第69話:ルクレリア家との会談Ⅲ
「期限は五日後とする。本当に軍隊蜂と交渉できるのであれば、十分な時間だろう?」
「わかりました。それでお願いします」
「うむ。楽しみにしているぞ」
それだけ言うと、ルクレリア公爵は席を立ち、一人で退室していった。
ロベルトさんも一緒に行かなくていいのかな……と考えたものの、俺とフィアナさんを二人きりにさせることはできないから、わざわざ部屋に残ってくれているんだろう。
「そういえば、俺の話だけで終わってもよかったんですか? もともとは冒険者ギルドとの会合だったんですよね」
「ええ、構いません。冒険者ギルドの定時報告は、後でしておきます。どちらかといえば、私が戻るまでの間にほとんど話がついていたので、拍子抜けしてしまいました」
俺も話し合いはうまくいった方だと思うが、軍隊蜂の蜂蜜やトレントの果実で作ったワインで、ルクレリア公爵の動揺を誘った影響が大きかったと思っている。
こちらは異世界の情報に疎いし、平民というハンデがあったため、不利な立場だったのは間違いない。
おまけにフィアナさんもルクレリア家の人間なので、四面楚歌状態になることを懸念していたんだが……。
「フィアナさんは、話し合いの場を作ってくれただけですよね?」
「いえ、冒険者ギルドから紹介するとお伝えしたはずですよ。私が言うのもなんですが、お父様は策士で有名です。同じ貴族や大きな商会の方でも、肩を落として帰られる方が多いですね」
同い年で公爵家の当主を努めていることを考えたら、フィアナさんの話には納得がいく。
しかし、まさかそんなやり手の社長みたいな方だったとは……。
手土産作戦で動揺を誘わなかったら、うまくいかなかったかもしれない。
なんにせよ、無事に終わってよかった……と思っていると、扉がノックされ、メイドさんがやってくる。
「失礼します。紅茶をお持ちしまし……たのですが」
ルクレリア公爵の姿が見当たらず、キョトンッとした様子を見れば、本当に早い商談だったと納得する。
これには、フィアナさんも苦笑いを浮かべるしかなかった。
「ごめんなさい。お父様はもう退室されてしまったわ」
「いえ、こちらこそ遅くなってしまい、申し訳ございません」
気まずそうにメイドさんが頭を下げると、それを見ていたロベルトさんがソファーに腰を下ろした。
「せっかくですので、我々でいただきましょう」
「それもそうですね」
ロベルトさんとフィアナさんが意気投合したことで、急遽三人でお茶会が開催されることになった。
この世界のことの話が聞ける良い機会なので、俺にとっても悪い話ではない。
ただ、どうしても腑に落ちないところが一つだけある。
公爵令嬢のフィアナさんに対して、雇われている執事のロベルトさんがこういう態度を取ってもいいんだろうか。
普通はメイドさんみたいに、紅茶を用意する側であって、へりくだった態度を取るべきだと思うんだが。
そんなことに一人で困惑していると、フィアナさんが顔を向けてくる。
「すでにお父様から紹介がありましたが、ロベルトは執事でもあり、護衛騎士でもあります。ルクレリア家に仕えているのではなく、リーフレリア王国に所属している形になりますね」
「では、国から派遣されてきた、みたいな感じですか?」
「おっしゃる通りです。私としては、執事でありながらも、客人でもあるような認識をしておりますね」
「へえー……そういう形もあるんですね。失礼ながら、お年を召されていらっしゃるので、ルクレリア家に長く仕えている方なのかと思っていました」
にこやかな笑みを浮かべるロベルトさんは、紅茶の入ったカップをメイドさんから受け取っていた。
「いやはや、まだこの地に足を踏み入れて半年程度ですな。しかし、王城に勤務していた時と比べると、こちらの方が和やかなに暮らせて幸せですぞ。こうしておいしい紅茶にもあやかれますのでな。ハッハッハ」
どうやらロベルトさんは、けっこう神経が図太い爺さんみたいだ。
紅茶をズズズッと飲む姿を見る限り、のびのびと過ごしていることがよくわかる。
そのことにフィアナさんも気にしていないみたいで、優雅に紅茶をたしなんでいた。
「このように彼は、何事にも動じない性格です。今ではスッカリとお父様の助手として働いてくださっていますね」
「旦那様に付き添うことは問題ないのですが、立ち仕事が増えると足腰に響きますな。もう少し休憩をいただきたいところですぞ」
「すでに十分に休息していると思いますが」
「いやはや、フィアナお嬢様は、旦那様に似てお厳しい方ですな」
「いえ、これが普通の感覚かと」
ロベルトさんは本当に動じない性格みたいで、フィアナさんも軽くあしらっているように思える。
身内に厳しいというよりは、ロベルトさんには何を言っても無駄なんだと、諦めているような印象だった。
「そういえば、ロベルトさんは貴族の方なんですか? 確か、名字を名乗られていましたよね」
「形ばかりの貴族ですので、気になさる必要はありませんぞ。ちょっとした功績を買われて、男爵位を得ただけでしてな」
「……それは十分にすごいことだと思いますが」
「いやいや、とんでもない。たまたま時代に合っていた、というだけの話であって、大したことはしておりません」
ロベルトさんは謙遜するが、爵位を得るほどの功績を国から認められるなんて、ほんの一握りの人に限られるはずだ。
そんな過去の栄光にすがるのではなく、謙遜するあたりが好感を抱く。
ズズズッ
貴族にしては無作法な気もするが、良い年の取り方をしている爺さんだと思った。
そんなロベルトさんがカップを机に置くと、軍隊蜂の蜂蜜が入った中瓶をコンコンッと軽く叩く。
「ところで、こちらの軍隊蜂の蜂蜜はどうされますかな?」
「そうですね。よろしければ、ロベルトさんに差し上げま――」
「お待ちください。あからさまにロベルトを買収するのは、控えていただきたいところです」
……やっぱりダメですか?
こういう爺さんを敵に回すと厄介なことになりそうな気がしたので、恩を売っておきたかったんですけどね。
「ハッハッハ。これほどまでに迷うことなく、高価な品を差し出そうとするとは思いませんでしたな。旦那様がお気に召されたことにも、納得がいきますぞ」
ロベルトさんが好感度を上げてくれたところで、思いきって俺は賭けをしてみることにした。




