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第三十八話 「女神の膝元で眠る天使たち」

 そうして少し早めに四時間目を終えた俺達は、少し早めに1-Eの教室へとたどり着いた。これで日直日誌を書き上げておける。

 と、意気込んで俺が日直日誌を開いたまさにその時、俺の机の上に掌が置かれた。


「日直日誌より先に、作戦会議しよ?」


 机に置かれた腕の持ち主は御簾川だった。御簾川の頼みは断れない。これが委員長パワーか。


 かくして、第二回、六陵高校推理探偵部新入生による、ゴキブリ事件作戦会議が始まった。


「どう思う?」


 重箱をつつきながら御簾川は言う。重箱、と言っても、中に入っているものはえのきとかしいたけとか、レンコンとかオクラとか、そういったものが散見していて、とても重箱としての役を担っていない。普通の弁当箱にも見劣りする有様だ。よく見たら、ドロリとした謎の液体や、黒焦げの魚っぽい形のものが転がされている。とてもじゃないが食べられるとは思えない。


「どう思うって、どういうこと?」と宗田さん。

「まあ、まずは朝の話から始めようか」と俺が切り出し、俺たちは、宗田さんに今朝起きたことを簡潔に教えた。


「じゃあ、今日事件が起きれば、酉饗さんは犯人じゃない、ってわかる、ってこと?」

「そういうことだな」

「でも逆に、今日事件が起きなかったら」

「酉饗が疑われる」間髪入れずに俺が答える。御簾川は静かに頷いた。「連続して起きていた事件が急に途絶えたら、その日とそれ以前の日で違う行動をしてる人が疑われるだろうからね」

「でさ、ちょっと疑問があるんだけど」と俺は御簾川に語り掛ける。「御簾川は、酉饗は犯人じゃないって信じてるんだろ。それはいいんだよ。俺だって、ああいうヤツが、あんな陰湿な事件を起こすとは考えにくい。動機があるにしてもさ。ちょっと酉饗の人間性からは想像しにくいんだよな。酉饗がコソコソ朝に部室に忍び込んで、ゴキブリを仕掛けてはにかんでるをさ」

「五位鷺さんの件もあるしね」御簾川は、酉饗が五位鷺さんに入れ込んでいたことを言っているのだろう。

「けどさ、御簾川。それじゃあ、他に犯人らしき人はいるのか」


 重箱の隅をつついていた御簾川の動きが止まる。


「真犯人につながるような証拠は手に入ったのか」

「それはまだだけど」いじけるように御簾川は言った。

「怪しいんだよ、この事件」

「「怪しい?」」俺と宗田さんの声が重なる。

「だってさ、もし仮に、津惟が犯人だったとして、おかしいんだよ。例えば、管理人室の、鍵の持ち出し記録の紙」

「今朝言ってたやつだな」

「うん。あれってさ、もし津惟が犯人だったら、わざわざ自分の名前、書いたりする? 私ならそんなことしない。だって私が犯人だってバレるから」


 御簾川は一息に続ける。「それと、三つめの、白詰くんたちが襲われた、女子テニス部部室のゴキブリ爆弾事件。あれも、自分が犯人だったら、津惟はあんなことをしてないはずだよね」

「あんなことって、なに?」宗田さんは興味津々といった様子で御簾川の推理を聞いている。拝聴、と言った方が似合いそうだ。


「わざわざ白詰くんと栞ちゃんをゴキブリたちに襲わせたことだよ。あの日って、確か、津惟が栞ちゃんを部室まで連れてきたんでしょ?」

「うん」

「それで二人は部室の中に入った。で、その後は―――」

「まあ色々あって、酉饗が一人だけ外に出てきたんだ。そのとき部室の前には、俺と酉饗と相槌さんがいた」

「それで、その後はどうしたの?」


 その時、部室から宗田さんの叫び声が聞こえてきたんだ。


「まず酉饗が先に入って、そのあと俺が入った。中に入ったら二人とも倒れてて、そんで俺もゴキブリたちに襲われた」

「それで最後に相槌先輩が襲われた……そういうことね」

「ああ」


 うん、と御簾川は頷く。「やっぱり、津惟が犯人だったとしたら、無防備すぎるね。栞ちゃんを一人だけ残して部室を出るなんて、考えられない」


 確かにそうだ、と俺は思う。あの時俺が部室に駆け込んだのは、間違ってはいなかったんだ。うん、むしろ酉饗には感謝してほしいくらいだ。だのにあんなに怒られるなんて、不条理ってもんだ。


「何か言った?」


 御簾川が片眉をあげて俺を見る。今のが声に出ていたのだろうか。なんでもない、と俺はかぶりを振った。


「そういえばあのとき、宗田さん、『わっ、何、何』って言ってたよな。あれは何だったんだ?」


 それは俺が酉饗に制汗剤のスプレーをぶん投げられる前のことだ。確かあのとき、俺はその声を聴いて、半裸の宗田さんがいる部室へと足を踏み入れたのだ。


「あのとき……? あっ、あの、とき、ね」


 宗田さんがみるみる赤くなっていく。「あっ、あたし、あのときは、あの、噛まれちゃって」

「噛まれた?」御簾川が俺と宗田さんを見比べながら言う。「噛まれたって、誰に?」

「あの……」言いにくそうに宗田さんはもじもじする。「着替えてるときに、その、ちょっと、ここの、付け根のところに」そういって自分の肩の付け根のところを指さす。「食い、込んじゃって」

「あ」と御簾川。なるほど、とつぶやくと、俺の方を向いた。「で、何の話だっけ」

「いや、宗田さんが噛まれたって話だろ? 今そういう流れだっただろ」

「いや、その前に何話してたっけ」

「いや、その前に、今の話はどうなったんだよ? 何もわからないんだが」

「いや、それでいいんだって」


 御簾川はひらひらと手を振る。「私が分かったから」

 腑に落ちないが、ここは取りあえず、話を先に進めるほかないようだ。「まあ、問題ないんならいいけどさ」

「じゃあ、今日のはなししよ。まず、昨日は、津惟は水泳部に行ってたの。今までの傾向からして、今日狙われるとしたら、水泳部のトップ選手。男女どっちか分かんないから、一応どっちも調べといたよ」


 そういって、御簾川は自分のメモ帳を開いて俺たちに見せた。そこには男女二人の名前が記されていた。これが水泳部のトップ選手なんだろう。さすが委員長。仕事が速い。


「学年主席でもあるけどね」と嫌味っぽくなく、どちらかというと不貞腐れたように御簾川が言った。しくじった、今のも声に出てたか。

 そして御簾川は、今日の放課後の見張り分担を決める。俺と御簾川と宗田さんが水泳部部室の見張り担当だ。って、全員じゃないか。


「だって、もう、部室で事件が起こるっていうことは確からしいからね」

「だからって、読者サービスも考えろよ。水泳部って言ったら水着だろ? 水着と言えばポロリもあるかも……? とか、そういう淡い期待を読者にさせるのが、御簾川や宗田さんら美少女陣の義務だと、俺は思うんだけどな」

「水泳部は今はプールには入ってないよ」

「ん?」

「今は、走り込みの練習だけなの。ちょっと考えたら分かるでしょ」


 Oh...


「……そうか」


 淡い期待はもろくも敗れ去った。ま、しょうがないか。


「でさ」気持ちを切り替え、俺は切り出す。「ここだけの話なんだけど」

「「なに?」」と二人。

「俺の能力、使ってみたんだけど」


 おお、と御簾川が声を上げる。「白詰くんも使えたんだ」

 そう言って御簾川は、先程の黒ずみの魚っぽい形のものを頬ばった。やめろォッ、食欲が失せる!


「なんかさ、手がやたらと硬くなってさ、鉄みたいに、ホント鉄みたいになってさ、めっちゃ強くなったんだよ。それでな、その能力が解除された瞬間、俺、地面にぶっ倒れたんだけど、どう思う?」

「どう思う、って」どういうこと、と御簾川。「何が聞きたいの?」

「いや、どうやらそれは貧血のせいだったらしいんだけどな。能力を使う貧血だけでって、使いづらいよな」


 御簾川は怪訝な表情を俺に向ける。どこか同情しているような様子までうかがえる気がする。


「大変だね」


 バッサリと俺の発言は宙に舞った。もうちょっと、なんか、アドバイスとかないものか。他人事すぎるだろ。


「そういわれても、そういう能力なんだったらしょうがないしね。ほら、強い能力には制限かけとかないと、あとで無双しすぎちゃうでしょ。しいて言うなら、鉄分を多くとっといたらいいんじゃないかな。レバーとか」


 無双、か。そういうものかな、と俺は半ば曖昧に納得する。「そうだ、そういえば、宗田さん、二時間目のときのヤツは、結局どういうことなんだ」

時間遅進ディレイワールドだよ」

「『時間遅進ディレイワールド』?」と御簾川。「それって、確か、昨日の朝言ってたヤツじゃない?」

「うん」

「何の話?」

「じつはね」


 そうして、宗田さんは、今日の体育の時間のことを話した。


「見上げたら、空が暗くなってて……」

「ふうん」


 御簾川は眉をひそめている。重箱を傾け、どろりとした液体を飲み込み、さらに眉をひそめる。


「あの時の突風は、栞ちゃんだったの」

「そう、そうなの」

「夢を願えば、超能力(パワー)は発揮される……シーマンさんはそう言ってたな」


 宗田さんの夢。思い出した、確かそれは、『白詰くんに認めてもらう』……そういった内容だったはずだ。あの時宗田さんは、俺に助けられるのが嫌とかそういうんじゃなくって、ただ単に、俺に、弱い自分を見せたくなかったってことなのか。

 少し安心した。


「あのとき見せてもらった図鑑には、こう書いてあったよ。『選択したもの以外の、全世界の時間を遅らせる能力』だ、って」


 全世界の時間を遅らせる。

 それがどんなにすごいことなのかは、すぐに分かった。そんな能力だったのなら、シーマンさんがあんなに驚いたのも無理はない。

 選択したもの以外、というのは、今回の場合、宗田さん以外、ということだろう。つまり、遅くなった世界の中で、宗田さんだけが自由に動くことができる。

 まさに最強の能力と言っていいんじゃなかろうか。


「なあ、御簾川の能力は、何なんだ?」

「私?」

「ああ。だって、御簾川に関しては、能力名すらまだ聞いてないからな」


 御簾川は、少し躊躇ってから言った。


「『完全音感(パーフェクトピッチセンス)』だよ」

 宗田さんが首を傾げる。「パフェトッピング? いちご……とか?」

 俺もいちごで頼むよ、宗田さん。


「いや、そうじゃなくって、『完全(パーフェクト)』な『音感(ピッチセンス)』で、『完全音感(パーフェクトピッチセンス)』。そう言われたの」


 御簾川が言うには、『あらゆる音を聞き分ける能力』それが、『完全音感(パーフェクトピッチセンス)』、らしい。


「昨日の昼休み、私が男子テニス部のマネージャー見学をしてたとき――それが一番最初だったの。最初に栞ちゃんの叫び声が聞こえて、白詰くんと相槌先輩の叫び声が聞こえてきたの。他の周りの人たちは聞こえてなかったみたいだったから、おかしいな、と思ったの。そこで、ああそういえば、って、自分の能力を思い出した。何百メートルも離れた女子テニス部部室からの叫び声がグラウンドの端にいた私に聞こえたっていうことは、これが私の能力なんだな、って」

「……ん? ちょっと待て、酉饗の叫び声は聞こえなかったのか?」


 そう言う俺も、あの時のことを思い出してみる。そう言えばあの時、宗田さんの叫び声が聞こえてすぐ酉饗が飛び込んで……俺が見たときには倒れてた。ってことは、酉饗だけ叫び声を上げてないな。


「まぁ、だってあの子は、叫び声上げるような柄じゃないしね」


 そういうもんなのか。


「もしかして、さっきの音楽のときのアレもそのおかげなのか?」


 訳の分からないハーモニーを言い当てた、アレだ。


「うん」

「……それはちょっとおかしくないか? だってさ、御簾川、能力は、夢を心に思い浮かべてるときに発動するんだって、シーマンさんが言ってたじゃないか。だったら、御簾川、お前は、テニス部でマネージャー見学してたときも、さっきの音楽の時間も、ずっと『アイドルになりたい』って心の中で思ってたっていうのか?」

「当然でしょ?」


 御簾川はあっけらかんと言った。


「夢なんだから」


 とても御簾川が冗談を言っているふうには見えず、俺は押し黙る。


「ごちそうさま」


 御簾川は手を合わせ、重箱の蓋を閉じた。「で、どうする? これからホームルームがあって、その後は放課後でしょ? 真っ先に水泳部の方に行くか、それとも、一度推部に行く?」

「どうして推部に行く必要があるんだ」

「いや、一応、有田先輩達に報告しておいた方がいいかな、と思って。部活動として調査するからには、先輩の許可がいるのかなー、とかさ」

「そういうことにホントこだわるよな、お前って」

「あー、今馬鹿にしたでしょー」御簾川の頬がリスのように膨らむ。

「あ、あたしも、許可はいるんじゃないかなって思う……?」と宗田さん。

「じゃあ、推部に寄ってから、水泳部に行くか」美少女二人に言われたんじゃしょうがない。まぁそれに、俺自身も、シーマンさん達に聞いておきたいことがあるしな。

 俺も宗田さんも、それぞれの弁当を食べ終え、手を合わせた。


「ところでさ、御簾川」

「うん?」

「その弁当……つか重箱って、自分で詰めたのか? なんか、さっき、食い(もん)とは思えんものが見えたんだが」

「そうだよ? 土曜は給食なしって聞いたから、この機会に自炊の練習しようと思ってね。よかったら今度、白詰くんにも作って来たげよっか?」


 つ、ツクッテキタゲヨッカ!!??


「い、いや、遠慮しとくよ」冗談じゃない、あんなの食ったら、人生ジ・エンドだ!


「そっか……そうだよね、料理って、自分で作った方が美味しいからね……栞ちゃんは?」

「ううん、あたしはいいよ、御簾川さんが手切ったりしたら大変だもん」

「そっか」


 御簾川は少し寂しそうだ。なんだか罪悪感が……って、御簾川、アレ、美味しかったのか?



 ◇◆白詰朔◇◆



「はーい、みーんな大好き、篠木つーくねでーすよー……着席(ちゃくせーき)


 つくね先生が来て、ホームルームが始まった。さっきの音楽の授業のときと比べて、明らかにつくね先生に覇気が感じられない。よっぽどショックだったのだろうか。

 面倒くさそうに、連絡事項を告げる先生は、いつもより若干老けて見える。そんなにショックだったのか。


「なぁシロサク」


 前の席の相模が話しかけてくる。


「何だよ」

「あれ知ってるかぁ? 『ゴキブリ爆弾事件』ってゆーの」

「あぁ」

「嫌だよなぁ、ゴキブリが溢れ出てくるなんて。絶対(ぜっったい)嫌だ!」「あぁ」

「何だよ、テンション低いなぁ」

「あぁ」


 俺は実際に被害に遭ってるからな。その話題じゃ、はしゃげない。


「そっか、シロサクは『ゴキブリの次にオバケが嫌いだ!』って言ってたもんなぁ。オバケよりもゴキブリの方が嫌なんだろぉ?」

「その通りだ、相模。まさかお前がそんなことを覚えてるなんてな。褒めてやりたいところだ。よし、お前には、どうして俺がゴキブリを嫌いになったのか、教えてやろう。この話を聞けば、お前もゴキブリが嫌いになること請け合いだ」


 そうして俺は話し始める。



 ◇◆◇◆



 八年前。2042年。俺が八才のときのことだ。というかもう、俺の回想は基本的に、いつも八年前だ。

 土台今男たちから逃げるためにもといたマンションを売り払って、母さんがらぁめん屋を始めてすぐのころ。まだ太陽が高く、熱が残る蒸し暑い夏の日だった。そのときはまだ、茲竹さんはいなかったっけ。

 母さんが買い物、恐らく材料の買い出し、に行って、俺は一人で留守番をしていた。

 俺は居間で寝転がっていた。することが無かったから、暇だったんだろうな、ただ俺は天井をぼーっと眺めて、だらだらと時間を過ごしてた。

 そしたらそのとき、見えたんだ。何か、目の前の廊下を走っていくものが。

 俺はすぐ、幽霊だ、とそう思った。その当時、俺が一番苦手だったのは、幽霊の類い、つまりはオバケだったから、俺は(すく)み上がった。その幽霊は、厨房の辺りに行った気がした。

 しばらくの間は、俺は相手の出方を探って、そこでじっとしていた。相手の気配は消えない。俺は息を飲んだ。いつ飛びかかってくるのか……気が気じゃなかった。とにかく怖かった。顔を覗かせたら引きずり込まれるかもしれないし、かといって引き下がったら追ってくるかもしれなかったから、俺はその場から動けなかった。


「ていうかそれ気のせいなんじゃないのかぁ?」


 うるさい、今は回想中だ、静かにしてろ。これから面白くなるんだよ。

 まー確かに、そこにいた気がした、っていうのは、俺の誇大妄想だったのかもしれない。でもそんなことは今どうだっていいんだ。

 それから十分。俺はそこで息を殺して様子を窺っていた。そして俺はとうとう、意を決して厨房に飛び込んだ!!

 そこには、見たところ誰も居なかった。だけど俺は気づいてしまった……キッチンシンクの下の扉が開いていることを。

 そこからは、想像できるだろ。俺は、恐る恐るそこを覗き込んで、見つけてしまったんだ。

 奥で、一匹のゴキ〇リに群がるゴ〇ブリ達を。

 二十匹はいた。そのゴキブ〇達が、俺を見た途端、わっと散らばって、逃げ出した。跡には食べ残された〇キブリの残骸が散らばっていた。そいつらは、共食いをしていたんだ。

 阿鼻叫喚。俺は一人で泣き喚き――――――

 そういうわけで、俺の嫌いなもの第一位は、幽霊を軽々と飛び越え、Gがランクインした。

 それからはずっと、今日まで、Gの独走状態ってわけだ。



 ◇◆◇◆



「……で、その後はどうしたんだぁ?」

「その後?」


 うん、と相模は頷く。「そのゴキブリ達はどうなったんだぁ?」

 さぁな、と首を傾げる。


「母さんが追い出してくれたわけじゃないだろうし。……あ、そういや、その頃によくうちに来てくれてた人がいるんだよ。『サクサク情けないねぇ~』なんて言われたっけな。多分あの人がゴキブリ追い払ってくれたんだ」


 俺は昔から、色んな人に助けられてたんだな。


「じゃあ、幽霊は、何で嫌いなんだぁ?」

「昔は俺にも見えてたからな」

「……何が?」

「……幽霊が」


 またまたー、と相模は手を振った。「バカ言うなってぇ! 冗談にしてはツマンナイぞぉ?」

「……信じなくてもいいけどな」


 俺は肩でため息をついた。


「そうだ、幽霊って言えば、あの噂、知ってるかぁシロサクぅ!」


 相模は嬉々として眼を光らせる。


「あの噂?」

「都市伝説のアレだよ! 『死霊の呪い』!」

「あぁ、知ってるよ」俺もその伝説については聞いたことがある。確か、三十年ほど前、ある高校で、生徒が飛び降り、その高校の解体工事の工事現場に悪霊が出る、という噂だ。


「俺は吉舎布生まれの吉舎布育ちだからな。その話はよく聞いた。けどアレだろ、それって嘘なんだろ? 実際は、途中で放り出した工事現場に誰かが入ったりしたら危ないからって作り出された、人避け用の眉唾なんだろ?」


 相模は大袈裟に指を振る。


「火のないところに煙は立たない。そうじゃないかぁ? シロサク?」

「……どういう意味だよ?」

「本当に何も起きてないのなら、そんな噂は立たないってことだよ。実際、あの高校では昔、二人・・も屋上から飛び降りて死んだ生徒がいるんだよ」

「………」


 あれ……今日って、最低気温何度だっけ。肌寒い気がするぞ。


「確か、ツウガワ高校ってったっけなぁ。学区再編で潰された学校だから……六陵が出来た2005年らへんに潰されて、それからずっと、ツウガワ高校には幽霊が出てるんだぁ! ヒュードロドロ!」

「勘弁してくれ……俺は本当にそういう系の話はダメなんだ。オバケが二番目に怖いんだって言ったばっかりだろ」

「出る出る出るでー!」

「関西弁が全部怖く聞こえると思ったら大間違いだからな?」

「えっ、そうなのかぁ!?」


 当たり前だ。




 まだホームルームは終わらない。そうだ、今の内に日直日誌を書いておこう。


「白詰くん」


 後ろの席から声がかかった。宗田さんだ。胸が高鳴る。


「う、うん? どうしたんだ?」


 宗田さんは目を伏せる。


「……ごめんなさい」

「うん?」


 何に対する「ごめんなさい」なんだろうか。


「今日、日直の仕事……ほとんど手伝えなくって」


 宗田さんは、今にも泣きそうな気配すらある。


「いやいや、いいんだよ。だって宗田さんは、実技教科以外は教室で受けてるわけじゃないんだから、日誌とか黒板とか、移動とかもしなきゃいけないから、時間なかっただろうしさ」


 宗田さんは小刻みに息をしている。泣いて……ないよな?


「気にしなくていいから。な? 今はお互いに出来ることをやって、支えていく時期なんじゃないか?」

「でも……あたし、全然役に立てなくて……」


 こんなんじゃ、白詰くんに認めてもらえない。

 宗田さんは、そう続けるつもりだったんだろう。だけど途中で言葉を切った。

 宗田さんが息をする度に、ふわふわの髪の毛がぽふぽふと揺れる。


 あぁ……撫でてぇ。


 だけど今はホームルーム中だ。第一、いきなり撫でるって、おかしいだろ。宗田さんも困るし。


「ごめんなさい……」


 宗田さんは目を擦りながら少し顔を上げる。(まなじり)が少し赤くなっていて……


 ――可愛い。


 いやいやいや、宗田さんが一生懸命謝ってくれてんのに、何考えてんだ、俺!

 でも、アレだな。俺のスレンダー好きとは違って、スレンダーの方は、どちらかというとフェチ的な「好き」で、宗田さんはそうじゃなくって、ただ本当に、純粋に「好き」で……

 って、だから何考えてんだ、俺!!


「なぁ、宗田さん。一ついい?」


 宗田さんは小さく頷く。


「俺は宗田さんが悲しんでる姿を見るのは、辛いんだ。だから」


 やっぱり、宗田さんは笑ってた方がいい。


「せめて『ごめんなさい』じゃなくて、『ありがとう』って言ってくれ」

「『ありがとう』……?」


 宗田さんはきょとんとしている。


「うん。最初に病院の屋上で話したときもそうだったけどさ、宗田さんって、『ごめんなさい』って言うのがすごく多い気がするんだ。だからさ、せめて、『ごめんなさい』を『ありがとう』に置き換えて言って欲しいな、って思うんだ」


 宗田さんは瞼をぱちぱちと合わせている。


「例えば、今だったらさ、『手伝えなくてごめんなさい』じゃなくて、『手伝ってくれてありがとう』って言うんだよ。そっちの方が、悲しくならないだろ? それに相手も、そっちの方が、嬉しい気持ちになるし。相手も、話してる人が申し訳なさそうに謝るよりも、笑顔で感謝された方が、いいことしたな、って気持ちになれるんだ」


 宗田さんは少し考え込む素振りを見せ、そして頷いた。「そうだね」


 そして宗田さんは、手を下ろし、目元に清らかな一粒の涙を溢し、柔らかな微笑みを(たた)えて、言った。


「白詰くん……ありがとう」


 その柔らかな微笑みは、女神の膝元で眠る天使たちが持つ弓から放たれた矢が俺の心を正確に射抜き――

 一言で言えば、俺は見事に、バッキューーンされたのだった。

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