第87話:魔物部隊
露天風呂に湯が張れると、拠点の中を確認していたであろうアーリィとフィアナさんがやってくる。
風呂を楽しみにしていたアーリィは、目の前に映る光景を見て、満面の笑みを浮かべていた。
「うわあ~! すっごい大きなお風呂ができたのね!」
一方、突然の露天風呂に驚いているフィアナさんは、唖然としている。
「山の中にこのような施設があるだなんて……」
二人の反応が分かれる中、一番喜んでいるものは――、
「きゅーっ! きゅーっ!」
ひそかにやってきていたウサ太である。
体を洗ってもらうことが好きなこともあって、露天風呂の周りを駆け回り、大騒ぎしていた。
こんな露天風呂が完成した以上、ウサ太が興奮するのも無理はない。
しかし、俺たちは新たに大きな問題に直面している。
露天風呂に入る順番は、貴族令嬢であるフィアナさんを優先にした方がいいのか、という問題だ。
俺としては、功労者のクレアに一番風呂を堪能してもらいたい。
魔法の特訓だけではなく、素材集めも頑張ってくれていたのだから、たとえ貴族であろうと異論は認めない――と思っていたのだが。
「冒険者ギルドのお姉さんも一緒に入ろうよー」
「そうですね。この機会を逃したら、二度と体験できないことだと思いますので、思いきって入ってみましょうか」
平民のクレアが、公爵令嬢のフィアナさんを風呂に誘うという珍事件が発生していた。
しかも、意外にフィアナさんは乗り気である。
それはそれで違う問題が生まれてきませんか……とは思うものの、ロベルトさんが止めるような気配は見られなかった。
きっと二人とも、こんな場所で命を狙われることはないと判断したんだろう。
軍隊蜂も騒ぎ立てる様子がないので、普通に街で過ごすよりも安全なのかもしれない。
ただ、このあたりに魔物や動物が出ないわけではないので、念のため、アーリィに護衛役をお願いすることにした。
「アーリィ、後は頼んだぞ」
「任せといて。フィーちゃんをシャンプーで接待すればいいのよね!」
「いや、そういう意味じゃ――ん? フィーちゃん? ……フィーちゃん!?」
「心配しなくても大丈夫よ。実はさっきね、トオルがいないところで、髪が綺麗だって褒められたの。やっぱり貴族は美容に興味があるみたいだったから、しっかりと売り込んでくるわね」
どや顔を決めるアーリィは、美容に興味を持ちすぎたのかもしれない。
冒険者らしい考えができなくなり、お風呂を楽しむことだけを考えているみたいだった。
そんなふうに仕向けたのは俺なので、ここでアーリィに護衛役をお願いするのは、なんだか申し訳ない気がする。
いつの間にか『フィーちゃん』と呼ぶくらいには打ち解けているので、逆に思いっきり楽しんでもらうべきだろう。
そのため、俺はアイテムボックスからあるモノを取り出した。
「これが以前話していたボディーソープだ。体を洗う時に使ってくれ」
「肌がツヤツヤでモチモチになるやつ?」
「ああ。逆に洗いすぎて、肌を傷つけないようにな」
「うん! ありがとう……!」
アーリィがクレアたちの元に向かい、女性陣で大きな盛り上がりを見せる中、神妙な面持ちをしたロベルトさんが近づいてくる。
「軍隊蜂に守られているとはいえ、これほど開放的な露天風呂では、うまく危険に対応できないかもしれません。ここは私が警備の役を担いましょう」
どうしよう。この爺さん、シンプルにヤバイ変態クソジジイかもしれない。
もっともらしいことを口にしているものの、鼻の下を伸ばしているため『私は覗きますよ』と宣言しているとしか思えなかった。
ここは一番信頼できる味方を護衛役につけるとしよう。
「ウサ太。クレアたちが風呂に入っている間、軍隊蜂と協力して、みんなで護衛してやってくれ」
「きゅー?」
「アーリィの機嫌を損ねたら、バラ園は完成しなくて軍隊蜂が困るだろう? おまけにクレアの機嫌を損ねると、風呂もシャンプーもできなくなるぞ」
「きゅ、きゅー……!」
これは由々しき事態だ……! と判断したウサ太は、急いで軍隊蜂の元に向かった。
そして、想像を遥かに超える軍隊蜂の大群を引き連れて戻ってくる。
「きゅっ!」
ビシッと敬礼する魔物たちの姿は、とても勇ましい。
もはや、これ以上の護衛役を必要とするような状況ではなかった。
当然、この魔物部隊にジロッと見られ、敵視されてしまったロベルトさんは、護衛役を断念せざるを得ない。
わかりやすく肩を落として、大きなため息を吐いていた。
「無念ですな。味方に敵がいましたか……」
「それはこちらの台詞ですよ。ロベルトさんは男爵なんですから、もっと名誉に重んじる行動を取ってください」
「何をおっしゃいましょうか。名誉など関係ありませんぞ。トオルさんには、男の浪漫というものがわかりませんかな?」
「犯罪は別です。さあ、俺たちは拠点の中で待ちましょう。向こうに行きますよ」
こうして、ロベルトさんの邪な願いは潰えるのであった。




