第122話:王都までの旅路Ⅳ
ルクレリア公爵に高く評価されたアーリィが興奮し始めたので、彼女の心を落ち着かせるために木箱からあるものを取り出す。
「少し早いような気がするが、軽食代わりにバナナを食べるとするか」
「そうね。まだ移動を続けることを考えると、ちょうどいいと思うわ」
「わーいっ! 食べる~!」
「きゅ~っ!」
軍隊蜂が住まう山で生活する俺たちにとって、休憩するといえば、トレントの果実を口にすることが当たり前のようになっている。
馬の世話を終えたロベルトさんも遠慮しない性格なので――。
「いやはや、ありがたい限りですな」
躊躇せずに受け取り、和やかな雰囲気を発していた。
一方、ルクレリア親子だけは難しい顔でバナナを受け取り、興味深そうに眺めている。
「市場に出回らないものを、こんな形でいただくことになるとはな……」
「そうですね。希少価値が高いというより、未知のものですから」
なぜかバナナで緊迫したムードに包まれ始めたので、恐る恐る二人に声をかけてみることにした。
「もしかして、お二人はバナナを食べた経験はありませんか? ロベルトさんを見る限り、そういうふうには思えないんですが」
前回、軍隊蜂の縄張りでアーリィたちと仲良くなったことも影響しているみたいで、早くも三人で盛り上がっている。
「ほっほっほ。これは濃厚な甘みを持ったバナナですな~」
「バナナの独特な甘みを噛み締めていると、自然と心が落ち着いてくるのよね」
「私、食べやすいから好き~」
「きゅ~んっ」
もはや、日常の一コマのようになっていて、何の違和感もない。
しかし、ふとルクレリア親子を見れば、あっちが異常なんだとすぐにわかる。
「トオルくんと関わる時間が増える度、君は計算高いのか、抜けているのか、わからなくなるな」
神妙な顔つきでバナナの皮を剥くルクレリア公爵は、なかなかシュールだった。
それをゆっくりと口に運ぶと「実に甘い。まるで砂糖を使っているかのようだ」と、驚きの表情を浮かべている。
そんな中、親子でシュールなところが似てしまったフィアナさんも、神妙な顔つきでバナナの皮を剥いていた。
「私の知る限り、トレントの果実の種類は、リンゴ・オレンジ・ブドウだけでした。冒険者ギルドで調べてみても、結果は同じです。これまでバナナが持ち運ばれた事例は、一度もありませんでした」
フィアナさんの言葉を聞いて、俺はようやく自分のやらかし具合を察することができた。
今まで『南国の果物は珍しい』という意味で驚いていたんだと思い込んでいたが、その前提部分が違ったらしい。
この世界で初めてトレントがバナナを実らせることが判明したから、驚いていたのだ。
それを考えると、ルクレリア家が国王様に渡そうとしていたことにも、納得がいく。
やっぱり神妙な顔つきで食べるルクレリア親子が正しかったに違いない。
「旅の栄養補給としては、おあつらえ向きだな」
「そうですね。こんな小さい果物なのに、満足感を強く得ることができます」
「軍隊蜂の一件を報告する際の手土産としても、有効な品になりそうだ」
幸いなことに、冒険者ギルドに南国の果物を買い取ってもらうと高額になると思い、今まで売却することは避けてきた。
今回の戦略の一環として使うのであれば、十分なインパクトを与えられるような気がするので、後で多めに渡しておくことにしよう。
そして、トレントの果実にオレンジがある情報を詳しく教えてもらいたい……!
トレントの爺さんに相談してみようかなーと思っていると、バナナを食べ終えたウサ太が近づいてきた。
「そういえば、ルクレリア公爵にはウサ太をちゃんと紹介していませんでしたね」
「ああ。魔物を紹介されるというのも、妙な気持ちを抱くものだが」
「ペットみたいなものだと思っていただければ、幸いです。ウサ太は賢い魔物なので、害を与えることはありませんから」
「きゅ~っ」
よろしくな~、と言わんばかりにウサ太が手を差し出すと、意外にもルクレリア公爵はその手を取った。
「君がウサ太くんか。話はフィアナから聞いているよ。人間の言葉がわかるそうだね」
「きゅーっ!」
「確かに、反応を見る限りは理解しているようだ。周りに人がいる時は、ぬいぐるみ役を頑張ってくれ」
「……きゅ~」
「はっはっは。傍から見る分には、本当にぬいぐるみみたいだ」
早速、ぬいぐるみ役をやってみせたウサ太に対して、ルクレリア公爵は笑みを浮かべている。
こういう彼の姿を見ると、優しそうなおっちゃんにしか見えない。
軍隊蜂のことを『平和の象徴』と口にしていただけあって、魔物と過ごすことも理解してくれるみたいだった。
「ウサ太の同行をお願いしておいて言うのもなんですけど、思った以上に簡単に受け入れてくれるので、安心しました」
「褒められた行動ではないと理解しているが……。友人の頼み事だと思ったら、受け入れるに越したことはないと思ったよ」
「そうおっしゃっていただけると、ありがたい限りです」
「トオルくんには大きな借りがある。私にできることであれば、遠慮なく頼ってくれ」
今まで難しく考えすぎていたのか、ルクレリア公爵は誠実に対応してくれていた。
軍隊蜂が住まうあの山で暮らす限り、ルクレリア家と長い付き合いになるのは明白なので、俺ももう少し腹を割って話す方がいいのかもしれない。
「……きゅっ」
そんなことを考えていると、ぬいぐるみ役に徹してはずのウサ太が何かに反応した。




