第117話:旅の準備Ⅲ
「よしっ。じゃあ、俺たちは王都に向かう準備をするか」
「そうね。しっかりと準備するべきだわ。この地の良質な素材を使った生活に慣れた以上、遠出する自信がないもの」
アーリィは堂々とした態度で情けない言葉を口にしているように思うが、決して馬鹿にできるような状態ではない。
なぜなら、俺たちは今、貴族よりも贅沢な生活をしているといっても過言ではないのだから。
「風呂に入りたいよな……」
「ごはんが心配だわ……」
「ベッドで眠りたい……」
三者三様ではあるものの、それだけこの地の生活が快適だったという証でもある。
日本から異世界にやってきて、生活水準が変わる厳しさを経験している俺は、深刻な問題だと認識していた。
しかし、これは異世界を旅する良い機会だし、事前準備をすることもできる。
もう少し前向きな気持ちでいられるように、工夫すればいいだけの話だ。
「王都では、ルクレリア家の屋敷に世話になる予定なんだが……。問題は、それまでの道中だよな」
「ええ。野営の過ごし方次第では、不快な旅になるだけだもの。栄養補給や疲れを癒すという意味でも、絶対に軍隊蜂の蜂蜜とトレントの果実は持っていくべきね」
「まあ、それがあるだけでも随分と印象は変わるよな。ただ、マジックバッグの容量には限度がある。ハニードロップみたいに、トレントの果実も加工した方が良さそうだな」
「私たちだけ食べるのは気が引けるから、フィーちゃんたちの分も用意した方が良さそうね」
「もちろん、そのつもりだ。向こうは王都まで馬車で行く予定だから、荷台に荷物を積ませてもらう礼として、お裾分けする感じだな」
道中の旅でもルクレリア家と親睦を深められるし、王都まで快適な旅を過ごすことができる。
俺たちにとっても、ルクレリア家にとっても、互いに大きなメリットを得られるだろう。
「ただし、山から街まで荷物を運び出して馬車に積み込む作業は、自分たちで行なう必要がある。何度も行き来するわけにはいかないから、荷物はしっかりと整理しておこう」
「そうね。まずは安全性や天候を考慮して、日持ちするものやポーションを優先した方がいいわ」
「確かにな。ポーションは錬金システムで作って、日持ちのするものは街で調達するか。そっちの方が山を下りる時に楽だろう」
旅の準備についてアーリィと二人で話し合っていると、勢いよくクレアが部屋を飛び出していった。
そして、ニャン吉の糸で作ったシルクの毛布を持って戻ってくると、上目遣いで見つめてくる。
「ねえ、トオル。猫ちゃんの毛布は持って行ってもいいよね? これがないと、もう眠れなくなっちゃったの」
シルクの手触りが随分と気に入ったみたいだ。
しっかり者のクレアが、こういう我が儘を言ってくるとは思わなくて、俺は思わず呆気に取られてしまう。
「……だめっ?」
「いや、他に持っていきたいものがなければ、問題ないと思うぞ。馬車の中に積んでおいても、邪魔にはならないだろうからな」
「よかったー……」
「ただ、途中で洗うことはできない。汚れないように気をつけてくれ」
「うんっ!」
笑みを浮かべて喜ぶクレアの元に、ニャン吉が近づいていく。
愛用してくれていることが嬉しかったみたいで、「ニャウ~」と甘えた声を出しながら、クレアに頭をこすりつけていた。
まさか臆病な性格のニャン吉が、ここまでクレアに懐くとは。
もしかしたら、クレアは魔物を使役するテイマーの才能があるのかもしれないが……、深く考えることはやめよう。
魔物を敵視するこの世界では、身を危険に晒す恐れがあるのだから。
まあ、俺やアーリィが面倒を見ているうちは大丈夫だろうなーと思っていると、アーリィがハッとして表情を浮かべた。
「バラ園の手入れ、ちゃんと軍隊蜂にするように言っておかないといけないわ。戻ってきた時に枯れていないようにしないと」
「……きゅっ!」
アーリィの言葉にハッとしたウサ太は、彼女と一緒に拠点を飛び出していく。
畑に向かったウサ太が一目散にニンジンを掘る姿を見れば、何を考えているのか容易に想像が付いた。
今のうちに収穫しておかないとニンジンが食べられなくなる……という感じだろう。
出発は一週間後なので、まだ焦るような段階ではないが。
「きゅっ! きゅっ!」
あまりにも鬼気迫る様子でニンジンを掘り起こす姿を見て、俺はウサ太を止めることができなかった。




