後半 35
翔は、可唯に質問しようと思ったものの、具体的にどんな質問をするべきかと、少しだけ迷った。
そうしていると、可唯のちょっとした笑い声が聞こえた。
「せやけど、何でも答えるのは嫌やな。せやから、ルールを作るで。質問できるのは、ランだけや。他の人が質問しても、わいは答えんで」
「おい、何を勝手に……」
「その声は鉄也やな? ルール変更や。他の人が喋ったら、わいは通話から抜けさせてもらうで」
そうした形で、質問できるのは、翔だけになってしまった。それは責任重大で、さらに翔は頭を悩ませた。ただ、最初に質問するべきことだけは、すぐに浮かんだ。
「それじゃあ、最初の質問だ。可唯は、オフェンスなのか?」
「ランはどう思うんや?」
「質問に質問で返すな」
「素直に答えるとは言うてないで?」
これまでも、こうして可唯は話をはぐらかしてばかりだった。今回もそうなのかと思いつつ、翔は自分の考えを伝えることにした。
「ディフェンスのふりをしたオフェンスと考えるのが普通だろう。だが、そうだとしたら、もっと簡単に美優を殺せたはずだ。それは、直接的な方法だけでなく、間接的な方法でもだ」
そう言いながら、翔は可唯がやったであろうことを頭の中で整理した。
「これまで、美優や俺達がどこにいるかといった情報が、オフェンスや、チンピラのような連中に伝わって、様々な襲撃があった。それは可唯がやったな?」
「正解やで。よう気付いたな」
「それは素直に答えるんだな。だが、そうした方法を使えば、もっと美優や俺を襲撃させることができたはずだ。それなのに、可唯はそうしなかった。美優を殺すことが目的のオフェンスなら、そんな手を抜くようなことは普通しない。だから、可唯がオフェンスとも思えないんだ」
ふと、自分と可唯しか話していないと気付いて、他の人は通話から抜けたのかと思った。ただ、今でも通話中になっているのを見て、他の人は、可唯の言うことを聞いて、翔に話を任せてくれているのだと知った。
「だが、可唯がオフェンスでないとしたら、もう一人オフェンスがいることになる。それは、別の脅威がいるということで、心配だ」
「それは安心してええで。ここで二択問題にしたるわ。わいがオフェンス。既にもう一人のオフェンスは死んどる。そのどちらかや」
「どういうことだ?」
「ブー。不正解や。ほな、次の問題にいくで」
「待て。勝手に話を進めるな」
「ほな、次の問題や」
気付けば、こちらが質問するのではなく、可唯がクイズを出すような形になっていた。そうした可唯のペースに戸惑いつつ、少しでも情報が得られるなら、このままでもいいと判断して、翔は受け入れることにした。
「これまで、ライトのメンバーが何者かに襲撃されとったやろ? ほんで、『ケンカ』に出られる人が足りなくて、ランが『ケンカ』に参加したやろ?」
「……ああ、そうだな」
不意に関係ない話を振られて、翔は戸惑いつつ、返事をした。
「この、ライトのメンバーを襲撃しとったのは、誰やと思う?」
「まさか……」
「圭吾、黙ってろ!」
圭吾が何かを言おうとして、それをすぐに鉄也が止めたというのは、完全に聞こえた。
「今のはルール違反やな。せやけど、見逃したるわ。次はないで?」
「俺が答える。ダークの仕業と言われていたが、ライトのメンバーを襲撃していたのは、可唯だったんだな?」
「正解や」
「それは、俺を『ケンカ』に参加させて、圭吾さんなどの信頼を得られるようにすることが目的だったのか?」
「ほな、次の問題や」
可唯は翔の質問に答えることなく、次に進んでいた。そのため、可唯の話を聞き逃さないよう、翔は集中した。
「ダークに堂崎家の悪い噂を伝えて、ランを襲撃させたのは誰やと思う?」
「それも可唯がやったんだな」
「正解や。ランの言う通り、わいがやったことやで」
「だったら、何で俺を助けに来た? あのダークの襲撃は、俺が怪我を負うなどして、美優を守れなくなるようにするのが目的だったんじゃないのか?」
「ほな、次の問題や」
「俺の質問に答える気はないんだな」
「ラン達に集めとったチンピラを、途中でJJに集めたのは誰やと思う?」
可唯は、クイズのように質問を繰り返しながら、自分のしたことを告白しているようだった。その目的がわからないものの、翔は答えることにした。
「それも可唯なんだな」
「正解や」
「何で、そんなことをした? いや、JJに実戦経験を積ませることが目的か?」
「答える義理はないんやけど、特別に答えたるで。別に、ただそうしただけや」
「は?」
質問しても意味がないと思いつつ、質問したところ、意外にも答えが返ってきた。ただ、その答えは、むしろ翔を混乱させた。
「次の問題や。ダークの本拠地へ行って、システムを乗っ取った後、和義のパソコンをハッキングしたのは誰やと思う?」
翔は頭の整理が追い付かないほど、混乱しそうになりつつ、どうにか可唯の言ったことを聞き取った。
「詳しいことは知らないが、それも可唯なんだな?」
「正解や。連続正解なんて、やるやないか」
恐らく、今も通話に参加している他の人達は、色々と言いたいことがあるだろう。ただ、何か言ってしまうと、可唯は通話から抜けて、情報を得ることができなくなる。それがわかっているからこそ、我慢しているようだった。
「今日、ダークの本拠地を悪魔に襲撃させて、千佳をケラケラに襲撃させて、その後、ラン達を悪魔とケラケラに襲撃させて、なんてことをしとったのは、どこの誰やと思う?」
「全部、可唯なんだろ?」
「正解や。ラン、正解続きで、何問かわからへんけど、好成績やで」
「それは、ありがたいな。だったら、俺からまた質問してもいいか?」
「それはあかんな。その代わり、ランを特別ステージに案内するさかい。わいに『ケンカ』で勝ったら、ランの聞きたいこと、全部答えるで」
可唯を相手に、「ケンカ」で勝つことなど、ほぼ不可能だ。というのも、これまで何度も行った手合わせで、翔が可唯に勝ったことは一度もないからだ。そう思いつつ、翔の選択肢は一つしかなかった。
「わかった。その『ケンカ』受ける」
「場所は、城灰高校の屋上や。わかるやろ?」
不意に自分が通う城灰高校の名前が出てきて、翔は息をついた。
「ああ、幸いにもわかる場所で助かる」
「時間は、今夜午後七時でええやろ。わいがセキュリティを切るから、普通に入って大丈夫やで。あと、グローブとかは、わいが用意するさかい、ランは手ぶらでええで。ほな、待っとるで。ああ、注意を忘れとったわ。ラン一人で来るんやで?」
「言われなくても、そうするつもりだ」
「ランは、わいのことを理解してくれとって嬉しいわ」
「そう思っているなら、はっきり言う」
この先を伝えることは、良くないと思いつつ、翔は伝えることにした。
「俺は可唯のことなんて、何も理解していない」
「ほな、わいは待っとるで」
可唯は、翔の言葉に何の反応もすることなく、そう言って通話から抜けた。
そして、翔は息をついた。
「可唯の相手をするのは、疲れますね。皆さん、自分に任せてくれて、ありがとうございます」
「ラン、俺も一緒に行くぞ。鉄也とか和義に頼めば、俺達が動いても、色々と情報を操作してわからないようにできるんだろ?」
「圭吾、言語道断だ。今、こうして通話してる内容も、可唯に伝わってる可能性が高い。恐らく、こうした通話の内容を……いや、それだけじゃねえな。それこそ可唯の言う通り、全部知ってるのかもしれねえ」
「それより、可唯は何でこんなことをしてるんだ?」
「リーダーの圭吾がわからねえんじゃ、俺にわかるわけねえだろ」
圭吾や鉄也だけでなく、翔も可唯の目的はわからない。そのことが、大きな懸念材料になっていた。
「この会話、可唯君も聞いていると思ったうえで言うね。多分、可唯君には、目的や理由がないんだと思うよ」
「瞳、どういう意味だ?」
「その言葉の通りだよ。でも、理解しづらいよね。何て言えばいいか……」
瞳は、可唯について何か気付いたようだが、どう説明しようか、悩んでいるようだった。
「みんなも、特に目的や理由もなくやることってあるでしょ? 特にすることがなくて、何となくテレビを付けたり、適当にチャンネルを回したり、それで番組の途中なのにテレビを消したり、こうした単なる時間潰しみたいなことをする時って、特に目的とか理由はないよね?」
「まあ、確かにそうだが、可唯がしてることは、そんな時間潰しじゃないだろ?」
「ううん、可唯君にとっては、そんな時間潰しと変わらないんだと思うよ。何というか、可唯君は、物事の価値みたいなものが他の人と違っていて、世の中にあるもの全部を同じように評価しているんじゃないかな? どれが大切なもので、どれがどうでもいいものか、そうした感覚そのものがないんだと思う」
「いや、そんなこと……」
「瞳さんの話、自分は何となく理解できてきました」
圭吾はまだわかっていないようだったが、翔は少しずつ理解し始めていた。
「可唯は、確かに時間潰しをするかのように、思い付いたことをただしているような気がします。可唯の目的や理由がわからないのは当然で、瞳さんの言う通り、可唯には目的や理由がなく、ただしているだけなんだと思います」
「ラン君の認識、私と同じだよ。まあ、本当は、こういうことを理解できない方がいいというか、どこか可唯君と同じような感覚を、私とラン君も持ってしまっているのかもしれないね」
瞳の言葉を受けて、翔は複雑な思いだった。
一年前、TODのターゲットに選ばれ、春翔や両親を失っただけでなく、別人として生きることになった。それ以降、自分にとって大切なことは、復讐することだけで、それ以外のことは全部どうでもいいことだった。
そんな自分だからこそ、どこか可唯の異常さに気付けたのかもしれない。そして、同時に、そんな可唯を理解することは不可能だとも思った。
「ずっと前から、可唯について、わからないことはわかっています。そのことを改めて理解しました」
そう言うと、みんな思うところがあるのか、何の返事もなかった。
「あの、少しだけいい?」
そんな中、話し出したのは、千佳だった。
「私は、その可唯って人のこと、よく知らないし、わからないことだらけなんだけど、考太を……その……殺したのは、みんなが悪魔と呼んでる人だよね? それって、可唯が悪魔に指示を出して……それで、考太は殺されたってことなの?」
千佳は、途中で詰まりつつ、それでも必死にそれを言葉にした。それを受けて、翔は真剣に答えるべきだと強く思いつつ、自分の考えをまとめた。
「いや、その可能性もあるが、何か違う気がする。可唯が知らせたことで、悪魔が考太を標的にしたという可能性はある。ただ、可唯が指示を出したというより、最終的には悪魔が判断して、考太を標的にしたんだと思う」
「どういうこと?」
「悪魔が標的にしているのは、ターゲットと、ターゲットを殺害するうえで邪魔だと判断した者。それと、自分の正体に迫る者だと思うんだ」
それは、これまで悪魔の襲撃を受けた人達の共通点を考えたうえで、出した答えだった。
「可唯は、恐らく悪魔の正体を知っている。だから、可唯がディフェンスでなく、少なからず悪魔を含めたオフェンスに協力しているという情報そのものが、悪魔にとっては自分の正体に迫る脅威と思っているんだろう。だから、それを知った考太が標的になったってことだ」
話しながら、翔はまた別の違和感を持った。ただ、それ以上に伝えるべきことがあると思い、そのことは一旦保留にした。
「今、考太が気付いたことを全員知ったことになります。つまり、全員が悪魔の標的ということです」
「そんなの、今更だぞ」
「圭吾の言う通りだ。てか、既に襲撃されてるじゃねえか」
翔は、改めてみんなを命の危険に晒してしまっていることを謝るつもりだった。しかし、既にそういう段階ではないということを再認識して、息をついた。
「皆さん、ありがとうございます。引き続き、皆さんを巻き込みます。よろしくお願いします」
「ああ、任せろ」
「しょうがねえな。巻き込まれてやる」
「オッケー」
「僕達は、最後まで協力するよ」
通話越しのため、相手の表情は見えない。ただ、そうした圭吾、鉄也、和義、光などの言葉を聞いて、きっとみんな穏やかな表情なんだろうなということが、翔には伝わった。
「ただ、可唯を相手にするなんて、相当しんどいな。まあ、俺達ダークは、ずっと可唯を相手にしてたわけだけどな」
鉄也は、そんな前置きをしたうえで、話を続けた。
「ラン、俺達にどうしてほしい? まあ、俺達にできることなんて大したことねえからな。絶対にできねえと思うが、とりあえず言ってくれ」
そんなことを言われて、翔は鉄也と先日したやり取りを思い出すと、軽く笑みを浮かべた。
「可唯は俺との一対一を望んでいるようだし、俺が一人で可唯の相手をする。そうしないと、可唯は何も話してくれないと思う」
「俺も同じ考えだ」
「だから、絶対に鉄也達は動かないでほしい。それは、圭吾さんも同じで、でも、圭吾さんは勝手に動きそうだから、鉄也が止めてほしい。和義に情報を操作させて、可唯に情報を渡さないようにするというのもやめろ。あと、鉄也の考えそうなこととして……絶対に、俺と可唯がケンカしている間に、こっそり動くなんてことはやめろ」
そう伝えると、鉄也の息をつく様子が通話越しに伝わった。
「それは、絶対にか?」
「ああ、絶対にやめろ」
すると、鉄也の軽い笑い声が聞こえた。
「わかった。ランに従う」
「いや、待て! 俺は……」
「圭吾、可唯のことはランに任せろ。それが一番だ」
圭吾は、まだ納得していないようだった。ただ、鉄也がそう言ったことで、多少は納得したようだ。
「ランと可唯は、ライトのメンバーだ。だから、二人とも戻ってきてほしい。それが俺の願いだ。そんなこと無理だと思うが……とにかく、それが俺の願いだ」
「わかりました。難しいですが、どうにか頑張ります」
圭吾の複雑な思いを察しつつ、翔はそう答えた。
「それじゃあ、俺は通話を切ります。可唯のことは、俺がどうにかします」
最後にそう伝えて、翔は通話を切った。
「というわけで、自分は行きます。美優と冴木さんは、ここに残って、何かあればすぐに逃げてください」
「いや、でも……翔が行くしかないのはわかるけど、心配だよ」
「大丈夫だ。必ず戻る」
「翔、俺が今まで教えたことは、少なからず役に立つはずだ。可唯は強敵だが、勝てないなんて考えないで、必ず勝てると信じて挑め」
「はい、ありがとうございます。ハンデなしで挑みます」
それから、翔はドクターに目をやった。
「ここって、結構人が来ることあるんですか?」
「いや、あまりないよ。ただ、さっき知り合いから連絡があって、この後来るみたいだね」
「だったら、美優や冴木さんと会わせないようにしてください。そうして誰かと会うことで、ここに美優達がいるといった情報が広まるのを避けたいです」
「この部屋にいてもらえれば、基本的に大丈夫だよ」
「ありがとうございます。美優、冴木さん、そういうことだから、誰かが来ても、この部屋にいてほしい」
「うん、わかった」
そうして話がまとまり、翔はスマホを確認した。
まだ、時間には余裕がある。ただ、翔はすぐにここを離れることにした。
「途中でバイクを拾うから、もう行きます」
「車を使わないのか?」
「はい、そこまで遠くない場所にバイクを止めたので、歩いて行きます。あと、バイクを拾った後、色々と準備もして……丁度時間通りに着くと思います。それも、可唯がこちらのいる位置を把握しているようで、気持ち悪いですが、多分、大丈夫な気がします」
翔は、可唯のことを理解できていない。ただ、ここで翔が離れた後、美優を襲撃させるといったことは絶対にしないと思った。特に何の根拠もないものの、それは確信に近いものだった。
「それじゃあ、行ってきます」
「翔、気を付けてね」
「さっきも言ったが、必ず戻る。だから安心しろ」
そうして、翔は外に出ると、バイクを止めた場所を目指して歩き出した。




