後半 14
圭吾は、突然やってきた可唯に、ただただ驚いてしまった。
「可唯、どうやってここがわかった? 教えてないはずだぞ?」
「わいは情報通やから、全部わかってんねん」
こうした形で、こちらの求める答えが返ってこないのは、相変わらずだった。
「そないなことより、わいが時間稼ぎするさかい、はよ逃げてや。わいでも、こいつに勝つのは無理やからな」
これまで、ダークとのケンカだけでなく、ライト内での手合わせを含め、可唯が誰かに負けたことは一度もない。そんな可唯が、悪魔に対して勝てないと言っていることから、改めて圭吾は悪魔の脅威を認識した。
「可唯には悪いが、俺も鉄也も真面に動けないから、すぐ逃げるってのは無理だぞ? それに、可唯を残して逃げる気なんて、俺にはない」
「別にゆっくりでええから逃げてや。圭吾と鉄也が逃げたら、わいも逃げるさかい、逃げてくれた方がわいは助かるで」
「それなら、鉄也を連れて、すぐに逃げろ。俺がここに残る」
「ふざけんな。ここはダークの本拠地だ。最後までここに残るのは俺だ」
「圭吾も鉄也も頑固やな」
そんな話をしていると、悪魔が可唯に向かっていった。そして、悪魔は可唯に向けて何度もナイフを振った。
それに対して、可唯は常に悪魔と一定の距離を取るようにして、攻撃をかわし続けた。それだけでなく、悪魔を圭吾や鉄也から離すように誘導していた。
しかし、悪魔は体格が大きく、リーチも長いため、確実に攻撃をかわそうとすると、大きく距離を離す必要があった。そのため、可唯は少しずつ追い込まれて、ついに壁を背にしてしまった。
「可唯!」
「わいの心配はええって。せやから、はよ逃げてや」
そう言いながら、可唯は背にした壁を勢いよく蹴ると、悪魔の攻撃をよけつつ、すれ違うように横を抜けた。
可唯の格闘スタイルは、一言でいえば予測不能で、とにかく相手を翻弄することに特化している。そして、隙を突いては攻撃を繰り返すことで、気付けば勝っているといった形だ。
ただ、悪魔には攻撃が通用しないと判断してか、いつもよりも回避に専念している様子だった。そんな可唯の動きに悪魔は対応できていないようで、何度も攻撃を繰り返すものの、当たらないどころか、まったく関係ない方向へ攻撃しているように見えるほどだった。
「圭吾、動けそうか?」
そうして可唯の様子を見ていると、鉄也がゆっくりとこちらにやってきた。
「そうだな……。動けはするといったところだ」
圭吾は、ゆっくり立ち上がると、そんな言葉を返した。
「俺も似たようなもんだ。それで、どうする? 可唯の言った通り、逃げるか?」
「俺はライトのリーダーで、可唯はライトのメンバーだ。逃げるわけないだろ。逃げるなら、鉄也一人で逃げろ」
「ダークの本拠地に最後まで残るのは俺だと言っただろ? それに、可唯がどうやってここを特定したのか、聞かねえと気が済まねえ」
「可唯に質問しても、適当な答えしか返ってこないぞ?」
「まあ、そうだろうな」
そんな話をした後、圭吾と鉄也はお互いに顔を合わせると、軽く笑った。
「もう一度聞く。圭吾、動けそうか?」
「ああ、動ける。鉄也はどうだ?」
「圭吾が動けるなら、俺も動けるに決まってるだろ」
「それじゃあ、可唯を逃がすため、協力してほしい」
「わかった。とにかくこっちに注意を向けよう」
そうして、圭吾と鉄也は、悪魔の相手をし続けている可唯の方へ向かった。
「可唯、俺達がここに残る。だから、おまえは逃げろ」
「せやから、圭吾達が逃げたら、わいも逃げるさかい、先に圭吾達が逃げてや」
「それはできない。俺は、ライトのリーダーだからな」
「俺も同じだ。ダークのリーダーとして、最後までここに残るのは、俺以外ありえねえ」
「ほんまに、圭吾も鉄也も頑固やな」
そう言っている間も、可唯は悪魔を相手に、攻撃をよけ続けていた。ただ、相手を翻弄する動きというのは、無駄に体力を消耗するようで、少しずつ疲れを感じている様子だった。
「可唯は下がれ。もう限界だろ?」
「圭吾と鉄也ほどやないで。せやけど、もう少し時間稼ぎをするなら……しゃあないな」
そう言うと、可唯は後ろへ下がり、これまでよりも悪魔から距離を取った。そして、右半身を前に出す、いわゆるサウスポーの構えを取った後、その場で軽く飛び跳ねるようにステップを踏み出した。それは、完全に脱力した様子で、無駄な力が一切ないように見えた。
そんな可唯を前にして、悪魔は少しだけ戸惑ったように固まっていたものの、すぐにまた向かっていった。
それに対して、可唯は悪魔の視界を塞ぐように、右手を開きつつ、真っ直ぐ伸ばした。そして、瞬間的に身体を横へ移動させる形で、悪魔の攻撃をよけ続けた。それだけでなく、悪魔の気を引くように攻撃を繰り返しているにもかかわらず、隙が一切ないため、一方的に攻撃できていた。
圭吾と鉄也は、すぐにでも悪魔を相手にするつもりだった。ただ、可唯の美しいとも思える動きに圧倒されてしまい、身体が動かなかった。
そうしていると、悪魔は可唯への攻撃を諦めたのか、こちらの方に顔を向けた。そのため、圭吾と鉄也は、ほぼ同時に構えた。
「来るぞ」
「言われなくてもわかってる」
ただ、悪魔が近付いてきたところで、可唯が悪魔の背中に攻撃を与えた。
「背中を見せるのは、あかんで?」
可唯の攻撃を受けて、悪魔の身体は大きくよろめいた。その様子は、単に攻撃を受けた人の動きというより、どこか機械が誤作動を起こしたかのような動きに見えた。
「いや、あかんのは、わいか」
その直後、可唯はそう言うと、いつもと違い、余裕のない表情を見せた。そして、次の瞬間、悪魔は体勢を立て直すことなく蹴りを繰り出し、それを真面に受けた可唯が吹っ飛ばされた。そのまま、可唯は叩きつけられるように近くの壁に激突した。
「可唯!」
「圭吾、さっきもそうだったが、あいつが着てる服、背中のどこかを攻撃すると動きがおかしくなるようだ」
「そうなのか?」
「わかってねえのかよ。さっき、圭吾が攻撃した時も、変な動きをしてただろ?」
「確かに、よろめいたようには見えたが……」
「たく、手探りで攻撃するしかねえな」
その間にも、悪魔は可唯の方へ向かっていた。それに対して、圭吾と鉄也は追いかけるように悪魔に迫っていった。
「とにかく背中を攻撃しろ」
「ああ、わかった」
そうして、圭吾と鉄也は悪魔の背中を何度も殴った。そして、背中の中心を殴った際、先ほどと同じように、悪魔が大きく身体をよろめかせた。
「そこだな」
「ああ、そうみてえだ」
圭吾と鉄也は、続けてその部分を攻撃しようとした。しかし、悪魔が不意に蹴りを繰り出してきて、それを二人一緒に受けると、吹っ飛ばされてしまった。
「あの体勢でも蹴りを出せるんだったな。ただ、背中への攻撃は有効みてえだ」
「有効といっても、足止めにしかならないけどな。まあ、それで十分か」
そうして、圭吾と鉄也は立ち上がると、また悪魔の方へ向かっていった。一方、可唯は立ち上がると、また右半身を前に出す、サウスポーに構えつつ、ステップを踏んだ。そして、また瞬時に身体を動かしつつ、悪魔の攻撃をよけ続けた。
圭吾と鉄也は、可唯に集中している悪魔に背後から攻撃を仕掛けようと、様子を伺いつつ、近付いていった。しかし、悪魔は背後にも意識を向けるようになり、なかなか近付くことができなかった。
そうしていると、車のエンジン音がこちらに近付いてきた。そして、そちらを確認すると、ダークのメンバーの一人が車に乗って、戻ってきたようだとわかった。
「迎えが来たみたいやな」
「鉄也、頼んでたのか?」
「いや、勝手に戻ってきたみてえだ」
それはワゴン車で、圭吾と鉄也の近くまで来たところで止まった。
「二人とも、すぐ乗ってください。それより、何で可唯がいるんですか?」
「その答えは、これから聞くとこだ。勝手に戻ってきて、命令違反だと叱りたいところだが……来てくれて助かった」
「わいは時間稼ぎするから、先に行ってええで」
「ふざけるな! 可唯も一緒に来い!」
そして、圭吾は半ば強引に可唯を引っ張り、一緒に車に乗った。
「早く出せ!」
「はい、わかりました!」
走り出そうとしたところで、悪魔から攻撃を受けて、後部座席のガラスが割れたが、それに構うことなく、車は走り出した。
しかし、既に周辺は迷路のようになっていて、行き来できない場所が多くあるため、ブレーキをかけながら、ゆっくりと進む必要があった。
そうした中で、後ろからバイクの音が聞こえてきて、圭吾達は振り返った。
「追ってきてるぞ?」
「さすがに、小回りの利くバイクの方が有利みてえだな」
「この距離で見ると、よくわかるな。ホントに、いいバイクだ」
「そんなこと言ってる場合じゃねえだろ!」
怒った様子の鉄也をよそに、圭吾は悪魔の乗っているバイクをよく観察した。
「随分とレアなパーツと交換したようだな。どうやって入手したんだ?」
「それより、この先に閉めるように言ったシャッターがあるはずだが、まだ閉めてねえのか?」
「はい、鉄也さん達を逃がすため、まだ閉めてないです」
「この距離だと、あいつを迷路に迷い込ませるのは難しいな。でも、大丈夫か? これじゃ、ずっと追跡を振り切れねえんじゃねえか?」
そんな鉄也の疑問を、圭吾も持っていた。それに対して、質問された者は、軽くため息をついた。
「……これからすることは、自分達で決めたことです。その……鉄也さんと圭吾さんに伝言があります。命令を聞かなくて、すいませんとのことです」
「どういうことだ?」
「命令を聞かねえって、何をするつもりだ?」
そんな疑問をぶつけたところで、圭吾は視界の端に入ったものに気付いた。
それは、物陰に潜むように隠れていた、数人の人物で、ダークのメンバーだけでなく、ライトのメンバーもいた。
彼らは、圭吾達が乗ったワゴン車が過ぎた直後、元々地面に敷いていた網を持ちあげつつ立ち上がることで、道を塞いだ。その網に悪魔は引っかかり、そのまま転倒した。
「おい、何をするつもりだ!?」
「ごめんなさい。ただ、こうしてでも二人を助けたいと思ったんです」
そうして、悪魔との距離が空いたところで、ワゴン車は止まった。その直後、その場に残っていた何人かがシャッターを下ろし、道が塞がれた。
「ふざけんな! まだ残ってる奴がいるだろ! すぐにシャッターを開けろ!」
「一度ロックをかければ、簡単に開けることはできないってわかってますよね?」
「あいつは銃やナイフを持ってた! だから、すぐに助けねえと……」
そんなことを鉄也が言っているところで、何発もの銃声が鳴り響いた。それは、シャッターを閉めていても、はっきりと聞こえた。
「鉄也さんと圭吾さんを逃がすため、一つのグループが残って、こうすると決めたんです。何度も言いますけど、命令を聞かなくて、すいませんでした」
そんなことを言われて、圭吾と鉄也は、何の言葉も返せなかった。
「シャッターを閉めたとはいえ、ここは危険です。すぐに離れましょう」
「……ああ、わかった。鉄也、行くぞ」
「圭吾は、これでいいのかよ!?」
「いいわけないだろ!」
圭吾が強い口調で叫ぶと、鉄也は驚いたような反応を見せた後、悔しそうに唇を噛んだ。
「……それぞれ、ここを離れろ。どこに集まるべきか、後で連絡する」
そうして、鉄也は先へ進もうと決心した様子だった。
「わいはやることがあるさかい、バイク借りるで」
いつの間にか、可唯はバイクを借りたようで、そんなことを言い残すと、すぐに走り去ってしまった。
「可唯、待て!」
咄嗟に圭吾が呼び止めたものの、可唯には聞こえなかったのか、そのまま行ってしまった。
「たく……勝手な奴だ」
「可唯のことはほっとけ。圭吾、俺達は行こう」
「ああ、わかった」
そうして、圭吾と鉄也は車に戻った。それから、それぞれが車やバイクを使い、その場を後にした。
その際、圭吾と鉄也は、残されてしまった者達のことを思いつつ、ただただ閉ざされたシャッターを見ていた。




