後半 34
何か大きな音が響いて、翔は目を覚ますと、身体を起こした。
そこには、申し訳なさそうな表情の美優がいた。
「ごめん! 起こしちゃった!?」
「ああ、別に……というか、寝てしまったんだな」
どうやら、先ほどの大きな音は、美優が何かを倒した音だったようだ。それより、どこか部屋の中が薄暗く、どれほど寝てしまったのかということの方が翔は気になった。
そのため、時間を確認しようとスマホに目をやった。そして、時間を確認すると同時に、多くの連絡があったことに気付いた。
「大分寝てしまったな」
「うん、そうだね」
「だが、こうして寝られたってことは、何の襲撃もなかったってことだな。和義などがした情報操作が、上手くいっているのかもしれないな」
そんなことを話しつつ、翔はベッドから出た。
「もう少し寝なくて大丈夫なの?」
「十分寝たから大丈夫だ。それより、冴木さんのことが心配だ」
「うん、そうだね」
そうして、翔と美優は部屋を出ると、冴木が休んでいる部屋に向かった。そこには、ドクターがいた。
「起きたんだね。おはよう。休めたかな?」
「はい、十分休めました。ありがとうございます。ドクターさん、冴木さんの具合はどうですか?」
「起きた後は、勝手に動こうとして困っているところだよ」
「美優、翔、大丈夫か? 俺は大丈夫だから、すぐにここを離れよう」
「だから、ここは安全だし、安静にしてよ」
「そんなのわからないだろ。いつまた襲撃があるかわからないじゃないか」
冴木は、そうした形でドクターを困らせていた。それを見て、冴木の状態がそこまで悪くないのだろうと安心しつつ、翔は軽く笑った。
「冴木さん、和義などが動いてくれて、こちらがどこにいるかわからないようにしてくれているようです。実際、ここに結構いますが、襲撃はないじゃないですか?」
「確かにそうだが……」
「自分も気付いたら寝てしまって、相当危険な状態だったと思います。ただ、結果何もなかった。今は、そのことだけを考えて、身体を休める機会にしましょう」
「はい、私も翔と同じ考えです。冴木さん、今は休んでください」
美優からもお願いするようにそう言われて、冴木は息をついた。
「そうだな。これ以上心配をかけたくないし、今は休ませてもらう。ただ、少しでも早く動けるようになりたい。どうにかしてくれ」
「わかったんだか、わかっていないんだか……とりあえず、明日までは休んでよ」
ドクターは、呆れた様子でそう伝えた。それに対して、冴木は渋々といった形で、どうにか受け入れていた。
それから、翔はスマホを確認した。
「何か、色々とあったみたいです。まず、ケラケラがどこの誰かわかったとのことで……え?」
「どうしたの?」
「いや、保健の先生をしていた、剣持恵楽だと書いてあるんだが、この剣持恵楽がいた学校……俺がいた小学校だ」
それから、翔は詳細を確認した。
「やっぱり、間違いないな。全然気付かなかった」
「俺も確認していいか?」
そうして、冴木も加わる形で、これまでのことを整理していった。
「あと、JJがセレスティアルカンパニーを襲撃して……ビーさんが殺されたようです。篠田さんや速水さんもそうでしたが、ビーさんもかかわっていたんですね」
「今、俺達の位置情報などを誤魔化すことができているのは、このビーという人物が残したもののおかげみたいだな」
「はい、速水さん、光さん、和義の三人で、上手いこと使ってくれているみたいです。というか、何か別件で話したいこともあるみたいなので、とりあえず和義に連絡します」
そうして、翔は和義に連絡した。
「ラン、連絡がないから心配したよ」
「悪い、気付いたら寝てしまったんだ。ただ、和義達のおかげか、何の襲撃もなく済んだ。ありがとな」
「それなら良かったよ」
「連絡してくれってメッセージが来ていたが、何かあったのか?」
「ああ、待って。千佳にも関係があることだから、鉄也も通話に参加させるよ」
そうして、和義は鉄也も通話に参加させた。
「鉄也、近くに千佳はいるかな?」
「ああ、いる。てか、ランと連絡が着いたんだな」
「悪い、和義には言ったが、寝てしまったんだ」
「むしろ寝られたなら、良かったじゃねえか。ああ、スピーカーにした方がいいな。今、圭吾と話してて、圭吾からもランに伝えたいことがあるらしい。今、千佳を呼んでくるから、圭吾は先にそれを伝えろ」
それから少しして、圭吾の声が聞こえた
「圭吾だ。悪魔が乗ってたバイクについてだが、悪魔はバイクを捨てたようで、さっきそれを回収してもらったんだ」
「つまり、今悪魔は別のバイクに乗っているということですか?」
「いや、そもそもバイクに乗ってない可能性もある。それで、どうやってバイクやパーツを入手したかってことを調べてたら、色々と悪魔のことがわかりそうな情報が出てきたんだ。明日も引き続き調べるから、何かわかったら、都度連携する。まあ、情報をどう共有するかとかは、鉄也に頼むつもりだ」
「わかりました。ありがとうございます。引き続きお願いします。ただ、気を付けてくださいね」
「ああ、わかってる。あ、鉄也が千佳を連れてきたな」
圭吾がそんなことを言ったため、ここでこの話は終わりにした。
「千佳を連れてきた」
「オッケー。実は、絵里って名乗る記者から、考太の最期のメッセージをもらったんだよ」
「どういうことだ?」
「何か、考太は篠田って人のボイスレコーダーを持ってたみたいで、殺される直前、そこに音声を録音してたんだよ。ただ、ノイズがひどくて、色々と補正しても、聞き取れない部分があって……まあ、とりあえず送るから聞いてよ」
その後、すぐに和義から音声ファイルが送られてきたため、それぞれ通話を中断すると、その音声を聞いた。
「美優と翔に伝えたいことがある! ディフェ……なかに……もの……。……はら……フェン……」
和義の言った通り、ノイズがひどくて、最初以外、考太が何を言っているのか、ほとんどわからなかった。それでも、最期に考太が残したメッセージということで、翔と美優は真剣に聞き続けた。そうしていると、途中からはっきりと聞き取れる部分があった。
「千佳の笑顔が好きだった! だから、千佳はずっと笑ってろ!」
考太は、既に自分の死を察していたのだろう。そうした中で、こんなメッセージを残そうと最期に思ったようだ。
「美優はネガティブに考えるな! 俺が死んだとしても、それは美優のせいなんかじゃない!」
それを聞いて、美優は胸に手を当てると、考太に感謝するかのように、軽く頭を下げた。
「翔、全力で美優を守ってくれ!」
それを聞いて、翔は力強く拳を握ると、頷いた。
考太からのメッセージは、そこで終わっていた。そして、翔達はまた通話を再開させた。
「実は……ちゃんと伝えるよ。この後、銃声が聞こえて……だから、これが考太が残した最期のメッセージだよ」
和義は、気を使いつつ、そんな説明をした。そんな中、通話越しでも、千佳の泣き声が聞こえた。美優も目から涙が溢れていた。
ただ、翔は感傷に浸ることなく、美優を守るため、考えるべきことを考えることにした。
「考太が最初に何を伝えようとしていたのか、聞き取れなかったんだ。誰か、聞き取れたか?」
「かなり補正して聞き取りやすくしたけど、そこだけ無理だったんだよね」
「美優と俺に何か伝えたいと言っているよな? 多分、何か重要なことを伝えようとしていて……そのせいで、考太は殺されたんだと思う。だから、考太が何を言っているのか、知りたい」
「何か、ディフェンスって言ってるようには感じるんだけど、俺も聞き取れないんだよね」
そんなことを和義と話しつつ、翔は繰り返し、考太が残したメッセージを聞いた。そうしていると、美優が何か気付いた様子を見せた。
「何か、途中で須野原先生って言っていないかな?」
翔や美優達のクラスの担任教師だった須野原は、多額の借金があったためか、今回のTODに参加していた。そして、ダークの襲撃により混乱している中、美優を殺そうとナイフを向けた。ただ、美優を殺すことに失敗すると、絶望したのか、首を吊って自殺してしまった。
そんな須野原の名前が出てきて、翔は少しだけ戸惑った。ただ、美優から言われてから改めて聞くと、確かに「須野原先生」と言っているように感じた。
しかし、それがわかっても、結局何を伝えたいのかはわからなかった。そのため、翔は軽く息をついた後、口を開いた。
「千佳、辛いかもしれないが、考太と最後に何を話したか、教えてくれないか?」
相変わらず、千佳が泣いていることはわかっていた。ただ、それでも考太の伝えたかったことを知りたいと思い、翔はお願いした。
「……うん、大丈夫。考太にも笑ってろって言われたし……大丈夫」
千佳は、力強い声でそう言った。
「でも……何を話したかな? ああ、終わったら、美優と翔を誘ってカラオケに行こうとか、そんな話をしてて……」
千佳は、当時のことを思い出しつつ、ゆっくりと話した。
「でも、終わってすぐに美優達が来るのは無理だって話になって……それで、もっと早く終わればいいのになんて話して……」
これだけ聞いていても、特におかしな点はないように感じた。ただ、翔は何かあるかもしれないと、頭を働かせた。
「そしたら、考太が急に何かおかしいみたいなことを言い出して……そうだ。今回のTODが始まったのって……みたいなことを言いかけて、それから美優と翔が危ないみたいなことを言って……」
そう言われて、翔は頭の中で簡単な計算をした。
TODの制限時間は、127時間だ。そして、今回のTODは、15日の午後7時に終了する。つまり、15日の午後7時から、127時間を引いた日時が、今回のTODの開始日時ということになる。
そうして、計算した結果、翔は息をのんだ。
「冴木さん、今回のTODが始まったのは、10日の何時ですか!?」
「急にどうしたんだ?」
「重要なことなんです! 教えてください!」
計算した結果、今回のTODの開始日時はわかった。ただ、それが本当に正しいか確認したくて、翔は冴木に質問した。
「今回のTODが始まったのは、10日の12時だ」
そして、冴木の答えは、翔の計算した結果と同じだった。同時に、考太が何を伝えたかったのか、翔は理解した。
「ずっと、何か違和感を持っていたんだ。その正体が、今やっとわかった」
そして、考太が伝えたことは、今まで翔が持っていた違和感の正体でもあった。それから、翔は確認するように、考太のメッセージをもう一度聞いた。そして、確信を持った。
「恐らく、考太が何を言っているのかわかりました。『ディフェンスの中に偽物がいる。須野原先生はディフェンスだったんだ』と言っているんだと思います」
それから、他の人も確認するように考太の残したメッセージを聞いたようだった。
「確かに、そう言われたら、そうとしか聞こえないね」
「いや、でも、どういうことだ?」
ただ、メッセージの内容は理解できたものの、その意味は理解できていないようだった。そのため、翔は軽く息をついた後、口を開いた。
「鉄也達、ダークが俺を襲撃してきたの、10日の何時頃か覚えているか?」
「あの時は悪かった。誤解があったんだし、今更蒸し返すんじゃねえよ」
「そうじゃない。俺は許しているし、鉄也達を責める気はない。とにかく、10日の何時頃だったか、言ってくれ」
「ああ、それなら、昼食前の……11時過ぎだったか?」
「そうだ。そして、ダークが襲撃してきて混乱している中、須野原先生が美優を殺そうと、ナイフを向けた」
そう言うと、冴木が驚いた様子を見せた。
「待て。何の話だ?」
「すいません。冴木さんと会った時、このことを伝えるべきでしたね。須野原先生は、美優を殺そうとナイフを向けたんです。そして、その時は、恐らく11時過ぎというか……少なくとも、12時にはなっていなかったです」
「さっき言った通り、今回のTODが始まったのは、10日の12時だ。それだと、その須野原って奴は、TODが始まる前に美優を殺そうとしたことに……」
そこで、冴木も何か気付いた様子を見せた。
「冴木さん、今回のターゲットが美優だとわかったのは、いつでしたか?」
「ゲーム開始の一時間前、11時だ」
「思い返せば、あの時、授業中にもかかわらず、須野原先生のスマホが鳴ったんです。それで、須野原先生はスマホを確認した後、美優の方を見ていた気がします。多分、そこで美優がターゲットだと確認したんでしょう」
「そういえば、私もあの時、須野原先生の視線が何だか怖いと感じたの。ただ、居眠りしちゃった後だったし、それで怒っているのかと思ったんだけど……そういう理由があったんだね」
あの時、美優も思うところがあったようで、そんなことを言った。
「須野原先生は、今回のTODが始まる前に美優を殺そうとしました。どうにか自分が防ぎましたが、もしも美優を……ターゲットをTODが始まる前に殺した場合、どうなっていたでしょうか?」
「TODのルールでは、ゲーム開始から127時間が経過するまでにターゲットが死亡した場合、オフェンスの勝利。それ以外の場合、ディフェンスの勝利。となっているな。つまり……」
冴木は、どういうことか気付きつつも、そんなことがあるのかと疑問を持っているようで、言葉を詰まらせた。そのため、翔が続きを言うことにした。
「ゲーム開始前にターゲットが死亡した場合、それもディフェンスの勝利になると解釈できますよね?」
「いや、実際のところ、どうかわからないじゃないか。単に無効になる可能性だってあるだろ?」
「確かに、実際どうなったかはわかりません。いわゆる、ルールの穴ですからね。ただ、今回のターゲットが目の前にいる美優だとわかり、しかもダークの襲撃による混乱も生まれた。そんな偶然から、何か運命のようなものを感じて、須野原先生は行動したんでしょう」
そこまで話して、美優もどういうことか理解した様子だった。それは、通話を繋いでいる他の人も同じのようで、息をのむ様子が通話越しでも伝わった。
「須野原先生は、ゲーム開始前にターゲットである美優を殺すことで、勝利できると考えたディフェンスです。オフェンスじゃなかったってことです」
「だが、そうなると……」
「はい、今回のTOD、自らディフェンスだと名乗る人が五人いました。須野原先生がディフェンスだとすると、一人多いことになります。つまり、ディフェンスの中に偽物がいるということです」
これが、翔の持っていた違和感の正体であり、最期に考太が気付いたことだ。そして、翔は既に次へ思考が移っていた。
「そして、この偽物が誰なのか、もうわかっています」
そう言った直後、通話に参加してこようとしてきた人物がいて、通知音が鳴った。その相手を確認したうえで、翔は通話に参加させた。
「まるで、俺達の会話を盗聴しているかのようなタイミングだな」
「わいは情報通やから、全部わかってんねん。せやから、ランがわいに何か言いたいのも、わかったんや」
いつもの調子でそんなことを言われて、翔は軽く呆れてしまった。ただ、はっきり伝えるべきだと、息をついた後、口を開いた。
「可唯、おまえはディフェンスじゃないな? 何が目的でディフェンスのふりをしているのか、全部話せ」
須野原のことをオフェンスだと言ったのは、可唯だ。それが嘘だったということは、可唯がディフェンスでないことを表していた。そんな翔の考えは、正解だったようだ。
「ええで。せやけど、何から話せばええか迷うさかい、どないしようかな」
ただ、可唯は特に動揺した様子もなく、いつもの調子だった。
「だったら、俺から質問する」
そんな可唯を相手に、どこまで話が聞けるだろうかと不安を持ちつつ、少しでも情報を引き出したいと、翔は質問することにした。




