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モフモフ好きのオッサン、異世界の山で魔物と暮らし始める  作者: あろえ
第一章

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第49話:軍隊蜂の巣

 枯れた花畑に案内されてから数日が過ぎる頃。


 再び花が咲くような土地に戻すべく、栄養剤の材料となるハーブを集めたり、軍隊蜂の蜂蜜を溶かした水を土にあげて中和したりして、状況を打開しようと頑張っていた。


 栄養剤に即効性があるとはいえ、もともと花を咲かせることなんて、一朝一夕でできることではない。


 地面に撒かれた毒の中和にも時間がかかるみたいなので、このまま様子を見ながら対応していくしかなかった。


 軍隊蜂も気になるみたいで、何度も様子を見に来ているが……、こればかりは仕方ない。


 どちらかといえば、新たな被害を生み出さないように、再び盗賊たちがやってくることを想定して、毒の対策に本腰を入れるべきだと考えていた。


 そこで、毒の中和に最適な軍隊蜂の蜂蜜をたくさん得るべく、俺たちは今、軍隊蜂の巣に訪れている。


 その光景は圧巻で、開いた口が塞がらなかった。


「軍隊蜂は、こんな感じで生活しているんだな……」


 周囲一帯の大きな木の中に巣を作る彼らの本拠地は、幹を蜜蝋(みつろう)で補強していることもあり、とても鮮やかな色合いをしている。


 その巣の中から蜂蜜が溢れていることもあり、地面に水たまり……ならぬ、蜂蜜たまりができていて、花の香りが立ち込めていた。


 これには、同行しているアーリィとクレアも驚きを隠せていない。


「魔物の生活なんて、考えたこともなかったわ……」

「うわあ、蜂蜜がいっぱいだあ~。これでハニードロップがたくさん作れるね」


 蜂蜜よりも持ち運びが容易なハニードロップは、盗賊の毒対策として、とても有用なアイテムだと考えている。


 しかし、この考えには大きな誤算があり――。


「みてみて、トオル! 蜂さんがいっぱい蜂蜜を用意してくれてるよ!」


 思った以上にハニードロップを気に入ってくれたみたいで、蜜蝋(みつろう)で作られた蜂蜜入りバケツがいくつも用意されていた。


 きっと自分たちで作った蜂蜜を加工して食べるというのは、初めての経験だったんだろう。


 毒を中和する、という本来の目的を見失っているみたいで、軍隊蜂は胸を躍らせているように見えてしまった。


 まあ、調理システムで簡単に加工できるし、俺たちも気軽にハニードロップを食べられるようになるから、喜ばしいことではあるが。


「これだけ好意を抱かれていても、関係性に進展は見られない。あくまで俺たちと軍隊蜂は、互いに利益が一致しているだけ、みたいだな」


 改めてスキル画面を確認してみても、未だに軍隊蜂はテイムできていなかった。


 しかし、彼らが仲間であることには変わりない。


 この山を守る……いや、この山の花を守りたい軍隊蜂と、落ち着いた山暮らしをしたい俺は、利害関係が一致している。


 そして、今はアーリィたちも同じような気持ちを抱いているみたいだった。


「不思議な気持ちね。少し前だったら、貴重な軍隊蜂の蜂蜜が金貨にしか見えなかったもの」

「……サラッと欲深い言葉が漏れたな」

「私だけが欲深いわけじゃないわ。普通はそう考えるものよ。でもね、今はそれができないの」


 花を栽培しながら、軍隊蜂と関わる日々を過ごした影響か、彼らを見るアーリィの目は、明らかに優しくなっていた。


「軍隊蜂が花を大切に育てて、縄張りを守り、懸命に集めた蜂蜜なんだもの。換金するのは、気が引けるわ」


 人間と魔物が争う世界において、軍隊蜂に感情移入するなど、あってはならないことだと容易に推測することができる。


 ただ、害のない魔物と共存したい俺は、そう考えてくれる人が近くにいてくれてよかったと思った。


「山の中で不便なこともあるが、住んでみると、なかなか良い場所だろう?」

「ええ。魔物に愛着が湧くなんて、考えてもみなかったわ」


 アーリィには、仕事の依頼を無理やり押しつけていないか心配していたが、杞憂だったみたいだ。


 満足そうに微笑むアーリィは、今の生活を心から楽しんでいるように見える。


「このまま平穏な生活を送れるように、盗賊の問題をどうにかしないとね」


 そんな言葉をアーリィが呟いた瞬間、フラグでも立ててしまったのか、軍隊蜂が慌ただしく動き始める。


 耳を澄ましても、周囲から物音は聞こえない。


 ただ、魔物にはわかるのか、ウサ太も落ち着かない様子でキョロキョロと見回していた。


 次第に険しい表情を浮かべた軍隊蜂は、外敵の侵入を確認したみたいで、一斉に同じ方向に飛び立っていく。


 どうやら巣には最低限の数しか残さない方針みたいで、この場は一気に手薄になってしまい、ひっそりと静まり返っていた。


 この光景を見て不安を抱いたであろうクレアは、怯えた様子で近づいてくる。


「どうして蜂さんたちは、飛んで行っちゃったの?」

「盗賊が来たのかもしれないな。きっと軍隊蜂は、縄張りに踏み入れた者を追い出そうと、群れを成して討伐に向かったんだ」

「そっか。じゃあ、安心だね」

「いや、盗賊たちに知恵があるなら、マズイ状況かもしれない。軍隊蜂を巣から引き離すために、違う場所に誘い出した可能性がある」


 今思えば、枯れた花畑の一件も、軍隊蜂の習性を把握したい思惑があっただけのように思えてならない。


 本当に軍隊蜂の巣から蜂蜜を回収できるのか確認するため、わざわざ事前に実験していたんだ。


 つまり、こうして軍隊蜂がいなくなった今、本腰を入れて蜂蜜を奪いにきたと考えることができる。


 軍隊蜂が向かった先にいるのは、陽動部隊と判断しても、間違いない。


「盗賊たちの本隊が、軍隊蜂のいない間にここにやってくるかもしれない。俺たちで警戒しよう」

「わかったわ。でも、盗賊たちをこの巣に近づけさせるべきじゃないわね。彼らがこの場に毒を撒いたり、火を放ったりしたら、大変なことになるもの」

「それもそうだな。じゃあ、軍隊蜂が戻ってくるまでの間、他の場所で足止めしなければならないのか」

「問題は、山の麓から登ってくるとしたら、道が二つあることよ。こっちは片手で数えられるほどしか人がいないけど、手分けするしかないわね。まさか軍隊蜂が一気にいなくなると思わなかったから、もう踏んだり蹴ったりよ」


 こんな事態に陥るとは思わなかったから、戦力不足なのは仕方ないことだと思うが……。


 今更そんなことを考えても、何も解決はしない。


 盗賊たちを食い止めることに尽力を尽くすべきだ。


「ひとまず、二手に分かれよう。アーリィとクレアで、片方の道を警戒してくれ。あくまで俺たちは、軍隊蜂が戻るまでの時間を稼ぐだけで、無理に戦う必要はないぞ」

「わかったわ」

「うんっ、頑張る!」


 アーリィとクレアが走り去っていく姿を見た後、俺はウサ太に声をかける。


「ウサ太は軍隊蜂を追って、引き返すように伝えてくれ。巣が狙われていると知れば、きっと半分は戻ってきてくれるはずだ」

「きゅー……」

「俺のことは心配するな。ウサ太の能力があれば、盗賊なんかに負けやしないさ」


 本当はウサ太も時間稼ぎを手伝ってくれるとありがたいんだが……。


 ここまで手の込んだことをやるなら、盗賊たちはそれなりの人数で攻めてきている判断することができる。


 ウサ太が軍隊蜂を説得して、連れ戻すことができなければ、この場を守り切れるとは思えなかった。


 寂しそうな表情を浮かべるウサ太は、俺の言葉に納得してくれたのか、軍隊蜂の向かった方に走っていく。


「頼んだぞ、ウサ太」


 これまで異世界を共に過ごしてきたウサ太を信じて、俺も軍隊蜂の巣を後にするのだった。

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