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TOD  作者: ナナシノススム
後半
257/284

後半 23

 悪魔は立ち上がると、すぐに銃を取り出した。それを確認しつつ、翔は一気に距離を詰めると、警棒を振って銃を弾き飛ばした。

「翔、離れろ!」

 そう言われて、翔は悪魔から距離を取った。その直後、冴木は悪魔に向けて何発も銃を撃った。しかし、相変わらず悪魔のダメージには、なっていないようだった。

 その時、美優の乗った車が動き出し、周囲を回り出した。そのことを確認しつつ、冴木の銃が弾切れになったタイミングで、翔は悪魔の背後に回った。

 圭吾と鉄也から聞いた通り、翔は悪魔の背中を攻撃するつもりだった。しかし、悪魔がリュックを背負っていたため、背中への攻撃は難しかった。

「リュックを背負っているので、背中への攻撃は恐らく無理です!」

 そう言いつつ、翔は頭を切り替えると、当初の予定通り、膝の裏に蹴りを与えた。こうした関節への攻撃は有効だったようで、悪魔は体勢を崩した。しかし、悪魔は体勢を崩したまま、こちらに向けて蹴りを繰り出してきた。

 それは直線的な軌道だったことと、わずかに狙いが外れていたことから、どうにか横へ身体をずらすことで回避できた。ただ、その際に風圧のようなものを感じて、翔は一瞬寒気がした。

「翔、無茶するな! そいつとは距離を取れ!」

「はい!」

 その間に冴木は銃弾を装填したようで、翔が距離を取ると、また銃を撃った。

 その際、銃弾の一つが悪魔のヘルメットに当たったように見えたものの、それも弾かれてしまった。ただ、銃弾が当たった瞬間、少しだけ悪魔はよろめいた。

「やはり、ヘルメットも防弾みたいだ。ただ、多少なりとも衝撃はあるようだ。翔、距離を取りながら、警棒で頭を狙うのも有効なはずだ」

「わかりました」

 あらかじめ決めていた通り、翔と冴木は二手に分かれ、悪魔の注目がこちらに向いていない時に攻撃して、注目を向けさせた後、回避に専念するといった行動を交互に繰り返した。

 ただ、悪魔も背後からの攻撃を警戒しているようで、近付こうとしたタイミングで腕を振ってくるなど、対処してきた。

 そうした中で、悪魔が新たな銃を取り出した時、冴木に狙いが向いている際は、翔が悪魔の関節を攻撃することで狙いをそらすようにした。一方、翔に狙いが向いている際は、冴木が銃で悪魔のヘルメットを撃つことで、援護してくれた。そして、翔は警棒を使い、悪魔の銃を弾き飛ばすことを繰り返した。

 こうした行動は、悪魔に対して多少なりとも有効だったようで、翔と冴木を相手にどう対処しようか混乱している様子だった。しかし、悪魔に対してダメージを与えられていない以上、状況が良くなることがなく、翔は何を目的にすればいいか、少しずつ迷いを持ち始めた。

「翔、集中しろ!」

「はい!」

 そんな翔の迷いに気付いたようで、冴木が声を上げた。それにより、翔は集中力を高めた。

 とはいえ、倒すことができないということは、何の進展もないということで、集中力を保つのは困難だった。

 その時、クラクションが聞こえて、翔はそちらに目をやった。そして、比較的近い位置で、美優が車を止めていることを確認した。

「美優!?」

「翔、悪魔に集中しろ!」

 そうして悪魔に意識を戻すと、これまで距離を取っていた冴木が悪魔の至近距離まで迫っていた。一方、悪魔は美優の方に気を取られているようで、接近してくる冴木に気付くことなく、美優の方へ銃を向けていた。

 そのため、冴木は背後から悪魔に近付くと、何度も膝の裏を蹴るだけでなく、そのまま体重をかけるようにして悪魔の脚を地面に押さえ付けた。それだけでなく、冴木は至近距離から背中を狙って何度も銃を撃った。すると、圭吾や鉄也が言っていた通り、悪魔は身体を震わせるような不自然な動きを見せた。

 そして、翔は冴木の銃が弾切れになったタイミングで悪魔に近付くと、繰り返し悪魔のヘルメットを叩いた。

 ヘルメットを攻撃した際、恐らく悪魔の頭部に多少なりとも衝撃が通っているようで、これまで何度もよろめいていた。そのため、こうして頭部への攻撃を繰り返せば、軽い脳震盪のうしんとうを起こして、動きを止められるかもしれない。そんな期待を目的に変えて、翔は何度も攻撃を繰り返した。

 ただ、こうして何度も攻撃しているにもかかわらず、ヘルメットが一切ずれなかったため、一年前と違い、ヘルメットが服などに固定されているのだろうと感じた。

 翔が攻撃をしている間に、冴木はまた銃弾を装填したようで、悪魔に銃を向けた。しかし、すぐに撃つことなく、翔に顔を向けた。

「翔、攻撃を続けながら聞け。ここで俺が足止めしている間に、美優と一緒に逃げろ」

「え?」

「俺がここに残る。大丈夫だ。一人でも逃げられる。むしろ、一人の方が逃げやすい。さっき話した通り、ここには別の車も用意してあるからな」

「いや、そんなこと……」

「俺なら大丈夫だ。だから、行け」

 そう言われたものの、翔は納得できなかった。

「冴木さん、死ぬつもりですか?」

 そして、ふと感じたことが自然と口から出てきた。

 これまで、冴木は人を殺すという一線を超えることを拒否してきた。それにもかかわらず、今の冴木は、無理をしてでもその一線を超えようとしている様子だった。

 そのことに翔はずっと疑問を持っていたものの、それこそ美優を守り切った後、一線を超えてしまった自分の命を自ら絶つほどの覚悟――死ぬ覚悟を持っているとしたら、妙に納得できた。それは、度が過ぎた考えだったものの、目の前にいる冴木を見て、それ以外の考えが浮かばなかった。

「攻撃の手が緩んでいる! 集中しろ!」

 そう言うと、冴木はまた銃を撃った。

 そして、翔は悪魔に意識を戻すと、また警棒でヘルメットを叩いた。

「俺のことはいい。サッサと行け」

「嫌です」

「美優と同じことを言うな。翔が一緒なら、美優だってここから逃げてくれる」

「それは、どうですかね? 自分はそう思いません」

 その間も攻撃を続けて、今のところ悪魔は動きを止めている。もしかしたら、軽い脳震盪どころか、失神している可能性もあるかもしれない。もしそうなら、このまま冴木と一緒に逃げるだけでいい。そんな期待を持ちながら、翔は攻撃を続けた。

 その時、悪魔は自らの胸元に右手を当てると、そのまま胸を押さえるように力を込めた。

 次の瞬間、悪魔は突然立ち上がると、乱暴に腕を振ってきた。その攻撃が当たり、翔と冴木は吹っ飛ばされると、それぞれ近くに止まっていた車に激突した。

「何だ!?」

「こいつ、デーモンメーカーを使ったのかもしれない!」

 悪魔が胸を押さえたのは、そうすることでデーモンメーカーを自らに投与する仕組みがあったのだろう。そんな推測を翔は持った。

 その推測が合っているかどうか、正解はわからない。ただ、悪魔の動きが変わったことは、明らかだった。

 そして、悪魔は銃を取り出すと、それを美優に向けた。

「美優、伏せろ!」

 その声が届いたのか、美優自身の判断か、美優は銃弾を避けるように身体を隠した。その直後、悪魔は容赦なく銃を撃ち、フロントガラスが割れた。

「やめろ!」

 冴木は、悪魔に迫ると、膝の裏を蹴った。しかし、悪魔は軽く膝を曲げただけで、すぐに膝を伸ばすと、反対に冴木の方が体勢を崩して後ろに倒れた。

 それを確認しつつ、翔は悪魔に迫ると警棒を振り、銃を叩き落とした。しかし、その直後、悪魔は翔の胸倉を掴むと、そのまま美優の乗る車に投げつけた。

 そうして、勢いよく車にぶつかり、身体に強い衝撃を感じつつ、翔は車のドアを開けた。

「美優、大丈夫か?」

「大丈夫だけど、翔と冴木さんは大丈夫?」

「ああ、今のところはな。ただ、状況は良くないな」

 どうにもできないほど最悪な状況で、翔はむしろ冷静になっていた。現状、悪魔が撃つ銃弾は、車が防御してくれる形で、翔と美優に当たらずに済んでいる。それだけでなく、そんな悪魔をどうにか止めようとしてくれているようで、冴木によるものだろう、別の銃声も聞こえた。ただ、悪魔は少しずつこちらに近付いてきているようで、現状を維持することすら難しかった。

「やっと追い付いたー。何か、すごいことになってるねー」

 ふとそんな声が聞こえて、翔はそちらに目をやった。そこには、ケラケラの姿があった。

「最悪だな」

 翔がそう呟いた直後、ケラケラは駆け寄ってきた。ただ、悪魔がまた銃を撃ったため、ケラケラは足を止めた。

「もう、危ないなー。私に当たるでしょー?」

 悪魔に対して、ケラケラはそんな文句を言った。それを見て、翔はこの状況を打開する方法を思い付いた。とはいえ、それは不確定要素も多い、とにかくリスクの高い方法だった。

 そうしたことを理解したうえで、他の方法はないと判断すると、翔は息をついた。

「美優、俺が合図をしたら、車を出て走るんだ。それで、冴木さんと一緒に、冴木さんが用意している別の車に乗ってほしい」

「待って! 翔は……?」

「悪魔とケラケラ、二人を同時に足止めできるかもしれないんだ。それを試してみる。安心しろ。俺は、美優と冴木さんと、三人一緒にここから逃げる」

 詳しいことは一切説明しなかったものの、美優は翔を信用した様子で頷いた。

「うん、わかった。絶対に、翔と冴木さん、三人一緒に逃げるんだからね? 約束だよ?」

「ああ、約束する」

 ただの口約束にもかかわらず、翔は必ずこの約束を守りたいと、強く思った。そして、悪魔が銃を撃ったことにより響く、銃声に集中した。

 銃はマガジンに装填された銃弾を撃ち終えた後、マガジンを交換するなどして、銃弾を装填する必要がある。その時は、当然ながら銃を撃つことができない。そのことを理解したうえで、翔は悪魔が銃弾を装填するタイミングがいつかを計っていた。

 そして、その時が来ると、翔は美優の手を引いた。

「今だ! 走れ!」

「うん!」

 そうして、翔と美優は車を出ると、あえて悪魔の方へ向かっていった。そして、翔は悪魔の銃をまた警棒で弾き飛ばすと、警棒を持っていない方の腕で、美優を冴木の方に誘導した。

「美優、言った通りにしろ! 俺は大丈夫だ!」

「わかった! 翔を信じるからね!」

 そうして、美優は翔の言う通り、冴木の方へ行ってくれた。冴木は納得していない様子だったものの、美優が説得してくれたようで、離れていった。

 その結果、翔一人で、目の前にいる悪魔と、こちらに近付いてくるケラケラの二人を相手にするという、絶望的な状況が作り出された。しかし、これが翔の望んだことだった。

「大丈夫だ。そう……孝太のように、この場を支配すればいい」

 そして、自分自身に言い聞かせるようにそう呟くと、深呼吸をした。

 かつて、緋山春来として過ごしていた時、司令塔を目指していた自分は、孝太が出ていた試合の映像を見て、その実力に驚いた。孝太は、司令塔として味方だけでなく、敵を含めた、フィールド全体を支配していた。それを見て、自分もそうなりたいと感じた。

 サッカーの試合に出た時、フィールド全体で何が起こっているか、何もかも理解できているかのような感覚を持ったことは、何度かある。そうした時、自分がどう動くかによって、他の人がどう動くかも理解できるように感じて、実際に自分の思い通りになったこともあった。

 今思い返すと、自分も孝太と同じように、フィールド全体を支配することができていたのかもしれない。

 そうしたことを思い出した時、この駐車場で何が起こっているか、自然と何もかも理解できた。そして、この場所を支配してしまおうと、集中力を高めた。

「ハンデなしでいくからね」

 それは、堂崎翔の言葉ではなかった。そのことを理解しつつ、かつてサッカーの試合を楽しんでいた時と同じように、自然と笑みが零れた。

 悪魔がいつどのタイミングで銃を撃つか。それを完全に理解できていれば、悪魔が銃を撃つ直前で身体を反らせば、銃弾が当たることはない。それだけでなく、自分の立ち位置によって、どこに撃たせるか誘導することもできる。

 一方、ケラケラは近くまで来たものの、悪魔などを無視して、そのまま美優の方へ行きたいと思っている様子だった。そんなケラケラを妨害する形で、ケラケラが行きたい方向に悪魔を誘導した。

「はいはい、こっちだよ!」

 そんなことを言いながら、悪魔のヘルメットを叩くと、こちらの期待通り、悪魔が寄ってきた。そして、目の前には悪魔、すぐ背後にはケラケラという状況を作り出すことができた。

 次の瞬間、背後から殴りかかってきたケラケラの攻撃をかわした。すると、その攻撃は目の前にいた悪魔に当たった。

 ケラケラが自らの筋力を増強するデーモンメーカーを使っていることもあり、その攻撃は強烈だったようで、悪魔は吹っ飛ばされた。

「あー、ごめんねー。でも、先に攻撃してきたのは、そっちだからねー」

 ケラケラがそんなことを言っている間に、またあえてケラケラと悪魔の間に立った。そして、悪魔がこちらに銃を向けて、撃とうとした瞬間、また身体を反らせた。その結果、背後にいたケラケラに銃弾が当たった。

「もう、邪魔しないでよー! 同じオフェンスでしょー!?」

 銃弾が当たったにもかかわらず、ケラケラは軽くよろめいただけで、すぐに叫び声を上げた。そんなケラケラからの攻撃を誘導しようと、あえて近付いた。

 すると、こちらの思惑通り、ケラケラは攻撃を繰り出してきた。ただ、その攻撃は合気道の技術を利用する形で、そのままケラケラを悪魔にぶつけるようにして受け流した。

 そして、悪魔はケラケラが迫ってきたと思ったのか、ケラケラを攻撃した。それを受けた後、ケラケラも悪魔を攻撃した。

「邪魔だなー! だったら、先に相手してあげるよー!」

 ケラケラは、怒った様子で悪魔の相手を始めた。そのタイミングで、悪魔とケラケラから離れると、近くに来ていた、冴木と美優の乗る車に飛び乗った。

「よし、ここを離れる!」

 車を運転しているのは、冴木だった。そして、自分が飛び乗った後部座席には、美優が座っていた。

「翔、大丈夫!?」

 そんな言葉をかけられて、自然と集中が切れた。

「ああ、そうか。自分は翔だったか」

 言ってから、おかしなことを言ってしまったと理解しつつ、翔は先ほどのことを振り返った。

「何だか、自分が自分でない気が……違うな。自分が色んなものであるような気がして……上手く言えないな」

「私だって同じだよ。私が何かなんて、上手く説明できないよ。ただ、私は翔が……目の前にいるあなたが何になったとしても、一緒にいるよ」

 美優は、とにかく自分のことを安心させようとしてくれているようだった。それは、自分のことを心配しているからだろうと思って、翔は深呼吸をした後、真っ直ぐ美優を見た。

「大丈夫だ。今の俺は翔だ」

「……うん、そうだね」

 この時、美優の複雑な表情が何を意味するのか、翔にはわからなかった。ただ、追求することはしなかった。

「美優も翔も、無茶し過ぎだ」

 冴木は、タイミングを計っていた様子で、そんな言葉をかけてきた。

「それは、こっちの台詞ですよ。冴木さん……」

 その時、後ろからバイクの音が聞こえて、翔は振り返った。そこには、バイクに乗る悪魔の姿があった。

「もう追い付いてきたか。どうにかして逃げ切ろう」

 冴木は具体的な策などを一つも挙げることなく、ただそれだけを言った。

 それが今の危機的状況を表していると感じつつ、翔は後を追ってくる悪魔に目をやり、これからどうすればいいか、頭を働かせた。

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