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第三十一話 「絶対、俺が助ける」

「相槌憂子さんが、教えてくれたの。あ、もう相槌先輩って呼ぶべきなのかな。分かんないけど、先輩の方が間違いないか」


 そう言って御簾川は、俺に『第三音楽室前廊下の動く肖像画』の謎について解説してくれた。メモ帳を開き、御簾川は喋る。


「相槌先輩が言うにはね、あの第三音楽室は二重構造になってるの。いや、二重構造というか、二枚の壁、床、天井が、あの部屋を覆ってるの。つまり、扉と窓を除くあの部屋の外に面する部分は、二重になっているってこと。これだけ聞いたときには訳分かんなかったけど、今日の朝の出来事で、その目的が分かった」

「二重構造?」

「そう、二重構造。相槌先輩は、やけにそれを『ヒントだよ、うんヒント』っていって教えてくれたんだけど、その意味が分かったの。ずばり第三音楽室の二重構造は、『神託の儀式』を隠すためのもの。正確に言えば、神託の間への入り口の存在を悟らせないようにするためのもの」


 御簾川はやけに自信ありげに俺を見た。俺は黙って首を振る。


「まだ分かんない? 思い出してみてよ、神託の間が現れたときに起こったこと」

「『神託の間が現れたときに起こったこと』………?」うーん、と首をひねる。「あ、宗田さんが倒れそうになって、支えてあげたんだ」

「そんなのろけ話、聞いてないんだけど」呆れられた。よろけ話だな、と俺は呟く。「第三音楽室が大揺れに揺れたでしょ」


「ああ、確かに、ダリアさんがあのリモコンのボタンを押した瞬間にすごく揺れたな」今考えれば、あのリモコンは、あの本棚を開くためのリモコンだったのだろう。

「それを外に悟られないようにするために二重構造にした。二重構造なら、揺れるのは内側の部屋だけで、外には振動が伝わらないから、そうしたんだろうね」


 成程、と俺は激しく同意する。つまり、神託の間へ行くために本棚を開けることで生じる揺れを、外に気づかせないようにするため、第三音楽室は二重構造になっているのか。


「で、それと『第三音楽室前廊下の動く肖像画』の謎と、どういう関係があるんだ?」

「相槌先輩はこんなことも言ってた」メモ帳に目を落とす。「第三音楽室前廊下の肖像画を引っ掛けてる画鋲の針は、凄く長いんだって。これくらい」


 新品のチョークほどの幅を指で開けて見せる。八センチ位だ。


「どういうことだ」

「つまりね、どうやらあの肖像画、割りと重いらしくて。画鋲が浅くしか刺さってなかったら、簡単に取れちゃうの。ただでさえ二重構造で第三音楽室前は壁が薄くなってるから、かなり画鋲は取れやすい。音楽室の前には肖像画を掛けるのが常識だし、壁が薄いからといってここにだけ肖像画が掛かっていないのはおかしい。そこで誰かが考えたの」


 肖像画の重さの情報なんてどこで掴んだんだ、と御簾川に聞きたくなったが、話を遮りそうだったので、やめた。「何をだ」


「第三音楽室前廊下の壁両方、つまり外側の壁と内側の壁、どちらにも画鋲を刺すことができれば、肖像画は安定する。大体八センチ位あれば、画鋲は外側の壁を突き破り、内側の壁にも刺さる。そう計算したその人は、長い画鋲を第三音楽室前廊下の壁に刺したの」


 そこで計算違いがあったの、と御簾川は言う。「その人は、内側の壁が、神託の間を出すときに揺れてしまうことを知らなかった。これが『第三音楽室前廊下の動く肖像画』の謎の真相だよ」


 成程つまり、第三音楽室前廊下の肖像画は、内側の壁が揺れるとき、即ち神託の間が現れる時に、内側の壁と連動して、ガタガタと揺れる、というわけか。


「分かってみれば、大したことじゃないでしょ」

「御簾川は頭がいいな」


 少し自嘲的に言った。御簾川は眉を寄せる。「どうも」御簾川の口調も自嘲的だ。


「……ところでさ」


 そう言いかけて俺は口を(つぐ)む。これは聞いてもいいものなのかどうか、一瞬迷った。

 いや、やっぱり、これは聞く義務が俺にあるような気がする。


「御簾川って、アイドルになるのが、夢なんだな」

「何か、悪い?」


 意外にも、ふてくされたように御簾川は答えた。「昔からの夢なの」

 そんなこと言わないで、などと言われるかと思っていた俺は、ほっと胸を撫で下ろす。


「いや、御簾川はさ、確かにキレイだし、目立ってモテるタイプだろうけど、やっぱ御簾川は、委員長タイプだからさ」

 俺にとってアイドルというものは、自分によっぽど自信のあるやつや、親の七光りであることがほとんどだ。そういう意味で言えば、御簾川がそういう部類に属しているようには、とてもじゃないが、見えない。


「でも、御簾川がアイドルになったら、面白そうだな。将来、相模と一緒にテレビに出たり、とかしてな」

「そんなのじゃない」


 いつになく御簾川が険しい顔をしていた。


「そんなのじゃないから。相模なんかと、一緒にしないで」

「相模なんか、ってどういうことだよ」

「私は、あんなに軽いことをしたいわけじゃないの。相模の音楽は、軽い」

「そんなの、相模が聞いたら怒るぞ」

「そうかもね」


 御簾川は目を細めた。「私はね、相模よりもっと、自己中心的なの」


自己中心的(じこちゅう)?」


 声の調子が落ちる。「私の夢はアイドルになること。それは相模と変わらないけれど、相模が目指す音っていうのは、軽々と翼を広げて、世界中を飛び回るような、そんな軽やかな音でしょ。私はそれとは違うの。私はただ、アイドルが好き。音楽が好き。自分の好きなものが、大好き。だけど、皆にそれを認めてもらいたいわけじゃないの。誰に伝わらなくても、私が好きになれるような音を作りたい。それが、私の夢なの」


 ゆっくりと、風が御簾川の頬を撫でた。木の葉擦れがさらさらと鳴る。

 やっぱりすごいな、御簾川は。

 俺は呆れたように、そう呟いた。


「その夢に、超能力が必要なのか?」

 木の囁きが大きくなる。「まあね」

 御簾川は腕時計を見た。「もう教室に戻らなきゃ」

 御簾川は教室に戻って級友を優しく急かし、そして始業一分前には宗田さんを除く全員が席についていた。


「御簾川っちと何の話してたんだぁ?」

 英語の準備をしながら、相模は聞いてくる。「うらやましーぞ」


「……そうだな、黙っててもいつかわかることだから言うけど、俺たち、六陵高校推理探偵部っていう部に入ったんだ。略して推部っていうんだけど、推部は困ってる六陵生を助ける部活でな。そのことについて、ちょっと話してたんだ」


 そーなのかー、と相模は言う。「いつの間にそんなところまで持ち込んだんだぁ、シロサクぅ!!」

「そんなところって、何をだよ」

「だって、それってつまり、御簾川っちと初めての共同作業(はあと♪)したってことじゃないのかぁ?」

「……何言ってんだよ」


 ほとほと呆れた、と呟く。


「でも、そっか、困ってる俺たちを助けてくれるってことは、ボランティア部、みたいなことなのかぁ?」

「まぁそんなところだ」

「それじゃあ、その六陵高校推理探偵部の人たちが困ってるときは、誰がその人を助けてくれるんだぁ?」

「……確かにそうだな」


 そう言いつつも、俺の中にその問いに対する答えはすでにあった。

 六陵高校推理探偵部の部員は、己を守るために、超能力を授かる。

 そういう考えも、できるのではないだろうか。少々拡大解釈だが。


「でも、シロサクは大丈夫だな!! シロサクは、何があったとしても、絶対に大丈夫だぁ!! 俺が保証する!!」


 自信満々に白い歯を覗かせた。俺は、一体どういう根拠だと問う。


「シロサクが困ってるときは絶対、俺が助けるからだぁ!! だって俺とシロサクは、親友だもんなぁ!!」


 そう言って相模は、嬉しそうに俺を見て、満面の笑みを浮かべた。


「……嘘でも本当でも、あったかいな」


 相模は、今日は雲が少ないよなぁ、と的外れなことを言った。



 ◇◆白詰朔◇◆



 三時間目の英語R、四時間目の現国が終わり、昼休みになった。給食委員と日直が給食を配り終え、俺が箸を取りだし膳に手を伸ばそうとしていたところへ、御簾川が俺の肩をぽんぽんと叩いてきた。見ると、右手には膳、左手には椅子を持っている。


「作戦会議、しよっか」


 かくして俺は後ろを向き宗田さんと向き合い、御簾川は近くに椅子を下ろした。


「なるべく早く食べちゃわないとね。事件が探偵のいないところで起こるのは、探偵として最悪だから」


 御簾川はいつのまにかメモ帳を取り出している。


「やけに張り切ってるな、御簾川」

「そりゃね、初仕事だし」当然でしょ、と続ける。

「あ、あたし、こんなの持ってきたんですけどっ」


 宗田さんは自分の猫耳リュックサックから、探偵を連想させる、庇のような鐔の、鳥打ち帽を三つ取り出した。「必要になるかと思って」


「形から入るタイプだね、栞ちゃん」御簾川は目を丸くした。「頼もしいね」


 そう言って御簾川は、青色の鳥打ち帽を上着ポケットになおした。


「おい、何で取ってるんだよ。いや、というか、こんなの必要か? 邪魔になる気がするんだが」


 宗田さんと目が合った。宗田さんは恥ずかしそうに目を逸らす。


「だろ、御簾川」

「雰囲気作りは大切だよ、白詰くん」御簾川は諭すように言った。その様子が、茲竹さんに少し似ていて、どきりとする。


「……じゃあ俺は、緑のをもらう」


 宗田さんは、残った桃色の鳥打ち帽を取った。「お揃いだねっ」無邪気に笑う。

 俺はこそばゆくなって、汁物を口に注いだ。


「ねぇ、二人って付き合ってるの?」


 ぶほ、と吹き出す。「な、いや、違う」


「でもさ、今日の朝、なんかそれっぽいこと言ってたよね。『白詰くんが好き』とかそういうこと」


 俺は素早く御簾川の唇を押さえる。「違うんだって。あんまりそういうこと、大きい声で言うなよ」


 御簾川はゆっくりと唇から俺の手を外した。「じゃあ、何、栞ちゃんの片思い? それにしては、大胆な告白だったね」


 御簾川は平然とサラダを食べる。「超能力を手に入れてまで、手に入れたい心……もぐもぐ、白詰くん、幸せだね」

「ありがとうございます」


 何だよ、ありがとうございます、って、宗田さん。


「今は、その話はいいだろ。それより、作戦会議だろ? 委員長」

 そうだったね、と言う。「記念すべき初仕事として、私たち推部新入生には、『連続気絶事件』の犯人発見の任務が言い渡されたわけだけれど、まず、その『連続気絶事件』の概要について、調べてみたから、聞いてくれる? まず、第一の被害者は、剣道部三年生の女子。彼女は剣道部で一番優秀な選手だったらしいんだけど、その彼女が二日前の水曜、二時間目の体育のときに、見学をしていて、気絶したらしいの。目撃者の証言だと、彼女は剣道部の部室で気絶しているところを発見された。そして第二の被害者は、三年生、テニス部のエース、この六陵高校の生徒会会長、五位鷺(ごいさぎ)醍醐(だいご)。彼は朝練でいつも一番最初に部室に来るらしいんだけど、昨日の朝、二番目に来たマネージャーが、気絶しているのを発見した。そして、有田先輩によれば、今日、第三の被害者が出る。未だに、犯人や気絶に至らせる方法は判明してない。結構厄介な事件ね、これは」


 メモ帳をぱらりと(めく)り、御簾川は続けた。


「この事件に共通しているのは、どちらも部のエース的存在が狙われているということ。そして事件は部室で起こってる。犯人は同一人物と考えていいでしょうね」

「いつのまにそんなに調べたんだ? ダリアさんに頼まれたのは、つい今朝のことだぞ」

「休み時間の間に、有田先輩に直接聞いてきたの」


 なるほど、なんかずるい気もするけど、いいやり方だな。


「あ、食べながら聞いててね、早く行かないと間に合わないかもしれないし」

 俺が御簾川の膳を覗き見ると、ついさっきまでそこにあったはずの食物は、きれいさっぱり無くなっていた。


「いつもなら、太っちゃうから早食いはしないんだけど、今日は急いでるから、ね」

 俺の視線に気付き、御簾川がそう弁明してきた。


「有田先輩によると、この二つの事件には、もう一つ共通点があるらしいんだけど。分かんないのよね」


 俺は白飯をかきこむ。


「剣道部とテニス部、掛け持ちしてる人がいる、とか。その人が、女子テニス部も掛け持ちしてるんじゃないか。そうだとすれば、犯人はその人だ、きっと」

「わっ、それきっとそうだよ! すごい、白詰くん」


 宗田さんが目をキラキラと輝かせる。


「栞ちゃん、それ本気で言ってる? 今の、白詰くんの冗談だよ。そんな怪物みたいな人、いないよ」

「あ、そうだよね」見るからにしゅんとした。



 ◇◆白詰朔◇◆



「さて」


 俺はプレハブ部室棟の扉を見つめ、ポケットから緑の鳥打ち帽を取りだし、被った。なんだか軽やかな気持ちになる。形から入るのは、悪くない。

 給食を食べ終え、俺たちは三班に分かれて捜査していた。俺たちは三人だから、一班あたり一人だ。

 一応男子テニス部も捜査しといた方がいいかもね、と言ったのは御簾川だ。


『あんまり私たちが固まって行動してると、犯人に怪しまれるかもしれないしね。私は男子テニス部にマネージャー見学、栞ちゃんは女子テニス部に見学って形で、捜査しよ。白詰くんは、部室を見張っといて。事件の連続性からして、今回も部室で事件が起きる可能性は高いから』


 いつも通り委員長然として、御簾川は言ったのだった。


 カキーン、ポコーン、と、運動場の方から音が聞こえてくる。テニス部以外にも、様々な部活が昼練をしているのだろうか。

 越貝や酉饗は、今何をしてるんだろう。


「ん?」


 扉に近づく人影を見つけ、目を凝らす。ボブっぽい短髪の女子生徒が、部室の扉に手を伸ばしていた。

 辺りの様子を窺うように、キョロキョロと周囲を見渡している。

 怪しい。

 すごく怪しい。もしかして、あの人が犯人、か?


「ちょっと待って下さい!」


 俺はその人の手首を掴まえた。背の高いその人は、俺を見下ろした。

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