後半 33
隆達は、学が通う学校の近くにあるカラオケ店の駐車場にいた。
「ようやく、学と連絡がつきました。すぐここに来てくれるみたいです」
「無駄足にならなくて良かったわ」
学が通う学校は、学校内でのスマホの使用を禁止しているようで、これまで繰り返し隆が連絡しても、一向に出てくれなかった。ただ、学校が終わったようで、ようやく連絡が返ってきた。
「隆君、連絡してくれてありがとう」
「まあ、使ったのは私のスマホですけどね」
「しょうがねえだろ。スマホ持ってねえんだから」
「隆君、スマホを持っていないの?」
「親が厳しくて、今バイトで金を貯めてるとこです」
「さすがに、ずっと一緒にいる訳にもいかないし、連絡ができないのは不便だから、少しの間だけ、スマホを貸してあげるわ」
「マジですか!?」
「仕事柄、予備でいくつか持っているのよ。その一つを貸すわ」
そう言うと、絵里はスマホを取り出し、それを隆に渡した。
「ありがとうございます! ついに俺もスマホを持つ時が来たんですね!」
「少しの間、借りるだけですよね?」
「それでもいいじゃねえかよ! ゲームの体験版とかだって、ワクワクするだろ!」
「ゲームはあまりしないので、よくわからないですね」
一時的とはいえ、スマホを持つことができて心から喜んでいるにもかかわらず、朋枝が完全に冷めていて、隆は何とも言えない気分になった。
「というか、朋枝ちゃん、芸能人なんだから、むやみやたらに連絡先を交換しない方がいいわよ?」
「私もスマホを複数台持っていて、使い分けていますから、大丈夫です」
「俺は一台も持ってねえのに、何台も持ってる奴がいるって、不平等じゃねえか」
「だったら、隆君も芸能界に入りますか?」
「記者もおすすめよ」
「……いえ、頑張って金を貯めます」
そんな話をした後、隆は借りたばかりのスマホを操作した。
これまで、朋枝などから借りて、実際に使ったことは何度もあるため、簡単な操作はすぐにできた。それから、絵里などに教えてもらいつつ、隆はパソコンなどでも使える連絡用のアカウントをいくつか作った。それは、いつか自分のスマホを持つことになった後でも使えるとのことで、忘れないよう、IDやパスワードをメモしておいた。
「学君、来たみたいだから、出ましょうか」
「あ、はい。そうですね……って、あいつらも来たのか」
こちらに来たのが、学だけじゃなかったため、隆はそんなことを呟いた。ただ、どちらにしろ外に出る以外の選択肢がなかったため、隆だけでなく、全員が車を降りた。
「隆さん、お久しぶりです」
「おう、学! 久しぶりだな! ただ……まさか、二人も来るとは思わなかったよ」
学と一緒に来たのは、小学校が一緒だった、麻空奈々(なな)と、東阪結莉だった。
奈々とは昔から家が近所で、道を挟んだ向かい側にある。ただ、不思議なもので、学校が違うと会う機会はほとんどなく、ここしばらくは全然会っていなかった。
また、結莉の方は、それこそ家も近くないため、奈々以上に会う機会がなく、ちゃんと話した機会というと、中学校を卒業する際に行った旅行の時ぐらいだ。
ただ、この奈々と結莉は、学と同じ高校で、良い友人関係を築けているといった話は聞いていた。
「もしかして、来たらダメな感じだったの?」
「そういうことなら、私達は帰るわ」
「いや、逆だ。奈々と結莉も来てくれて助かる」
奈々と結莉が来たのを知った時は、少しだけどうしようかといった思いもあった。ただ、これから話そうとしている内容を考えた時、むしろ来てくれて嬉しいと隆は感じた。
「自己紹介もまだだけれど、とりあえず、中に入るわよ」
「あ、はい、そうですね」
そうして、絵里が先導する形で、隆達はカラオケ店に入った。そして、絵里が受付を済ませると、全員個室に入った。
それからドリンクを頼むと、すぐに話を始めるべきか、ドリンクが来るまで待つべきか、隆は迷った。それは、全員が思っていたことのようで、結局ドリンクが来るまで、特に何の会話もしない、気まずい時間が流れた。
「お待たせしました」
そして、店員がドリンクをテーブルに置き、出て行ったところで、絵里は口を開いた。
「それじゃあ、まずはお互いに自己紹介をした方が良さそうね。私は速水絵里よ。記者をしていて、普段はマスメディアの問題などを追及しているわ。元々、隆君や学君、それに春来君や春翔ちゃんとも面識があったんだけれど、今回色々あって一緒に行動しているところよ。まあ、話したいことはたくさんあるけれど、自己紹介としてはこれぐらいでいいわね。先に大人が自己紹介をした方がいいと思うし、次は浜中さん、お願いするわ」
急に絵里から振られて、浜中は慌てた様子を見せた。
「ああ、次は私かい? えっと、私は浜中剛だよ。刑事をしていて……でも、警察の方で色々と問題があるというか、今は単独行動を取っているところだよ。刑事とはいえ、頼りないと思うけど、よろしくね」
絵里から色々と言われたせいか、浜中が自ら頼りないと言っていて、隆は苦笑した。
「それじゃあ、次は私が自己紹介をするわ。東阪結莉です。マスメディアの問題については、私も昔から知っているので、是非、色々な話を聞きたいです」
結莉は、慣れた様子でそんな自己紹介をした。その後、結莉が目配せをする形で、奈々が反応した。
「あ、じゃあ、次は私だね。麻空奈々です。えっと、何かよくわからないけど、結莉ちゃんと学君についてきた感じです」
「いや、何もわからねえで来たのかよ?」
「だって、隆君から学君に連絡が来たって話を結莉ちゃんから聞いただけだし、何か楽しそうと思って……全然そんな空気じゃなくて驚いてるとこだよ」
「奈々、私と学はちゃんと説明したわよ? 隆一人じゃないみたいだし、何か深刻な話になりそうだから、奈々は来ない方がいいと言ったじゃない」
「そんなこと言わないでよ! 結莉ちゃんと学君は、同じクラスだからいいけど、私だけ別のクラスで、ずっと寂しい思いをしてるんだから!」
「いつも一緒に勉強しているじゃない。奈々が赤点を取らずにいられるのは、私と学のおかげよ?」
「勉強は別腹で、全然満足できないから!」
「学生なんだから、勉強を主食にしなさいよ」
「そうじゃなくて!」
そんな奈々と結莉のやり取りを見て、隆は笑った。
「何だか、懐かしいな。てか、全然変わってねえな」
「そんな風に懐かしんでないで、せっかく頑張って結莉ちゃんと一緒の高校に入ったのに、全然理想の高校ライフを送れてない私を慰めてよ!」
「ああ、頑張ってるみてえだな。偉い偉い」
「雑過ぎない!?」
「すいません、まだ学さんも自己紹介をしていませんし、一旦いいですか?」
そうした中で、朋枝がそう言ったため、隆と奈々は頭を下げた。
「そうだな。悪かった」
「私もごめんなさい」
「学、こんな感じになったけど、自己紹介してくれねえか?」
「はい、わかりました」
そうして、学は頷いた後、どこか緊張した様子で話し始めた。
「成瀬学です。さっき、隆さんから話がしたいと連絡が来て、僕の父がインフィニットカンパニーに勤めていることについて、何か聞きたいことがあるんですよね? 僕も色々と思うところがあって、いい機会だと思っています。僕が話せることは、全部話します。だから、僕も全部聞きたいです」
隆が学に連絡した際、インフィニットカンパニーについて聞きたいといった、簡単な説明しかしなかった。ただ、それだけの説明で、学は様々なことを察している様子だった。
「隆君のことは、みんな知っているので、自己紹介はいいですよね? 私は万場朋枝です。特に私から言うことはないです。よろしくお願いします」
このタイミングで、朋枝はそんな自己紹介をした。それに対して、奈々が身を乗り出すようにして反応した。
「いや、どっからどう見てもトモトモですよね!? 隆君がトモトモと同じ高校だとか、友達だとか聞いても、嘘ついてると思って信じなかったんだけど、ホントにトモトモじゃん!」
「俺の話、何も信用してなかったのかよ!?」
「だって、そうでしょ! 私、トモトモのファンです! トモトモ推しです! 握手してくれませんか!?」
「ああ、えっと……奈々さん、ありがとうございます」
「推しが私の名前を呼んでくれた!」
興奮した様子の奈々を前にして、朋枝は戸惑っているようだった。そんな朋枝を見て、隆は息をついた。
「朋枝は、そうやって芸能人扱いされるのが、あまり得意じゃねえんだ。まあ、実際に芸能人なわけだけど、そうやって芸能人扱いするより、ただ友達になってくれねえか? その方が、朋枝も嬉しいだろ?」
「あ、はい。私のファンになってくれたり、私を推しと言ってくれたり、本当に嬉しいです。でも、私は隆君の言う通り、奈々さん……奈々ちゃんと友人になりたいです。ですから、芸能活動などをしているからといって、私のことを特別だと思ってほしくないです」
そう伝えると、奈々は目に涙を浮かべるほど、喜んでいる様子だった。
「うん! 友達! 私とトモトモは友達! うん! それがいい!」
「いや、メチャクチャ語彙力がねえけど、マジでわかってるのか?」
そんなやり取りをしていると、結莉がため息をついた。
「朋枝や隆の考えはわかるわ。でも、それは無理よ。朋枝はモデルだけでなく、CMやドラマにも出ていて、それは私達ができない、特別なことよ」
結莉は、はっきりとした口調で、そう言った。
「そんな特別なことをしている朋枝を、ただの友人と扱う方が、むしろおかしいわ。朋枝は、他の人にはできない特別なことをしているんだから、そのことを自覚してほしいわ」
「あ、はい、すいません」
「ああ、叱ったような形になってしまって、ごめんなさい。本当に言いたいのは、朋枝のことを特別だと思ったうえで、それでも友人になれればいいと思っているわ。だから、よろしくね」
そう言うと、結莉は手を差し出した。それに対して、朋枝は笑顔を見せると、結莉と握手を交わした。
「はい、ありがとうございます。結莉ちゃん、よろしくお願いします」
「結莉ちゃん、ずるい!」
「奈々もさっき握手していたじゃない」
「あの、僕もよろしくお願いします」
「はい、学君も、よろしくお願いします」
そうした形で、奈々達と話す朋枝を見て、隆は安心した。
「それじゃあ、本題に入るわね。ああ、その前に、念のため防犯カメラを操作して、ここでの会話は残らないようにしたから、安心して」
「そんなこともできるのかい?」
「ビーさんが託してくれたものは、そういうものよ。それで本題だけれど、今、私達は多くの人と協力して、あることを調べているの。それは、一年前、どうして春来君と春翔ちゃんが亡くなったのかという話にも繋がっていて、順番に説明していくわね」
それから、絵里はTODについてや、これまでのことを説明していった。
「今、セレスティアルカンパニーの副社長をやっている宮川光、ライトとダークという不良グループ、そして私達など、それぞれでTODについて調べているところよ。それで、このTODは、セレスティアルカンパニーやインフィニットカンパニーといった、ネットワークに深いかかわりがある企業が絡んでいる可能性が高いわ。だから、学君の父親がインフィニットカンパニーに勤めていると聞いて、何か話が聞けないかと呼んだのよ」
最後、絵里はそうした形で、話をまとめた。それに対して、学は複雑な表情を見せた。
「やっぱり、インフィニットカンパニーの悪い噂って、本当なんですか?」
「え?」
「それは、私から説明するわ。私は前からマスメディアの問題に気付いていて、そんなマスメディアが執拗に宣伝するインフィニットカンパニーのことが気になったんです。それで色々と調べたところ、インターネットに関する被害のほとんどが、インフィニットカンパニーの管理するネットワークが原因で起こっているとわかったんです」
結莉は、淡々とした口調で、そんな説明をした。
「このことは、以前、春来とも話したことで、学校でスマホの所持を許可してもらえないかといったお願いをする際、セレスティアルカンパニーが管理するネットワークや、そちらが推奨するスマホを使えばいいと説得して、それで上手くいきました」
こうした話が苦手なため、ほとんど理解できていなかったものの、結莉と春来がそうしたことをしていたという話は、隆も何となく聞いていた。
「そのことをきっかけに、インフィニットカンパニーのことは、引き続き調べていたんです。そうしたら、麻薬の売買にかかわっているんじゃないかとか、インフィニットカンパニーに敵対する人の不審死が多いとか、そんな話まで出てきて、何か危険なものだろうと感じたんです」
「ある日、そうした話を結莉さんに教えてもらって、驚きました」
「学の親がインフィニットカンパニーに勤めていると聞いて、色々と話したかったんだけど、あまりいい話じゃないし、黙っていたのよ。でも、いつも一緒に勉強しているし、思わず聞いてしまったのよね。あの時は、ごめんなさい」
「いえ、話してくれて良かったです。僕は、父の後を継ぐというわけじゃないんですけど、将来は父と同じインフィニットカンパニーに勤めようと思っていたんです。ただ、IT関係のことを調べた時、どこか違和感を持つことがあったんです。何というか、もっとこうすればいいのにって感じることがたくさんあったんです」
学は、それこそ不安や悩みを話すような口調で話を続けた。
「でも、それは気のせいだと自分に言い聞かせて、目をそらしていたんです。そうしたら、結莉さんから色々と話を聞いて、僕の持っていた違和感は、正しいものだろうと気付いたんです」
「あの時も言ったけど、私の情報が正しいとは限らないわ。だから、私のせいで学の考えを誘導してしまっただけかもしれないし……」
「いえ、違います! あ、えっと……」
急に大きな声が出てしまい、学は困ったような表情を見せた。
「さっきも言った通り、ずっと目をそらしていただけで、僕も気付いていたんですけど、そんな訳ないと自分を否定していたんです。でも、結莉さんのおかげで、自分を否定しなくなりました。だから、僕は結莉さんに感謝しています。ありがとうございます」
「……まあ、学がいいなら、それでいいわ」
そんな学と結莉の会話を聞いて、改めて良い関係が築けているようだと知り、隆は安心すると同時に嬉しかった。
人付き合いの苦手な学が、隆のいない高校でどんな学園生活を送っているか、どこか心配していた。ただ、そんな心配をする必要などないと、隆は確信した。
「実は、さっき結莉さんが話した、麻薬の売買という点でも、以前から気になっていたことがあるんです。それが……これなんです」
そう言うと、学は錠剤のようなものを出した。
「これは、何かしら?」
「勉強に集中できるからと渡されたもので、父はサプリメントだと言っていました。でも、飲んだ後、確かに頭の回転が速くなって、勉強にも集中できたんですけど、あまりにもって感じで怖くなって、その一回しか飲まなかったんです」
「色々な種類があるけど、私の方で調べたところ、いわゆる麻薬といった違法な薬などが含まれていました。ただ、調べても何なのかわからない薬も結構あって、正直なところ扱いに困っていたところです」
「なので、もしも調べられるなら、調べてくれませんか? 警察の方なら、こうした薬の分析などができるんじゃないですか?」
そんなお願いをされて、浜中はため息をついた。
「さっきも言った通り、私は単独行動をしているところで……」
「それなら、私が預かるわ」
「調べられるのかい?」
「ビーさんのコネを使うわ。ドクターって名乗る医者がいて……医師免許を持っていないから、正確には医者じゃないんだけれど、薬の分析などもできたはずよ」
「そんな人までいるんだね……」
浜中は、どこか呆れた様子だった。
「だったら、早速行きたいです。まだ話したいこともありますけど、移動しながらとかでも話せるんじゃないですか? みんなも来れるか?」
隆がそう言うと、学達は全員頷いた。
「薬の分析って、すぐに結果が出るとは限らないし、それなりに距離もあるから、私と浜中さんだけで行くわよ?」
「それなら、なおさら早く分析をお願いした方がいいじゃないですか」
「僕も隆君と同じ考えです。だから、お願いします」
そうした形でお願いすると、絵里は息をついた。
「まあ、少し狭くなるけれど、あのキャンピングカーならみんな入れるし、そうしましょうか。待って。先にドクターに連絡するわ」
そうして、絵里はドクターと名乗る人物に連絡した。
「うん、大丈夫みたいね。少し時間がかかるけれど、みんな、本当に大丈夫かしら?」
そんな念押しを絵里がしたものの、ここにいる全員の考えは変わらなかった。
「それじゃあ、ここは後にしましょうか」
そうして、隆達はカラオケ屋を後にすると、キャンピングカーに乗った。
そして、また浜中の運転で、隆達は目的地を目指した。




