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TOD  作者: ナナシノススム
後半
250/284

後半 16

 速水と浜中は、ビーに案内される形で地下道を進み、途中で地上に出た。それから少し移動して、ある店に入った。

「今度はここで待機しよう」

「また、バーですか?」

「いや、ここはホストクラブだ。ここも今の時間は閉めてるから、好きに使える」

「やっぱり、飲み関係ではあるんですね」

「ここはいい。金持ちが集まるだけでなく、ホストを信用して他人には言わない話もたくさんしてくれるからな」

「守秘義務とかないんですか?」

 そんなビーと浜中の会話に参加することなく、速水はノートパソコンを取り出すと、ボイスレコーダーに録音された音声の確認を始めた。

 ただ、まず何の加工もしない状態で再生したところで、思わずため息が出てしまった。

「孝太君が何を言っているか、わかりそうかい?」

「まだ始めたところだから、何とも言えないわ。いえ……何とも言えない時点で、厳しいわね」

 月上から聞いていた通り、ノイズがひどくて、現状は誰かが何か喋っているという程度のことしかわからなかった。それでも、速水は諦めたくなかった。

「何とかやってみるわ」

 そうして、速水は音声を編集するソフトを起動すると、まずノイズキャンセルと呼ばれる処理を行った。これは、ソフトが自動的にノイズと思われる音を除去してくれるものだ。

 ただ、この機能を何度も使用したことがある速水としては、とりあえずやったというだけだった。そして、処理をした音声を聞いたところ、予想通りの結果になった。

「やっぱりダメね。全部ノイズという扱いになってしまって、真面に聞けないわ」

「そもそもの話として、真面に録音できていないようだな」

「それでも、どうにかするわ」

 それから、速水は音の周波数などを表示するソフトを使い、ノイズとなっている周波数の音だけ除去しようと試みた。しかし、孝太の声とノイズの周波数が同じのようで、それも難しかった。

 その後も、様々な形で音声の加工を繰り返して、どうにか聞き取れないかと試し続けた。そうしているうちに、冒頭の部分だけ音量が大きいことに気付いて、速水はある一定の音量以下の音を全部除去するような処理をした。

 そんなことをしたところで、断片的な声しか聞こえないだろうと思いつつ、冒頭だけは何を言っているのか確認できないかといった少しの期待を持ちつつ、速水は編集した音声を再生した。

「え? 今の?」

 そして、わずかながら、孝太の声らしきものが聞こえて、速水はさらに音量を上げた。それだけでなく、少しでも聞き取りやすくしようと、イヤホンを使って何度も聞き直した。そうして、何度も聞いた結果、断片的な孝太の声をどうにか聞くことができた気がした。

「孝太君が何を言っているか、わかった気がするんだけれど、先に二人も聞いて。それで、何て言っていると思うか、教えてくれないかしら?」

「ああ、わかった。浜中さんから聞いてもらっていいか?」

「あ、はい」

 そして、浜中とビーは順に音声を聞いて、それぞれどう言っていると思うか、確認してもらった。

「どうかしら?」

「一応、聞き取れたと思うけど……」

「だったら、浜中さんから言ってくれないかしら?」

「何で僕なんだい?」

「浜中さんだからよ」

「えっと……わかったよ」

 浜中は、苦笑した後、これで正しいのかと迷った様子を見せつつ、口を開いた。

「えっと、『美優と翔に伝えたいことがある』って言っていないかい?」

「俺も同じ意見だ」

 それを聞いて、速水は笑顔を返した。

「私も、孝太君がそう言っているように聞こえるわ」

「それじゃあ、同じ方法で他の部分でも何を言っているかわかりそうだね」

「いえ、そんな簡単じゃないのよ。これを聞いてわかったんだけど、孝太君は、普通に声を出すのも辛い状態だったんだと思うわ。だから、大きな声を出せたのは、この冒頭だけで……待って。ここでも大きな声を出しているみたいだから、同じように編集するわ」

 そうして、速水は音量が大きい部分をそれぞれ切り取りつつ、同じような編集をした。そして、孝太が何を言っているかわかった時、思わず涙が零れ落ちた。

「速水さん?」

「絵里ちゃん、大丈夫か?」

「ごめんなさい。孝太君、最期に遺言として……大切な人達にメッセージを残していたみたいよ。それに、この一番大きい音……銃声なの」

 そこまでかかわりがあったわけではないものの、孝太の話は篠田から多く聞いていた。そのため、速水も孝太についてはよく知っていた。

 そして、銃声の音は、恐らく孝太に向けられたもので、それによって孝太が亡くなってしまったということが簡単に想像できた。つまり、これは孝太の残した最期の言葉に間違いなかった。

 そうしたことが理解できた時、速水は上手く心を整理できなくて、ただただ涙が溢れてきた。そんな速水を見守るように、ビーと浜中は特に何も言うことなく、ただその場にいてくれた。

 そうして、しばらくして気持ちを落ち着けると、速水は涙を拭った。

「このメッセージ、千佳ちゃんに美優ちゃん、それと堂崎翔へ向けたものみたいよ。だから、絶対にこの三人に届けてあげたいわ」

「確かにそうしたいね。でも、そうなると、この音声の中には、特に重要な情報みたいなものはないってことかい?」

「いえ、それは違うと思うわ。冒頭で、孝太君は『美優と翔に伝えたいことがある』と言っているでしょ? それから少し空いたところで、みんなへのメッセージを言っているの」

「話すのがきつくて、間が空いたってことはないかい?」

「みんなへのメッセージ、千佳ちゃんへのメッセージが最初なのよ。それなのに、『美優と翔に伝えたいことがある』と言うのはおかしくないかしら? つまり、最初に美優ちゃん達に何か伝えた後、みんなへのメッセージを伝えたと考える方が自然よ」

 そう言いつつ、速水は間の音声について、改めて様々な編集をしてみた。その結果、断片的に何を言っているか聞き取れそうな部分があったものの、確信を持てるようなところはなかった。

「ダメね。美優ちゃん達に何を伝えたかったのか、どうしても聞き取れないわ」

「だったら、光君などにお願いしてみたらどうかい? 速水さんは、納得しないかもしれないけど、もっと聞き取りやすくしてくれるんじゃないかい?」

「子供じゃないし、変なプライドみたいなものはないわ。それに、千佳ちゃん達へのメッセージを届けるためにも、そうするべきでしょうね」

「そういうことなら、光君に連絡してみるよ。今は自宅にいるみたいだからね」

「ええ、お願いするわ」

 それから、浜中は光に連絡し始めた。その様子を横目で見つつ、速水は少しでも聞き取りやすくしようと、また音声の編集を試みた。そうして、千佳達へ向けられたメッセージについては、ほぼ完全に何を言っているか確認できた。

 孝太は、千佳達へのメッセージを伝えた後、身体を動かしたようで、ゴソゴソといった音が鳴っていた。そして、それから少しして、銃声が鳴り響いた。

 この銃声は、千佳などに聞かせない方がいいだろう。そんな風に考えて、速水は銃声の部分を消すように、メッセージの部分だけを切り取った。そうした作業をしていたところで、ふと手が止まった。

「そういえば、おかしいわね」

 そんな風につぶやいた後、速水は改めて音声を確認した。そして、孝太の最期のメッセージに、足りないものがあることに気付いた。

「……伝え忘れたとは思えないし、伝える余裕がなかった? ……ううん、間が空いているから、伝える余裕はあったわよね?」

「速水さん、光君はまだ自宅にいるみたいだけど、これからセレスティアルカンパニーへ行くそうだよ。だから、私達も向かおう」

 疑問は解決していなかったものの、浜中からそう言われて、速水は考えを中断させた。

「少しだけ時間をもらってもいいか? さっき監視カメラに映ってしまったし、別の格好になってから外へ出たいんだ」

「はい、光君がセレスティアルカンパニーに着くまで、しばらくかかるでしょうし、大丈夫ですよ」

「それじゃあ、奥で準備してくる」

「待って。私も、どこかで服を着替えたいわ。浜中さんも着替えた方がいいんじゃないかしら?」

「張り込みをしている時とか、何日も着替えないこともあるし、私はこのままでも大丈夫だよ」

「だから、刑事は不潔だなんて言われるのよ」

「そんなこと言われているのかい!?」

「ええ、そうよ」

 実際のところ、速水の個人的意見に近かったものの、浜中をからかう意味も込めて、修正はしなかった。すると、浜中は自らが着ている服の匂いなどを気にし始めた。

「恐らく、二人に合う服があったはずだから、用意する。それと、シャワーもあるから、良ければ使ってくれ」

「そんな勝手なことをしていいんですか?」

「ああ、何の問題もないから安心しろ」

「でも、そんなのんびりする時間はないはずよ? だから、着替えるだけでいいわ」

 そうして、全員で奥へ行くと、ビーと浜中が控室のようなところで着替える中、速水だけは更衣室で着替えた。

 ここはホストクラブとのことだったが、カジュアルな服も多く、それぞれがそれに着替えた。ただ、ビーはそれだけでなく、カツラを被るなどして、髪型も変えていた。しかも、それは銀髪で、パッと見ただけでも目立つものだった。

「ビーさん、その髪で行くんですか?」

「ああ、後輩に会うなら、その時の姿がいいと思ってな」

「後輩って、どういうことですか?」

「まあ、潜入取材をしていた際の、一時的なものだ。詳細は、その後輩が驚く姿を見ながら説明する」

 ビーが何を言っているのか、速水も浜中もわからなかったものの、特に深く聞くことはやめた。

 そうして、準備が終わると、速水達はその場を後にした。そして、またビーが案内する形で、地下道を進んでいくことになった。

「地下を進むだけで、どこにでも行けそうですね」

「行けそうでなく、行けるが正解だ。むしろ、地下道を利用しないと行けない所もあるぐらいだ」

「そうなんですか?」

「私も最初に知った時は驚いたわ。まあ、私はまだまだ知らないことばかりだけれどね」

 まだ新人ということもあり、速水は記者としての知識を持ち始めたばかりだと自覚している。ただ、それは悪いことというより、まだまだ知るべきことがたくさんあり、自分は成長できるといった希望になっている。

「いつも言っているけど、俺も全部を知っているわけじゃない。だから、大切なのは知ったつもりにならないことだ。この世に溢れている情報なんて、いくら調べても全部を知ることはできない。それなのに、多くの情報を得たからと知ったつもりになることが一番危ないんだ。実際、今日の地下はいつもよりも騒々しいように感じるけど、その理由はわからない。だから、警戒した方がいいかもしれない」

 ビーがそんなことを言ったため、速水は音に集中した。

 地下にいるため、様々な音が反響している。そうした音の中心は電車の音で、いつも聞こえているものだ。ただ、よく聞いてみると、その中にバイクや車の音が混ざっているように感じた。

「具体的な位置はわからないけど、ダークの本拠地が地下にあるという話もある。そこで何かあったのかもしれないな」

「そんなこともわかるんですか?」

「さっき言ったばかりだ。そうかもしれないというだけで、俺にはわからない。そして、わからないというのは、怖いものだ。そうした感覚を常に持っておくといい。反対に、怖いと思っていることについては、理解が足りないと考えて、とにかく知る努力を止めるな。今、知ったつもりになっているものを怖いと思っているなら、尚更だ」

 ビーが浜中に話していることは、速水なども過去に聞いたことだ。それは、ビーが少なからず浜中のことを認めて、自分の知識を少しでも多く共有しようとしているように感じた。

 そして、その後も簡単な話をしながら、速水達は地下道を進み続けた。

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