」とかなんとか、言ったらしい。そうして、御簾川は、笠懸先生に連れられて、職員室に向かって、つくね先生、鬼星人と合流し、放送室に行って、あの放送を流した。
「そのあとは私から話すわ」
ダリアさんとシーマンさんが、生徒指導室から出てきた。手に一枚の紙を持っている。
「昨日私が笠懸先生に捜査依頼を正式に受けて、私はそれまでに得ていた情報を全て告げた。そうしたら、今日の朝、星野先生が来て言った。『次に犠牲者が出れば、酉饗津惟を“追放”せざるを得ない』と。生徒指導部としては、自分たちが依頼する必要のない段階で事件が収束すると、酉饗津惟の“追放”はできないから、『次の犠牲者』を待たざるを得なかったんでしょうね」
鬼星人の差し金か。
「そして私は、決定的な証拠を押さえた。それがこれ」
そう言って差し出したのは、例の、鍵の貸出票だった。そこには、『4/16 07:00酉饗津惟水泳部男子更衣室貸出』と書いてある。その下には、『4/16 07:10酉饗津惟水泳部男子更衣室返却』とも。
「今日の朝、私はこれを確認した。挨拶運動がなければ、ずっと水泳部に張り付いていたのだけれど、そうもいかなかったのが残念。ともかく、この紙が、酉饗津惟が朝に水泳部を訪れ、そして去って行ったことの動かぬ証拠。日付時間鍵の対応箇所貸出・返却は全て管理人さんが書いているから、偽造はできない」
御簾川が反論する。
「ちょっと待ってください、この紙は名前が偽造された可能性があります! 朝の忙しい時間、管理人さんは津惟のことを覚えていませんし、別人が津惟を騙っていた可能性も――――」
「だからどうしたというの?」
ダリアさんはぴしゃりと言い放った。
「別人が酉饗津惟を騙っていたというのなら、その証拠はどこにあるの。真犯人が存在すると言うのなら、その証拠はどこにあるの。あなたが真犯人の存在を信じて疑わない理由はどこにあるの。前に言ったわよね。六陵高校推理探偵部に入り、探偵として部の活動をするからには、心得ておかなければいけないことがあるって」
1.観察力と注意力を養い、常に周囲から情報を得ること。
2.精神と肉体を研鑽錬磨し、不測の事態に備えること。
3.情報を疑うこと。
ダリアさんは、その三つを挙げた。俺は初耳だ。
「情報を疑うっていうのは、入ってきた情報を、何もかも疑うってことじゃない。自分の中で組み立てた情報を疑う、ということよ。あなたの思考は、少し凝り固まりすぎていると思わない? 確かに、犯人が自分の名前を告げて鍵を借りたことは少し不自然だけれど、全ての人間が完璧にできているわけじゃない。手違いだってある。捜査の際には、そういうことも加味して推理しないとつながらないこともある。ここは監獄でもなければ古びた洋館でもないし、ましてや吹雪の山荘でも、定期船が一月に一度の無人島でも、橋一本だけが外界への出口であるようなさびれた村でも、豪華客船の中でもない。ただの高校なんだから。あなたが相手にしているのは、愉快殺人犯でも連続暴行犯でも空き巣でもない。ただの高校生なんだから」
「だけど、津惟は、朝、学校に遅刻して……朝は学校の中にはいなかったんですよ? それなのにどうやって、鍵を借りることができるんですか!」
「それなら、一つ、あなたでも納得できる推理がある」
ダリアさんがそういうと、シーマンさんがこくりとうなずいた。
シーマンさんでも納得できたのか。
「酉饗津惟が、別の入り口から入った、もしくは、校門開放時間の前から学校に潜伏していた、という場合。恐らく、見つかったときのリスクと、鍵を借りた時間から考えて、前者だと思うのだけれど、いずれにせよこの推理なら、酉饗津惟が、校門前で見張りをしていたあなたの目に留まることはない。それに、考えてもみて。酉饗津惟が校門を通らなかったということが、彼女が学校にいなかったことの理由になるとあなたは言ったけれど、それは少し違うと思わない? 逆に言えばそれは、不在証明ではなくて、酉饗津惟が“校門を通らなかった”という、酉饗津惟が、あなたの見張りの間ずっとほかの場所にいた実在証明になるの。たとえば、水泳部部室、とかね」
「でも、それはただ単に、津惟が遅刻しただけでっ!」
「いい加減に見苦しいと思わない? カワサキさん。あなたに論理的な思考力があるのなら、つじつまの通る真相は一つしかないということがすぐにわからないかしら。これまでに彼女は、剣道部、陸上部、女子テニス部、水泳部のトップ選手、そして宗田栞、白詰朔を手にかけ、そして女子テニス部のときは、自分までもがゴキブリに襲われた体を装った。彼女の悪行を、これ以上見過ごすわけにはいかない。お友達ごっこが通用するのは、保育園までよ」
御簾川は、もう、反論することはできなかった。
「おーい」
声がして振り返ると、そこにはジャージ姿の男子生徒がいた。ジャージの色から判断するに、シーマンさんたちと同学年の生徒だ。
シーマンさんが「どうしたのだ」と話しかける。その男子生徒は「制服が無くなってさ」と頭を掻いた。
「探してくんねぇかな。頼むわ」
そう言ってその男子生徒は紙を取り出す。それは職員室前にいつも重ねてある紙で、その男子生徒の名と『制服探してくれ』と書いてあった。シーマンさんはそれを受け取ってうなずく。
「了解した」
上部に依頼状と書いてあるその紙は、推部専用の依頼状なのだろう。
「頼むな、無いと困んだわ」
そう言って男子生徒は走り去っていった。ダリアさんはそれを横目で見る。
「…………私達には他にやることもできた。もう私達はこの事件には関与しないわ。…………また月曜日に会いましょう」
「最後まで頑張ってくれたまえ、諸君」
ダリアさんとシーマンさんは、俺達に背を向け遠ざかっていった。
「…………御簾川」
俺が声を掛けても、御簾川は下を向いて口を閉ざしている。
御簾川も、認めざるを得なくなってきたのだろう。
酉饗津惟が、ゴキブリ事件を起こした犯人だということを。
だけど――――――何かひっかかる。
先ほどの酉饗の態度。
『酉饗津惟は悪魔だ』
『犯人になるのは、酉饗津惟なんだ! 悪いのは全部、酉饗津惟なんだ!』
あれじゃあまるで、犯人を告発している第三者、すなわち、被害者と同列の人間の台詞じゃないか。
自分のことを悪魔と言い。自分を犯人だという。どこか他人事のような雰囲気すら感じる。
本当に、酉饗は犯人なのだろうか?
この事件には、何か裏がある。
酉饗津惟は、何かを隠している。
――――それはいったい、何なんだ?
自分を犯人と言ってまで隠したい真実とは……何だ。




