後半 47
朋枝は、隆達との通話を終えた後、マネージャーの遠近紬に連絡した。
「おはようございます。紬さん、今日もよろしくお願いします」
「うん、おはよう。あとで迎えに行くね」
「はい、お願いします」
以前、朋枝はマネージャーの紬と一緒に暮らしていた。ただ、近過ぎる関係も良くないといった提案を紬が事務所にしたことで、今は紬と離れ、一人暮らしをしている。
ただ、紬の家は近く、仕事の時はいつも迎えに来てくれる。それだけでなく、仕事がない時でも一緒に夕食を取るなどしていて、朋枝にとっての紬は、歳の離れた姉のような存在になっている。
「それで、連絡した理由なんですけど、テレビは見ていますか?」
「うん、何かどのチャンネルも放送事故みたいになっているね。これ、どこまでが本当なんだろうね?」
「実は、昨日から記者の人とやり取りをしているんですけど、その人によると、恐らく本当のことだそうです」
「記者の人って……朋枝ちゃん、何かトラブルに巻き込まれていないよね?」
「ごめんなさい。色々あって、報告が遅れてしまったんですけど、少し危険なことにかかわっています」
それから、朋枝は昨日あったことを説明していった。
「一年前、春来君と春翔ちゃんが亡くなったことと、今起こっていることは、関係があります。だから、危険と知ったうえで、絵里さん達と一緒に色々と調べているんです」
「春来君達のこととなると、止めても無駄だね。だったら、私もできる限り協力するよ」
これまで、朋枝は紬に何でも相談してきた。その中には、当然、春来や春翔のことも含まれていた。そのため、紬はすぐに話を理解してくれた。
「いつもありがとうございます」
そして、紬は、いつも朋枝の味方になってくれる。そのため、朋枝は改めて礼を言った。
「朋枝ちゃんは私の夢だから、当然のことだよ」
朋枝は、自分が幼い頃に虐待されていたことも、紬に話している。そうして話した中には、他の誰にも言えない内容も含まれている。それを受けて、紬は自分自身の話をしてくれた。
紬は、元々OLとして働いていた。ただ、セクハラのようなことをされて、それこそ警察沙汰になるようなこともされたそうだ。ただ、我慢しろといったことを上の人から言われてしまい、うんざりして仕事を辞めたとのことだった。
そして、元々芸能界に憧れを持っていたため、タレント志望という形で、事務所にやってきたそうだ。ただ、それなりに年齢を重ねてしまったことと、OLの経験から、マネージャーに向いていると言われ、タレントになることはできなかった。それでも、紬は芸能界にかかわることができるならと、マネージャー業を始めた。
ただ、これまで紬がマネージャーとしてついた人は、鳴かず飛ばずといった形で、全員夢を諦めてしまった。そもそもの話として、紬はマネージャーになりたかったわけじゃないため、自分が担当する人を売り込むことをあまりしていなかったらしい。そうして、自分と同じように夢を諦める人を何となく眺めているだけだったそうだ。
そうした中、朋枝の真面目な姿勢を見て、紬は胸を打たれたそうだ。そして、紬にとっての朋枝は、これまでやる気のなかったマネージャー業に力を入れたいと思える相手であると同時に、自分が叶えられなかった夢を託せる相手になったそうだ。そうした形で、これまで紬は朋枝のマネージャーとして、どんな時も力になってくれた。
まず、紬は朋枝の母と会い、朋枝の活動を見守ってほしいとお願いしに行ってくれた。しかし、当初、母は朋枝の活動に反対していたそうだ。それでも、紬は諦めることなく、何度もお願いしに行った。
そうした紬の努力のおかげで、母は朋枝を応援してくれるようになった。しかも、コネを使って、いわゆる芸能界の闇から朋枝を守ってくれるようになった。
また、元々モデルだった朋枝が、CMやドラマといった、俳優業をやるきっかけをくれたのも紬だ。
もっとも、これに関しては、仕事が決まったタイミングと、春来達のことが重なったため、仕事をセーブさせた方がいいだろうと、断るつもりだったらしい。ただ、朋枝がやりたいと伝えると、その意思を尊重して、紬は全力で協力してくれた。
その結果、俳優業は朋枝に合っていたようで、高く評価されるとともに、朋枝の知名度をさらに上げていった。
そんな紬が相手だからこそ、朋枝は今日のことも話すことにした。
「実は、今日の撮影も、色々と問題があるんです。まず、パピロスモバイルは、インフィニットカンパニーの完全子会社だそうです」
「え? そんな話、聞いたことないよ?そもそも、パピロスモバイルは、どことも提携していないと聞いているよ?」
「私もそう思っていました。でも、実際は違うそうです」
それから、朋枝は絵里や結莉から聞いた話を紬にした。
「信じられないと思いますけど……というか、私もまだ信じられないです」
「ただ、そうなると、今日のCM撮影、どうしようかね? 印象は悪くなるけど、ドタキャンという形にしようか?」
「その件なんですけど、パピロスモバイルの人や、インフィニットカンパニーにかかわりのある人が撮影に来るそうなんです。だから、撮影には参加して、可能であれば何か探りを入れるつもりです」
「待って。さすがに危険過ぎるし、それは了承できないよ」
そう言われることは、朋枝の予想通りだった。
「何かあった時のため、隆君だけでなく、刑事をやっている浜中さんなどが、今日の撮影現場に来てくれるんです」
「どこで撮影するかはオフレコだよ?」
「わかっています。だから、偶然を装って来てもらうよう、絵里さんなどに色々と考えてもらいました。それで、昨日知り合った奈々ちゃんという新しい友人にも協力してもらって、これなら大丈夫だと思える提案をしてもらえたんです」
それから、朋枝は詳細を説明した。すると、紬は息をついた。
「確かに、それなら不審に思われることはなさそうだね。ただ、何があるかわからないし、やっぱり私としては反対したいよ。そうまでして、したいことなのかな?」
「はい、そうまでして、したいことです。というのも……久しぶりに共演する、キララちゃんのことでも、気になることがあるんです」
「もしかして、キララちゃんに関する悪い噂を知ったのかな?」
紬の方からそんなことを言われて、朋枝は驚いた。
「何か知っているんですか?」
「具体的に何か知っているというわけじゃないんだけどね。こうした芸能活動を朋枝ちゃんにさせるうえで、朋枝ちゃんのお母さんと約束したことがあって、それは、芸能界で当たり前に行われていることを、朋枝ちゃんにさせないことだったんだよ」
「それは、枕営業などですか?」
「うん、それに……整形とか、薬物使用とか、そういうことも芸能界では当たり前になっているみたいで、それらと朋枝ちゃんをかかわらせないようにすることを約束したんだよ」
「そうした話は、何となくといった形で知っていましたし、さっき話した絵里さんなどからも詳しい話を聞きました。それで、そうしたことに、キララちゃんがかかわっているんじゃないかという話も聞きました」
「その絵里さんって記者、只者じゃないみたいだね」
「はい、昨日知り合ったばかりですけど、只者ではないと思います」
朋枝がそう言うと、紬は軽く笑った。
「こうした話、朋枝ちゃんのお母さんが守ってくれているからだろうけど、私も話に聞いただけで、実際はよくわからないんだよね。絵里さんって人は、何を言っていたのかな?」
「はい、キララちゃんについて、整形や薬物使用など、そうしたことをしているんじゃないかと、絵里さんは言っていました。薬物に関しては、MDMAと呼ばれる合成麻薬で、ストレス発散や、集中力を高めることなどを目的に使うものだそうです」
「確かに、私も同意見だよ。キララちゃん、会うたびに顔が変わっていると感じていたし、テレビで見ても、同じように感じていたよ。それに、そのMDMAの話も聞いていて、効果は一時的なもので、効果が切れた後は情緒が不安定になりやすくなるみたいだよ」
「そう言われたら、確かに最近のキララちゃんの表情というか、感情の出し方が不自然なような気がします」
朋枝は、キララの活動を応援していて、テレビやネット配信などにキララが出演する際、できる限り見るようにしている。そして、紬の言う通り、顔そのものだけでなく、表情に違和感を覚えていた。
「整形疑惑がある芸能人なんてほとんどで、そんな疑惑がない人の方が珍しいからね。まあ、本人や事務所は、メイクの違いだって主張するけど、それを信じる人はいないよね」
「それだったら、私も大人っぽいメイクをした時、整形疑惑が出ましたよね?」
「あれは特別だよ。それ以外の撮影で、朋枝ちゃんは素顔の印象を変えないようなメイクにしていたから、意外性を出す目的で受けた仕事だったしね。結果的に炎上商法みたいになってしまって、あの時はごめんね」
「いえ、メイクであれだけ変わると知って驚きましたし、いい経験でした。何より、あの撮影のおかげで、みんなは自然な私を望んでくれていると知ることができました」
その撮影は、「いつもと違う自分」というコンセプトだった。その際、朋枝はコスプレのメイクなどもする人にメイクしてもらい、コンセプト通り、いつもと違った自分になった。
ただ、そこで撮影された写真が公開されると、朋枝が整形したんじゃないかといった疑惑がSNSを中心に広まった。
具体的な内容としては、前の方が良かった。ファン辞めます。何でみんな整形するのか。そういった、反対意見ばかりだった。
それを見て、いてもたってもいられなくなった朋枝は、紬にお願いして、緊急でネット配信をした。そして、メイクによってこれだけ変わるということを知り、自分は嬉しかった。そうした、メイクの素晴らしさを知るきっかけにしてほしいといったメッセージを送った。
この時は夜遅くで、朋枝は既にお風呂にも入り、当然何のメイクもしていない状態だった。それでも、とにかくメッセージを送りたいとお願いする形で、当時同居していた紬に協力してもらう形で、ネット配信をした。
すると、素顔のままそんな主張をした朋枝を多くの人が支持して、むしろ騒ぎは大きくなってしまった。ただ、この経験は、朋枝にとって大切なもので、自然な自分を見せようと意識するようになったきっかけになっている。
その後、モデルとしてコンテストに参加することになっても、朋枝は自然な自分を意識して挑んだ。
そのコンテストは、生配信などもあり、なるべく笑顔でいたいと思いつつ、時には疲れてしまったり、不安になってしまったり、大変なものだった。そうした時、朋枝は無理することなく、このコンテストで、今できないことを少しでもできるようになりたいといった意識で挑んでいった。
その結果、ドンドンと成長していく朋枝を見守るような形のコンテストになり、最終的に誰もが納得するようなパフォーマンスを披露した朋枝がグランプリを取った。
「私がコンテストでグランプリを取ることができたのも、この経験のおかげです。ただ……そのせいで、キララちゃんを追い込んでしまったのかもしれません」
当初、そのコンテストで優勝候補だったのは、天音キララだ。キララは元子役なだけでなく、SNSなどで歌や踊りを披露し、そのどれもが話題になっていた。
キララが話題になった一番の理由は、そのルックスで、子役時代からただただ可愛らしいといった印象を多くの人に与えていた。特にチャームポイントと言われていたのが八重歯で、幼い印象を強く与えるとともに、より可愛いと思わせる要素になっていた。
そんなキララがモデルとして活動するということで、ギャップがありつつ、むしろそのギャップがいいといった形で、大きな話題になった。そして、コンテストが始まった時、グランプリはキララで間違いないだろうと誰もが思った。
しかし、コンテストが始まると、そうした認識は全部ひっくり返り、朋枝がグランプリを取った。
「キララちゃんが八重歯を矯正した時、驚いたんです。キララちゃんは、子供っぽいイメージを持たせたくないとか、多くの人が矯正しているからとか、そんなことを言っていましたけど……多分、キララちゃんは自分の八重歯が好きだったと思うんです」
「キララちゃんが自分の八重歯を指差している写真、昔はたくさんあったし、朋枝ちゃんの言う通りだと思うよ」
「あの写真、本当に可愛かったですよね。でも、コンテストで私がグランプリを取った後、全部の写真を消してしまったんですよね」
「朋枝ちゃんは、今も直接キララちゃんと連絡を取り合っているんでしょ?」
「はい、お互いの活動を報告し合っています。ただ、今振り返ってみると、キララちゃんの方は惰性というか、それこそ業務連絡のような形に思えてきました」
朋枝は、キララが出演する番組などを見た後、具体的にどこが良かったとか、何が面白かったかといった感想を送っていた。一方、キララからは、単に良かったといった簡単な感想や、時には見たという報告だけで、感想がないこともあった。
「今回、久しぶりの共演ということで、お互いに楽しみだといった連絡はしましたけど、もしかしたら、私からの連絡、キララちゃんは迷惑に思っているのかもしれません」
「コンテストの勝者と敗者ではあるからね。実を言うと、コンテストの後、キララちゃんとの共演が多かったのは、話題になっている朋枝ちゃんを利用する目的があったみたいなんだよね。ただ、向こうの事務所の方が大きいし、こちらが損をするわけじゃないから受けたんだけどね」
朋枝がコンテストで優勝した時、キララは笑顔で祝福してくれた。それをきっかけにキララと仲良くなったと、朋枝は思っていた。ただ、それは違うかもしれないといった思いが大きくなっていった。
「もしも、キララちゃんが整形や、薬物の使用などを繰り返しているんだとしたら、それを止めたいです」
「うん、難しいかもしれないけど、どうにかしたいね。ただ、それも含めて、無茶はしないでね。といっても、朋枝ちゃんは無茶するんだろうね」
「さっき、絵里さんにも似たようなことを言われました」
そう言うと、朋枝は、思わず笑ってしまった。
「朋枝ちゃんに何かあったら、多くの人が悲しむということは、絶対に忘れないでね」
「……はい、わかりました」
朋枝が無茶をするのを止めるのではなく、優しい言葉をかけてくれて、朋枝は素直に礼を言った。
「それじゃあ、予定通り、時間になったら、迎えに行くね」
「はい、お願いします」
そうして、話がまとまったところで、朋枝は通話を切った。




