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TOD  作者: ナナシノススム
後半
252/284

後半 18

 光は、瞳と一緒にセレスティアルカンパニーを目指して急いでいた。

 ダークの本拠地が襲撃されたことなど、これまであったことについて、簡単な報告は受けていたものの、どこに敵がいるかわからない現状、まだ詳しいことは聞けないでいた。

 そうした中で、浜中達と会う約束をした後、光達はすぐセレスティアルカンパニーに向かった。その途中で、JJが現れたことや、和義が相手をしていること、さらには警備員が何人か犠牲になったという報告を受けて、一刻も早く到着したいと焦りを持っていた。

「みんな、大丈夫かな?」

「和義君達だって強いから、きっと大丈夫だよ」

「僕もそう思いたいけど、JJはあまりにも危険過ぎるよ」

「確かにそうだね。どうにか交渉の余地があればいいけど……」

 光達が行ったところで、戦力にはならないだろう。そう考えたうえで、光は何かしらかの形でJJの要求を受けて、どうにか穏便に済ませるつもりだった。そのためには、人の感情の変化などに敏感な瞳の力が必須だった。

 そうして、光達はセレスティアルカンパニーに到着すると、急いで中に入った。そして、和義達の姿を見つけた。

「みんな!」

 そんな風に声をかけると、全員がこちらに目を向けた。

「光、JJが来て……」

「状況は簡単に聞いているよ。浜中さん達が到着していることは知りませんでしたけど……」

 そんな話をしつつ近付いたところで、光はJJの前に立つ、銀髪の男性に目をやった。

「あなたは……?」

「後輩、久しぶりだな」

 その言葉だけで、高校時代、自分に「ケンカ」を教えた人物だと光はわかった。

「悪いけど、挨拶は後だ。今は、彼の相手を優先する」

「代わりに私が説明するよ。彼はビーと名乗っている、匿名希望の記者だよ。潜入取材をしていた際、そこで光君に会ったみたいだね」

 浜中から簡単な説明を受けて、多少なりとも光は理解した。そして、JJとの交渉をするつもりだったものの、それは後回しにして、ビーとJJに注目した。

「ゴチャゴチャして悪かったな。俺はいつでもいい」

「じゃあ、いくぜ?」

 そんなやり取りをした後、JJは一気にビーと距離を詰めてナイフを振った。それに対して、ビーはジャブをするようにして、ナイフを持ったJJの左手を弾いた。そして、カウンターに近い形で、そのままJJの顔を殴りにいった。その攻撃が当たり、JJは体をよろめかせた。

「ボクシンググローブは自らの拳を守るだけでなく、殴った相手に怪我を負わせづらいものとされている。ただ、脳への衝撃についてはそこまで変わらないと言われていて、実際のボクシングでも時々見られる通り、相手を気絶させることなどは十分可能だ」

 ビーは、レクチャーをするかのようにそんな説明をした。

「また、素手よりも大きいため、上手く使えば盾にもなる。線や点による攻撃や防御が中心になるナイフに対して、面による攻撃や防御ができるのがボクシンググローブという武器だ」

 ビーの言う通りで、ボクシンググローブはお互いを守るものとして使われている。そのため、単に素手の状態から弱くしたものと思われがちだが、実際は素手でできない利点が多くある。そうしたことを踏まえて、ビーが武器と表現したことに、光は色々と思うところがあった。

「そういうことなら、ハンデなしでいくぜ?」

 JJはどこか楽しそうな様子を見せつつ、今度は警戒しながら少しずつ距離を詰めていった。そして、ある程度の距離まで近付くと、ジャブのような細かい動きでナイフを振った。それに対して、ビーはナイフがギリギリ当たらない位置をキープするように、一定の距離を取った。

 そうしていると、しびれを切らした様子でJJが踏み込むと同時にナイフを振った。すると、ビーも一気に踏み込み、ナイフを右手で防ぎつつ、左手を振ってJJのボディを攻撃した。その攻撃により、JJが顔を歪める中、ビーはまたすぐに距離を取った。

「……和義君、少しいいかな?」

 光はビーとJJの対決を見ながら、小声で和義に話しかけた。

「何?」

「JJは何が目的でここに来たのかな?」

「ああ、ランの居場所が知りたいみたいだよ。理由はわからないけど、ランの潜伏先を俺が用意したこととか知ってて、それで潜伏先の候補を聞きに来たんだよ」

「それじゃあ、ここでのJJの目的は、和義君から話を聞くことなんだね」

「まあ、そういうことになるかな」

「あと、和義君がここに来たということは、何かセレスティアルカンパニーのシステムの問題に気付いたということかな?」

「さっきハッキングを受けて中断しちゃったから、確信は持ててないんだけど、多分見つけたと思うよ」

「ハッキング?」

 和義がハッキングを受けたという話は知らなかったため、多少の驚きがありつつ、そこまで話して、まず優先して何をするべきか、光は思い付いた。

「詳しい理由はわからないけど、このタイミングでJJが現れたのは、和義君の妨害が目的のような気がするんだ。それも含めて、JJの目的が和義君なら、ここから和義君がいなくなることが、向こうにとっての想定外になるんじゃないかな?」

「逃げろってこと?」

「逆だよ。JJの注意がこちらから外れている今のタイミングで、和義君には奥に進んでほしいんだ」

 その言葉に、和義は驚いた様子を見せた。

「いや、どうやって?」

「緊急時に使える非常階段があるから、それを使ってほしい。場所はここだよ」

 そう言うと、光はスマホを使って、非常階段の場所を伝えた。

「普段はロックされているけど、僕の権限を使えば解除できるから、タイミングを見て行ってほしい」

「私達もサポートするよ。少し待っていてね」

 一緒に話を聞いていたようで、瞳はそう言うと、その場にいた人達に光のしたいことを伝えてくれた。そして、それぞれ納得した様子で、協力してくれることになった。

「自然な形で私達が和義君を見えなくした後、抜けてもらうことにするね」

「うん、ありがとう」

「待ってよ。やっぱり、俺だけ逃げるのと変わらないじゃん」

「違うよ。セレスティアルカンパニーのシステムに何か問題があるとしたら、それが誰によるものかって考えるのが自然だよね? そして、和義君は、その答えにも気付いているんじゃないかな?」

 図星だったようで、そんな言葉を伝えると、和義は戸惑った様子を見せた。

「和義君が戦う場は、ここじゃないよ。だから、頑張ってね」

「オッケー。全力で戦うよ」

 和義は、光の考えや思いを理解したようで、嬉しそうに笑った。

 それを受けて、光達は和義の姿を隠すように少しだけ移動した。

 その間も、ビーとJJの対決は続いていた。今のところビーの行動にJJは対応し切れていないようで、ビーが押している状況だった。

 そうした中で、和義はこの場を離れた。それと同時に、光は非常階段のロックを一時的に解除した。そして、和義から非常階段に入ったといったメッセージを受けると、すぐにまたロックをかけた。

 これでJJの目的である、翔の所在を知る和義はいなくなった。そのうえで、光はビーとJJの対決に注目した。

 一見すると、様々な戦闘技術を持ったビーが、JJを圧倒しているようだった。ただ、JJはビーのことをよく見て、それこそ観察しているかの様子で、それが不気味だった。

 そんな心配をしながら見ていると、JJは意図的にビーと距離を取り始めた。そして、攻撃してはすぐに距離を取るといった、いわゆるヒットアンドアウェイを徹底し始めた。

 それから少しして、JJは軽く笑みを浮かべると、右半身を前に出して、右腕をブラブラと振り出した。

「あれは……?」

「さっき、和義が鉄也の真似をして、フリッカージャブを使ったんだ。そしたら、あいつもその和義を真似して、あんなことをし始めたんだ」

 ダークのメンバーからそんな説明を受けて、光は何か嫌な予感がした。

 JJは右半身を前に出す構えに変えたため、ナイフを持った左手はビーから見えづらい位置にあった。そのことをビーも何か不安に思っているようで、警戒するように距離を取った。

 そうして、お互いに一定の距離を保ったまま、しばらくの間、立ち尽くしていた。ただ、JJの方はどこか楽しそうで、余裕があるように見えた。

 すると、JJは距離を詰めると同時にフリッカージャブを放った。そして、ビーはグローブを使って、それを丁寧に弾いていった。

 次の瞬間、JJはナイフを持った左手側が前に出るよう、前後の足を一瞬の間に入れ替えた。その直後、JJが振ったナイフをビーはグローブで受けた。その際、グローブがナイフで切られ、中の綿が外に飛び出した。

 そのまま、JJはビーとすれ違いつつ、またナイフを振った。咄嗟にビーは身体をそらすようにかわそうとしたものの、かわし切れなかったようで、少しした後、脇腹が真っ赤に染まっていった。

「ビーさん!」

「大丈夫だ。まだ動ける」

 心配した様子で叫んだ速水に対して、ビーは険しい表情でそう答えた。

「もっと深く切るはずだったけど、上手くいかなかったぜ。あんた、ホントに強いんだな。おかげで、勉強になるぜ」

「勉強?」

「ああ、人を殺すにはどうすればいいかって勉強だ。ここ数日は、たくさんの実戦経験ができて、ホントに助かるぜ」

 JJは淡々とした口調だった。それを受けて、ビーは息をついた。

「俺が相手をするべきじゃなかったな。君は……あまりにも危険過ぎる」

「それじゃあ、続きをやろうぜ」

 このまま続ければ、ビーが無事では済まないだろう。そう判断して、光は動くことにした。

「待って! もうここに和義君はいないよ! だから、君の目的であるラン君の所在はわからないよ!」

 光が叫ぶと、JJはこちらに目を向けた。そして、和義がいないことを確認すると、わざとらしくため息をついた。

「それは、やられたぜ。でも、別にどうでもいい。もうグローブも使い物にならないだろ? だから、俺はあんたとも殺し合いがしたいぜ」

 そう言うと、JJは新たなナイフを取り出し、ビーの方へ投げた。

「あんた、ナイフも使えるだろ? だったら、殺し合いをしようぜ」

「純君、もうやめて! こんなのおかしいわ!」

 いてもたってもいられなくなった様子で、速水はビーとJJの間に立った。

「速水さん、邪魔しないでよ。速水さんが相手でも、容赦しないぜ?」

「……こうして会えて、むしろ良かったわ。もっとちゃんと純君と話したかったのよ。私は、純君が理解するまで、何度も言いたいことがあるの。これまでだって、純君は普通の人にはできないことができる、特別な人よ。殺し合いなんてしなくたって、特別な人なのよ」

「だったら、俺も何度も言うぜ。俺がしていることは普通で、誰でもできるぜ」

「私は、速球を投げたり、変化球を投げたり、そんなことできないわ。それだけで、純君は特別よ」

「そんなの、速水さんができないと思い込んでるだけで、普通の人でも簡単にできることだぜ?」

「できないと思い込んでいる人にとって、それは特別なの。少なくとも、私はそう考えているわ」

 速水の話を聞いて、JJは何か思うところがあるのか、少しだけ黙り込んだ。

 そうしていると、瞳が前に立った。

「横からで悪いけど、私からも聞きたいことがあるよ。純君は、何を追いかけているのかな? ……ううん、違うね。何を追いかけていたのかな?」

 瞳は、JJが抱えている問題に気付いた様子で、そんな質問を優しい口調でした。ただ、JJはどこか誤魔化すように笑った。

「俺から何を聞きたいんだ? よくわからないぜ?」

「今のあなたは、目標を見失って、どこへ向かえばいいかすらわからないまま暴走しているだけの、かわいそうな人だよ。いったい、何があなたをそうさせてしまったのかな?」

 そんな踏み込むような質問をして大丈夫だろうかと、光は不安を持った。ただ、JJは何か思うところがあるようで、少しだけ間を空けた後、話し始めた。

「俺にとってのサッカーは特別で、サッカーにとっての俺も特別だと思ってた。でも、そうじゃなかった。普通の人が、俺なんかよりずっと上手かったんだ」

 それは、唐突な言葉で、何を言っているのか、上手く理解できなかった。

「野球だって同じだ。さっき速水さんが言った通り、速球を投げたり、変化球を投げたりした時、これが特別だと思った。でも、先輩に話を聞いたら、体験入部の短時間でそうしたことをした人がいたらしい。そいつは、さっき言ったのと同じ普通の人だった」

 JJは、どこか怒った様子で、話を続けた。

「他のことだってそうだ。俺が特別になれると思ったら、全部普通だってすぐにわかって、俺がただただ普通なんだと悔しくなった。だから、俺は普通のまま、何でもやると決めた」

「純君、落ち着いて! それが殺し合いをする理由になっているなら、一度考え直して……」

 速水は、JJを宥めるようにそんな言葉をかけた。すると、JJは冷静さを取り戻そうとしているかのように、呼吸を整えた後、笑顔を見せた。

「ああ、殺し合いは、ホントに俺を特別にしてくれるかもしれないんだ。だって、TODで死んだ、緋山春来にもできなかったことだからな」

 その言葉に対して、速水だけでなく、ビーや浜中まで動揺した様子を見せた。

「……何で、そこで春来君の名前が出てくるのよ?」

「ありがとう。みんなのおかげで気付いたぜ。殺し合いをする俺は、やっと特別になれたってことだ」

「違うわ! 純君は……」

「絵里ちゃん、もうやめた方がいい。彼の説得は無理だ」

 そうした形でビーから止められて、速水は言葉を失った。

「絵里ちゃんに、これを渡しておく。俺が持っている知識や技術は、これに全部入っている」

 そう言うと、ビーはスマホを速水に渡した。

「新人の絵里ちゃんでは抱え切れないだろう。だから、光君や、さっきいた和義君……それに浜中さんなどに分けるといい。きっと、みんな有効に使ってくれるはずだ」

 そう言いながら、ビーはグローブを外すと、ナイフを拾った。

「ビーさん?」

「彼をこのままにするわけにはいかない。ここで俺が彼を殺す。ただ、勝てる保障はまったくない。だから、後のことは絵里ちゃんに任せる」

「何を言っているのよ? そんな……」

「絵里ちゃん、ごめん」

 そう言うと、ビーは速水の首元を攻撃して、気絶させた後、多少乱暴な形で光達の方へ投げた。

「後輩、ろくに挨拶もできなくて悪いな。ただ、腐ることなく、あの高校を変えてくれたことや、ライトを築いたこと、セレスティアルカンパニーの副社長として役割を全うしていること、全部俺は褒めたい。よくやったな」

「……待ってください。それはあなたのおかげです。そんな最期の言葉みたいなこと、言わないでください」

「いや、言わせてもらう。光君だけじゃない。みんな……特に浜中さん、絵里ちゃんのこと、頼んだ」

 そして、ビーはJJの方を向くと、ナイフを構えた。それに対して、JJは嬉しそうに笑顔を見せつつ、同じようにナイフを構えた。

 止めようと思えば、止められるはずだった。ただ、この時、この場にいた全員が、ただただ立ち尽くしてしまった。

 それから少しして、ビーとJJは、ほぼ同時に距離を詰めると、ナイフを振った。

 その結果、JJは左頬を切られたようで、赤い線が入った。

 一方、ビーは喉元を切られ、苦しそうに首を押さえながら、その場に倒れた。そして、ビーの周りには、すぐに血だまりができた。

 そんな光景を前にして、光達は何の言葉も出てこなかった。

 ただ、JJはビーに目を向けると、切られた左頬に触れつつ、複雑な表情を見せた。

「何が殺すだよ? あんた、俺のこと殺す気なかっただろ?」

 もう何の答えも返すことがないであろうビーに向けて、JJはそんな質問をした。それは、何の意味もないことで、どこか見ていて痛々しかった。

 それから、JJはビーが落としたナイフを拾うと、光達の方へ顔を向けた。

「まんまとやられた。興が冷めたし、もういいぜ」

 JJは失望した様子でそう言うと、特に光達に危害を加えることなく、外へ出て行った。

 このまま行かせてしまっていいのかといった疑問もあった。ただ、ビーとJJの殺し合いを止められなかった時と同じように、ただ見送ることしか光達はできなかった。

 そして、少しだけ時間が空いた後、光はどうにか頭を切り替えた。

「僕は和義君を追いかけるよ。何人か残って……浜中さんも速水さんのことを見てあげてください」

「うん、わかったよ」

「そこに休憩所があるので、利用してください。すいません、色々と話を聞くつもりだったんですけど……」

「落ち着いてからで大丈夫だよ。だから、行ってくるといいよ」

「はい、わかりました」

 そうして、光は二人ほどライトとダークのメンバーを残したうえで、奥へ進むことにした。

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