後半 36
隆達は、絵里がドクターと呼ぶ人物に会うため、キャンピングカーで移動していた。
その間、結莉は絵里に質問を繰り返していた。それは、マスメディアの問題についての質問だった。
「やっぱり、あの報道も捏造だったんですね。思った通りでした」
「結莉ちゃん、よく気付いたわね」
「ある界隈の人を批判するため、マナーの悪い人を役者なんかに演じさせるとか、よくあることじゃないですか。というか、モザイクがかかっていても、知り合いならわかるし、あんなマナーの悪さをテレビとかで放送されることは、普通リスクでしかないです。それなのに、ああしてマナーの悪い人といった報道があること自体、違和感しかないです。そもそも、勝手に自分が映った映像を使われたって感じで炎上しそうなのに、それがないのも違和感ですね」
「これについては、SNSなどを見ると、取材を受けた人が自分の伝えたかったことと全然違った内容で報道されたなんて話が時々あるけれど、すぐに消えてしまうのよね」
「わかります。『だったら、その証拠を出せ』という人がドンドン出てきて、そうして責められた人がアカウントを削除するって結果になることが多いですね」
「そうした批判をする人も、マスメディアから雇われた人がほとんどなのよ。そうやって世論を操作しているのが、マスメディアというものよ。これは、私も含めてね」
結莉と絵里の間で話が盛り上がっているものの、隆はほとんど理解できなかった。それは、奈々も同じのようで、適当なタイミングで相づちを打つだけだった。
一方、朋枝と学は、結莉と絵里が話していることを理解しているのか、真剣な様子で話を聞いていた。
「結莉ちゃんは、何でそんなにマスメディアの問題について詳しいのかしら?」
「昔、親戚の集まりがあった時、こうした話をしてくれた人がいたんです。ただ、他の親戚からは嫌われていたみたいで、私もこっそり話を聞くといった感じでした」
そう言った後、結莉は軽く息をついた。
「この話を春来とした時、その人は春来にマスメディアの問題を教えた人じゃないかといった話になったんです。絵里さんの知り合いで、心当たりのある人はいませんか? 中年の男性といった感じだったんですけど……」
そんな質問を結莉がすると、絵里は複雑な表情を見せた。
「……もしかしたら、私達がビーさんと呼んでいる人かもしれないわね。ただ、ビーさんはもういなくて……殺されてしまったの」
絵里は、言葉に詰まりつつ、そう伝えた。それを受けて、結莉はため息をついた。
「春来や隆の取材をしていた、阪東さんが、そのビーさんですよね?」
「その質問をされるの、二回目ね」
「え?」
「朋枝ちゃんからも、同じ質問をされたのよ」
「そうなんですね。そのビーさんの話、もっと聞かせてください。私は東阪という苗字です。字はこれなんですけど、この二つの漢字を入れ替えて、阪東と名乗っていたじゃないですか?」
結莉は、スマホを使って、文字を示した。それを見て、隆の方が先に反応した。
「確かに、その漢字で、阪東って名乗ってた」
「だから、その人が、私に色々教えてくれた人だと思っていたんです。それで……もしかしたら、今日会えるかもしれないなんて思っていました」
結莉はそう言いつつ、もう会えないとわかっているため、複雑な表情だった。
「ビーさんは、身寄りのない遺体という扱いになると思うから、私の方で、何かしらか葬儀などをする予定だよ。良かったら、結莉ちゃんも出てくれないかい?」
「はい、是非出たいです。お願いします」
浜中の提案に、結莉は即答した。
「あの……殺されたと言いましたけど、オフェンスに殺されたということですか?」
「それが違くて……」
絵里は、どう答えるのがいいか迷っている様子だった。それを見て、隆は口を開いた。
「神保純って覚えてるか? 学は俺と一緒でクラブチームが同じだったし、覚えてると思うけど……」
「はい、覚えています。純さん、すごくサッカーが上手でしたよね」
「私も覚えてるよ。隆君とか春来君と一緒にサッカーをしてるところ、結構見たし、何かよくゴールを決めてたよね?」
「私も覚えているわ。というか、最近は野球を始めたんじゃないかしら? 色々と調べていた時、ピッチャーとして活躍しているみたいな話を見かけた気がするわ」
「ああ、そうだ。やっぱり、みんな覚えてるんだな」
当時、注目されていたのは春来と春翔といった形だったが、そんな春来達と一緒にいるということで、隆も注目されているように感じることが時々あった。
一方、純は春来や春翔と同じように、注目されることが多くあった。というのも、春来同様、何でもある程度はできてしまう人だったからだ。
学、奈々、結莉の三人も、純のことを覚えているというのは、そうした純のすごさを表しているように隆は感じた。
「でも、何でここで純の話が出てくるのよ?」
「ビーさんを殺したのは、その純なんだ」
「え?」
「俺も絵里さんから話を聞いた時、驚いた」
それから、隆は純の話をした。
「何か、特別になることに拘ってるというか、今も春来に固執してるみてえだ」
「それ、私が春来に注意したことね。小学校を卒業する時、私は春来に自分が特別だと自覚するように言ったの。春来は、誰かの特別を普通にしていて、私もそれで色々と思うところがあったし、春来だけでなく、春来とかかわる人のためにも変えたいと思ったのよ」
「だからか。春来、中学に入ってからは、ちょっと変わったというか、自分を特別と思うように少しはなってた気がする」
「それは、試合を見に行った時や、旅行した時に感じたわ。でも、純が春来といたのは、その前だし、悪い形で春来の影響を受けてしまったってことね」
結莉は、純が殺し合いをしていることについて、そうなってしまった理由を何となく理解している様子だった。
「純と会ったら、そんなバカなことするなって言ってやりてえんだけど……まあ、具体的に何を言えばいいかわからねえけどな」
「特に何も考えることなく、思ったことを伝えればいいのよ。長く春来と一緒にいた隆が、そうした春来の変化を伝えて、春来に固執する必要なんてないと伝えればいいと思うわ」
「わかった。会えるかどうかわからねえけど、純に会えたら、そうする」
正直なところ、純に会ったところで何を話せばいいか、わからないでいた。ただ、結莉の話を聞いて、何となく何を話したいか、隆はわかってきた。
そうした話をしていると、隆達は目的地に到着した。ただ、車を止めるスペースが狭いだけでなく、既に他の車が止まっていたため、近くの駐車場に止めた後、少しだけ歩くことになった。
そうして到着したのは、診療所だった。そして、隆達は、絵里を先頭に、その診療所に入った。
「ドクター、来たわよ」
「ああ、いらっしゃい……って、こんな大勢で来るなんて思わなかったよ」
出てきたのは、白衣を着た男性だった。
「本当は、少人数のつもりだったんだけれど、一緒に来たいと言われたのよ」
「そうか。初めまして。私はドクターだよ」
来る前から気にしていたものの、実際に会ってもドクターと名乗っていて、隆は多少の戸惑いがあった。
そして、隆達はそれぞれ自己紹介をした後、待合室のような所にあった椅子に座り、早速本題に入ることにした。
「何か、薬の分析をしてほしいと聞いたけど、それって本来、医者の仕事じゃないからね」
「だから、医者じゃないあなたにお願いするんじゃない」
「それを言われたら、何も言い返せないよ。それで、分析してほしい薬っていうのはどれかな?」
「ああ、学君、いいかしら?」
「はい。色々な種類があるんですけど、これです」
そうして、学が出した薬を見て、ドクターは表情を変えた。
「なるほど。分析には時間がかかるけど、見ただけでいくつかわかる物もあるよ」
「これが何なのか、教えてください。最初に渡された時に飲んで、何だか頭の回転が速くなって、それで勉強に集中できたんですけど、落ち着いたら、怖いと感じたんです。それから、もう飲んでいないんですけど、これが何なのか、ずっと気になっているんです」
「一回で飲むのをやめて正解だよ。現状わかる物だけ、とりあえず説明するけど、いわゆる覚醒剤と呼ばれる物があるね」
覚醒剤と言われて、隆はニュースなどで聞いたことがあると感じた。ただ、それだけで、具体的にどういうものかと考えた時、ほとんど何も知らないだけでなく、自分とは関係ないものだと思っていたことに気付いた。
しかし、それが今目の前にある。しかも、それは学が持ってきたものだ。その事実を、隆は上手く整理できなかった。
「覚醒剤というのは、脳神経系に作用して心身の働きを一時的に活性化させるものだよ。だから、これを使うことで集中できたというのは、正しい感想だよ」
「でも、良くない物ですよね? 依存性があるとも聞きますし、身体に悪い物なんですよね?」
「その認識は正しいよ。ただ、足りないかな」
ドクターは、少しだけ間を空けた後、話を続けた。
「実を言うと、覚醒剤とか、麻薬と言われているもの、世間で言われているほど悪い物じゃないんだよ」
「え?」
「実際、麻酔や痛み止めといった形で、麻薬が使われているしね。あと、依存性というところだと、酒やタバコの方が依存しやすいし、何より一般的に使われている薬だって依存性が強いというか、むしろこっちの方が思い込みで使われているから、たちが悪いんだよ」
「どういうことですか?」
「みんなが当たり前のように使っている薬は、病気を治すという目的に対して、効果がないどころか、逆効果のものばかりなんだよ」
そんなことあるのかと驚いてしまい、隆達は言葉を失ってしまった。そんな中、結莉だけは落ち着いた様子で、口を開いた。
「薬というのは、症状を抑える効果があるもので、病気を治す効果があるわけじゃないという話は知っています」
「結莉ちゃん、どういうこと? 症状を抑えるなら、治りが早くなると思うんだけど?」
「逆よ。そもそも、病気になって症状が出るのは、身体が病気を治そうと反応しているからなの。例えば、風邪を引いた時に体温が上がるのは、病気の原因になっている細菌などの繁殖を抑えるためよ。それなのに、解熱剤などを飲んで体温を無理やり下げたら、細菌などの繁殖を促す結果になって、治るのが遅くなったり、時には障害が残るほど重症化したりするのよ」
「いや、私、風邪を引いたら、いつも薬を飲んでるんだけど、良くないってこと?」
「飲まない方が早く治るケースがほとんどよ」
そうした結莉の話を聞いて、ドクターは感心したように頷いた。
「結莉ちゃんと言ったね? 色々と知っていて驚いたよ。結莉ちゃんの言う通り、病気になったり、体調を崩したりした時に出る症状は、基本的に身体を治すためのものだから、それを薬で止めるのは良くないよ」
「てか、何で結莉ちゃんはそんなことまで知ってるの?」
「これもマスメディアの問題だからよ。テレビや新聞に多くの広告費を出している大手スポンサーは、マスメディアに批判されないだけでなく、過剰広告といえるほど、とにかく何でも良いものだと宣伝されるの。だから、大手スポンサーの一つである製薬会社について調べてみたら、こうした薬の問題に気付いたのよ」
「結莉ちゃんの言う通り、テレビや新聞で、さっき話したような薬の問題が指摘されることはないからね。実を言うと、ちゃんと説明書を読むと、病気を治す効果があるなんて書いてある薬はほとんどないし、書いてあっても極々限られた状況の場合なんだよね。でも、みんな説明書なんて読まないで、テレビや新聞で宣伝していたからって理由だけで、薬を使っちゃうんだよね。そして、これは医者も同じで、ろくに薬の効果なんかわかっていないのに、マニュアルに従う形で、患者に薬を与えてしまうんだよ」
ドクターは、複雑な表情でそんな話をした。
「さっき言ったけど、薬の分析をするなんて、医者のすることじゃないからね。医者もみんなと同じように、自分で調べることなく、テレビや新聞の宣伝を鵜呑みにして、効果があると思い込んでいるだけなんだよね。というか、人それぞれの体質すら考慮することなく、マニュアルに従って、検査の結果だけで何の病気か診断して、その病気に効果があるとされる薬を与えるだけなんてことをする医者ばかりだよ」
ドクターは、どこか怒りもある様子で、話を続けた。
「私の目的は、病気や怪我を治すことだからね。だから、そんな誤ったマニュアルに従う医者なんかには、絶対にならないよ。まあ、医師免許を持たずに治療するのは、法律違反なんだけどね」
「一応、刑事の私の前で、そんな話をしないでくれないかい?」
浜中の言葉に、ドクターは笑った。
「大分話が脱線してしまったね。覚醒剤や麻薬の話に戻るけど、まず薬ということで、定期的に飲むことは良くないよ。まあ、医者の中には定期的に薬を飲ませようとする人がいて……ああ、また脱線しちゃうね」
ドクターは、まだまだ話したいことがあるようだったものの、ここで切り替えることにしたようだ。
「覚醒剤を飲むと、集中できるという話をしたけど、実は栄養ドリンクやコーヒーなどにも同じような効果があるんだよね。眠い時に飲めば眠気が覚めるし、それで集中力を高めることもできる。そうした効果を期待して使用するというだけなら、私はそこまで悪い物とは思わないんだけどね」
「でも、何か問題があるということですよね?」
「栄養ドリンクやコーヒーでも同じことが言えるんだけど、定期的に飲み続けることで、それなしでは集中できなくなってしまう人がいるんだよ。あと、ストレス発散を目的として、飲み続けてしまう人もいるからね」
そこで、朋枝は何か思うところがある様子で、口を開いた。
「よく、覚醒剤を使用した芸能人の話が出ますよね? その原因は、何なんですか?」
「朋枝ちゃんは芸能界で働いているんだったね? 簡単に言うと、芸能界はそれだけストレスの溜まる業界だということだよ。だから、少しでもストレスを解消しようと、酒やタバコに依存してしまう人も多いらしいね」
「確かに、そうかもしれません。でも、ストレスを感じている人なんて、様々な所でいるはずです。そうした中で、覚醒剤を使用した芸能人の話だけ多く出てくるのは、不思議です」
「朋枝ちゃんの認識は正しいわ。というのも、覚醒剤や麻薬って、決して安い物じゃないから、ある程度の収入を持った人にしか売れないじゃない? それに、相手を選ばずに売ったら、その人から警察などに通報されるリスクもあるわ」
絵里が補足するようにそう話して、朋枝は複雑な表情を見せた。
「つまり、芸能界は、覚醒剤や麻薬を売買するのに、適しているということですか?」
「さっきドクターが言った通り、まずストレスを溜めやすい人が多い。そして、みんな一定の収入があって、金銭の余裕がある。それに芸能界って、ある意味閉ざされた業界だし、通報しようとした人がいたら、その人を覚醒剤や麻薬の使用者だといって騒ぎにするだけで簡単に排除できてしまう。そんな環境、覚醒剤や麻薬を売る人からすれば、かなりいい環境じゃないかしら?」
「……はい、そう思います」
朋枝は、芸能界で働く中で、絵里の話すようなことを少なからず感じていたのか、納得した様子だった。
「随分と長話をしてしまったね。最後にまとめるけど、覚醒剤や麻薬に限らず、薬を使う時は、それがどういうものか理解するようにしてね。そして、わからなかった時は、その薬を使わない。それが一番だよ」
「はい、わかりました」
「まあ、そろそろ遅いし、薬の分析はしっかりやっておくから、みんなは帰りなよ」
「そうね。何かわかったら、私に連絡して。それから、学君達に私から報告するわ」
「はい、よろしくお願いします」
「それじゃあ……」
そうして、話がまとまりかけていたところで、奥の部屋から人が出てきた。
「あ、待ってください!」
それだけでなく、大きな声で止められて、隆達は驚いた。
「あ、急にすいません。私は、水野美優です。その……少しだけ、皆さんと話をさせてもらえませんか?」
突然のことで、隆は上手く頭が働かなかった。ただ、美優と名乗る人物を見て、どこか見覚えがあると感じた。
「水野美優って……今回のTODのターゲットよね?」
ただ、隆の思考が追い付く前に、結莉がそんなことを言った。
「はい、そうです。そこまで知っているんですね」
「いや、美優ちゃん、誰とも会わないようにしろって言われていたよね?」
「そうでしたけど、どうしても話したいと思ったんです。ごめんなさい」
ドクターも動揺した様子で、美優がこうして出てきたこと自体、想定外のようだった。ただ、そこで隆は、美優が考太達の応援に来ていた一人だと気付いた。そして、美優が何か話したいと強く願っていること。むしろ、隆も美優と話したいと思っていること。そうしたことから、自然と答えは出た。
「俺も、美優と話したい。だから、話そう」
そう言うと、美優は笑顔を見せた。
「はい、ありがとうございます!」
そうして礼を言った後、美優は椅子に座った。




