後半 27
光達は、空いていた会議室に入ると、それぞれ椅子に座った。
「何から話そうかというところだけど……」
そうした形で、話を振ったものの、具体的に何を話せばいいかわからず、光は困ってしまった。
「まず、私からいいかしら?」
すると、絵里から話を振ってきた。
「隆君と朋枝ちゃんに、改めて言うわ。本当に危険だし……」
「俺にとって、春来と春翔は恩人なんです。それで、絶対に恩を返すって約束したんです。それなのに……その約束を果たせないまま、春来と春翔が死んで、何もできなくて……でも、今そのTODとかいうのをどうにかできたら、それが恩返しになると思うんです。だから、どんなに危険でも、俺は何か少しでもできることがあるなら、それをしたいんです」
「私も隆君と同じです。私は幼い頃に虐待を受けて、そんな私を助けてくれたのは、春来君や春翔ちゃん、それに隆君達です。みんながいなかったら、私は今、生きていたかどうかもわかりません。ですから、どうして春来君達が亡くなってしまったのか、知りたいです。それは、どんな危険があったとしてもです」
隆と朋枝の言葉を受けて、絵里はため息をついた。
「それじゃあ、しょうがないわね。少しずつ話をしていくわ」
「あ、待って。そういうことなら、二人に話をしてる間に、ビーさんから何を託されたのか、色々と確認させてよ」
和義がそんな風に言ったため、速水は頷いた。
「ええ、和義君などにも託すべきだとビーさんが言っていたし、いいわ。これがビーさんから託されたスマホなんだけれど……」
「少しだけスマホを貸してくれれば、クローンっていう、いわゆるコピーみたいなことができるよ。今回は、このノートパソコンにクローンを入れるよ」
「それは私も知っているわ。それじゃあ、お願いするわ」
そうして、絵里はビーから託されたスマホを和義に渡した。
「すぐ光とかにも渡せるようにするね」
「ありがとう。ただ、それの扱いは注意が必要だと思うから、ビーさんの言った通り、和義君、浜中さん、それに僕の三人にだけ共有してもらって、最終的にそれをどう使うかというのは、常に絵里さんの判断に任せるようにしよう」
「そうしてもらえると助かるわ。本当は、私一人で全部使えるようになるべきなんでしょうけれど、それは無理だから、協力してほしいわ」
「オッケー」
「はい、わかりました」
そんな話をしていると、浜中が深刻な表情になった。
「私は、それを渡されたところで、どうしていいかわからないし……」
「こうして一緒に行動しているんだから、むしろ持っていてくれないと、何か話をするにも気を使って困ることになるじゃない。それに、ビーさんは浜中さんにもって言っていたんだし、受け取ってほしいわ」
「……わかったよ」
まだ抵抗があるようだったものの、浜中は渋々といった形で了承した。
「ああ、そうだ。ビーさんが持っていた荷物、私が預かっていたんだよ。これは、絵里ちゃんに渡せばいいかい?」
「ええ、そうね。それは私が受け取るわ。それと、私も忘れていたわ。私達がここに来たのは、光君や和義君などに、分析してほしい音声ファイルがあったからなの。このノートパソコンに入っているんだけれど、どこに送ればいいかしら?」
「だったら、このSDカードに入れてよ。そしたら、俺から光とかにも送るよ」
「わかったわ」
「ところで、何の音声なの?」
「孝太君が亡くなる直前、ボイスレコーダーに音声を録音していたのよ。ただ、ノイズがひどくて……一応、私の方で色々と加工して、聞き取りやすくはしたんだけれど、まだ聞き取れない部分があるのよ。だから、どうにか音声を加工して、聞き取れるようにしてくれないかしら?」
「オッケー。やってみるよ」
そう言うと、SDカードを使い、絵里と和義はファイルのやり取りをした。
「その音声、千佳ちゃんや美優ちゃん、翔君へのメッセージが入っているから、本人に聞かせてあげてほしいわ。ただ、最後に銃声も聞こえて……そこはショックを与えると思うし、聞かせないであげてほしいわ」
「オッケー。気を付けるよ」
それから、絵里はまた隆と朋枝に顔を向けた。
「ごめんなさい。話を中断してしまって……」
「ビーさんって、私が虐待を受けていた時に、裏で助けてくれた人ですよね? それに……春来君達の取材をしていた、阪東さんが、ビーさんですよね?」
「え、マジかよ?」
「何で、隆君が気付いていないんですか? あの春来君が取材を受けるなんて、ビーさんか、ビーさんの関係者しか考えられないじゃないですか?」
そんな朋枝の言葉を受けて、絵里は頷いた。
「ええ、朋枝ちゃんの言う通りよ」
「そうだと思って、実はこっそりとお礼を伝えたことがあるんです。でも、その時ははぐらかされてしまったので、もしも改めてお礼を伝えられるなら、是非伝えたいと思っていたんです。ここにはいないようですけど、どうにかして会えませんか?」
その言葉に、絵里は複雑な表情を見せた後、口を開いた。
「……話しておくべきね。ビーさんは、亡くなったの」
「えっと……どういうことですか?
「さっき、下が騒ぎになっていたでしょ? あれは、ここを襲撃してきた人がいて……ビーさんは、その人に殺されてしまったの」
そこまで伝えたものの、朋枝は何を言えばいいかわからない様子で、黙っていた。それに対して、隆が口を開いた。
「いや、俺も頭が追い付かねえんですけど、襲撃されたとか殺されたって……そもそも、孝太もそうですけど、ターゲット以外も命の危険があるって、どういうことですか?」
「隆君の言う通り、疑問を持つのは当然よ。でも、それが現状なの。この際だから、はっきり伝えておくわ。今回のTODにディフェンスとして参加していた、篠田さんも殺されたわ。隆君の言う通り、ビーさんや孝太君もそうだし、TODにかかわること、それ自体が危険なのよ。そのことを改めて認識してほしいわ」
絵里の言葉に、隆と朋枝は深刻な表情を見せた。ただ、決心は揺るがないようで、二人とも頷いた。
「それじゃあ、改めて色々と話していきたいところだけれど……全部話そうと思うと、時間がかかるし、ここでは簡単な話だけして、詳しいことは後で話しましょうか。とりあえず、連絡先を教えておくわ」
「はい、お願いします。ただ、俺はスマホを持っていないので……」
「いつも通り、私が中継しますよ。ということで、絵里さん、私と交換してください」
そうして、絵里と朋枝は連絡先を交換した。
「それじゃあ、改めて、隆君と朋枝ちゃんの目的は、春来君や春翔ちゃんが亡くなった真相を知ること。それと、可能なら、TODそのものを潰すというものでいいかしら?」
「はい、俺はそうです」
「私もそうです。ただ、他に気になることもありまして……それは、後で聞きます。まず、春来君と春翔ちゃんに何があったのか、わかっていることを教えてくれませんか?」
そう聞かれて、絵里は複雑な表情を見せた。
「それについては、色々と調べているところで……」
「その件については、私から話してもいいかい? 一年前……」
「待って!」
浜中が説明しようとしたところ、絵里は強い口調でそれを止めた。
「浜中さん、不確かな情報は、むしろ混乱を招くわ。それに、浜中さんの話、私はやっぱり信じられないの。だから……隆君と朋枝ちゃんには申し訳ないけれど、その件については、もう少しだけ色々なことがわかってから、話をさせてもらえないかしら?」
「いえ、不確かでもいいんです。私は、モデルだけでなく、様々な芸能活動を始めました。その理由は、世間一般に出ていない情報が見つかるかもしれないという期待もあったからです。でも、春来君と春翔ちゃんが亡くなった理由は、ほとんどわからないままで……だから、何でもいいです。聞かせてください」
「俺も同じ気持ちです。絵里さん達は、これまで色々と調べて、それでわかったことがあるんですよね? それを全部教えてください」
隆達の願いを受けて、絵里は複雑な表情のまま、黙ってしまった。その様子を見て、これまで見守っていた光は口を開いた。
「速水さ……いえ、絵里さんでいいですかね?」
「別にどちらでもいいわ」
「それじゃあ、みんなに合わせて、絵里さんと呼びます。挨拶が遅れてしまいましたけど、こうしてちゃんと話すのは初めてでしたね。改めて、宮川光です」
「順番が滅茶苦茶になっていたわね。私は、速水絵里よ。こちらこそ、よろしくお願いします」
「それで、絵里さんが調べていること、僕達でも調べられます。むしろ、そうやってみんなで調べた方が、色々なことがわかると思います。だから、話してくれませんか?」
光がそう伝えると、絵里は少しだけ考え込むように黙った。それから、何か結論を出した様子で、口を開いた。
「ビーさんから託されたスマホに、そうした情報は全部入っているわ。だから、それを使って、光君や和義君が色々と調べてくれないかしら? ただ、調べるのは二人だけにしてほしいわ。一年前に何があったかというのは、パンドラの箱のようなもので、明らかにしていいものかどうか、私も判断に迷っているの。だから、何かわかったとしても極少数で共有して、色々と確かな情報が集まったところで、隆君や朋枝ちゃんにも報告するわ」
「……わかりました」
隆と朋枝は納得していない様子だったものの、どうにか了承していた。
「こちらもわかりました。和義君、今、絵里さんが言った通り、一年前の情報については、気を付けて扱おう」
「オッケー」
「ところで、クローンはどれぐらいかかりそうかしら? 終わったら、私はまた別行動を取るつもりなんだけれど?」
「僕達と一緒に行動しないんですか?」
「私も浜中さんもマスメディアにマークされているから、一緒に行動するのは控えるわ。でも、定期的に連絡はさせてもらうわ」
「そうですか。わかりました」
「クローンの方は、もうちょっとかかるから、そっちの話を続けてよ」
「わかったわ。終わったら教えてほしいわ」
それから、絵里は隆達に視線を戻した。
「隆君と朋枝ちゃんのもう一つの目的、TODそのものを潰せるかどうかという話をするわ。これについては、光君達も色々と動いてくれているわよね? だから、むしろ光君達の話を聞きたいわ」
「それじゃあ、僕から話します。といっても、こっちも色々と明らかになったことばかりで、情報を整理しているところです。これまで、TODが世間一般で知られていないのは、マスメディアだけでなく、ネットの情報も規制されているからだと考えていて……それをするには、セレスティアルカンパニーや、インフィニットカンパニーのような会社がかかわっている可能性が高いんです」
「マスメディアの方は、私達が調べてもほとんど情報が出てこなくて、それこそマスメディアのスポンサーをしている、大企業なんかが止めていると考えているわ。というか、セレスティアルカンパニーがかかわっている可能性もあるのかしら?」
「さっきわかったことですけど、和義君が色々と調べてくれて……ここのシステムに意図的な不具合を起こす仕組みが仕込まれていたんです。そのせいで、あらゆる通信機器を簡単に誤作動できる状態になっていたんです」
「付け焼刃ではあるけど、それは俺の方で対策したから、後で対策ソフトを送るよ」
和義は、口を挟むような形でそんなことを言った。
「この後、ここにはシステムの解析などができる人を何人か残して、僕達は移動する予定です。こう言うと不安になるかもしれないですけど、ここも安全じゃない可能性があるんです」
「すいません、質問してもいいですか?」
そう言いながら手を上げたのは、隆だった。
「さっき、インフィニットカンパニーって言いましたよね? それ、俺の中学時代の友達で……絵里さんは覚えてますかね? 成瀬学の親が、インフィニットカンパニーに勤めてるとか聞いたことがあるんですけど?」
「学君のことは覚えているわ。ただ、インフィニットカンパニーとかかわりがあることは知らなかったわ。インフィニットカンパニーって、実は良くない噂も多くあるのよ。何より、何をしているか実態がよくわからなくて……学君の親が勤めているというなら、色々と話を聞いてみたいわね」
「俺も、久しぶりに学と話したいですし、後で連絡してみます」
「あの、私もいいですか?」
そう言うと、隆に合わせたのか、朋枝も手を上げた。
「私は芸能活動をしていますので、多少なりともマスメディアとかかわりがあります。明日も、CMの撮影がありますし、誰かに何か聞けるのであれば……」
「それはやめた方がいいと思うわ。単に干されるだけでなく、ありもしないスキャンダルを出される可能性もあるし、朋枝ちゃんは、これまで通りの芸能活動を続けるべきよ」
「……そうですか」
朋枝は、残念そうな様子でそう呟いた後、まだ何か言いたい様子で、絵里に顔を向けた。
「あと、関係ないかもしれないんですけど、私が虐待を受けていた時、私を助けてくれた保健の先生……剣持恵楽先生は、今何をしているか、わかりますか?」
「えっと、調べれば、色々とわかると思うけれど、それは急ぎかしら?」
「はい、急ぎです。というのも……私、先生に助けてもらった時、何でもいいからお礼がしたいと言ったんです。私としては、何かを作って、それをプレゼントするとか、その程度しか思い浮かばなかったんですけど……」
朋枝は一旦言葉を切り、その先を言おうか迷っている様子だった。ただ、決心したようで、すぐにその先を続けた。
「先生から、何かあだ名を付けてほしいと言われたんです。というのも、先生は生徒からあだ名で呼ばれるのが憧れだったようで、何でもいいからあだ名を付けてほしいとお願いされたんです。それで、安直なんですけど、恵楽という名前から、ケラケラって名前を付けたんです」
「え?」
「芸能活動をする時、私の芸名も朋枝からトモトモって名前にしましたし、本当に安直だと思います。でも、先生は、ケラケラって名前をすごい気に入ってくれたんです。それで……今回のTODに、ケラケラと名乗る人がオフェンスとして参加していると聞いて、何か嫌なものを感じたんです。別に、ただ単に名前というか、あだ名が同じなだけで、関係ないと思います。というか……関係ないと思いたいんです。だから、調べてくれませんか?」
朋枝の話を受けて、絵里は頷いた。
「わかったわ。それぐらいなら、簡単に調べられると思うわ」
「俺も調べるけど、写真とかが見つかったら送ってよ。ケラケラと会ったことがある、ランとかに投げれば……ああ、ランは今ゴタゴタしてたんだ。とりあえず、こっちでも色々調べるよ」
「あ、はい。お願いします。私の考え過ぎで、何もなければそれでいいんですけど、お手数をおかけしてしまい、すいません」
「こんなのお手数にならないっての」
その時、会議室のドアをノックする音がした。そして、ドアを開けると、ライトやダークのメンバーがいた。
「鉄也さんから、ここのシステムを見るように言われて来ました」
「ありがとう。色々と話しているところだったけど……実は、ここで話すのも、安全かどうか怪しいし、予定通り、ここは離れようかね」
「丁度、こっちも終わったよ。このスマホは返すね」
そう言うと、和義はビーから託されたスマホを絵里に返した。
「それじゃあ、私達も行くわ」
「僕達はどうしようかね?」
「とりあえず、元々用意していた潜伏先に行こうよ。そこが安全かどうか、保障はないけどね」
「まあ、それがいいかもね」
「さっき言った通り、私は別行動を取るわ」
「わかりました。絵里さん、さっき言った通り、ビーさんが託してくれたものについて、僕達も何かわかったら、すぐに知らせます」
「ええ、お願いするわ。私も何かわかったら、すぐに共有するわ。それじゃあ、浜中さん、行くわよ」
そう言ったところで、隆は口を開いた。
「それなら、俺も絵里さんと一緒に行きたいです。学とかから話を聞くの、顔見知りの絵里さんがいた方がいいですよね?」
「確かにそうだけれど、さっきも言った通り、私と浜中さんはマスメディアからもマークされているし……」
「僕達が安全というわけでもないので、ここは隆君達の希望を聞いてあげてくれませんか?」
光からそう言われて、絵里は息をついた。
「私としては、ライトやダークに隆君達を守ってもらう予定だったんだけれど……」
「私も絵里さんと一緒に行動したいです。この件に関係なく、芸能界で生きていくためにはどうすればいいか、絵里さんと一緒にいることで、わかることがたくさんある気がするんです。だから、私からもお願いします」
そんな隆と朋枝の言葉を受けて、絵里は頷いた。
「わかったわ。それじゃあ、私達は、浜中さんと、隆君、朋枝ちゃん、それに私の四人で行動するわ。それでいいかしら?」
「わかりました。それじゃあ、バタバタしてしまいましたけど、とりあえずここは離れましょうか」
「オッケー。俺もそれで賛成だよ」
そうして、光達は、それぞれやり残したことなどを終えたうえで、この場を後にした。




