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モフモフ好きのオッサン、異世界の山で魔物と暮らし始める  作者: あろえ
第二章

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第99話:王国騎士

「ロベルトさんも一緒に撤退した方が……」

「帝国の騎士たちが散り散りになれば、後で奇襲を受けたり、囲まれたりする恐れが出てきます。ウサ太さんとの約束を果たすためにも、この場で対処するべきでしょう」


 ロベルトさんの言葉を聞いて、砦の方を確認すると、緑色のローブをまとった騎士が何人も飛び出してきていた。


 やはり、あのローブを着用していると、軍隊蜂に気づかれにくくなる効果があるんだろう。


 サウスタン帝国側からイリスさんが襲撃していることもあって、騎士たちはリーフレリア王国側に逃げようとしていた。


 いくら敵が混乱状態とはいえ、この場をロベルトさん一人に任せるのは、かなり厳しいように感じる。


 しかし、俺たちが安全に逃げるためには、ここで誰かが騎士たちを迎え撃つ必要があるとも思うが……。


 そんなことを考えていると、ロベルトさんが腰に差していた剣を抜いて、その場で振り抜いた。


 ドゴーンッ


 ロベルトさんが剣で放ったと思われる衝撃波の跡が、砦に刻まれている。


 そのあまりの凄まじさに、逃げようとしていた騎士たちが尻もちをついていた。


「て、て、敵襲! 敵襲だー!」


 サウスタン帝国の騎士たちが大きく取り乱す姿を見れば、ロベルトさんの剣術は異世界の基準でも異常なレベルだとすぐにわかる。


 どうやらロベルトさんは、本物の実力を持ち併せている騎士みたいだ。


 軍隊蜂が必要以上に警戒していたことにも納得するものの、普段の態度からは想像できない強さだった。


「この爺さん、謙遜しすぎだろ……」


 昨日は風呂場を覗こうとしていたエロ爺だっただけに、その落差があまりにも激しい。


 風呂場を護衛するウサ太と軍隊蜂を前にして落胆していた姿が、まるで嘘のようだった。


 ロベルトさんの強さを見て呆気に取られていると、フィアナさんにクスクスと笑われてしまう。


「あくまでロベルトは、平民から成り上がった騎士です。並外れた実力がなければ、騎士団を率いることはなかったと思いますよ」

「今思えば、ロベルトさんが平民時代に騎士団を率いていたことに違和感を覚えるべきでした。まさかこんなにも強い爺さんだったなんて……」


 動じないロベルトさんが歩み進める中、一人だけ落ち着いた様子を見せる騎士がいる。


「馬鹿野郎どもが! 慌てるんじゃねえよ。ここには、俺様がいるんだぜ?」

「た、隊長……!」

「ちょっと腕が立つだけの爺なんざ、これがあればチョイチョイのチョイよ!」


 そう言って取り出した薬のようなものを飲みこんだ瞬間、隊長の騎士の体が変わり始めた。


 口から鋭い牙が伸び、手足が膨らみ、体格が一回り大きくなっていく。


 その姿はまるで――。


「魔物の力を手に入れた俺様が負ケルはずがナイ! ガハハハッ」


 魔物の遺伝子を体内に取り込み、化け物が生まれたみたいだった。


 だらしなく開いた口から涎が垂れる姿を見れば、精神にも異常をきたしていることがよくわかる。


 危険な薬物を用いたドーピングのようなものなんだと悟った。


 軍隊蜂の生態を調査している人間がいるとは知っていたが、良からぬ方向にも研究が進んでいるらしい。


 こういう人が暴走することで、世間から見た魔物のイメージが悪くなり、忌み嫌われる存在になっているような気がした。


 そして、イリスさんが襲撃に踏み込んだ理由も、きっと――。


「ドゥヘヘヘ。爺さんと()()()()を除けば、旨そうな人間のニオイがするなー!」


 どうやら魔物の力を得て、人間離れした嗅覚を得たみたいだ。


 隠れているはずの俺とフィアナさんの存在まで認識されてしまっている。


 いくらロベルトさんが強いとはいえ、本物の化け物に敵うかどうかはわからない。


 しかし、この場を生き抜くためには、化け物との衝突は避けられなかった。


 そんな中、身の危険を感じたであろうフィアナさんが背を向ける。


「ここは危険です。後のことはロベルトに任せて、私たちは避難しましょう」

「俺もそうしたい気持ちはありますが、さすがにあの化け物をロベルトさんだけに任せるのは――」

「いえ、彼の戦いに巻き込まれないように、この場所を離れるべきです。ロベルトはあのような愚行をもっとも嫌うタイプですから」


 フィアナさんが焦り始める中、剣を握りしめたロベルトさんは、躊躇せずに化け物に近づいていく。


「おやおや、人ではなくなってしまいましたね。それはさすがにいかがなものでしょうか」

「ナンダー? 早くも負け惜しみカ?」

「他国の事情は知りませんが、あなたの行為は一線を越えています。その危険な思考、断ち切らせていただきますよ」

「ガハハハッ。チョーット腕が立つだけの爺に、それができるとでも言うつもりかー?」

「老いぼれの体でできることなど、限られています。それぐらいのことしかできなくて、亡くなっていった仲間たちに申し訳ないと思っていますよ」

「戯言ヲーッ!」


 襲い掛かってくる化け物に対して、歩を進めるロベルトさんは、そのまま剣を振り抜いた。


「はえ?」


 あまりにも力量差がありすぎて、斬られた本人も理解できていないんだろう。


 表情が硬直した化け物は、時間が止まってしまったかのように、ドサッと地面に倒れ込んだ。


 そして、フィアナさんがこの場所を離れようとしていた本当の理由を目の当たりにする。


「よ、避けろー! 外壁が崩れ落ちてくるぞ!」


 ロベルトさんが繰り出した最初の衝撃波は、加減していたに違いない。


 化け物が倒れ込んでから、時間差で砦の()()()()()、ゆっくりと地面に落ちていく。


 ガラガラガラッ ドシーンッ


 周囲に大きな音が鳴り響くと同時に砂煙が巻き起こり、それらを見ていたサウスタン帝国の騎士が青ざめていた。


「と、砦の中に避難しろー! 前方に危険人物が襲来している!」

「逃げ道はないのか!? 後方から軍隊蜂が迫っているんだぞ!」

「いっそのこと、イチかバチかで例の薬物を……!」


 混乱する騎士たちを前にしても、ロベルトさんが歩を止めることはない。


 剣を握りしめたまま、ゆっくりと砦に向かっていく。


「痛ましい実験をしていたようですね。そこにたどり着くまで、どれほどの人間が犠牲になったのか考えると、胸が痛みます」


 理性を失った魔物のようなロベルトさんの背中を見て、俺はこの場所から離れることを決意する。


「イリスさんとぶつからないか心配ですが、ひとまずこの場を離れましょうか」

「私たちにとって、それが最善の選択です。ロベルトも馬鹿ではありませんから、戦うべき相手は見極めると思いますよ」

「そうですね。ロベルトさんを信じましょう」


 チート持ちの女神様と、人間離れした強さを持つ爺さんに後のことを任せて、俺とフィアナさんは走り出す。


 砦が崩壊する音を耳にして、あんな戦いに巻き込まれたくないと思いながら。

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