後半 17
和義は、セレスティアルカンパニーに到着すると、車を止めた。
そこには、既に到着していた数人のダークのメンバーだけでなく、ライトのメンバーもいた。
「和義、ハッキングを受けたって聞いたけど、大丈夫だったか?」
「まあ、ちょっと痛いけど、後は実物を見て確認するだけだったし、大したことないよ。それより、そっちの方が大変だったみたいじゃん」
「まあな。ああ、説明してなかったか? 使えなくなったスマホも多いし、何人かずつでグループを作ったんだ。それで、それぞれダークとライトのメンバーを混ぜつつ、一緒に行動してるんだ」
何でライトのメンバーがいるのかといった疑問が顔に出ていたようで、そんな説明を和義は受けた。
「鉄也の指示かな?」
「ああ、そうだ」
「なるほどね。考えたじゃん。てか、このまま鉄也と圭吾が一緒になってくれるといいんだけどね」
「それは難しいんじゃないか?」
「同感だね。ホント、二人とも頑固なんだから。周りから見れば、あんなに仲良しなのにね」
「それ、鉄也さん達に言うなよ」
「そこまでバカじゃないから、安心して。てか、こんなバカな話も終わりにして、サッサと中に入ろうよ」
「あ、待ってくれ。さっき聞いたんだけど、光がこっちにいないみたいなんだ」
「そういえば、家に帰ったみたいだね。でも、別に構わないよ。兄貴はいるだろうしね」
そうして、和義達はセレスティアルカンパニーに入った。
セレスティアルカンパニーの一階は、広場のようになっていて、小さいながらコンビニや飲食店もいくつかある。そして、エレベーターの近くに受付があり、そこで許可してもらえれば、奥へ進めるような仕組みになっている。
和義は、名前を言えば奥へ進める状態にしてもらっているため、真っ直ぐ受付に向かうつもりだった。ただ、広場の真ん中に立っている人物がいたため、足を止めた。
「おまえ、JJだよね? いや、神保純って呼んだ方がいいかな? こんな所で待ち合わせかな?」
「JJでいいぜ。そう言うあんたは、林和義で合ってるか?」
不意に自分の名前を呼ばれて、和義は動揺した。
「待ってたかいがあったぜ。あんたに聞けば、ランがどこにいるかわかるんだろ?」
「……俺だって、ランがどこにいるかはわからないよ」
「具体的な場所はわからなくても、候補は絞れるんだろ?」
何故、そのことを知っているのだろうかといった疑問を持つと同時に、翔達が潜伏している可能性のある場所を教えるということは、これまで用意していた潜伏先を全部教えることになってしまうため、絶対にできないという結論をすぐ持った。そのうえで、和義はどう答えるのが正解なのかと頭を働かせた。
「さっき色々あって、ラン達はすぐ移動できるよう準備してる。だから、行ったところで無意味だよ?」
「今よりかは会える可能性が上がるはずだぜ? だから、どこにいるか教えろ」
「そう言われて、教えるわけないじゃん」
「ああ、わかってるぜ。だから、こうするか」
そう言うと、JJはナイフを取り出し、それを和義の方に投げた。そして、JJ自らもナイフを持つと、構えた。
「話に聞いてた通り、殺し合いをしろってことかな?」
「殺しはしない。あんたを動けなくした後、話を聞かせてもらうぜ」
そう言いながらJJが不敵な笑みを浮かべたため、和義は寒気がした。
「和義、相手にしない方がいい」
「それはできないはずだぜ? この先に用があるんだろ?」
「わざわざ一人でやる必要もないだろ? 俺達があいつを止めるから、そのうちに和義は先に行け」
「別に全員いっぺんにかかってきていいぜ? でも、誰一人通さないからな」
このままJJのペースに合わせるのは、良くないだろう。和義はそう判断すると、決断した。
「俺が一人で相手をする。でも、このナイフはいらない」
そう言うと、和義はナイフを踏みつけ、そのまま床を滑らすように蹴り返した。そして、リュックからボクシンググローブを取り出すと、それをJJの方へ投げた。
「挑んできたのはそっちだから、俺達のルールに従ってもらうよ」
「これは……?」
「俺達がいつもやってる『ケンカ』だよ。ボクシンググローブをつけて、基本的に何でもありで勝負する。ただし、汚いことは禁止だ」
それから、和義はグローブをつけつつ、ルールの説明を続けた。
「ランは、この『ケンカ』が強くて、俺でも勝てる自信がない。だから、ランに挑戦したいというなら、俺ぐらいは倒せた方がいいじゃん?」
わかりやすい挑発かと思いつつ、和義はそう言い切った。それに対して、JJは笑った。
「楽しそうだから、その挑発、乗ってやるぜ」
そして、JJはナイフを仕舞うと、グローブをつけた。
「和義、大丈夫か?」
「大丈夫、任せておいてよ」
和義がこうした選択をしたのは、まずJJにナイフを持たせた時、こちらが束になっても勝てる自信がなかったからだ。また、ここに鉄也がいない今、ダークやライトのメンバーを自分が守りたいという強い意志もあった。それだけでなく、少なくともJJは慣れていないだろうケンカで自分が勝つことで、JJを止められるかもしれないといった期待もあった。
「それじゃあ、始めようか」
「ああ、いつでもいいぜ」
「じゃあ、行くよ?」
そして、和義は少しだけJJに近付くと、その場でターンした。
和義は、ダンスをベースにしたトリッキーな動きで相手を翻弄するスタイルだ。ただ、防御や回避に専念されるなどして、時間をかければかけるほど、見切られやすいということは自覚している。そのため、短期決戦で終わるなら、そうしたかった。
そうした理由で、何か相手の弱点などはないかと探したところ、JJの右腕に巻かれた包帯に目が行った。そのため、和義はターンすることで相手の注意を分散させると、そのままJJの右腕を狙って、回し蹴りを繰り出した。
しかし、JJは難なくそれを受けると、すぐに左手でパンチを繰り出し、結果的に和義はカウンターを受ける形になってしまった。
「狙いはいいぜ。でも、残念だったな。怪我は負ったけど、もう普通に動かせるんだ」
そう言うと、JJは乱暴に右腕を振り回した。
それより、和義はあっさりと反撃を受けたことに驚いていた。そのため、動きを止めると、改めてJJを観察した。
JJは、右半身を前に出した、サウスポーの構えだ。
普段、サウスポーの構えを採用している鉄也を相手に、和義は手合わせのようなことを繰り返してきたため、サウスポーを相手にするのは慣れているはずだった。
しかし、右利きの鉄也は、利き腕でフリッカージャブを繰り出し、それによってじわじわとダメージを与えるスタイルだ。一方、左利きのJJは、右手のジャブで牽制しつつ、左手で強烈なパンチを放つといったスタイルで、全然違う印象を持った。
「来ないなら、俺から行くぜ?」
どう相手をしようかと迷っている間に、JJが迫ってきたため、和義はどうにか反撃しようと蹴りを繰り出した。しかし、それは簡単にかわされて、一気に距離を詰められた。
和義の攻撃は、全体的に隙が大きいものが多く、距離を詰められると一気に不利になってしまう。そのため、苦し紛れにパンチや蹴りを出すことぐらいしかできず、一方的な展開になっていった。
そして、真面にパンチを受けたところで、和義は倒れてしまった。
「和義!」
そんな状態でいると、周りで見ていた仲間達が加勢してこようとした。
「待って! 俺はまだ負けてないから!」
ただ、和義がそう叫ぶと、仲間達は足を止めた。そして、和義は立ち上がると、息を整えた。
そうしていると、この騒動に気付いたのか、何人か警備員がやってきた。
「おい、何をやってる!?」
「邪魔が入ったな。少し待っててくれ」
そう言うと、JJはグローブを外し、近くに投げ捨てた。そして、ナイフを取り出すと、次々と警備員達の首を切りつけていった。
「俺が何とかする! だから、そいつの相手はするな!」
和義がそう叫んだものの、既に手遅れで、何人もの人が犠牲になってしまった。ただ、その光景を見て、新たにやってきた警備員などは、JJに向かうことなく、恐れた様子で立ち尽くしていた。
それを確認すると、JJはナイフを仕舞い、またグローブをつけた。
「それじゃあ、再開しようぜ」
「うん、再開しようか」
JJは、人を殺したことを何とも思っていない様子だった。そのことを怖いと思いつつ、和義はJJの相手を再開することにした。
「和義、無茶するな」
仲間達は、和義のことを心配している様子だった。そんな仲間達に、和義は笑顔を見せた。
「……鉄也みたいにはできないけど、ずっと見てきたからね。試させてよ」
そう言うと、和義は左腕をブラブラと振る、デトロイトスタイルに切り替えた。
サウスポーを相手にする時、まるで鏡を見ているかのような感覚を持つことがある。それは、普段鉄也と手合わせをする時、和義も感じていたことだ。また、何かを覚える時、左右を反転させた映像などを参考にしながら、同じ動きを再現しようといった練習方法もある。
そうしたことから、鉄也の構えをそのまま鏡に映したかのような格闘スタイルを、和義は自然と覚えていた。
しかし、鉄也ほどの実力がないことを自覚していただけでなく、既に鉄也の格闘スタイルを見た人にはほとんど通用しないとも思っていたため、ケンカなどで採用することはなかった。ただ、鉄也を知らないだろうJJを相手にするなら、多少なりとも有効かもしれない。そう考えて、和義は初めて実戦でデトロイトスタイルを使うことにした。
それに対して、JJは警戒した様子で、少しだけ足を止めた。そんなJJに対して、和義はじりじりと距離を詰めた。
そして、お互いに攻撃できる距離まで近付いたところで、JJがジャブを放ってきた。
そのジャブを和義は左腕を振ることで弾くと、すぐにまた左腕を振り、JJの顔にフリッカージャブを当てた。それは、和義の攻撃が初めてJJに当たった瞬間だった。
そして、和義は深追いすることなく、すぐに距離を取ると、また左腕を振った。
「それ、面白いな」
攻撃を当てたとはいえ、軽くジャブが当たっただけのため、JJはまだまだ余裕そうだった。それだけでなく、どこか楽しんでいるような様子を見せた後、右腕を下ろし、ブラブラと振り出した。それは、こちらの動きを真似しているようだった。
その瞬間、見よう見まねで自分や鉄也の動きを再現してしまった翔のことが脳裏に浮かびつつ、和義はまたじりじりと近付いていった。
しかし、ある程度の距離まで近付いたところで、今度はJJが一気に距離を詰めると同時に腕を振ってきた。それは、軌道の読みづらいフリッカージャブそのもので、和義は真面に受けてしまった。それだけでなく、JJは何度もフリッカージャブを放ち、和義は防戦一方になった。
そうしていると、不意にJJが左ストレートを放ち、和義はそれを真面に受けると、また倒れてしまった。
「さすがに、俺の勝ちでいいはずだぜ?」
「まだだ!」
和義はすぐに立ち上がったものの、脚に力が入らず、そのまま膝をついてしまった。
「まだルールがよくわからないけど、この状態のあんたを攻撃するのはいいんだよな?」
「ああ、問題ない」
「だったら、行くぜ?」
そうして、近付いてきたJJを相手に、和義は後ずさりをするようにして距離を取った。それは、完全に逃げの行為だったものの、少しでも負けるまでの時間を伸ばせればいいと感じていた。それほど、JJは強く、自分では勝てないという確信が和義の中にあった。
すると、和義を庇うように、仲間達が和義とJJの間に立った。
「さすがに見てられねえ。俺達も戦うからな」
「待って! 俺はまだ……」
「それじゃあ、ケンカってのは、もう終わりでいいよな? ここからは、俺のルールでいくぜ?」
そう言うと、JJはグローブを外し、こちらに向けて投げた。そして、先ほど仕舞ったナイフを取り出した。
「みんな、ナイフを持ったあいつを相手にしちゃダメだって! 殺されちゃうよ!」
「俺達は、それだけの覚悟を持ってる。だから、何があっても和義のせいじゃねえ」
仲間達が死ぬ覚悟を持っていると知り、和義は何も言えなかった。そして、まだ脚に力が入らなかったものの、どうにか立ち上がった。
「俺だって覚悟を持ってるよ。だから、みんなが戦うなら、俺も戦うよ」
そんな和義達に対して、JJは笑みを浮かべた。
「じゃあ、行くぜ?」
そうして、JJはゆっくりと近付いてきた。それは、和義達にとって、絶望そのものだった。
その瞬間、和義達の前に何者かが立った。前に立たれたため、その人物の後姿しか見えなかったものの、その分、銀色の髪が目に入った。
「若者が簡単に命を粗末にするな。ここは大人に任せろ」
銀髪の男性は、背を向けたまま、そんな言葉を伝えてきた。
「和義君、大丈夫かい?」
不意にそんな声が聞こえて振り返ると、そこには浜中がいた。
「彼女は、速水絵里さんだよ。純君の取材もしていた人で……」
「私の紹介なんていらないわ。それより、何で純君がこんな所にいるのかしら? いえ、違うわね。純君、こんなことやめなさい」
また、浜中の隣には、情報を共有してもらった際に写真などを見て知った、速水絵里もいた。それだけでなく、速水は厳しい表情でJJに詰め寄った。
「また邪魔が入ったな。速水さんが相手でも容赦しないぜ」
そう言うと、JJは向かってきた。しかし、銀髪の男性はナイフを持ったJJの攻撃をいなしつつ、JJを突き飛ばした。
「彼は、ビーさん……と言っても通じないよね」
「余裕がないから、俺が簡単に説明する。匿名希望で、ビーと名乗っている者だ。とにかく、純君の相手は俺に任せろ」
「関係ない人は出てこないで! これは俺のケンカだよ!」
また誰かが犠牲になってしまう。そんな不安から、和義はそう言った。
それに対して、ビーと呼ばれた人物は振り返ると、笑顔を見せた。
「だったら、代理で俺のケンカにさせてもらう。安心しろ。おまえ達がやっているケンカは、元々俺が光君に教えたものだ。だから、無関係ってことでもない」
そう言うと、ビーはJJが投げ捨てたグローブを拾った。
「グローブを借りる」
「もう、俺はケンカとかいうのに付き合わないぜ?」
「ああ、純君はナイフのままでいい。グローブだから不利というわけじゃないことを教えてやる」
そして、ビーはグローブをつけると、JJの方を向き、構えた。




