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ベルフェゴールを連れて大貴の元へ戻ると、大貴はポカンと口をあけてベルフェゴールを見ていた。
「…あ、の、その人…人ですか?」
『魔王サマって年下シュミなワケ?』
恭禍はため息をついた。
自分が迂闊であったことと、ベルフェゴールの発言にである。
今のベルフェゴールは人間のようには見えない。
羊のようなくるりと巻いた角を側頭部に生やし、虹彩は金色、瞳孔は緑色をしている。
髪は真っ白で、人間にはあり得ないと言い切れる青年であった。
「…これは私が5つ目の世界に行った時の部下だ。こいつは人間が嫌いだ。大貴はあまり近付くな」
「はい、えっと…俺は高橋大貴です」
『何?全然分かんないんだけど。魔王サマー、どうにかなんないわけ?』
「…そうだな」
ベルフェゴールの言葉に、恭禍は少し考え込み、クローディアを掴んだ。
そして、クローディアでベルフェゴールを切りつけた。
「えっ!?ちょ、恭禍さ…!」
「っはは!面白ぇ!力技かよ!」
「…え?」
ベルフェゴールは無傷だった。
大貴には確かに大鎌がベルフェゴールを横に真っ二つに裂いたように見えたが、ベルフェゴールは笑っていただけだった。
しかも、ベルフェゴールは唐突に日本語を使った。
驚きで大貴は声を失った。
「クローディアと私とお前を繋いだ。私かクローディアが半径2㎞以内に居ないと言葉が通じなくなる。戦闘時以外は離れるな」
「あーはいはい。で?タカハシダイキだっけ?あんた」
「え、あ、…は、はい!」
「…チッ…魔王サマ、こいつ人間じゃねぇか」
「当然だろ。私も人間だぞ」
「あんたは人間とは言わない。…俺はベルフェゴールだ」
ベルフェゴールの態度の差に、大貴は戸惑う。
恭禍に対してはヘラヘラと、どちらかと言うと砕けた様子だが、ベルフェゴールが大貴を見る目は汚物を見るような…自分が無価値であるかのような気分にさせられる視線だった。
「それと、ベルフェゴール。その姿をどうにかしろ。間違って殺されるぞ」
「はいはーい。分かりましたよ。こっちの人間はどんな姿してんの?」
「黒髪でダークブラウンの目だ。私のような色素の人間が多い」
「はぁ!?なんだよそれ。魔王サマと同じ力を持ってる奴らばかりってこと?」
「まさか。言っただろ、私は特殊だ。いいからとっとと変えろ」
「はいはい…悪魔使いの荒いことで」
ベルフェゴールは肩を竦め、短く何かを唱えた。
途端、強い風が巻き起こり、大貴は目を開けていられずに腕で顔を覆った。
暫くすると風は止まり、大貴はゆっくりと目を開けた。
ベルフェゴールの頭の角は消え、極めて金に近い茶髪に、明るい茶色の瞳になっていた。
「…ま、俺にしては頑張ったかな」
「金髪の人間もいるからそれで構わん」
「…それ先に言ってくれねぇかな」
不服そうにため息を吐くベルフェゴールだったが、恭禍は既にベルフェゴールから視線を外していた。
「そろそろ戻るぞ。私たちはともかく、大貴は休むべきだからな」
「えっ…」
「チッ…軟弱な人間だな…」
ベルフェゴールはまた大貴を汚物でも見るかのように睨み付けた。
大貴はその視線に固まったが、ベルフェゴールは興味がないとばかりに恭禍に着いていった。
※
教会には恭禍と大貴だけが戻った。
ベルフェゴールは軍用車に残っている。
「…大貴は戻って休め。私は軍用車に戻る」
「え…そんな、だってそれじゃあ恭禍さんが休めないんじゃ…」
「今はベルフェゴールがいる。ここにはサクレを置いていくから」
大貴は自分でも驚くほどショックを受けた。
「…俺では恭禍さんの力になれないですか」
「…は?」
「俺も恭禍さんと一緒にいたいです!恭禍さんを守れるようになりたいんです!」
ベルフェゴールは良くて、自分がダメな理由は大貴自身がよく知っている。
ベルフェゴールは人間ではなくて、戦う力を持っている。
だが、大貴は人間で、武器を持たなければ戦えない。
武器を持っていてもベルフェゴールとはあまりにも戦力が違う。
「…はあ」
「っ…」
呆れられた……!
恭禍のため息に、大貴はぐっと歯を噛み締めた。
「…あのさぁ、本当にそれ天然?」
「…へ?」
「…私と一緒にいたいだとか守りたいだとか、何?私のこと好きなのか?」
「え、ええ!?いえ、その!!」
「…いや、冗談だけどな。…まぁ、大貴は私に恋愛感情持ってるわけじゃねぇって分かってるし。けど、好きでもない女にそういうこと言うと勘違いされるからな?」
「あ、…す、すみません…」
「あと、大貴を教会に戻すのにもそれなりに理由はある」
「…理由、ですか?」
「あぁ。ベルフェゴールのお陰で魔力が尽きる直前になった。そのせいで魔法が使えん。結界はなんとか維持しているが何かの拍子で崩れてもおかしくない。だから教会にいる人たちの説得を任せたい」
恭禍がそれほど切羽詰まっているなんて、大貴は知らなかった。
それなのに、自分のことしか考えていなかった自分がすごく恥ずかしい。
「俺…恭禍さんがそんなに大変だなんて気づきませんでした。すみません!絶対みんなのこと納得させますから!」
「あぁ。頼んだ」
大きな役目を任されたことで、大貴は自分の戦力で悩んでいたことなどすっかり忘れてしまった。
もちろん、そのことに気づいている恭禍はそんな大貴のことを苦笑しつつ、ベルフェゴールの大貴…いや、人に対する態度をどうにかしなければならないと考え直す。
また、先程大貴に言ったように、ベルフェゴールとクローディア、恭禍を繋いだことで魔力が著しく変動してしまっている。
…とはいえ、まったく魔法が使えなくなったわけではないのだが。
そもそも、ただクローディアを媒介として恭禍とベルフェゴールを繋いだだけなのだ。
ならば、なぜ魔力の変動が起きてしまったのか。
それはベルフェゴールの現在の状態にある。
現在のベルフェゴールは、勇者に倒された直後の状態なのである。
魔力は枯渇し、肉体も万全な状態とは程遠い。
ベルフェゴールの回復のため、恭禍は持ち合わせている魔力を譲渡することになったのだ。
腹立たしいことに、この魔力の譲渡は恭禍が行ったことではなく、ベルフェゴールが勝手に行ったことであった。
…そこに、クローディアが少し手を貸していたということもある。
クローディアの手出しがあったということは、それほどまでにベルフェゴールの消耗は激しかったのだろう。
恭禍に着いてきているとはいえ、ベルフェゴールは悪魔で心身の回復には必ず魔力を要する。
これからベルフェゴールがある程度回復するためには恭禍からの魔力の補給が必要になるのだろう。
「…はぁ。だから大貴には説得を頼んだわけだが…拓真と真美がどうするかで今後は決まるな」
拓真と真美の態度を思いだし、恭禍はため息を吐いた。
あれらが移動することを反対すれば多くの者が残る選択をするだろう。
「…兄さんがいたら、もっと…」
この場にいない人間のことを考えてもしかたがない。
恭禍は頭を振ってその考えを消した。




