後半 30
圭吾達は、鉄也が中心になって案内する形で、目的地に向かっていた。
その際、全員一緒に移動するのは目立つため、道を変えたり、時間差を付けたり、何グループかに分けて移動した。そうしたことをしたため、全員が目的地に着くまでには、それなりに時間がかかった。
「一応、和義と光が色々と情報操作をしてくれたようだし、しばらくここがバレることはねえと信じたいな。ただ、油断はできねえ。みんな、警戒は続けろ」
それから、欽也はそれぞれに指示を出していた。それを待ったうえで、圭吾は、欽也に話しかけた。
「欽也、少しだけいいか?」
「ああ、何で圭吾が来たのか、聞きたかったんだ。何かあったのか?」
「鈴とも話したいんだ。だから、一緒に来てくれ」
そう言うと、圭吾は欽也と一緒に鈴の方へ行った。
鈴は、千佳と一緒にいた。ただ、丁度いいと思い、圭吾は話をすることにした。
「鈴、少しだけいいか? 千佳も一緒に聞いてほしい」
「うん、私はいいけど?」
「私も大丈夫です」
そんな答えが二人から返ってきたのを受けて、圭吾は話を続けた。
「さっき、ケラケラと名乗る殺し屋が、鈴の家に来たんだ。それで、どうやら千佳を狙っているようだった」
「ケラケラって……私も見ました。オフェンスの一人ですよね? 何で私を……?」
「それはわからないが、もしかしたら……孝太が殺された理由と何か関係があるのかもしれない」
「……そっか」
孝太の名前を出した瞬間、千佳は顔を下に向けた。
「圭吾君、そういった話は……」
「ああ、悪かった。その……」
「いえ、大丈夫です! むしろ、そうやって孝太の話を避けるのは、孝太が最初からいなかったことにするようで……私は嫌です」
千佳は、孝太の死から目をそらすことなく、むしろ向き合ったうえで、受け入れることを選択したようだ。そんな千佳を見て、圭吾だけでなく、鈴や欽也も何か思うところがあるようで、それぞれが千佳を見守るような、そんな表情になった。
「そうだな。それじゃあ、話を続ける。ケラケラは、千佳を狙ってるようだったから、今後はさらに警戒してほしい。といっても、俺も含め、みんなが守るから安心しろ」
「はい、ありがとうございます」
「それで、鈴に聞きたいのは、鈴がいた家、誰かから借りてる家なのか?」
そんな質問をすると、鈴は戸惑った様子を見せた。
「えっと、何でそんな質問をするのかな?」
「ケラケラが来た時、鈴が住んでる家を、『私の家』って言ったんだ。つまり、あの家の持ち主がケラケラということなんだと思う」
そう言うと、鈴は色々と思うところがあるのか、顔をそらした。
「いや、えっと……あの家に住んでいるのは私だよ。だから、あの家は私の家だよ。その……ケラケラって人、適当なことを言ったんじゃないかな?」
鈴は、明らかに何かを隠している様子だった。ただ、同時にそれを話してくれる気が一切しなくて、圭吾は困ってしまった。
そうして、しばらく沈黙が続いていると、欽也がスマホを操作し始めた。そして、少ししてから口を開いた。
「そいつ、剣持恵楽っていうんじゃねえか?」
「え? 何で知っているのかな?」
欽也の質問に、鈴はすぐに反応した。その直後、反応するべきじゃなかったと思ったようで、また顔をそらした。
「和義から、剣持恵楽がケラケラじゃねえかって情報が来てたんだ。どうやら、正解のようだな」
「何で、わかったのかな?」
「万場朋枝は知ってるよな? そいつが、尾辺隆って奴と一緒に色々と調べてるようで、さっきセレスティアルカンパニーで和義とかと会ったようだ。それで、そんな話が出てきたらしい」
「その二人って、私が今日の朝、会った人ですよね?」
千佳も加わるような形で、そう言うと、鈴は顔を下げつつ、ため息をついた。
「うん、そうだよ。千佳ちゃんと二人を会わせたのは、間違いだったのかな? ううん、きっと正解だったんだろうね」
そう言うと、鈴は少しの間黙った後、顔を上げた。
「もう十年ぐらい前になるのかな? さっき名前が出てきた、朋枝ちゃんが母親などから虐待を受けていたの。それで、当時恵楽さんは、朋枝ちゃんの通う学校で保険の先生をしていたの。それで、朋枝ちゃんを虐待から救う過程で、カウンセラーをしている私も一緒になって、どうにか朋枝ちゃんを救うことができたんだよね。それから、私は朋枝ちゃんのカウンセリングをしていて、今も時々話を聞いているよ」
「その恵楽って奴の家に住むようになった理由は何なんだ?」
「恵楽さんは、両親が医療関係の仕事をしていたんだけど、海外に行っていて、前から一人暮らしが続いていたみたいなんだよね。それで、ある日突然、恵楽さんから連絡が来たと思ったら、両親の仕事を手伝うため、家を離れるから、代わりに住んでほしいなんてお願いをされたの」
「それを鈴は受けたってことか?」
「うん、私としては願ったり叶ったりって感じだったし、恵楽さんも誰も住まなくなって廃墟みたいになったら嫌だって理由で、現状維持をしてくれる人を探していたみたい。だから、お互いに利害が一致した感じで、私は、あの家で暮らすようになったの。でも、恵楽さんとか、家族の人が帰ってきたら、またすぐに引っ越すつもりだったし、私としては、一時的なものと思っていたんだけど……」
そこで、鈴は少しだけ言葉を詰まらせた後、また話を続けた。
「実は、二年ぐらい前の話なんだけど、恵楽さんが行っていた所で、テロがあって……ある医療施設が攻撃を受けたなんて話があったの。それで、そこにいた恵楽さんの両親が亡くなったって……」
鈴は、これ以上話せないといった感じで、それから何も言わなくなった。そうした様子を見て、欽也は息をついた。
「そのテロの話も、和義などからもらっている。恵楽の両親などは、紛争地域というか、テロリストがテロ行為を繰り返す地域にいたらしい。ただ、みんな平等に扱うといった形で、テロリストの治療などもしてたそうだ」
欽也は、和義などからもらった情報を淡々と話し続けた。
「ただ、ある時、テロリストがそうした医療施設にテロ行為を仕掛けて、それでそこにいた多くの医者などが亡くなったそうだ。その中に、その恵楽の両親もいたようだな」
「そんなことまでわかっているなら、もう全部話すしかないね。私も、それについては、色々と調べたの。とにかく、恵楽さんが生きているかどうかが気になって……でも、恵楽さんは行方不明って感じで、何もわからなくて……今も生きてくれているなら、単純に嬉しいよ。でも、そんな人殺しみたいなことをしているなんて、信じたくないよ」
そんな鈴の言葉に、圭吾は何も言えなかった。
「その恵楽って奴の写真はねえか? それを圭吾とかに見せれば、ホントにそいつがケラケラかどうかわかるだろ?」
「……うん、そうだね。私も、ちゃんと確認してもらいたいから……」
そう言うと、鈴はスマホを操作した。
「結構前の写真だけど、これが恵楽さんだよ。どうかな?」
「私も見ていいですか?」
「うん、千佳ちゃんも会ったんだもんね。一緒に見て」
そうして写真を見せてもらい、圭吾と千佳は軽く息をついた。
「雰囲気は違うが、同一人物だと思う」
「私もそう思います。この人です」
「そうなんだね……」
鈴は、色々と思うところがあるようで、複雑な表情を見せた。
「このこと、和義や、記者をしてる速水に伝えようと思う。この速水というのは、さっき話した朋枝や隆と一緒にいるから、二人にも話が伝わるだろう」
「うん、そうだね。それに、何で恵楽さんがそんなことをしているのか、しっかり調べてほしい」
「あと、警戒するよう全員に周知させてえから、さっきの写真、共有してもいいか?」
「私が決めていいのかわからないけど、任せるよ」
その後、鉄也は鈴から写真を受け取ると、それをみんなに共有した。
「あと、朋枝がかかわってることは、俺達の間だけで共有しよう。どうせ、連絡を取る時は、一緒にいる速水や浜中にするから、問題ねえだろ?」
「ああ、別に構わないが……別に隠す必要もないんじゃないか?」
「朋枝は、トモトモという名前でモデルをしてて、ダークのメンバーの中にもファンが多い。最近はCMやドラマなどにも出てて、ますます人気を集めてるんだ。だから、他の奴に知らせたら、どうにか会いに行こうとする奴も出てくるかもしれねえ。そうならねえよう、俺達だけが知ってるだけでいい」
その意見自体は、正しいもののように感じた。ただ、鉄也の話し方などから、圭吾はある疑問を持った。
「鉄也も、トモトモのファンなのか?」
「いや、そんなんじゃねえよ!」
そうした形で否定されたものの、鉄也もファンの一人なんだろうと圭吾は感じた。そのため、圭吾は軽く笑った後、話を続けた。
「ファンになる気持ちはわかる。ライトのメンバーでも、トモトモのファンが多いから色々と見させられたが、様々なことを頑張ろうとしてる感じで、俺も好感を持ってるぞ」
「私も好きです。今朝、会えた時は驚きましたし……色々と苦労してたことも知って、ますます応援したくなりました」
「朋枝ちゃんは、さっきも言った通り、母親などから虐待を受けて、すっかり自分に自信を失っていたんだけど、そんな朋枝ちゃんが芸能界という、自分に自信を持っていないとできない仕事に就いてくれたこと、私も嬉しいよ。まあ、その分、心配もあるから、みんなで朋枝ちゃんを応援してほしいかな。鉄也君も、ファンとして応援してくれるよね?」
「ああ、やめろやめろ! 俺が誰のファンになろうが、関係ねえだろうが!」
この段階で、さすがに攻め過ぎたかと圭吾は思った。それは、千佳や鈴も同じのようで、ここで鉄也を攻めるのはやめた。
「まあ、朋枝のことを他の人に伝えないって部分では俺も賛成だ。だから、鈴と千佳もそうしてほしい」
「うん、わかった」
「私も、わかりました」
そうした形で話がまとまったところで、圭吾は自分の用事を済ませることにした。
「俺は改めて、悪魔が乗ってたバイクに使われてたパーツについて調べてみる。とりあえず、これから自分の店に戻ってみるつもりだ」
「それもあったな。一応、ネットオークションなんかを探した結果だけ伝えておく。こっちに来てくれ」
それから、圭吾は鉄也と一緒に移動した。そして、鉄也はパソコンの画面を圭吾に向けた。
「圭吾の言う通り、かなり珍しいパーツだから、ネットオークションに出品されること自体、ほとんどなかった。それに、出品されても、高過ぎて誰も手を出してねえし……その分、誰がこれをどうやって入手したかがわかれば、そのまま悪魔を特定できるだろうな」
「中古ショップで購入したと考えるのが自然だろうな。ただ、考えてみれば、このパーツが店に入った時点で、他の店でも話題になるはずだが、そうしたことは、ここ最近で聞いてないな。そうなると、相当前に購入して……いや、前に監視カメラに映った時、このパーツをつけてない理由がわからないな」
「あらかじめ購入して、しばらくつけねえままでいたということはねえか?」
「こんな素晴らしいパーツを入手して、すぐに交換しないなんて、ありえないぞ?」
「それは、圭吾の考えだろ? いや、でも……圭吾の言う通りかもな。そうなると……」
「えっと、ちょっといいかな?」
不意に声をかけられて、振り返ると、そこにはホームレス達がいた。
「どうしたんですか?」
「私達のせいで迷惑をかけてしまって、それだけでなく犠牲者まで出してしまって……本当にすまなかったね」
「全員を守れなかったのは、リーダーである俺の責任です」
「違う。鉄也だけじゃない。俺の責任でもあるぞ」
フォローするように圭吾がそう言うと、鉄也は複雑な表情を見せた。
そうして、圭吾と鉄也が黙っていると、ホームレスの一人がまた口を開いた。
「私達は、何か力になれることがあれば、何でもしたいと思ってて……今、そのバイクのパーツを探してるんだよね?」
「はい、悪魔……さっき襲撃してきた奴が乗ってたバイクに、このパーツがつけられてたようで、圭吾の話だと、相当珍しいものらしいです」
「はい、鉄也の言う通りです。だから、これをいつどうやって入手したか調べたうえで、これを入手した人物を特定したいんです」
「それ、ちょっと見てもいいかな?」
そう言うと、ホームレス達は、パソコンの画面をじっと見始めた。
「普段、私達は廃品回収などをしてて、主に空き缶集めが中心だけど、時々、こうしたバイクの回収なども依頼されることがあるんだよ」
「そうなんですか?」
「人が亡くなって、その遺品の処分に困ってとか、そういった理由で、依頼されるんだ。それで、バイクだけでなく、色々な電化製品なんかも回収して、それをジャンク屋みたいな所に引き取ってもらうことがあるんだよ」
その話は、何となくという形で認識していただけだったため、これまでは深く考えていなかった。ただ、改めて考えた時、圭吾は重要な情報のように感じた。
「こうしたジャンク屋というのは、様々な物を扱うから、珍しいから高くなるとか、そういうことはほとんどないんだよ。だから、ある程度決まった値段で買い取った後、価値のわかるそれぞれの専門店に売ることで、利益を得るといったことをしてるんだ」
「だったら、直接専門店に売る方がいいんじゃねえかって感じますけど、そうはいかねえんですか?」
「私達に依頼してくるのが、ジャンク屋なんだよ。だから、私達は仕事をして、少しでも収入が得られれば、それでいいと従うしかないんだよ」
話を聞く限り、価値のありそうな物の回収という、重労働をホームレスに頼んだうえで、それを安く引き取った後、それを高額で売るといったことをジャンク屋は行っているようだ。それは、ホームレスを利用して、楽して稼いでいるような印象を持ち、圭吾は複雑だった。
「それで話を戻すけど、物の価値がわからないジャンク屋から、直接取引をしてた場合、そんなレアなパーツがあったとしても、そこまで話題にならないんじゃないかい?」
「確かに、自分の店でも、ジャンク屋と取引することはあります。今、人を使って様々な中古ショップを調べてもらってますが、その中古ショップと取引をしてるジャンク屋なども一緒に調べてもらうようにします」
「私達がよくやり取りしてるジャンク屋も教えておくよ。時間があれば、そこにも行くといい」
「わかりました。ありがとうございます」
そうした形で、圭吾は調べたいことが明確になり、視界が晴れたように感じた。
「それじゃあ、俺は行ってくる」
「圭吾、またどこかで悪魔やケラケラと遭遇する危険もある。ライトだけでなく、ダークのメンバーも連れて行け」
「いいのか?」
「それなりにバイクに詳しい奴をつけてやる」
そうして、圭吾はこれまで一緒に行動していたライトのメンバーだけでなく、鉄也がお願いしたダークのメンバーもつけてもらった。
そして、圭吾達はそれぞれバイクに乗ると、その場を後にした。




