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TOD  作者: ナナシノススム
後半
271/284

後半 37

 美優は、冴木と一緒に部屋の中にいたものの、声が聞こえてきたため、部屋のドアに近付くと、盗み聞きをするような形で会話に集中した。

 そして、ここに来たのが、翔が緋山春来として過ごしていた時の同級生、隆達だとわかり、美優は何か話を聞きたいと強く思った。ただ、誰にも会うなという翔の指示があったため、会っていいのかと迷っていた。

 そうした迷いを持つ中で、美優は冴木の意見を聞くことにした。

「冴木さん、今……」

 ただ、話しかけようとしたものの、冴木は寝てしまったようで、意見を聞くことはできなかった。

 そして、どうしていいかわからないまま迷い続けていると、隆達が帰るという話が聞こえてきて、思わず美優は部屋を飛び出してしまった。

 そうした形で、椅子に座ったものの、美優は間違った選択をしてしまったかもしれないという不安しかなかった。また、そもそもで何から話せばいいかわからず、黙っていた。

「俺は尾辺隆だ。何度かサッカーの試合を考太達としたことがあるんだけど、俺のこと、覚えてねえか?」

「えっと……はい、何となく覚えています」

「何となくかよ」

「あ、ごめんなさい」

「まあ、いいか。よろしくな」

「はい、よろしくお願いします」

 ただ、隆の方から話しかけてきてくれて、美優は自然と話すことができた。

「てか、いつも敬語なのか? 同い年だし、タメ口でいいからな」

「えっと……」

「ああ、朋枝とか学とか、同級生にも敬語の奴はいるし、そうなら敬語でもいいからな」

「いえ、あ……ううん、違うから、タメ口にするね」

「ああ、それでいい」

 そう言うと、隆は笑顔を返した。

 それから、他の人も簡単に自己紹介をしてくれた。

 その後、隆達は千佳と会ったことをきっかけにTODを知ったことから、これまであったことを話してくれた。

「春来のこと、一年もわからない状態が続いてたのに、今日だけで色々とわかって……いや、色々あり過ぎてわかってねえ感じだ」

「確かに、情報を整理するのが大変ですね。でも、私は隆君と違い、色々と理解できていると思います」

「いや、そんなこと言う必要ねえだろ!」

「ちゃんと理解できている人がいると知らせた方が、色々と話しやすいじゃないですか」

 そんな隆と朋枝のやり取りを見て、美優は軽く笑った。

「少しだけ、私からいいかい? 何で、美優ちゃんはここにいるんだい?」

「冴木さんの調子が悪くて、ドクターさんに見てもらっているんです」

「それじゃあ、ここに翔君もいるのかい?」

「いえ、翔は今いないんです。ちょっと色々ありまして……」

 浜中がそんな質問をしてきた意図がわからないまま、美優は簡単にそう答えた。

「それに、冴木さんもさっき寝てしまって……」

「寝た?」

 美優の言葉に対して、ドクターはどこか驚いたような反応を見せた。

「ドクターさん?」

「ごめん、私は念のため、冴木さんの様子を見てくるよ。引き続き、ここを使っていいからね」

 そう言うと、ドクターは冴木のいる部屋に入っていった。そのことが気になりつつ、美優は隆達との話を続けることにした。

「隆君達に聞きたいことがあって、その……緋山春来君のことを聞きたいの」

 それは、他の人から見た翔の過去を知りたいという思いから出た言葉だった。ただ、言ってから、何か不審に思われるかもしれないと気付いて、美優は慌てた。

「あ、私もTODのターゲットに選ばれて、だから、過去のTODでターゲットに選ばれた人のことを知りたいと思ったの。春来君の話は、冴木さんからも少し聞いていて、だから気になっていたの」

「その冴木って人、多分、俺と朋枝が会った人だよな? その人とも話したかったけど、寝てるならしょうがねえか。それで、春来のことを聞きたいって、具体的に何を聞きたいんだ?」

「サッカーでの活躍とかは、考太からも聞いたし……普段、周りから見て、春来君はどんな人だったのか、知りたいの」

 そう言うと、隆は少しだけ困った様子を見せた後、口を開いた。

「とりあえず、サッカーだけじゃなくて、何でも器用にこなしてたよ。頭も良くて、常に成績も上位だったな。でも、そのことを自覚してねえようだった。まあ、これは、春翔の影響がでけえんだけどな」

「ああ、えっと……春翔ちゃん?」

 既に、翔から春翔の話を聞いているものの、美優は知らないふりをした方がいいと思い、そんな返答をした。

「春翔は、春来の幼馴染だ。春翔も器用で、幼い頃、春来は全然春翔に勝てなかったらしい」

「それって、よく言われることだけど、男女の成長の差よね。私も、最近まで男子は子供だって感じることが多かったわ。美優はどうだったかしら?」

「私は、昔からネガティブで、人付き合いもあまり得意じゃないし……多分、春来君と似た性格だったんだと思う。だから、そうは感じなかったかな」

 それは、事前に翔から昔の話を聞いていたからこそ出てきた感想だった。翔は、春来として過ごしていた時、自分に自信を持てない、ネガティブな性格だったと言っていた。その時、どこか自分と似ているかもしれないと美優は感じていた。

「それに、私は幼い頃から剣道をやっていて、いつも祖父の道場で年上の人を相手にしていたし、いつか体格や筋力の差で女子は不利になると言われていたから、なおさら男女の成長の差とか感じなかったかな」

「そうやって、常に前を見て、成長しようと努力する人は、強くなるわよね。春来もそうで、ずっと春翔の背中を追いかけ続けていたから、様々なことができるようになったんでしょうね。まあ、春来の場合は、とっくの昔に春翔を追い抜いていたのに、それに気付かないで、前へ進み続けたんだけどね」

 翔は、教えられればすぐに覚え、しかも人並以上にできるようになってしまう。それは、いつも近くにいた春翔の影響だということ。そして、今も翔の中にずっとその影響が残っていること。そうしたことを改めて知って、美優は複雑な思いだった。

「美優、どうかしたか?」

「あ、ごめん。その……春来君は、その春翔ちゃんといつも一緒にいたのかな?」

「まあ、だいたいはそうだったな。さすがに、クラスが別になるといつも一緒って感じじゃなかったけど、それでも、休み時間とかは一緒のことが多かったな」

「でも、生徒会選挙の時は、春来君が結莉ちゃんの応援、私が春翔ちゃんの応援をしたんだよね」

「そういえば、そうだったな。あの時も、色々と大変だったよな」

「主に結莉ちゃんのせいでね」

「一応、反省しているんだから、蒸し返さないでほしいわ」

 それから、隆、奈々、結莉の三人で、生徒会選挙の話を始めた。それは、既に春来から聞いた話だったものの、他の人がどう思っていたかなど、知らないことも多く、興味深いものだった。

「春来、人付き合いが苦手とか言いながら、結莉のこととかもかなり調べてたよな? あれ、結構色んな人に話を聞いたってことだろ?」

「春来の言う苦手は、いつも『春翔と比べて』って言葉が前についていただけよ。実際、人付き合いに関しては、春翔に勝てる人、いなかったと思うわ」

「確かに、私も友達多いけど、春翔ちゃんには敵わなかったよ」

「でも、春来もみんなと仲良かったよな? 春来は自覚してねえようだったけど……てか、春来、人の名前と顔を全然覚えなかったんだよ。俺、小一から一緒なのに、小五まで名前を覚えられなかったからな」

「それは、隆だからじゃないかしら?」

「どういう意味だよ!?」

「結莉ちゃん、私も名前を覚えてもらえなかった一人だから、やめて」

「ああ、ごめん、そういうつもりで言ったんじゃないのよ」

 そんなやり取りを見ているのも楽しくて、美優は笑った。

「そういえば、春来君、私の名前はすぐに覚えてくれましたね」

「朋枝、急にマウントを取るんじゃねえよ」

「ああ、でも、推しに言われたら、何も言えないよ」

「言えよ!」

「まあ、私の名前をすぐに覚えてもらえたのは、私に関する情報がそれしかなかったからですけどね」

 朋枝は、どこか寂し気な様子で、そう言った。

「私の話をしてもいいですか?」

「うん、聞きたい」

「私にとって、春来君はヒーローです。私、幼い頃に母親などから虐待を受けていたんです。それで、入学式の前に怪我を負って、母親などは虐待があることを知られたくないと、私を家に閉じ込めたんです。だから、入学式から、しばらく学校へ行くことができなかったんです」

 朋枝は、特に何の抵抗もなく、それこそ世間話をしているかのように、そんな話をした。朋枝が虐待を受けていたことなどは、事前に春来から聞いて知っていたものの、美優は少しだけ動揺してしまった。

「それで、怪我が治って、初めて学校へ行った日……私は今更クラスメイトと何をすればいいかわからなくて、教室の入り口で固まってしまったんです。そんな私に声をかけてくれたのが、春来君でした。あの時、春来君が話しかけてきてくれなかったら、私はそのまま帰っていたかもしれません」

「そうだったんだね」

「それに、私を虐待から救ってくれたのも、春来君でした。まあ、春来君だけでなく、春翔ちゃんや隆君など、多くの人が私を救ってくれたんですけど……」

「いや、春来がいなかったら、朋枝を救うことはできなかった。俺なんて、ただ春来に協力しただけだ」

「そんなことないです。隆君にも、感謝しています。でも、確かに、春来君がいなかったら、今の私はなかったと思います」

 そんな朋枝の言葉に反応するように学が口を開いた。

「僕にとっての春来さんも、ヒーローでした。春来さんがいなかったら、今の僕もなかったと思います」

「それは、俺も同じだな。学とこうして会うことすら、できなかったかもしれねえもんな」

「僕は、過保護の母と向き合うことができなくて、そのせいで、隆さんが僕をいじめていると母が騒いでしまったんです。それで、大きな騒動になってしまって……春来さんだけでなく、絵里さんも色々と動いてくれて、本当に助かりました。あの時は、ありがとうございました」

「別に、私は記者の仕事をしただけよ」

 絵里は、当然のことをしただけだといった様子で、そう言った。

 その時、隆がため息をついた。

「みんな、春来と春翔には恩があるよな。てか、俺は絶対にその恩を返してえって思ってたのに……何勝手に死んでんだよ?」

 隆は、悔しそうにそう言った。そして、そんな隆の言葉に、他の人も複雑な表情を見せた。

「隆君の言う通りです。私、春来君と春翔ちゃんに、何も返せていません」

「僕もそうです。TODとインフィニットカンパニーがかかわっているんだとしたら、僕が何かすることで、変わったことがあったかもしれません。だから、悔しいです」

「私もそうよ。生徒会選挙の時には、本当に助けてもらったし、いつか何かしらかの形で恩を返したかったわ」

「春来君は、私にとって、初恋の相手だし……あと、春来君に初めて告白したのは私だからね。そんな春来君がいないのは……やっぱり悲しいね」

 奈々だけ、少しずれたことを言っているように美優は感じた。そして、それは他の人も同じようで、特に朋枝が反応した。

「私の初恋も春来君です。それに、奈々ちゃんよりも私の方が先に春来君を好きになりました」

「推しが相手でも、これだけは譲れないよ! 春来君にとって、私は初めて告白してきた人なんだからね!」

「いや、何の対抗だよ? そんなのどうでもいいだろ?」

「どうでも良くないです!」

「どうでも良くない!」

 朋枝と奈々から詰め寄られて、隆は困っていた。

「それじゃあ、春来を好きになったのも遅ければ、告白すらできなかった私は、圏外って感じね」

「え!? 結莉ちゃんも、春来君のこと、好きだったの!?」

「私のことをあれだけ理解してくれる人を好きにならない理由なんてないでしょ?」

「いや、変な争いを始めるなよ! てか、変な意味じゃなく、俺だって春来のこと、好きだったからな」

「僕もそうです。春来さんのおかげで、サッカーも上達して、友人も増えて、好きでしたよ」

 そんな言い争いのようなことをした後、隆達はお互いの顔を見て、笑った。

「てか、みんな春来のこと、好き過ぎだろ。まあ、一番春来のことを好きだったのは……春翔だけどな」

 隆がそう言うと、他の人は納得した様子で頷いた。

 その光景を見て、美優は春来がどれだけ周りから愛されていたかを知った。それだけでなく、改めて春翔の存在の大きさを知った。

 そのうえで、美優は自然と口が開いた。

「私も好き」

 それは、自分の意志とは関係なく、自然と出てきた言葉だった。ただ、言った瞬間、言うべきじゃなかったと気付き、美優は慌てた。

「ああ、違うの! 私も好きな人がいて……だから、みんなの気持ち、何となくわかる気がする!」

 美優がそう言うと、すぐに浜中が反応するように口を開いた。

「一つだけ聞いてもいいかい? もしかして……」

「浜中さん、不確定なことは言わないと約束したはずよ? それに、その先を言うことができるのは、一人しかいないわ」

「……うん、ごめん」

 そんな浜中と絵里の様子から、翔が春来だということに気付いているのかもしれないと、美優は感じた。ただ、自分からそれを聞くわけにもいかず、何も言えなくなってしまった。

 そうしていると、絵里がスマホを取り出した。

「さすがに、もう遅いし、終わりにしてもいいかしら?」

「ああ、もっと話したいんですけど……美優、いつかまた話そう。考太の話とかもしたいんだ」

「うん、私からもお願い」

「てか、もう遅いし、これから夕飯でも食べに行こうよ」

「おお、いいな! 美優も来いよ」

 そう言われたものの、美優は苦笑した。

「ごめん、私はターゲットだし……いつどこで誰に命を狙われるかわからないの。だから、みんなを巻き込みたくないし、ここに残るよ」

「あ……悪い」

「大丈夫。実感わかないよね」

 美優自身、隆達と話をしている間、自分に命の危険があることを忘れていた。それだけ、この時間は、美優にとって大切なものだった。

「じゃあ、約束だ。今度、またみんなで会おう。だから、絶対に死ぬな」

「隆君、そんなはっきりと言うのは……」

「ううん、大丈夫。約束するよ。私は絶対に死なない。だから……今度、またみんなで会って、話をしようね」

 美優は、はっきりとした口調で、そう言い切った。それに対して、隆達は笑顔を返してくれた。

「ああ、約束だ!」

 そうして、話がまとまったところで、絵里が軽く息をついた。

「というか、ドクターはどうしたのかしら?」

「確かに、戻ってきませんね。ちょっと、呼んできます」

 美優は、立ち上がると、冴木とドクターがいる部屋に入った。

 そこには、寝たままの冴木と、何か処置をしているドクターの姿があった。

「……どうしたんですか?」

「大丈夫だよ。ただ、今はちょっと手が離せないから……」

「ドクター、私達はそろそろ帰るわ。美優ちゃん、ドクターに任せておけば安心よ。だから、そんな顔しちゃダメよ?」

 絵里は、何か察した様子で、こうして近くまで来ると、そんな言葉をかけてくれた。

「ドクターの邪魔をしたら悪いし、出るわよ」

「ああ、美優ちゃん、絵里ちゃん達が帰ったら、入り口の鍵を閉めてくれないかな? その後は、さっき使っていた部屋で休んでいてよ」

「……はい、わかりました」

 美優は、ドクターと絵里の言うことを聞き、部屋を出た。

「どうしたんだい?」

「少し、冴木さんの調子が悪いみたいだけれど、ドクターに任せておけば大丈夫よ」

「でも、今は翔君もいないんだよね? ここが襲撃される可能性もあるし……」

 心配した様子の浜中を前にして、美優は息を吸った。

「大丈夫です。冴木さんのことは心配ですけど、私が私自身と冴木さんを守ります。だから、皆さんは帰ってください」

 そんな美優の強い言葉に、浜中だけでなく、隆達も驚いた様子を見せた。

 一方、絵里だけは、穏やかな表情だった。

「美優ちゃん、冴木さんのことは、ドクターに任せておけば、本当に大丈夫よ。だから、安心していいわ」

 そこまで言われて、美優は絵里がそう言うなら、そうなのだろうと思えて、少し安心した。

「はい、ありがとうございます」

「それじゃあ、私達は行くわ」

「美優、さっきの約束、絶対だからな」

「私も、もっと美優ちゃんと話したいです」

 隆や朋枝からそんな言葉をかけられて、美優は笑顔を返した。

「うん、約束するよ!」

 そんな美優の言葉に、隆達はどこか安心したような表情を見せた。

 それから、美優は隆達を見送った後、ドクターに言われた通り、入口の鍵をかけた。ただ、その後は、ドクターに言われたことを聞くことなく、待合室の椅子に座った。

「翔……ううん、春来……今もあなたの居場所は残っているよ。私と一緒にいるより……うん、きっとその方がいいよね」

 そして、美優はそうつぶやくと、自然と溢れてくる涙を何度も拭った。

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