後半 19
朋枝と隆は、ペットショップを目指して電車に乗っていた。
「次の駅で乗り換えれば、もう少しだ。やっぱり結構かかったな」
「乗り換えで時間を使ってしまいましたね」
朋枝は、スマホを使って乗り換えの経路などを調べていたため、これだけの時間がかかることは予想していた。ただ、乗り換えをする際、タイミングが合わないことが多く、電車に乗っているより、電車が来るのを待つ時間が長かったように感じた。
そして、駅に着いたため、電車を降りると、朋枝と隆は次のホームに移動して、また電車を待っていた。その際、ふと隆の方を見ると、大事そうにミサンガに触れていた。
この日、そうした形で隆は何度もミサンガに触れていた。そのことに気付きつつ、朋枝は気を使って、これまで特に何も言わなかった。ただ、やはり言うべきだろうかと思い、口を開いた。
「隆君、そのミサンガ、とても大事にしていますね」
そんなことを言うと、隆は戸惑った様子を見せた。それを見て、言わない方が良かっただろうかと朋枝は不安になったものの、すぐに隆が笑ったため、少しだけ安心した。
「春翔の形見みてえなもんだからな。俺だけじゃなくて、もらった奴はみんな大事にしてる。切れても、無理やり接着剤とかでくっつけてる奴もいるからな。まあ、そんなことしていいのかって思うけど」
「切れたミサンガをつけ続けるのは、確かに良くなさそうですね」
「ただ、そういうジンクスみてえなの、俺はよくわからねえし、だから、できるだけつけてたいって思ってる」
そう言うと、隆はまたミサンガに触れた。
そして、ここまで話を聞けたことで、朋枝はもう一歩踏み込んだ話をすることにした。
「隆君は、春翔ちゃんのことが好きだったんですよね?」
そんなことを言って、隆がどんな反応をするのか、多少の不安があった。もしかしたら、怒るかもしれないとも思っていた。ただ、朋枝の想像と違って、隆は笑顔だった。
「ああ、好きだったよ。俺、人付き合いはそこまで得意じゃねえし、特に女子と話すことなんて、ほとんどなかったからな。だから、普段から気軽に話せる春翔のことを、好きにならねえわけねえだろ」
誰を好きかという話は、どこか恥ずかしい部分があり、親しい友人同士でもあまり話さないものだ。それにもかかわらず、何気ない話をするようにそんなことを言った隆を前にして、朋枝は自分から話をしたにもかかわらず、戸惑ってしまった。
「そういう朋枝だって、春来のことが好きだったんだから、俺と同じじゃねえか」
また、そんな言葉まで言われてしまい、朋枝は困ってしまった。
「同じ……ですかね?」
「悪い、変なこと言ったか? 何だか、同じじゃねえって感じだな」
「……隆君、そういうところですよ」
「いや、どういうとこだよ!?」
こうした形で、隆が朋枝の心の奥まで踏み込んでくることは、何度もあった。そして、その度に、朋枝は上手く心の整理ができないでいた。
「隆君は、今でも春翔ちゃんのこと、好きですか?」
それは、上手く整理できないまま、自然と出てきた質問だった。
それに対して、隆は少しだけ間を空けた後、真っ直ぐ身体を朋枝に向けた。
「ああ、好きだ。でも、最初から春翔には春来しかいねえって思ってたし、俺は春来も好きだから、二人が一緒になればそれでいいと思ってた。いや、こんな話をするのは違うか……。えっと、何が言いたいかというと……春翔より好きな人を俺は見つけたんだ」
この瞬間、朋枝はまるでドラマのようだと感じた。
「今、こんな所で言うべきじゃねえかもしれねえけど……」
「待ってください! その、心の準備もできていませんし……私は、今でも春来君が好きです。春来君だけが好きです。それは、ずっと変わらないと思います。だから、ごめんなさい」
隆の言葉を遮るように、朋枝は早口に近い形でそんな言葉を伝えた。ただ、伝えてから、言うべきじゃなかったと気付き、慌ててしまった。
「あ、ごめんなさい。その……ひどいことを言ってしまって……」
「何だよ。告白する前に振られちゃったな」
ただ、隆は笑顔で、それこそ冗談を言っているかのようだった。そんな隆を前に、朋枝は改めて申し訳ないと思いつつ、これ以上謝るのはむしろ良くないと判断して、何も言うことなく顔を下に向けた。
そうしていると電車が来たため、朋枝と隆は特に言葉を交わすことなく、電車に乗った。
今日が平日なだけでなく、通勤や通学の時間でもないため、電車の中は空いていた。ただ、朋枝と隆は椅子に座ることなく、ドアの近くに立った。
「今更だけど、制服は着替えるべきだったかもな。どう見ても、学校をサボってるようにしか見えねえもんな」
タイミングを計っていたのか、そんな何気ない言葉を隆は言った。
「そうですね。確かに、色々な人から見られていますね」
「それは制服のせいじゃなくて、朋枝だからだろ。サングラスとかマスクとか、あと帽子を被るとか、変装みてえなことしなくていいのか?」
「先輩などに聞いたんですけど、そういう変装は逆効果で、むしろ目立つからやめた方がいいと言われました」
「そうなのか?」
「それに、メイクをしていなければ、結構バレないものですよ」
「まあ、確かにメイクで大分変わるもんな。でも、やっぱりオーラってのがあるのか、朋枝は目立つよ」
「それは褒め言葉ってことでいいですよね? ありがとうございます」
「まあ、俺は芸能界とかよくわからねえけど、何か困ったことがあったら、いつでも言えよ?」
そんな話をしながら、朋枝は別のことを考えていた。
先ほど言った通り、朋枝が好きな人は春来だ。それは、今後も変えるつもりはない。そんなことが無意味だとわかっているものの、朋枝は強い意志でそうしたいと思っている。
ただ、隆と一緒にいて、普通に話すことは、とても気が楽で、それはそれで大切な時間の一つだ。というのも、他の人は朋枝を芸能人として扱い、対等な関係を作ろうとしてくれないからだ。
そんな中、隆は朋枝の芸能活動を心配しつつ、あくまで友人の一人として、対等に扱ってくれている。そのことを朋枝は嬉しく感じていた。
そして、先ほどのことがなくても、隆が自分に好意を寄せていることは、確信に近い形で気付いていた。それにもかかわらず、自分の都合でただの友人を継続させていることを、朋枝は申し訳なく思った。
それでも、朋枝にとっての春来は、とても大きな存在だった。それは、春来が亡くなった後も変わることなく、むしろさらに大きくなった。そのため、隆だけでなく、多くの人から好意を寄せられつつも、それを受ける気は一切なかった。
「明日は、また何か仕事があるんだろ?」
「はい、明日はCMの撮影があります」
「ドラマも今度また出るんだよな?」
「それは夏休み中に集中して撮影する予定です」
所属する事務所が学業を優先するように配慮してくれるため、朋枝の仕事は基本的に学校が休みの時に集中している。
「モデルの仕事もあるんだろ? さすがに忙しくねえか?」
「大丈夫です。むしろ、忙しい方が色々と悩む暇がなくて、助かっているぐらいです」
モデル以外の仕事が来るようになったのは、春来や春翔が亡くなってすぐのことだ。その時、朋枝は何も手につかないほど落ち込んでいたものの、むしろいい機会だと、その仕事を受けた。
そして、どこか悲しげな表情などが大きな反響を生み、気付けばCMやドラマの仕事がドンドンと増えていっているところだ。
「俺や英寿も、サッカーに打ち込むことで気を紛らわせてるけど、お互いに無理しねえで、休める時は休まねえとな」
「そうですね」
こうした優しさも含め、朋枝は隆に甘えてしまっていると自覚している。ただ、ずるいと思いつつ、それを変える気がないというのが現状だ。
「やっと着いたな」
「そうですね」
話をしているうちに、目的の駅に到着すると、朋枝と隆は電車を降りた。そのまま駅を出ると、隆は辺りの景色を確認するように見回した。
「わかりそうですか?」
「結構変わってるけど、さすがに大丈夫だ」
それからは隆の記憶を頼りに、ペットショップを目指した。
「てか、今更だけど店長がいなかったら、どうする?」
「どうにかお願いして、連絡先を聞きましょう。既に辞めてしまっているとしても、連絡先を知っている人が誰かいるはずです」
「言われてみれば、そっか。ああ、ここだよ」
そうしてペットショップに到着すると、早速朋枝と隆は中に入った。すると、すぐに一人の女性が二人を迎えてくれた。
「いらっしゃいませ……あれ? もしかして、隆君?」
その女性は、隆を見ると嬉しそうに笑った。
「お久しぶりです。覚えてくれてて、嬉しいです」
「覚えてるに決まってるでしょ」
「初めまして、私は万場朋枝です」
「うん、初めまして。それで、今日はどうしたの? というか、学校は……あ、学校をサボってデートかな?」
「違います。学校をサボったっていうのは、その通りですけど、ちょっとまた絵里さんに頼みたいことがあって……すいません、そんな時にしか来なくて……」
「ううん、いいよ。絵里ちゃんにってことは……また何か困ったことがあって、しかもこうしてここまで来たということは、緊急ってことかな?」
「はい、その通りです」
会話の様子から、この女性が店長だということはすぐにわかった。また、店長はこちらの事情をすぐに察したようで、スムーズに話が進んでいった。
「それじゃあ、早速絵里ちゃんに連絡するよ」
「大丈夫ですか?」
「絵里ちゃん、本格的に記者の仕事を始めてから、あまり連絡してこないの。だから、こうして連絡する機会があって、私の方が助かるよ」
そう言うと、店長はすぐに連絡してくれた。ただ、相手が出ないようで、複雑な表情を見せた。
「待ってね。かけ直してみるよ」
「いや、仕事中で忙しいんじゃないですか?」
「大丈夫だよ。ちょっと待ってね」
それから、店長は何度も電話をかけ続けた。その様子を見て、周りの店員は笑った。
「店長、最近は絵里ちゃんが構ってくれないってよく言ってたんだよ」
「まさに絵里ちゃんロスって感じだよね」
「前はもっと定期的に連絡を取り合ってたみたいだけど、それがなくなって、本当に心配なんだろうね」
「そうなんですか?」
隆の様子を見る限り、以前はそうじゃなかったようだ。そして、朋枝は大切な人に会おうと思っても会えない自分自身と店長を重ねた。ただ、会おうと思えば会える分、自分と店長は全然違う。そんな風に思い、胸が苦しくなった。
「あ、やっと出た。もしもし? 絵里ちゃん?」
その時、相手が出たようで、店長は嬉しそうな表情でそんなことを言った。ただ、すぐに表情を変えた。
「あなた、誰ですか? 何で、絵里ちゃんの電話に出るんですか? 刑事? 刑事だからって、絵里ちゃんの電話に出ていいわけないじゃないですか。絵里ちゃんはどうしたんですか?」
どうやら、電話に出た人物が別の人だったようで、店長は詰め寄るように質問を繰り返した。
「あなた、今どこにいるんですか? そこに絵里ちゃんもいるんですか? わかりました。今から行きます。そこにいてくださいね」
最後にそう言うと、店長は電話を切った。
「絵里ちゃんの電話、何か浜中って名乗る刑事が出てきて、今セレスティアルカンパニーにいるみたいだから、行ってくるね」
「え、直接行くんですか?」
「絵里ちゃんに変な虫がついたら大変だからね。隆君と朋枝ちゃんも一緒に行くでしょ?」
「えっと、いきなり行って大丈夫ですか? このお店のことだって……」
「二人とも、悪いけど店長に付き合ってあげてよ」
「そうそう、こうなると止まらないからね。ここは僕達だけで大丈夫だから、店長のことを見てあげて」
店員達からもそう言われて、朋枝と隆は従うことにした。
そうして、店長と一緒に車に乗ると、速水達がいるという、セレスティアルカンパニーを目指した。




