雨と日常
第二夫人がにこにこと小麦色の糸玉を見せてくれた。
「こんな質の良い糸玉で編み物が出来るとは思っていませんでした」
刺繍とレース編みは彼女の住む西の土地では婦人の嗜みだとかですいすいと針が踊ってゆく。
簡易に組み上げられた織り機に挑む前の勢いづけらしい。
「布自体を織る経験はありませんが、誰しもはじめてはありますよね」
私も頷き、見つめ合い、再び頷きあって織り機に向き合う。
まず、縦糸を指定の場所に通し横糸を通していく。それだけの簡単な作業だと説明された。
ヴィガ達にだって出来ると。
ヴィガ達は器用だと思うんだけどね!
オジサマ方が背後で待機していて非常に非常にやりづらい。
オジサマ方も自信ないなりに組んだ織り機が気になるらしい。糸紡ぎとかは第二夫人に任せてたけどね。
布幅の櫛が必要だとか慣れたら模様が入れれるかとか後ろでうるさい。
『軽量化してくだされば、わたくしにもヴィガ達にも扱えそうですわね』
ノンカンさんの言葉にオジサマ方がどこかに散っていった。
「ノンカンさんだったら軽量化してなくても使えそう」
『わたくしも織ることは好きですが子供達にさせた方が量をこなせますからね』
練習が必要なんですよとノンカンさんの声が優しい。
仔蜘蛛達がざわめいた気がしたけどスルー!
私が五センチくらい織る間に第二夫人は倍以上織っていた。
コツはどこに落ちてるの!?
縦糸を縫うように横糸を通し、あ。二本飛ばした。櫛で整える。なんか、端がガタついてる気がする。
オジサマに肩を叩かれた。
「吊り橋守りの嬢ちゃんには扱いが難しかったようだな。心配するな。嬢ちゃんでも使える織り機を作ってみせよう!」
オジサマ方が「おー」と掛け声をあげたところではたりと正気に戻った。
向いてないってことに……。
「練習が大事ですよね」
第二夫人の優しさが今はつらい。
泣き帰ったキッチンでおろおろしてるマグロちゃんをぎゅうぎゅう抱き締めて誤魔化していたらピヨット君に「そういう事は余暇が作れるようになってから参加してください」と怒られた。
この地に来て三月めがはじまった。
肌寒い春がゆっくりと雨の多い季節に移り変わっていくようで、空模様をよく見上げるようになった。
オジサマ方とワーム達の労力でプティパちゃんは本拠地の花園へと移植された。
はじまりの迷宮の妖精樹にはその仲間である木から挿し木による引き継ぎがおこなわれた。
プティパちゃんも新しい子もパティカちゃんもしばらくは眠りながら花園を育てていくのだ。
一番恵まれてるのは今のところパティカちゃんかなぁ。
ちょっと思ったんだけど、吊り橋側の森って妖精樹どんだけあるんだろう?
「ピヨット君にきいていい?」
「なんでしょうか?」
書類から顔を上げずに返事が返ってくる。
「妖精樹ってどのくらいあるの?」
「樹木が芽生えて百年で妖精を生み出しますから伐採のほぼない魔王様の領内でそんな馬鹿馬鹿しい事を考える者はおりませんよ? 精霊樹は静かにしているようですが、数百木単位でこの地にも存在しているはずですよ。それとも、寿命の方ですか? 伐採されなければ千年生き続ければ精霊樹になりますね。妖精樹は九九九歳までしか存在していないわけですね」
淀まずさらりと出てくる情報はちょっと多め。知らないのは確かだけど、わからないから聞くんじゃないか。ちょっとむぅと思いながら情報を受け取る。
つまり、妖精樹の数はほぼ無限にあると……。
寿命じゃなくて種族変化するって不思議。
「友好的である彼女らを優遇することは普通ですし、樹精達はあまり好戦的で活動的ではありませんからね」
吊り橋側の彼女らは随分と協力的な訳だ。
「自分の体を移したりとかって簡単なの?」
書類から顔ごとあげたピヨット君がマジマジと私を見てくる。
あー、うん。わかった。
信じられないくらいの地雷踏んだんだ。
「難しいところですが、妖精と言うのは少々存在があやふやだと言われています。ヴィガ達もまた妖精種ですが、彼らには肉体という確定要素が存在します。妖精樹の妖精達には本体として木が存在します。挿し木や分け木の先に意識を移してしまうことも普通に彼女らは行います。絡み合うひとつに見える大樹に四人もの樹精が宿っていたという事実もまたあるのです」
ごめん。
わけわかんない。
「簡単であり、ありがちな状況ですから心配ありませんよ」
「そっか!」
それがわかれば一安心。
「ところで」
「んー?」
なにかね。ピヨット君。
「ピヨットの説明は難しいですか?」
あー。
「うん。ごめんね。理解悪くて」
「いえ。わかるよう説明できぬピヨットの不足!ゆっくりとお互いの不備を補いましょう!」
雨の時期は外での活動が減りますからね。と続いた。
情報として雨のよく降る時期がこのまま一カ月くらい続くと聞くと梅雨のようだなぁと少し懐かしく思える。
本部の方ではここまで降ることはないらしいけど。
最近、優しい夢を見ている気がしている。
どうしてよく覚えていないんだろう。
夢だからか。




