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超能力高校生探偵:白詰朔の幸福  作者: 正坂夢太郎
第二章 どの部に入るか、もう決めた?
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第二十七話 「陣中見舞い」

 ◇◆白詰朔◇◆



 五時間目の化学が終わり、俺は御簾川と調査の情報を交換した。超力場(パワースポット)が第三音楽室内にあるという仮説や、宇治川さんの能力は心を見る事だという話を、御簾川はあっさりと信じてくれた。


「あの酉饗が、泣いた?」


 そう言えば昨日の帰り際、酉饗と会って、五位鷺さんについての話をしたんだったっけか。そこまで酉饗は、五位鷺さんのことを好きになっていたってことだ。


「一目惚れってやつなのかな」


 俺がそう言うと、御簾川は目を見開いて言葉を失った。そこまで信じられないようなことか?


「あ、そうだ、相槌憂子の調査についてなんだけど、今日の放課後、酉饗に付いてテニス部の見学に行ってくれないか? 宗田さんも誘って。二人とも、気分を入れ換えた方がいいだろうし。俺はちょっと、行けないからさ」


 御簾川は首をひねった。


「ん? 何、栞ちゃんに何かあったの? それに何、何か用事あるの?」


 俺は言葉を濁す。


「その……ちょっと、泣かせちゃって」

「えーーーーーーーっ!!! 白詰くん、最低!! 女の子泣かせるなんて! 津惟が知ったら市中引き回しモンだよ!」


 間髪入れない非難の嵐に、俺の心がずきずきと痛む。


「一体何したの、白詰くん! 事と場合によっては、鬼星人と名高い星野先生につきだして、根本からしごいてもらうからね!」

「いや、ちょっと、ひどいこと言ったんだ。俺が悪いと思ってる。理由はどうあれ、宗田さんを泣かせたからな」

「何、理由って。そのひどいことをいわなくちゃいけない理由があったの?」

「いや、そういうわけじゃないんだけど」俺は言葉につまる。「流れで言ったというか」

「しかもな、白詰、走って出ていったしおりんを、追っていきすらしなかったんやで」


 俺と御簾川の会話に、来集が入ってきた。ちょっと待て。


「いや、違う、そうだよお前、来集! お前何か宗田さんに吹き込んだんだろ! 明らかにお前、宗田さんの様子変だったし、それにお前、この俺の席で笑って見てたじゃねーか!」

「いやー、まさかあんなことになるとは思ってなくて」


 来集は照れ臭そうに頭を掻いた。コイツ……市中引き回しモンだろ。


「え、それで栞ちゃんはその後どうしたの?」

「帰って来なかったから、そのまま別室に行ったんだろうな。六時間目は英語だから、次に会うのは終礼か」

「その時はちゃんと謝りなよ、白詰くん。理由はどうあれ、栞ちゃんは白詰くんに泣かされたんだから」


 そこまで責められるいわれは……あるか。


「それで、用事って何? 泣いた女の子を置いていくんだから、よっぽどの用事なんでしょ?」


 御簾川は腕を組んだ。来集は話に飽きたのか、自分の席へとことこと戻っていった。ちょっかいだけ出すとはたちが悪い。


「ああ、いやその、俺の家はらぁめん屋なんだけど、昨日アルバイトの人が辞めちゃって。あんまり急だったからまだ慣れてなくて。早めに帰って、家を手伝わないといけない」

「……まあちゃんとした理由があるならいいけど」


 御簾川は若干疑っているように見えた。






 六時間目の英語が終わり、終礼も終わって、俺は一人帰途についた。御簾川と宗田さんと酉饗はテニス部見学、相模は軽音部、越貝は野球部だから、一緒に帰る人はいない。来集はまぁ、どっかで油でも売ってるんだろう。

 長い坂を下り、西学園地区駅に辿り着く。西学園地区駅はその名の通り、西学園地区の電車通学の学生が皆使う駅なので、一つの線路に対し、ジャンボジェット機並みの大きさの待場がある。

 俺は西竜飛線に乗り込んだ。最終車両の車内は六陵高校生の喋り声が溢れる。

 俺は吊り革に掴まり、かたんことんと沈む列車の音に身を委ねながら、静かに耳を澄ました。






「おう、(にィ)ちゃん。いつもの」


 いつもの席に座った東郷さんが言う。店はそこそこ混んでいる程度で、二人でもなんとかやっていけるけれど、これ以上客が増えるとまずいかもしれない。


「みつばらぁめんにきなこ餅、お待ちっ!」


 東郷さんにそれを渡すと、俺は後片付けやレジ、客の案内や注文取り、盆運びなどの業務を着々とこなした。いつも以上に正確に業務をこなさなくてはいけない。


「えらく忙しそうだな、(にィ)ちゃん。朱実(あけみ)さんの姿が見えねェが、どうしたんだィ」


 少し落ち着いてきて俺が腰を下ろした頃、東郷さんが俺に話しかけてきた。俺は額の汗を拭う。


「母さんは厨房にいますよ」


 東郷さんは眉を寄せた。「あの嬢ちゃんはどうしたんだィ、休みは水曜だけだったろ」

茲竹(ここだけ)さんなら昨日付けで辞めましたよ」

「……あァ、そうかィ」

 東郷さんはずるずると勢いよくらぁめんを啜った。

「真面目な嬢ちゃんは突然の変化にゃ耐えられねェもんだからなァ。周りが少し変わっただけでも、グラッと来やがる」

「……知ってたんですか、俺が、どうなったか」


 東郷さんはスープを飲み干す。「まァなァ。(にィ)ちゃんは覚えてねェだろうが、あのとき、病院に見舞いに行って、朱実さんから聞いたよ」

「見舞いに来てくれてたんですか」


 何故だか妙に、目頭が熱くなってきた。「ありがとうございます」


「懐かしい人にも会えたし、俺にとっちゃあ陣中見舞いみたいなもんだった。別に礼言ってもらうようなことはしてねェよ」


 東郷さんはきなこ餅を飲み込んだ。俺はお冷やを汲んで渡す。東郷さんは喉を鳴らしながら水を飲んだ。


「東郷さんは、何とも思わないんですか」

「…………さァな」


 空のコップが、カウンターに置かれ水滴を弾かせる。


「人間どこにいようと、自分の中に一本通った芯は、中々折れちゃくれねェもんさ。いい意味でも、悪い意味でもなァ。(にィ)ちゃんも、そうじゃねェのかィ?」


 東郷さんの瞳が真っ直ぐ俺を捉える。「そうかもしれませんね」と俺は小さく答えた。


「悪い奴は悪いまま、いい奴はいいまま、そのまま大きくなってくんだ。時たま移り変わったりもするが……それはまァ、最後の自分が本当の自分ってこった」

「詭弁じゃないですか」

「世の中に『正しいもの』なんて無いってこった」うはは、と笑う。


 結局東郷さんが何を俺に伝えたかったのかは分からなかったけれど、少しすとんと肩にかかっていた重みが落ちた気がした。






 後片付けを済ませ、俺は居間を抜けて階段を上がり、右に曲がった突き当たりの俺の部屋に入る。エプロンとシャツを脱いで、俺は布団をひいてその上に寝っ転がった。


「宗田さんはどうしたかな」


 いつのまにか、そんな言葉が口を突いて出ていた。昼休みに教室を出ていった宗田さんは、終礼のときには無事に教室に戻ってきた。けれど、その両目は赤く腫れていたのだ。

 良心が痛む。


「朔ー、お風呂先に入ってー」


 下から母さんの声が聞こえた。俺は寝間着を揃え、いそいそと風呂場に向かった。

 服を脱ぎ、磨りガラスの扉を開けて、浴槽の蓋を開ける。俺は木桶を手に取り、湯を汲んで体にぶっかけた。冷水が無情に肌を刺す。


「ふんぎゃーーーーっっ!!」


 俺は柄にもなく飛び上がった。浴槽に溜まっていたのはお湯なんかではなく、ただの水だったのだ。

 どうしたの朔、と言って母さんが駆けつけた。水が溜まっていた旨を伝えると、母さんはおかしいわね、と言った。


「ちゃんとお湯張ったって思ってたんだけど」

「勘弁してくれよ……ドジなのはいいけど、こうも頻繁だとさ」

「あれ、これ、壊れてるみたい」


 母さんの言う通り、蛇口からはお湯なんて全く出て来ず、冷たい水だけが滔々と流れ出ていた。故障だ。






 しょうがないので、俺は湯屋へと行くことになった。即ち、銭湯だ。

 木桶に寝間着と大小のタオルとパンツと石鹸を放り込み、安っぽいTシャツとズボンを履いて、五百円玉をポケットに突っ込み、桶を片手に家を出た。これで下駄を履いていたら90年代チックなんだが、あいにくそんな骨董品は持っていない。

 少し外気は冷たく、三叉路の湯屋に到着する頃には、鳥肌が立っていた。まぁこれぐらいのほうが銭湯しがいがあるってもんだ、と、自分を鼓舞する。湯屋の煙突からは、白い煙が立ち上っていた。

 俺は番台のお婆さんに五百円玉を渡し五十円玉を受け取り、桶に入れた。

 右側の下足箱に靴を脱いで入れていると、俺の後ろから声が掛かった。


「白詰くん?」


 聞き覚えのあるその声に、一瞬俺は全行動を停止させた。向こうも驚いているのか、動く気配は無い。


「宗田さん?」


 振り返って後ろを見ると、くるくるの髪の毛をハムスターのように濡らし、薄いピンク色の可愛らしい柄のタオルを首に巻いた宗田さんがぽかんとした表情で立っていた。顔がほてり、湯気がぽっかりと浮かんでは消える。女の子らしいピンクの丸襟の寝間着を着ている。少々汚れているようにも見えるが、よっぽど愛着を持って使い古しているものなんだろう。少し小さめなのか、体のラインが浮いている。


「あっ、ごめんなさい」


 そう言って宗田さんは胸の辺りを押さえた。顔が真っ赤になっている。何で謝ったんだ?あ、そうか。思い当たる節がある。


「昼休みの時の事だったら、あれは俺が悪かったよ、こっちのほうがごめんなさいって言わなくちゃいけない。本当に悪かったよ、ごめん。非道いこと言って」


 俺は深く頭を下げる。こういうのは、必要以上に謙虚にしなくてはいけない。


「そ、そうじゃなくってっ」


 目を上げると、宗田さんの顔は林檎のように紅潮していた。


「こんな格好で、あたし、白詰くんに会うなんて、そのっ、あのっ………さようならっ!!」

「えっ、宗田さんっ!?」


 宗田さんは、物凄い勢いで走り去ってしまった。髪の残り香が、やわらかに宙を漂う。


「どうしたっていうんだ……。俺、また何かマズいことしたか?」


 分からない。ただ一つ分かったことがあるとすれば、宗田さんはこの湯屋を使っている、ということだ。これがいつもなのかどうか分からないが、恐らくいつもここを使っているのだろう。偶然にしては出来すぎてるからな。

 俺は首を捻りながらも、靴を脱いで、暖簾をくぐった。

 いや、それにしても、さっきの宗田さん、可愛かったなぁ。ほっぺぷにぷにしたい可愛さだ。したらどんな反応するんだろうか。照れ屋なんだなぁ。


 あ、ちなみに、今は関係ないが、俺の好みはスレンダーだ。そこんとこ、忘れないように。

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