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もふもふ好きのおっさん、異世界の山で魔物と暮らし始める  作者: あろえ
第二章

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第79話:ゴードン卿

 フィアナさんに案内されて、屋敷の廊下を歩いていると、向かい側から金持ちらしき小太りのオッサンがやってくる。


 大きな宝石のついた指輪やブレスレットを身につけている男性で、とにかく人相が悪い。


 フォーマットな服装をしているものの、だらしない贅肉がベルトの上に乗っかっていて、逆にみっともない印象だった。


 しかし、公爵家の屋敷に出入りするのであれば、俺よりも身分の高い人と判断して間違いない。


 現に、立ち止まった小太りの男性は、通路を譲ることもなく、フィアナさんにお辞儀をしていた。


「これはこれは、フィアナ公爵令嬢。ご無沙汰しておりますな」

「お世話になっております、ゴードン卿」


 フィアナさんは険しい表情を浮かべながらも、軽い会釈で対応している。


「失礼ながら、何か緊急の問題でもありましたか? わざわざ商業ギルドのギルドマスターに足を運んでいただくような案件はなかったと思いますが」


 どうやらこの小太りの男性が、商業ギルドのギルドマスターみたいだ。


 フィアナさんの言葉を聞く限り、約束を取りつけることもなく、突然訪問したんだと理解することができる。


 商人や貴族という立場を考えれば、礼儀に反する行為だと思うが、彼は気にする様子を見せなかった。


「おやおや。随分と嫌われているようですなー」

「いえ、純粋な疑問です。仕事に私情は持ち込むつもりはありませんので」


……それ、個人的には嫌いと言っていませんか? などと思っても、俺は口を挟むような真似をしない。


 ゴードン卿と呼ばれた人物も、ニコニコと笑みを浮かべているだけで、深く追求してくることはなかった。


 逆に聞きたいことでもあるのか、フィアナさんの顔色をうかがっているように思えてしまう。


「今回は少々気になることがありまして、お邪魔させていただいたんですよ。なんでも、軍隊蜂の蜂蜜を入手した者がいると、怪しい噂が流れていましてなー」

「どのような噂が流れているのか存じませんが、冒険者ギルドで買取を行ないましたので、その噂は事実だと思われます」

「公爵様も同じようなことをおっしゃっておりましたよ。ただ、もう一つの噂の方までは、口を濁されておりましたがな」


 そう彼が口にした後、俺の方に鋭い視線が向けられた。


「どうにもトレントの果実を手に入れた者と同一人物であるらしいんですよ。ちょうど、そこにいる男性のような人だとね」


 相変わらず、にこやかな笑みを浮かべているものの、彼の目は笑っているように見えない。


 商業ギルドとして、大きな利益を得られる機会損失になり、ご立腹なのかもしれないが……。


 何かこの人は様子が変だ。


 正しいかもわからない情報を元にして、一方的に敵対心を向けてくるなんて、普通の人間が取るべき行動ではない。


 ここは警戒しながらも、変に隠すようなことはせず、無難に対処すべきだろう。


 日本で培ってきた営業スマイルを浮かべた俺は、焦っていると思われないように、ゆっくりと頭を下げてお辞儀をした。


「自己紹介が遅れました。おっしゃいますように、私がトレントの果実や軍隊蜂の蜂蜜を入手したトオルというものです」

「おおー、やはりそうだったか。私は商業ギルドのギルドマスターをしている、伯爵家のマルクス・ゴードンだ。いや~、これは運がいい。貴殿には、正式に詫びをしなければいけないと思っていたところだよ」


 わざとらしい言葉を並べたゴードン伯爵は、これまでの表情から一転して、申し訳なさそうな顔に変わる。


「何やらうちの職員が迷惑をかけたと聞いているよ。悪いことをしたね」

「いえいえ、とんでもございません。すでに終わったことになりますので」

「そう言ってくれるとありがたい。では、()()商業ギルドにも、軍隊蜂の蜂蜜を卸していただけるということかな?」


 ゴードン伯爵のその言葉を聞いた瞬間、俺は僅かな違和感を覚えた。


 商業ギルドのギルドマスターらしい営業のように捉えることもできるが、軍隊蜂のことを考えると、不自然な言葉のようにも思えてしまう。


 普通の感覚であれば、軍隊蜂の蜂蜜は何度も納品されるものではない、そう思うはずなのだから。


「……申し訳ないのですが、冒険者ギルドに納品したばかりで、手元に残っておりません」

「それは残念ですな。では、次に軍隊蜂の蜂蜜を売却しようと思われた際には、商業ギルドに頼みますよ」


 本当は断りたいが、このタイミングでノーと言えるほど空気が読めないわけではない。


 愛想笑いで誤魔化すか……と思っていると、ゴードン伯爵にまた鋭い目を向けられてしまう。


「くれぐれも、お間違いの無いようにお願いしますよ」


 低い声音で圧をかけてきたゴードン伯爵は、フィアナさんに一礼をした後、ゆっくりと去っていった。


 何度か納品しているトレントの果実ではなく、軍隊蜂の蜂蜜を要求してくる時点で、彼に良い印象は抱かない。


 まるで、俺が軍隊蜂の蜂蜜を手元に残していると知っているような口ぶりだった。


 そんなことがあるはずはないんだが……。


「フィアナさんは、ゴードン伯爵が言っていた噂について、ご存知でしたか?」

「高ランク冒険者向けの掲示板に、軍隊蜂の蜂蜜の納品依頼を貼り出しましたので、それが噂の原因だと思われます」

「じゃあ、軍隊蜂の蜂蜜を納品した人間に関する噂は、聞いていないんですね」

「そうですね。トレントの果実の時とは違い、小さな小瓶で納品いただきましたから、トオル様が関与していると関係者以外は知りません。ただ、すでに珍しい品を持ち込まれていましたので、十分に推測できる内容だとも思います」


 フィアナさんの言葉を聞いて、俺は改めて、ゴードン伯爵が怪しく感じた。


 冒険者ギルドで働くフィアナさんが聞いていない噂を、ゴードン伯爵が聞いているとは思えないし、俺の詳しい情報を知っているとも思えない。


 どちらかといえば、彼は言葉を巧みに使って、状況を確認していたような気がした。


 軍隊蜂の蜂蜜に執着していたところを考慮すると、もしかしたら、俺のことを盗賊の仲間だと誤解している可能性がある。


 それであれば、わざわざあんな言葉を用いたことに納得がいく。


『くれぐれも、お間違いの無いようにお願いしますよ』


 あの言葉は、次は軍隊蜂の蜂蜜の取引場所を間違えるなよ、という脅しの意味を込めて口にしていたんだ。


 あくまで俺の推測であって、ゴードン伯爵が黒幕だという確証はない。


 それだけに、判断に困るところだが……。


 最低限の言葉だけを口にして、情報収集と警告という二つの目的を果たしていったと考えると、かなり厄介な相手だと思った。


 僅かな緊張状態から解放された俺は、自然に大きなため息が漏れ出てしまう。


 すると、心配してくれたのか、フィアナさんが笑みを向けてくれた。


「あまり気にされない方がいいと思いますよ。ゴードン伯爵は、自分よりも身分の低い者に圧をかける傾向にありますからね」


 逆にいえば、もともとああいうタイプの人だから、圧をかけても不思議に思われないということか。


 しばらくは用心して行動した方が良さそうだな。

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