後半 22
翔は圭吾と連絡を取った後、美優と冴木にケラケラに関する情報を伝えた。
「圭吾さんから聞いた、ケラケラと遭遇した場所は、ここから近い場所でした。だから、もしも本当にこの場所をケラケラが知っていた場合、今すぐ襲撃してきても、おかしくないような状況です」
「わかった。だが、すぐに移動していいかどうか、判断に迷うな」
「自分もそう思います。今移動することで、むしろ出くわしてしまったり、追い込まれてしまったり、そうしたリスクがありますよね?」
「翔と美優は、引き続き監視カメラの映像を監視しろ。俺は念のため外に出て、何かあれば車のクラクションで伝える」
「わかりました。お願いします」
「あと、いつでも逃げられるよう、靴は履いておけ。床を汚したり、傷付けたりするだろうが、後で謝ればいいだろう」
「はい、そうですね」
そうして、翔と美優が靴を履いた後、冴木は外に出て行った。そして、翔達は監視カメラの映像に目をやった。
監視カメラの映像が停止した時、すぐに気付けるよう、先ほど冴木が点滅するライトを監視カメラの映る位置に置いてくれたため、翔達は、その点滅する光に注目した。
「美優、俺達が守るから、安心しろ」
ふと、美優が不安になっているだろうと思い、翔はそんな言葉をかけた。それに対して、美優は嬉しそうに笑った。
「ありがとう。何だか……翔、変わったね」
「え?」
「上手く言えないんだけど……表情が柔らかくなった気がするの」
そんなことを言われて、少しだけ驚きつつ、翔は自分の顔に手を当てた。
「そうか?」
「過去のことを隠すため、ずっと気を張っていたのがなくなったからじゃないかな?」
「それは、いいことなのか? こんな状況で気が緩んでいたら……」
「絶対にいいことだよ!」
美優から強く言われて、翔は少しだけ戸惑った。
「私も剣道をやる時、完全に気を張るより、いい形でリラックスするように意識しているよ。だから、翔もこれでいいんだよ」
ただ、真っ直ぐな美優の目を見て、これでいいのだろうと翔は思えた。
「あ、ごめん。ちゃんと監視しないとね」
「ああ、そうだな」
そうして、翔と美優はまた監視カメラの映像に注目した。ただ、今のところ点滅する光にも変化はなく、何の異常もなかった。
その時、翔は背後に誰かがいることに気付くと、美優を突き飛ばすと同時に、自らは立ち上がりつつ振り返った。
「あれー? おかしいなー? こっそり近付いたのに、何で気付いたのー?」
そこにいたのは、ケラケラだった。
「冴木さんが外にいるのに、どうやってここに入った?」
「私、道を使ってないからねー」
ここは、先が行き止まりになった一本道の途中にあり、周りは林に囲まれている。ケラケラは、その林を抜けてきたようだった。
「水野美優ちゃん、それにお姫様を守る王子様も、また会ったねー」
「俺が相手をするから、美優は外にいる冴木さんと合流しろ」
「でも……」
「だったら、俺一人で相手をするのは厳しいから、冴木さんを呼んできてくれ」
相変わらず逃げる気がない様子の美優に対して、翔はそう伝えることで、ここを離れる選択に誘導した。そんな翔の思惑を理解したのか、美優は渋々といった様子で頷いた。
「わかった。翔、気を付けてね」
「行かせないよー」
ケラケラが美優を捕まえようとしたが、翔は警棒を持つと、それを勢いよく振って伸ばした直後、そのままケラケラの膝の裏を攻撃した。そうした関節への攻撃は有効だったようで、ケラケラは膝を崩すようにして倒れた。
その間に美優が外へ出るのを確認しつつ、翔はケラケラの進路を妨害しようと、ケラケラの前に立った。
「今度はそんな棒で攻撃するなんて、やっぱりひどい王子様だねー」
「今回も、ハンデなしでいかせてもらう」
そう伝えると、ケラケラは翔の顔をまじまじと見てきた。
「あれー? 君、よく見たら、昔どこかで会ったかなー?」
「え?」
「うーん、いつだったかなー? 全然思い出せないやー」
ケラケラが何を言っているのか理解できなくて、翔は固まってしまった。ただ、整形したことにより、今と昔では顔も違うため、適当なことを言っているだけだろうと判断した。
「まあ、別にいっかー。じゃあ、今回も使っちゃおうかー」
そう言うと、ケラケラは注射器を取り出した。それは、一時的に筋力を強化する「デーモンメーカー」という麻薬だろうと判断して、翔は一気に近付いた。しかし、翔の予想と違い、ケラケラは注射器をこちらに向けると、そのまま攻撃してきた。
そんなケラケラの動きに動揺しつつ、翔は警棒を振った。それが注射器に当たり、注射器は粉々に砕け散った。
ただ、ケラケラはそれに構うことなく腕を振った。その攻撃を翔は腕で防御したが、そのまま大きく吹っ飛ばされてしまった。
「もう、デーモンメーカーを使っているのか?」
「肌に悪いから、嫌なんだけどねー」
翔が立ち上がった時には、もうケラケラが迫ってきていて、そのまま壁に押さえ付けられた。そして、ケラケラは新たな注射器を取り出すと、それを翔に向けた。
その時、銃声が響くと、拘束が解けたため、翔はケラケラと距離を取った。
「翔、大丈夫か?」
美優が状況を伝えてくれたようで、冴木は戻ってくると、ケラケラの肩を銃で撃って助けてくれた。
「はい、助かりました。ありがとうございます。美優は、逃げましたか?」
「美優が一人で逃げるわけないだろ。だから、こいつを始末した後、すぐ逃げよう」
冴木が「始末」という言葉を使ったことに、翔は少しだけ驚いた。そして、人を殺すという、一線を超えた行動は自分が引き受けるといった、冴木の言葉を思い出した。
「殺すつもりですか? 別に、どうにか動きを止めるだけでいいんじゃないですか?」
「いや、殺さないと、美優や翔だけでなく、多くの人の命が危険になるだろ?」
「でも……」
「前とは立場が逆になったな」
冴木の言う通り、以前は翔が危険な人物を殺すべきだと主張して、それに冴木が反対する立場だった。それが、いつの間にか逆転していて、翔は困惑した。
「何をゴチャゴチャ話してるのかなー?」
そう言うと、ケラケラが迫ってきたため、冴木は銃をケラケラに向けた。しかし、その手は震えていた。
そして、冴木が銃を撃つ前にケラケラが近くまで来たため、翔はまたケラケラの関節を狙って、警棒を振った。その攻撃により、ケラケラはまた体勢を崩した。
「冴木さん、逃げましょう!」
「え、ああ、そうだな」
その間に、翔と冴木は外へ向かった。その際、翔は監視カメラの映像を横目で見た。そして、点滅しているはずのライトが点滅することなく、ついたままになっていることに気付いた。
「冴木さん……」
「待ってよー」
その事実を伝えようとした時、ケラケラに首の後ろを掴まれたと思ったら、そのまま床に叩きつけられた。それだけでなく、今度は床に押さえ付けられて、翔は身動きが取れなくなった。
「翔!」
冴木の声が聞こえた直後、数回銃声が響き、また拘束が解けると、翔は立ち上がった。
「大丈夫か!?」
「はい、行きましょう」
「もう、痛いなー」
ケラケラは銃で撃たれながらも、そんな反応だった。ただ、翔と冴木はケラケラを無視して、そのまま外に出た。そこには、車に乗った美優がいた。
美優は、翔と冴木がすぐ車に乗られるよう、近くに止めただけでなく、後部座席のドアも開いたままになっていた。そのため、翔と冴木は飛び乗るようにして車に入った。
「美優、すぐに出せ!」
「はい!」
翔と冴木が乗ったことを確認すると、美優はすぐに車を発進させた。ただ、大通りの方へ行く道に向かったのを確認したところで、翔は伝えていなかった事実を思い出した。
「いや、そっちはダメだ! 監視カメラの映像が止まっていたんだ! すぐに止めろ!」
「え?」
美優は、驚いた様子で、急ブレーキをかけた。
その時、前からバイクで迫ってくる悪魔の姿が確認できた。
「美優、運転を変われ!」
そう言うと、冴木は無理やり美優を助手席に移しつつ、自らが運転席に座った。そして、車を勢いよく後退させた。
「二人とも、何かに掴まれ!」
その直後、冴木は車を勢いよく180度回転させて、迫ってくる悪魔と反対の方へ車を向けると、今度は前進させた。
ただ、そちらにはケラケラがいて、どうにかかわそうとしたものの、横を抜ける際に殴られ、それにより助手席側の窓ガラスが割れた。
「大丈夫か!?」
「はい、何とか」
美優は咄嗟に腕で顔などを庇った結果、ガラスの破片で多少腕を怪我したようだった。
「美優、後ろに移れ。翔、念のため怪我を見てくれ」
「はい、わかりました」
そうして、美優は後部座席に移ってきた。
「美優、翔、段差を下りるから、また何かに掴まれ!」
「わかりました」
それから、冴木はアクセルを踏み込み、勢いよく飛び出すようにして、段差を下りた。その際、強い衝撃があり、翔は美優を庇うように肩に腕を回した。
「大丈夫か?」
「はい、大丈夫です」
それから、翔は改めて美優の腕を確認した。そして、いくつか刺さったままになっていたガラスの破片を丁寧に取り除いた。
「美優、大丈夫か?」
「うん、ありがとう」
「出血は少ないが、念のためタオルで止血しておく」
そうして、翔はタオルを美優の両腕に巻いた。
「……やはりついてくるか」
冴木がそんなことを言ったため、翔は後方を確認した。そこには、こちらを追跡する悪魔の姿があった。
「それに、段差を下りたのは、良くなかったかもな。どこか損傷を受けたのか、どうも車の挙動がおかしい。美優、翔、途中で車を乗り換える。その際、既に話した通り、俺と翔が悪魔の相手をするから、美優は一人で逃げろ」
「嫌です」
「美優、言うことを聞いてくれ。代わりの車がいくつかある場所へ行くから、美優が行ってくれれば、俺達は逃げやすくなる」
「本当にそうですか? 車に乗るのに時間がかかって、逃げ切れるようには思えません」
美優の言うことを否定できないようで、冴木は言葉に詰まった。その様子を見て、翔は頭を働かせた。
「冴木さん、これから車を乗り換える場所は、どんな所ですか?」
「駐車場だ」
「だったら、美優は車に乗った後、周囲を回ってほしい。美優が悪魔の気を引いている間に、俺と冴木さんでどうにか悪魔の動きを止めて、それで一緒に逃げる」
「いや、俺は反対だ。美優はすぐに逃げるべきだ」
「私は逃げたくないです。だから、翔の言う通りにしたいです」
美優が強い口調でそう言うと、冴木はため息をついた。
「美優、腕は大丈夫か?」
「はい、大した怪我ではないです」
「だったら、お願いする。ただし、俺か翔に何かあった時は、すぐに逃げろ。と言っても、美優は聞かないだろうな。とにかく、鍵を渡しておく」
そうした形で、どうするかが決まった後、冴木は駐車場に車を入れた。
「多少なりとも向こうにダメージを与えるため、ちょっと強引なことをする。衝撃に備えろ」
そう言った後、冴木は急ブレーキをかけた。すると、すぐ後ろに迫っていた悪魔はブレーキが間に合わず、車にぶつかって倒れた。しかし、その衝撃により、制御ができなかったようで、近くに止まっていた車にぶつかる形で、こちらも動けなくなった。
「美優、あの赤い車に乗れ! 翔、俺と一緒に、あいつの銃をどうにかしよう!」
「わかりました!」
そうして、美優が冴木の言った赤い車に向かう中、翔と冴木は悪魔の方へ向かっていった。




