後半 40
隆達は、絵里の案内で、居酒屋に入っていた。
「高校生を居酒屋に誘うのは、やっぱりどうかと思うんだけど……」
「まだ言っているの? お酒を飲ませなければ、何の問題もないはずよ。それにここ、料理も美味しいんだから」
絵里がそんな風に言っていたものの、浜中は納得していない様子だった。また、隆達も居酒屋に入るのが当然初めてのため、妙な緊張感があった。
「何より、ここで話したことは外部に漏れないってメリットがあるのよ」
「やっぱり、ここもビーさんと何か繋がりがあるのかい?」
「ええ、そうよ」
今、隆達は個室に入っている。それも、他の個室とは離れた場所にあり、いわゆるVIPルームとのことだった。
「この部屋は、知り合いの店長しか対応しないの。その店長も口が堅くて、信頼できる人よ。まあ、ここにいる店員全員、信頼できるんだけれどね」
そう言いながら、絵里はタブレットを操作し始めた。
「みんな、好きな物を頼んでいいわよ。浜中さんのおごりだから」
「いや、私が出すつもりではあったけど、それを絵里さんが言うのはおかしくないかい?」
「せっかくだから、高い物でも頼もうかしら。あ、このワインなんて良さそうね。ボトルで頼もうかしら」
「いや、この後みんなを送るんだし、飲むのは控えてくれないかい?」
「冗談よ。ここ、ご飯ものも色々あるし、それぞれで頼みましょ。あと、唐揚げなどもあるから、それも頼んでおくわ」
それから、絵里が適当におかずなどを頼んだ後、タブレットを回す形で、隆達はそれぞれ注文した。
そうして多少落ち着いたところで、隆から切り出すことにした。
「その……今後は、とりあえずドクターさんの結果待ちですかね?」
「そうね。私と浜中さんは、ビーさんのコネを使って色々と調べるつもりだけれど、隆君達は待機してもらうことになりそうね。でも、安心して。何かわかれば、すぐに教えるわ」
「結局、さっきの美優のこともそうですけど、俺達にできることなんて、全然ねえんだなってわかりました」
ターゲットに選ばれた美優を前にして、隆は何もできなかっただけでなく、命の危険があると聞いて、逃げたようなものだ。振り返った時、そんな風に感じて、複雑な思いだった。
「そんなことないわ。こうして学君達と会って、何かしらか手掛かりを見つけられたのも、純君について色々と知ることができたのも、隆君達のおかげよ」
「でも……」
「私は、人と人の繋がりを大事にしているわ。ありきたりな言葉だけれど、一人でできることなんて、そんなに多くないわ。でも、多くの人が小さな何かをすることで、それが大きなことに繋がるものよ。だから、隆君がしたこと、それ自体は小さなものかもしれないけれど、きっと意味があるはずよ」
「そうだといいんですけど……」
絵里の言葉を受けて、隆は多少考えを変えようかと思ったものの、まだ気持ちは晴れなかった。
「絵里さんの言う通りです。僕は、父からもらった薬について、ずっと何なのか気になっていました。それを調べるきっかけをもらえて、感謝しています」
「私も、マスメディアの問題について話してくれた人の手掛かりを得られて、感謝しているわ。まあ、その人はもういないようだけど、何かしらかの形で見送りたいわ」
「私は、トモトモに会えて、すごく嬉しい!」
「奈々だけ、全然関係ないじゃない」
そんな結莉の言葉に、奈々が困った表情を見せて、みんなは笑った。
「何より、春来君や春翔ちゃんが亡くなったことについて、少しずつでも、色々なことを知ることができているじゃないですか。絵里さんの言う通り、きっと全部に意味があると思いますよ」
朋枝は、落ち着いた口調でそう言った。それを聞いて、隆は少しだけもやもやが消えた。
「そうだな……」
その時、注文した料理が運ばれてきた。
「お待たせしました。絵里ちゃん、ビーさんのこととか、色々と大変みたいだけど、今後も協力するからね」
「はい、ありがとうございます。これからも、よろしくお願いします」
絵里は立ち上がると、店長らしき人に向けて、礼儀正しく頭を下げた。
「それでは、皆様、ごゆっくり」
それだけ言って、店長らしき人は出て行った。それから、絵里は顔を上げると、また椅子に座った。
「それじゃあ、食べましょう」
そして、絵里がそう言ったのをきっかけに、それぞれ自分が頼んだ料理を食べ始めた。
「美味しい!」
「そうね。美味しいわ」
「結莉ちゃんのも少し頂戴。というか、みんなの少し頂戴」
「しょうがないわね。まあ、みんなでシェアするのもいいかもしれないわね」
それから、取り皿を使って、みんなが頼んだ料理ももらいつつ、隆達は料理を食べていった。
絵里が言っていた通り、どの料理も美味しくて、隆達はあっという間に食べ終わった。
「みんな、おかわりはいいかしら? 浜中さんのおごりだから、いくらでも頼んでいいわよ」
「だから、何でそれを絵里さんが言うんだい?」
「いや、もうお腹一杯なので、大丈夫ですよ」
そうして食事を終えて、隆達は食後の落ち着いた時間を送っていた。そうした中で、朋枝が気を使うような表情で話し始めた
「あの、すいません。今まで聞き辛くて、避けていたんですけど……聞いてもいいですか?」
「ええ、何でも聞いてくれていいから、そんな気を使わなくて大丈夫よ?」
「ありがとうございます。それじゃあ……これまでの報道だと、春来君と春翔ちゃんは、廃墟で発生したガス爆発に巻き込まれたことになっていますよね? その現場で、日下さんという刑事の遺体も見つかったという報道もありました。この報道って、結局何だったんですか? 事実は、全然違いますよね?」
一年前、春来と春翔に何があったのか、新たな事実がわかったことで、それだけをずっと考えていた。ただ、朋枝の言う通り、これまでの報道と、実際に起こったことが違うというのも、確かに気になることだった。
「TODに関する情報が、様々な形で操作されて、事実が報道されていないということはわかります。ただ、日下さんという刑事は、恐らく亡くなっていますよね? 浜中さんは、刑事をやられていますし、何か知っているんじゃないですか?」
「えっと、それは……」
朋枝の質問を受けて、浜中は明らかに動揺していた。それを見て、朋枝は慌てた様子で、両手を振った。
「あ、すいません! 答え辛いなら、大丈夫ですよ!」
「いや、その……」
「私から話すわ」
浜中に代わり、絵里はそう言うと、話し始めた。
「朋枝ちゃんの言う通り、日下洋という刑事も亡くなっているわ。実は、この人、少しだけ隆君とかかわりがあって、日下泉という、小学生の時の先輩は覚えているかしら?」
不意にそんなことを聞かれて、隆は驚いた。
「はい、泉先輩のことは、覚えてます。あ、日下って……」
「日下洋は、日下泉の父親よ。まあ、日下泉に関しては、渡部という姓に変わっているんだけれどね」
「わからないんですけど、警察が動いて、春来君や春翔ちゃんを助けようとしたということですか? いえ、でも、警察にも色々な問題があると言っていましたよね? だから、浜中さんは単独行動を取っているわけですし……どういうことですか?」
朋枝がそんなことを言うと、浜中だけでなく、絵里も困ったような表情を見せた。
「ごめんなさい。その辺りは、私達も確信を持っていないのよ。だから、確信を持った時、全部話すわ」
「私からもいいですか? さっき、不確定なことは言わないなんて話をしていましたね? それに、その先を言うことができるのは、一人しかいないとも言いましたけど……そういうことなんですか?」
不意に結莉がそんな質問をして、絵里と浜中は固まってしまった。そんな絵里達の様子を見て、結莉は息をついた。
「確かに、私が言うことでもないですね」
「結莉ちゃん、何の話?」
「何でもないわ。この話は、ここで終わりよ。朋枝も、それで納得してくれないかしら?」
結莉は、明らかに何か気付いた様子だった。ただ、そう言われて、朋枝は頷いた。
「わかりました。今は聞きません。絵里さんと浜中さんも、すいませんでした」
「ううん、むしろ、話せなくて、こちらこそごめんなさいね」
そうして、少しだけ気まずい空気が流れた。すると、絵里がわざとらしく、今の時間を確認した。
「遅くなっちゃったし、そろそろ行こうかしらね。浜中さん、会計をお願いするわ」
「ああ、うん」
そのような形で、話を切り上げると、隆達は店を後にした。
そして、またキャンピングカーに乗ると、近い人から順番に送ってもらうことになった。
そうして移動している中、結莉が話し出した。
「色々な情報が増えて、わからなくなってしまったけど、春来と春翔が亡くなったのは、恐らく7月14日……明日だと考えていたの。だから、私と奈々と学は、春来と春翔のお墓参りへ行く予定を立てていたのよ。ただ、午後に特別講習があるから、午前中に行く予定なんだけど、予定が合うなら、隆と朋枝も一緒に行かないかしら?」
「ああ、俺はいいけど……」
「ごめんなさい。私は明日、CMの撮影があって、お墓参りに行くのは午後になってしまうと思います」
「だったら、俺も朋枝に合わせて、午後にする」
「別に、私一人で大丈夫ですよ?」
「そんなこと言うなよ。元々、朋枝と一緒に行きてえと思ってたんだ」
そんな話をしていると、奈々が口を開いた。
「それじゃあ、私も一緒に……」
「だから、奈々も特別講習に出るんでしょ?」
「一回ぐらいサボってもいいじゃん!」
「奈々が一番遅れているんだから、怠けたらダメよ?」
「そんなー」
そうした形で、奈々は納得していない様子だったものの、結莉によって奈々と朋枝が一緒に行くことはなくなった。
「そういえば、CMって、何のCMなんだ?」
「オフレコなので、ここだけの話にしてくださいね。パピロスモバイルという、最近新規参入したモバイル会社のCMです」
そう言った瞬間、絵里が表情を変えた。
「そのパピロスモバイルって、インフィニットカンパニーの完全子会社よ?」
「え?」
「表向きは隠されているけれど、間違いないわ」
絵里の言葉を受けて、朋枝は驚いている様子だった。
「その話、私も知っていて、この前、学と話したばかりよ」
「はい、そうですね。僕も結莉さんから聞いて、驚きました」
「元々、インフィニットカンパニーが管理するネットワークや、インフィニットカンパニーが提携するスマホで、様々な問題が起こっているという話は、小学校で生徒会選挙に立候補した時、春来と一緒に調べて知っていたのよ」
結莉はそんな前置きをし後、話を続けた。
「テレビや新聞が宣伝するから、インフィニットカンパニーに関連したサービスを選ぶ人は一定数いるわ。でも、様々な問題があることは、調べれば小学生でもわかる話だし、そうした理由で離れる人も結構いるのよ。だから、そうした人を騙して、気付かないうちにインフィニットカンパニーのサービスをまた選ばせることを目的に作られたのが、パピロスモバイルというわけなのよ」
「結莉ちゃん、すごいわね。そんなことまで知っているのね」
「あ、出しゃばってしまって、すいません。絵里さんの方が詳しいですよね?」
「ううん、結莉ちゃんがどこまでの知識を持っているか知りたいし、そのまま続けてほしいわ。足りない部分があれば、私が補足してあげる」
そんな絵里の後押しもあったため、そのまま結莉が話を続けた。
「パピロスモバイルは、どことも提携しないことで、格安のサービスを提供していると宣伝しているわよね? これが嘘のようなもので、さっき言った通り、インフィニットカンパニーの完全子会社だから、インフィニットカンパニーのネットワークなどを利用するのと変わらないわ」
「……そもそもで、インフィニットカンパニーのネットワークなどを利用すると、どんな問題があるんですか?」
「インフィニットカンパニーのネットワークは、匿名性が高く、様々なことができる。こんなことをメリットのように言っているけれど、それがデメリットでもあるのよ」
「どういうことですか?」
「基本的に、ネットワークを管理している人は、それを誰がどう利用しているか、全部理解できるのよ」
「待ってください。それじゃあ、匿名性が高いって、どういう意味ですか?」
「このネットワークを利用して何をしようとも、警察をはじめとした第三者に情報が渡ることはありませんよ。という意味だと言ったら、理解できるかしら?」
その言葉を受けて、朋枝は複雑な表情を見せた。
「実際は、ネットワークを利用するだけで、あらゆる個人情報がインフィニットカンパニーに送られるわ。それだけでなく、様々なことができるということは、様々な危険なこともできてしまうということよ」
「それは、麻薬の売買などですか?」
「ええ、それだけでなく、詐欺、クレジットカードの不正利用といった犯罪の被害者にも加害者にもなる可能性があるのよ」
「待ってください。被害者になるというのは、まだわかりますけど、加害者になるというのは、どういうことですか?」
そんな朋枝の質問を受けて、結莉は軽く息をついた。
「先に、クレジットカードの不正利用について話すわ。自分のクレジットカードを使って商品を買ったはずなのに、他人のクレジットカードが使われてしまった。そんなことがあった時、その人は他人のクレジットカードを不正利用したってことになるのよ」
「でも、本人が気付いていなかったのなら……」
「他人の金を使うって、重罪になりやすいのよ。だから、クレジットカードだけでなく、自分が何にどれだけ金を使ったかって情報は、なるべく把握しておいた方がいいわよ」
そんな結莉の話を聞いて、隆はそんなことを全然していないため、色々と思うところがあった。
「それで、詐欺ってところだと、誤った情報……それこそ、儲け話のようなものに触れた時、それを知り合いに伝えた結果、金銭的な被害が出てしまった。これは、ネットに限らず、現実でも起こることだけど、インフィニットカンパニーのネットワークを利用していると、そうした情報に触れやすいのよ」
「それじゃあ、今回のCMの仕事は、断った方がいいですかね? 私はしたことがないですけど、いわゆるドタキャンをするって、この業界では珍しいことでもないそうなので……」
「朋枝がそうしたいなら、それでもいいと思うけど……CMの撮影って、どこでやるのかしら?」
「ああ、えっと……この公園でやるそうです」
朋枝は、スマホを使って、どこで撮影するかを説明した。それを見て、結莉は笑みを浮かべた。
「撮影現場に、いわゆるお偉いさんも来るわよね? 撮影が始まった後にドタキャンする人もいるそうだし、とりあえず撮影現場には行って、そのお偉いさんから、何か情報を引き出すというのはどうかしら?」
「……そうですね。是非やりたいです」
「いや、危険じゃねえか?」
「ええ、隆の言う通り、リスクはあるわ。だから、絵里さんと浜中さんにも協力してもらいたいんですけど、偶然を装って、みんなで撮影現場に行けないですか? それで、何かあった時、朋枝を守れるようにしたいんです」
「あ、待ってください。オフレコと言った通り、本来は皆さんが知らない情報なので、それは無理があると思います」
朋枝は、困った様子でそう言った。それに対して、絵里は笑顔を返した。
「何の不自然もなく、偶然を装うことなんて簡単よ」
「それじゃあ、奈々、学、明日の特別講習は休むわよ」
「やった!」
「奈々、一応危険だってことはわかっているかしら?」
「トモトモに会えるなら、どんな危険も大丈夫!」
「それは、大丈夫じゃないんだけど……まあ、いいわ」
結莉は呆れたというより、諦めた様子で息をついた。
「それじゃあ、みんな、もう少しだけ付き合ってもらっていいかしら?」
それから、絵里は具体的にどうするかといったことを説明していった。そして、その内容に隆達はそれぞれ納得した。
そうして、明日の予定が確定した後、それぞれ順番に送ってもらう形で、隆達は解散した。




