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TOD  作者: ナナシノススム
後半
278/284

後半 44

7月14日(土)


 翔は目を覚ますと、身体を起こした。

 隣のベッドには、まだ眠っている美優の姿があった。そんな美優の寝顔を愛おしく思い、翔はしばらくそのままでいた。

 そうしていると、美優はもぞもぞと動いた後、目を開けた。

「美優、おはよう」

「うん……翔、おはよう」

 それから、美優は顔を隠した。

「美優?」

「ごめん、何か恥ずかしいというか……こんな寝起きの顔を見られて、嫌われないかなって不安になって……」

「別に嫌いにならないし、むしろずっと見ていたいと思うぐらいだ」

「それ、もっと恥ずかしくなるからやめて!」

「ああ、悪い。好きと伝えたし、こうして思ったことをそのまま伝えていいかと……昨日言った通り、俺も恋愛経験はほとんどないから、お互いにすり合わせていこう」

「うん、私もそうしたい」

 そう言うと、美優は嬉しそうに笑った。

「もう起きるか? それとも、もう少し寝るか?」

「翔は起きるでしょ? 私も十分寝られたし、起きるよ」

「それじゃあ、着替えるか。俺は別の部屋で着替えるから、美優はここで着替えてくれ」

「別に、一緒の部屋で着替えても……あ、でも、それは恥ずかしいかも」

「やはり、お互いすり合わせが必要みたいだな」

 翔も美優も、どこか浮かれているというか、自分と両思いの人を相手にして、どんなことでも受け入れたいという思いを持っているのを感じた。ただ、そんなことをしている人はいなくて、みんな誰にも浸食されたくない領域のようなものを持っているのも事実だ。

 翔と美優は、誰かを好きになる経験が少ないため、恐らく他の人より相手を大切に思う気持ちが強いのだろう。また、昨夜美優が言った時には否定したものの、吊り橋効果のようなものが原因で、よりお互いを好きになっているということも恐らくあると考えていた。

 そうしたことを踏まえたうえで、翔は自分の気持ちを美優に伝えて良かったのだろうかといった疑問を持った。ただ、美優を思う気持ちそのものを否定する気は一切なく、上手く自分の中で整理していこうと決めた。

「それじゃあ、着替えてくる。この部屋の外で待ち合わせしよう」

「うん、わかった」

 それから、翔は部屋を出ると、近くに空いていた部屋があったため、そこを借りることにした。

 そうして、早々に着替えを終えると、翔は美優のいる部屋の前で美優を待った。それからすぐに美優は出てきた。

「待たせちゃった?」

「いや、大丈夫だ。お互い、顔を洗ったり、髪を整えたりするか」

「え……あ、髪ボサボサだ」

「俺も似たようなものだから、気にするな。スマホを部屋に置いてきたから、少し待っていてくれ」

 そして、翔は部屋に入ると、着替えた服を置いた後、スマホを手に取った。それから、翔と美優は顔を洗ったり、髪を整えたり、いわゆる身支度を終えた。

「冴木さんの様子、見に行くか?」

「うん、ありがとう。そうしたい」

 美優が冴木のことを心配しているのは、聞かなくてもわかった。そのため、翔はそんな提案をして、美優もすぐに受け入れた。

 そうして、冴木がいる部屋へ行くと、翔は部屋のドアをノックした。

「ああ、入ってきて大丈夫だよ」

 すると、そんなドクターの声が聞こえた。その声を確認したうえで、翔と美優は部屋の中に入った。

「おはよう。二人とも早いね」

「おはようございます」

「おはようございます。冴木さんの調子はどうですか?」

「良くも悪くも現状維持といったところかな。まだ意識は戻っていないけど、容体が急変したということもないし、ただ見守ることしかできない……って、医者がこんなことを言ったら、心配になるよね。まあ、私は医者じゃないんだけどね」

 ドクターは、冗談を言うような口調でそう言った。そんなドクターの言葉に対して、翔と美優はどう反応していいかわからないといった感じで苦笑した。

「今日も引き続き、冴木さんに話しかけてくれないかな?」

「はい、わかりました」

「はい、自分もそうします」

「それより、二人はちゃんと寝られたかな? 寝ることは、病気や怪我を治す一番の特効薬だからね」

「はい、十分寝られました」

「私も寝られたので、安心してください」

 一晩経っただけで、腕の痛みも大分引いた。ただ、無理に動かすことは控えようと思った。とはいえ、また襲撃などがあれば、翔は全力で対応しようと考えていた。

 それから、翔は冴木の様子を確認した。

 昨夜、冴木は寝言のような形で言葉を発した。ただ、それですぐに意識が戻らなかったのは、思い返してみるとおかしかった。そうしたことを翔は理解しつつも、それを美優に伝えるのはやめようと心に決めた。

 その時、スマホが鳴って、翔は確認した。それは、鉄也と和義の通話に参加することを誘うものだったため、すぐに出た。

「ランだ。何かあったのか?」

「ああ、そうだ。てか、ニュース見てねえのか?」

「とにかくテレビがあるならつけてよ」

 そんなことを鉄也と和義から言われて、翔は戸惑った。

「テレビなら待合室にあるから、つけようか?」

「はい、お願いします」

 そうして、翔達は部屋を出ると、待合室に来た。それから、ドクターはリモコンを操作して、テレビをつけた。

「どのチャンネルを見ればいいんだ?」

「どこも同じだ。とにかく、テレビを見ろ。そうすれば、わかる」

「いや、どういう……?」

 意味がわからないまま、翔はテレビに目をやった。そして、何が起こっているのか理解した。というより、理解できないことが起こっていることを理解した。

 テレビでは、音声付きの文章で、インフィニットカンパニーに関する問題をただただ伝えていた。

 常に個人情報を収集していたこと。麻薬の売買などを推進していたこと。銃をはじめとした武器の売買に加担していたこと。多くの著名人を暗殺していたこと。そして、TODの運営にかかわっていたこと。そうした、多くの犯罪に関与していたことが延々と放送されていた。

 それだけでなく、画面の下の方には、「詳細を知りたければ、以下のサイトを確認しろ」といったテロップと、URLが常に表示されていた。

「これは何だ?」

「可唯のこともあって、ニュースを監視していたら、少し前に、これが始まったんだ。俺達も色々と調べてる最中だが、恐らくこれが可唯の言ってた面白いニュースだ」

「どのチャンネルも同じ状態だよ。全部こうなってるってことは、あらかじめ電波塔をハッキングしたうえで、時限爆弾みたいな感じでこうしたニュースが流れるようにしてたんだろうね」

 そう言われて、ドクターはリモコンを操作すると、何度かチャンネルを替えた。そして、和義の言う通り、どのチャンネルも同じ状態になっていることを確認した。

「何でこんなものがこのタイミングで流れるんだ?」

「予約投稿ってあるじゃん? 特定の時間になったら、投稿されるってものだけど、これはメールやメッセージ、それにこうしたハッキングでも、同じようにあらかじめ用意できるんだよ」

「それは理解できる。ただ、何でそれが可唯が亡くなった今のタイミングで動くのかがわからない」

「まあ、これは単純なことだよ。生きている時は、さっき言った予約を延長すればいいんだよ」

「どういうことだ?」

「目覚まし時計と同じだよ。朝8時に鳴るよう設定した目覚まし時計が鳴る前に、鳴る時間をもっと後に変更することは簡単にできるじゃん? そして、それができている限り、目覚まし時計が鳴ることはないけど、それができなくなった時、目覚まし時計は鳴るじゃん?」

「実際にあった話だと、末期癌でいつ亡くなるかわからない奴が、SNSに予約投稿をして、自分が生きている間、投稿日時の更新をし続けていたという話がある。そして、そいつが亡くなった後、投稿日時の更新がなくなった結果、それが自らの死を知らせる投稿になったというものだ」

 和義と鉄也の話は、仕組み的な部分で、多少なりとも理解できた。自分が亡くなる時に何かを残したいというのは、誰でもある話で、遺産や遺言書などもそうだ。

「まあ、可唯がやったことは、俺達でも理解できないほど、大きな影響を与えるものだがな」

「現状、テレビだけじゃなくて、各マスメディアのネットニュースもひどくて、インフィニットカンパニーの問題を指摘する記事が次々と出てる感じだね。何より、画面に表示されたURLを見ると、ホント詳細が色々と書かれてて、それがドンドンとSNSでも拡散されてて……これは止めようがないね」

「ネットニュースの方は、修正とかができねえよう、恐らくアクセスすらできねえ状態になってるんだろうな。今頃、各マスメディアは大慌てだろうな」

 本来、このようなことは、すぐに対応されるはずだ。それができていない時点で、鉄也の言う通りなのだろうと感じた。

「光だよ。特に気にしないといけない情報があって、インフィニットカンパニーの幹部に属していながら、犯罪行為に手を染めている人達の情報も結構出ているんだよ。それで、その中に、堂崎団司の名前があるんだよ」

「本当ですか!? それ、どこで確認できますか!?」

「画面に表示されたURLを辿れば見つかるんだけど、直接それが確認できるURLを送るよ」

 それからすぐに光からメッセージが来て、そこにあったURLを翔は確認した。そこには、光の言う通り、インフィニットカンパニーの幹部と、その幹部がどのような犯罪行為にかかわっているかが載っていた。

 そうした中で、堂崎団司は、人身売買、麻薬の売買、武器の売買など、多くの犯罪に関与していると書かれていた。それだけでなく、TODの運営に深くかかわっているとも書かれていた。

「これは……」

「恐らく、堂崎団司はTODの主催に近い存在だと思うよ」

「TODの目的……というか、堂崎団司の目的は、人を殺せる人を作り出すこととありますね」

「そうだね。それを踏まえたうえで、ラン君の話が聞きたいというか……」

 光からそう言われて、翔は息をついた。

「詳しいことは話せませんが、自分はある事情で、堂崎家に引き取られた……というより、売られたんです。自分が堂崎家で暮らすようになってから、一年も経っていないので、堂崎団司が何をしていたか、ほとんどわかっていません」

 そもそもの話として、普段翔がやり取りをしていたのは、飯島いいじま伊織いおりで、団司とは半年近く会ってすらいない。そのため、団司が何をしていたか、翔は全然わからなかった。とはいえ、団司に対して、多少なりとも不信感を持っていたのも事実だ。

「ただ、色々と調べてみて、何かしらかの形で、堂崎団司がTODにかかわっているんじゃないかという考えは持っていました。まさか、主催に近い存在とまでは思わなかったですが……」

 そのうえで、TODのターゲットだった自分を団司が引き取ったという事実を翔は改めて考えた。

「この、人を殺せる人を作り出すって団司の目的、自分もその対象なのかもしれません。そうなると、美優が今回のターゲットに選ばれたのは、やはり俺のせいということに……」

「ならないから!」

 美優は、怒った様子で翔の言葉を否定した。

「絶対に違うから! だから、そんな考え持たないでよ!」

「……ああ、悪かった」

 翔はそう言いつつも、やはり美優が今回のターゲットに選ばれたのは、自分のせいじゃないかといった考えが消えなかった。

 団司がTODの運営にかかわっているとしたら、自分がTODのターゲットだった緋山春来だということも、団司は知っているはずだ。そのうえで、団司が自分を引き取ったこと。高校に通うようになったこと。同じクラスの美優がターゲットに選ばれたことで、今またTODにかかわっていること。それらが単なる偶然とは、さすがに思えなかった。

 そして、自分がずっと復讐することだけを考えて、そのためには人を殺すことになってもいいと思っていたこと。これは、団司の目的そのものだ。そうしたことに気付き、自分がずっと団司の掌の上にいたかのような、そんな気持ち悪い感覚を翔は持った。

「絶対に翔のせいじゃないからね!」

 ただ、そうしたことを考えて、何も言えないでいた翔に対して、美優はそんな言葉を伝えた。それを受けて、翔は笑顔を返した。

「ありがとう。確かに、美優の言う通りだ」

 それは、ほとんど嘘に近い言葉で、美優もそのことを察した様子で表情を曇らせた。ただ、これ以上話してもしょうがないとお互いに思ったうえで、この話は終わりにした。

「こちらだけで話してしまってすいません。ただ、こういうことなら、自分は一旦、堂崎家に帰ろうかと思います」

「だったら、私も行く!」

「いや、さすがにそれは……」

「絶対一緒に行く!」

 美優を説得できそうになくて、翔は困ってしまった。

「いや、二人とも待って。堂崎家には、防犯というより、防衛システムがあるみたいで、下手に近付くのは危険だよ」

「どういうことですか?」

「侵入者を自動的に銃殺するような、そんなシステムが導入されているようなんだよ」

「あの家には、そんなものがあったんですか? 何かの基地というわけでもないのに……」

「いや、何かの基地というわけかもしれないよ。まあ、防衛システムのことを知らないということは、解除方法も当然わからないよね? だから、ラン君達は引き続き、その場で待機してほしい」

「……わかりました」

 納得いかない部分があったものの、翔は素直に従った。

「他にも気になる情報があって、幹部の中に剣持恵楽……ケラケラの名前があったり、あと……いや、これはいいかな。とにかく、あまりにも情報が多くてまだ見切れていないし、それぞれで情報を整理した方が良さそうだね。この後、僕達は、絵里さんと連絡して、色々と確認するよ」

「俺は予定通り、ジャンク屋を回るぞ」

「ダークのシステムの解析はほとんど済んだし、俺も圭吾と一緒にジャンク屋を回るつもりだ」

「鉄也も来るのか?」

「ホームレス達の待遇が良くねえと聞いたからな。出かけるまで、少し時間があるだろ? だから、その間、俺は少しだけ休ませてもらう」

 そうした形で、光達は今後何をするか決めていった。

「ラン君や美優ちゃんは、さっき言った通り待機で、これらの情報を整理しておいてほしいかな。それで、気になることがあったら、共有してくれないかな?」

「はい、わかりました」

 他のみんなが何かしらか動いてくれている中、自分達だけ何もないというのは、やはり納得がいかなかった。ただ、無理に動いた結果、美優だけでなく、今はまだ動けない冴木まで危険に晒す可能性がある。そう考えて、翔は了承した。

「それじゃあ、僕達は絵里さんに連絡するから、一旦切るね」

 そうして、通話は切れた。その際、今回の通話に絵里を参加させなかったことについて、翔は少しだけ気になった。

 正直なところ、自分が緋山春来だとバレてしまうリスクがあるため、絵里と通話しなくて良かったと翔は感じた。ただ、そうした事情を他の人は知らないはずで、どこか違和感があった。そして、絵里とかかわっている誰かを隠す意図があったのではないかという推測を持った。

 とはいえ、それが誰なのか見当も付かず、翔は考えるのをやめた。

「とりあえず、冴木さんにつきながら、俺達は待機みたいだ」

「うん、そうみたいだね」

「だったら、まずは朝食にしようか。いつも一人で寂しいと思っていたし、何か作るから、二人も付き合ってよ」

「はい、わかりました。いただきます」

 そうして、ドクターが朝食の準備をしている間、翔は改めて公開された情報に目をやった。

 幹部の一覧には、堂崎団司だけでなく、光の言った通り、剣持恵楽の名前もあった。そして、順に確認していったところで、翔はもう一つ気になる名前を見つけた。

 それは、翔が緋山春来として過ごしていた時の同級生、成瀬学の父、成瀬なるせつとむだった。

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