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第三十話 「入れ替わり」

 ここはどこだ。


 俺は、何をしていたんだっけ。


 思い出せるのは、今日までの記憶だけ。なんだか、とてつもなく長い夢を見ていたような……そんな夢から覚めた後の茫然とした気持ちに似ている。


 そうだ、俺は神託の間で…………


 超能力者(パワード)になろうとしてたんだ。


 じゃあなんで、今俺は、倒れてるんだ?


 結局、俺は……超能力(パワー)を手に入れられたのか?



「――――ああ、安静にしていたまえ」



 どこからか、シーマンさん……こと、宇治川さんの声が聞こえた。


「一分ほど眠っていたんだ。超能力を得たことによる反動だろう。三人が三人、眠ってしまうとは、珍しいパターンだが、かくいう私も、最初の時は眠ってしまったからな。よっぽど強い能力を手に入れられたのだと、根拠の無い推測をしたものだ」


 俺と御簾川と宗田さんは、第三音楽室の三つのソファーにそれぞれ寝ていた。ダリアさんが手持ちぶさたに突っ立っている。セーターは腰に巻かれている。


「え、ちょっと待ってください。今、『超能力を得た』って言いました?」

「ああ、そうだが」


 宇治川さんはけろっと言った。当然のことだと言わんばかりに。


「い……いよっしゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 これで俺は、あんな土台とかいうクソ野郎に怯えて過ごさなくても済む!

 あんな奴に殺されなくて済む!

 ……でも、あれ。ちょっと待てよ?


「その、超能力って、どうやって使えばいいんですか? 何しろ、超能力に関しては、全くの素人なので。取説とか無いですか」

「それは無い。君の能力の発動の仕方もさっぱり分からない。だが、君の能力名なら分かるぞ」

「えっ、そんなこと分かるんですか!?」

「私の能力(ちから)を使えばな。もともと、超能力というのは心に共鳴するものだと言っただろう? 超能力は、心と共鳴しやすいように、心の近くにひっついているのだ。私にはそれが見える。ダリア、図鑑を」


 宇治川さんは、ダリアさんが持ってきた図鑑をパラパラと(めく)った。表紙に『超能力図鑑』と記されている。分かりやすい名前だ。


「これだ。クローバー、見たまえ、これが君の能力だ」


 宇治川さんの開いたページを見てみる。そこには、スライムのような形状の黄土色の物質の写真と、『細胞変質(メタモルフォーシス)』という文字がでかでかと書かれていた。その下には、細かな説明がある。

 これが俺の能力、なのか。いまいち実感が湧かないが……それは、まだ使ったことが無いからだろう。


「特定の物質に、自分の体を変えられる。そういった能力らしいな。君は何に変えられるのだ」

「いや、分かりませんよ。俺、まだ能力使ったこと無いですし」

「ねぇ、クローバーくん。起きたのなら、その場所、入れ替わってくれないかな」


 ダリアさんがそう言って、半ば無理矢理に俺と場所を入れ替わり、ソファーに寝っ転がった。すーすーと寝息を立てる。


「他の二人は、まだ寝ているんですよね」

「あぁ。その二人にも能力の説明をしたいのだが、何分女性だからな。寝ているところを起こすのは気が引ける」

「私は起こすくせに」ダリアさんが目を瞑りながら言った。「ダリア、まだ起きていたのか」

「じゃあ私が起こしてあげる」


 ダリアさんは起き上がり、宗田さんと御簾川を思いっきり揺さぶった。二人は驚いて目を覚ます。


「な、何ですかぁ……?」

「あれ、私何で寝てたんだろ」


 宇治川さんは御簾川に近づき、ふむふむと言いながら胸を凝視した。「ミス・カワサキの能力は……これだな」

「えっ」御簾川が差し出された図鑑を見て驚声を上げる。「これ、本当ですか」

「あぁ、そうだが。何か問題があるのか」

「いえ……むしろ、すごく都合がいいです」

 何のことだろうか。

「では次は、ソーダの能力だな」


 宇治川さんは次に宗田さんの胸を凝視した。疑うように眉を寄せる。いちいち胸を凝視する必要はあるのだろうか。


「こっ、これは……!!」


 途端に宇治川さんの顔から血の気が引いた。ガタッ、という音と共に、宇治川さんが床に崩れる。


「う、宇治川さん!? どうしたんですか!?」即座に俺が駆け寄る。宇治川さんは静かに肩を震わせていた。「まさか。これは、まずい。まずい」


「えっ、……えっ?」


 宗田さんは何が起こっているのか、訳もわからず狼狽(うろた)えている。


「時間系能力だ」宇治川さんは唇を震わせながら言った。「百万人に一人と言われる、最高レベルの、最上級能力。ちょっと待て。く、クローバー、図鑑を」


 俺は御簾川から超能力図鑑を受け取って宇治川さんに渡した。宇治川さんは勢いよくバラバラとそれを捲った。「これだ。これだ」


 宇治川さんの指差すページには、月のような形の物質の写真と、『時間遅進(ディレイワールド)』という大きな文字と、細かな説明が書かれていた。


「『時間遅進(ディレイワールド)』……? こ、これ、何ですか……?」宗田さんが横から図鑑を覗き見る。「これ、あたしの能力なんですか……?」

「どうやら、そうみたいだね」


 御簾川も覗き見る。「そんなにすごい能力なんですか? これ」


「時間系能力は、誰もが求め続ける、最強能力だ。世界で確認されているのは、まだ十種類ほどだと言われている。珍しいこともあるものだ。こんな場末に、時間系能力者(タイマー)が」

「それはそうと、もうそろそろ予鈴が鳴りますね」


 御簾川が腕時計を見て言った。「例え超能力を手に入れた直後でも、それが理由で遅刻とか、したくないから」

「御簾川は根っからの委員長気質だなぁ」少し呆れるほどに。

「でも、それが普通、じゃない?」

「まぁ、そりゃあそうだけど、な」

 俺は宗田さんと顔を見合わせた。「まだ能力の使い方だって分かってないんだし」

「共通の使い方というのは無いが」宇治川さんが口を開いた。「コツ、ならある。自分の夢を心に強く思い浮かべるのだ。そうすれば、自然と超能力が共鳴するかもしれない」

「ほら、もう使い方分かったじゃない。遅れるといけないから、早く教室に行こう」


 御簾川は俺と宗田さんの袖口を引っ張った。「そんなに急がなくても」


「三人とも、ちょっと聞いて」


 ダリアさんが音もなく立ち上がっていた。「少しでいいから」

 御簾川は少し不満の色を見せ、俺たちの袖口から手を離した。


「三人が推部に入部したからには、超能力を貰ってはいありがとうございました、っていう訳にはいかない。ちゃんと推部の仕事もしてもらわないといけないの」

「推部の仕事、ですか。あ、あの、六陵生を助けるっていう、アレですか」

「そう。最近、二人の六陵生が二日連続で気絶したのを知っているかな。君達には、それを捜査してもらいたいの。それを新入生テストとして、それが解決できたら正式にこの部の一員として他の活動にも参加してもらうわ。ただし、この事件はあなたたちだけの力で解決してね。多少の助言はするけれど、それ以上私とシーマンは関与しないわ」

「りょ、了解ですっ!」


 宗田さんがビシッと敬礼した。形から入るタイプなんだろうか。


「それでね、昨日の調査の結果、被害者にはある規則性があるってことが、分かったの。それで、恐らく、今日の被害者も、判明してる」

「えっ」と御簾川。

「今日も、誰かが気絶するんですか」

「まだ仮説段階だから、はっきりと言うことは出来ない。だけど、次に事件が起こるのは、テニス部。その可能性が高い」

「えっ」とまた御簾川。

「テニス部なら、私たち昨日行きましたよ」「それはさっき、聞いた。だから、君達には、今日の昼休みと放課後の間、テニス部を見張っていて欲しいの。多分、女子テニス部だから、そっちを重点的に。本当なら今朝も見張っていて欲しかったのだけれど、もう時間が無いからしょうがないわ。もし今朝事件が起きていたら、面倒なことになるのだけれど」


 キーンコーンカーンコーン、と予鈴が鳴り響いた。「あーっ、予鈴!」と御簾川が嘆く。「五分前着席が……夢と消えちゃった」


「ダリア、いつの間にそこまで調べていたのだ」


 宇治川さんは不思議そうにダリアさんを見た。「私には、今日の被害者なんて、教えてくれなかったじゃないか」

「私もついさっき、分かったところだから。そういうことで、よろしく」


 俺たちは軽く会釈をして、急いで教室に向かう御簾川の後に続いた。




「……ダリア。先程言っていた、今日の被害者とは、誰のことなんだ? そもそも、あの事件に規則性があったのか」


 新入生の三人が出ていったあと、有田千鶴と宇治川海山は二年生棟へと歩いていた。


「……気づかなかった? 一昨日も昨日も、剣道部と陸上部、どちらも主戦力の選手が狙われたこと」


 宇治川海山は腕を組む。「言われてみれば、確かにそうだ」


「そして、次の被害者は、相槌憂子。相槌先輩よ」

「な、何? 相槌先輩が、次の被害者だって? どうしてそんなことが分かるんだ、ダリア」


 有田千鶴は長椅子に寝転がる。「さっき言ったでしょう、その部の主戦力の選手が狙われているって。相槌先輩は女子テニス部では一番上手い。それは知っているでしょう」

「あ、ああ、それはそうだが……だけど、まだ分からない。そもそもなぜ、次に狙われるのが女子テニス部だと分かるんだ? 剣道部、陸上部と来て、テニス部というのは、どういうことなんだ」

「それは」セーターを被る。「事件が起こった後で、教える」


 有田千鶴は、目をつぶる。

 まだこの推理は私の思いつきの範囲でしかない。それが思いつきでないと証明するためには、もう一つ、事件が起こるのを待つしかない。


「せめて、ヒントだけでも教えてくれないか。除け者にされているようで、いい気持ちがしない」


 ヒント。それを教えたところで、シーマンが推理できるとは思えないんだけれど。


「二つの事件の、もう一つの規則性。それがヒント。私の推理が合っていれば、必ず次は女子テニス部で事件が起こる」


 それだけ言って、今度こそ有田千鶴は推理をまとめにかかる。



 ◇◆白詰朔◇◆



 一時間目、二時間目は数学二連続だったので、宗田さんは教室にいなかった。


 果たして、宗田さんが言っていたことは本当なのだろうか。

『白詰くんに認めてもらって、あたしは白詰くんと、好き好きになるーーーーっ!』と、宗田さんは言っていた。これって一体、どういうことだ?

 まぁ、普通に考えれば――――


 宗田さんは俺が好きだ。


 ………という、至極単純な、そして厄介な答えが出るんだが。


「あーーっ……もう分かんねぇよ」


 乙女心はややこしや。

 宗田さんは、俺を、命の恩人として好きなのか、一人の男として好きなのか。

 あの様子だと、宗田さんは『命の恩人』の俺が好きなんだろう。


「だけどそれは嫌なんだよなぁ」


 だって、それは弱い俺を見ているだけだから。人を助ける俺は、勇敢な男なんかじゃなくて、臆病者だから。それは本当の俺を見ているんじゃないんだ。

 そんな風に勘違いしたまま好きになっても、後で失望するのは宗田さんの方なんだ。

 俺は、失望の瞳を向けられるのは耐えられない。失望してほしくないんだ。自分が傷つくのも、嫌だから。


「うあーーーー」


 俺は後ろに伸びをした。


「白詰朔さん、さっきから何をやっとりますか」


 いつの間にか数学の先生が俺の近くにいた。伸びをする俺をにやにやと見つめている。「随分余裕綽々ですねぇ。三乗の和の公式」


「……分かりません」

「くっくっく、授業中に伸びとは、どれ程の秀才がいるのかと思いましたが……とんだ阿呆ですねぇ。それでは十五番の方」


 出席番号十五番、サッカー部所属の二枚目チャラ男が、「a³+b³=(a+b)(a²-ab+b²)ですよ」と言った。一々チャラ男の言い方はムカつく。数学の先生の言い方も。


「くっくっく、さすが学年首席の御簾川さんがいるクラスですねぇ。まぁ、学年最下位もこのクラスにいるらしいのですが……御簾川さんがそのような人たちも、牽引して行ってくれることでしょう。このクラスには期待していますよ」


 そう言って数学の先生は俺をチラリと見た。喧嘩売ってんのか?

 チャイムが鳴り、授業が終わった。




「さっきの学年最下位って、シロサクのことかぁ?」


 休憩時間になり、相模が声を掛けてきた。越貝も話に加わる。

「そんなヤツには見えないけどな」

「いや、違う。どっちかというと、相模、お前が最下位なんじゃないのか?」

「そんなことないぞぉ! 俺は昔から結構、頭はいい方だったんだ!」

「そんなヤツには見えないけどな」

「それにしても、学年最下位と学年首席が同じクラスにいるなんて、すごい偶然だな。伸びしろは大きいってことだ」

「御簾川ちゃん、すげぇよなぁ! 二日前の体育の時だって、バシバシーッと鬼星人を言い負かして……強いよなぁ」

「そんなヤツには見えないけどな」

「越貝、さっきから何だ、それ? 口癖か? 初めて聞いた気がするんだが」

「なんのことだ」越貝はすっとぼけた。確信犯か、天然か。どっちか分からない。


「そう言えば、聞いたかシロサクぅ! また、幽霊が出たんだってよぉ!」

「何!?」


 それは本当か、いつ、どこで、と俺は詰め寄る。もしかして、もう事件は、起こってしまったのか?誰かが気絶してしまったのか?


「そ、そんなに慌てんなよぉ」


 相模は俺の様子が豹変したのに驚いたようで、目をしばたたかせた。


「今朝だよ。今朝。七時くらいに、実習棟三階の廊下をうろついてた三年生が、廊下に掛かってた肖像画が動いたのを見たって、噂になってたんだ」


 ……ん?

 実習棟三階の廊下の、肖像画が動いた、だって?

 どこかで聞いたような話だ。


「六陵高校七不思議、第二の謎、『第三音楽室前廊下の動く肖像画』だね、それ」


 御簾川がいつの間にかそばに立っていた。「お、御簾川っちー!」と相模は目を輝かせる。

「この季節になったら、誰かがそうやって七不思議を広める暗黙の了解があるらしいよ、この学校。自分たちで眉唾って分かってやってるんだから、世話ないよね」

「本当か、それ!」相模は無闇に興奮している。「楽しいこと考え付くんだなー、六陵生って!」

「ちょっと待てよ、御簾川」


 俺は御簾川の腕を取り、廊下へ出た。どーしたんだー、と相模が呑気な声を出した。


「今のは、本当か? 誰かがデマを流してるっていうのは」

「もちろん嘘だよ」御簾川は悪びれる様子もなく言った。


 つまり、これが嘘だということは、今朝確かに肖像画が動いたのを見た人がいるということだ。何のために御簾川は嘘をついたんだ?

 もしかして、『第三音楽室前廊下の動く肖像画』の謎の真実は、“誰にも話してはいけないこと”なのではないだろうか。つまり、六陵高校推理探偵部の秘密に、関係がある、ということなのか。


 すなわち、第三音楽室内の神託の間(パワースポット)と関係がある、ということ。


「……神託の間(パワースポット)と何か関係があるのか? 本当にそうだとしても、俺になら話しても大丈夫だろ、同じ推部部員なんだから。教えてくれ、御簾川。お前は『第三音楽室前廊下の動く肖像画』の謎の正体が分かったのか?」


 御簾川は困ったように頭を掻いた。「まあね。思ってたより、大した謎じゃなかったけど……聞きたい? 本当に大した謎じゃなかったよ」

「ああ、聞きたい」俺は力強く頷いた。

 御簾川は、はぁーと溜め息を漏らした。

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