後半 12
浜中は、月上からどんな話があるか想像できず、上手く息をすることすら難しくなりそうだった。
「まず、TODについて知ったのは、ある暴力団に所属する人物からだ」
月上が暴力団と接触していたという話は、既に浜中も知っていることだ。ただ、そのことを本人から言われて、浜中は戸惑ってしまった。
「色々と話している中で、TODの話があったんだ。それで、俺はこのことを日下に伝えて、娘の手術費用を稼ぐ手段に使えばいいんじゃないかと提案した」
「月上さんから、提案したんですか?」
「これだけじゃない。浜中は知っているようだが、俺は暴力団などと繋がりを持っている。だから、違法な手段で金を稼ぐ方法を知る度、日下に提案していたんだ。だが、日下は正義感が強かっただろ? だから、それまでの俺の提案は全部拒否された」
「それでも、提案を続けたということですよね? 何で、そんなことをしたんですか?」
「正義だけじゃ何もできないと伝えたかった。まあ……日下を見ていると、俺を否定されているようで、許せなかったんだ」
これまで、月上が日下を敵対視しているようだということは、何となく感じていた。その理由が、このようなものだと知って、浜中は何も言葉が出てこなかった。
「TODに参加するのも、日下は拒否した。それだけでなく、そんなものがあるならすぐに止めるべきだと、上司に相談して、捜査を始めようとした。そうしたら……俺と日下は、さらに上の上司に呼ばれて、TODの捜査はしないよう、指示があった」
「どういうことですか?」
「俺も詳しくはわからない。ただ、その時からTODに関して、警察は何もできなかったということだ。それだけ上の人間がかかわっているのかもしれないな」
月上の言葉に、浜中は何も言えなかった。
「それで、日下は上司の指示を受けた後、TODにオフェンスとして参加することを希望したんだ」
「何でオフェンスだったんですか? まさか、日下さんは、ターゲットを殺そうと考えていたんですか?」
「そんなことないというのは、浜中の方がわかるだろ? 日下は、そうすることでオフェンスが減れば、ターゲットが助かる可能性が高くなると考えたんだ。そして、日下は抽選で選ばれて、オフェンスとしてTODに参加することが決まった」
日下がオフェンスとしてTODに参加した理由がわかると同時に、日下ならそうするだろうといった形で、浜中は納得した。
「ただ、ここで想定していなかったことがあって……志賀渚のことは、覚えているか?」
「はい、一年前、急に辞めた方ですよね?」
そう言うと、月上はため息をついた。
「ああ、そういうことになっているな」
「どういうことですか?」
月上が何を言っているのかわからなくて、浜中は繰り返し質問した。
「志賀は、俺と日下の会話を聞いていたようで、ディフェンスとしてTODに参加することを希望していたんだ。そして、志賀も抽選で選ばれて、ディフェンスとしてTODに参加することが決まった」
「そんなことがあったんですか? でも、どうして志賀さんはそんなことをしたんですか?」
「浜中が来る前のことだ。志賀がヘマをして、犯人を取り逃がしそうになった時、日下がフォローしたんだ。それから、志賀は日下のことを慕うようになって……恐らく、恋愛感情のようなものもあったんだろう。だから、日下に協力しようと、ディフェンスで参加したんだ。そして、賞金を得ることができたら、全額日下に渡すつもりだったようだ」
「待ってください。日下さんがオフェンスで、志賀さんがディフェンスで参加していたんだとしたら……」
「ああ、そうだ。どんな結果になっても、日下は賞金を手に入れられるようになったんだ。だが……日下は、そんな金などいらないと拒否した。日下らしいだろ?」
「……はい、私もそう思います」
「とはいえ、さすがに娘のことを最優先に考えていたし、それに悪いことをして得る金でもないからな。渋々といった形で、賞金を受け取ると約束してくれた」
それも含めて、日下らしいと浜中は感じた。
「そして、TODが始まった。この時、ターゲットである緋山春来を守るといった目的は、全員同じだった。だから、他の人も巻き込んで、さっき言った通り、もしもの時のため、彼の死を偽装する準備を進めていたんだ。死を偽装しようとしたのは、そうすることでオフェンスの動きを止めて、時間稼ぎができればいいと思ったからだ。そして、TODが終わった後、誤りだったことにして、彼を元の生活に戻すつもりだった」
一年前、月上や日下が何か行動していたことは、既に知っている。そして、緋山春来の死を偽装しようとしていたのではないかと推測していたが、それは正解だったようだ。
「俺と日下がそうした準備をしている間に、志賀はディフェンスとして、直接他のディフェンスや、ターゲットの緋山春来と接触した。そして、どういった状況か、都度報告してもらっていた」
「そうだったんですか?」
「当初あった報告は、これまでもTODにディフェンスとして参加していた者から、TODについて話を聞いたというものだった。それによると、これまでTODでターゲットが危険に晒されたことはなく、ほとんど何もしなくても、ディフェンスの勝利になっているとのことだった。だから、俺と日下がしていることは無駄になるだろうと思いつつ、それでも準備は進めていたんだ」
「実際は、緋山春来の家が放火されただけでなく、両親が殺害されて、何もしないまま、ディフェンスの勝利というわけにはいかなくなったということですね」
「ああ、そうだ。その後、すぐに志賀と連絡が取れなくなって、俺と日下は、どうにか緋山春来や志賀を捜すことに注力した。そして、数日が経った後、日下から、ある廃墟で緋山春来と会えたと報告があった。それだけでなく、その場で志賀の遺体を見つけたという報告もあった」
「待ってください! 志賀さんは、急に辞めてしまったと聞いていましたけど、それはどういうことですか!?」
浜中は、一年前に志賀が死んだという話を今知って、上手く受け入れられなかった。そんな浜中に、月上は険しい表情を見せた。
「どういうことかと聞かれれば、そういうことだ。その後、俺達は緋山春来の死を偽装しようと、行動した。その方法自体は単純で、建物に爆弾を仕掛けた後、そこに緋山春来が入った証明を何かしらかの形で残す。そして、隠し通路から逃げた後、建物を爆破するというものだ。そうすることで、建物の爆発に巻き込まれて、死んだことにするつもりだったんだ」
「実際、建物の爆発はありましたよね? それで、緋山春来を保護したんじゃないんですか?」
「俺達は、緋山春来を保護できなかった。それだけでなく、この件について、俺達は一切の捜査ができなくて、他の署が捜査することになった。だから、別人の遺体を緋山春来の遺体であるかのように偽装する準備も全部無駄になった」
月上は、そのことに怒りを感じている様子で、話を続けた。
「それだけでなく、志賀や、他のディフェンスなど、殺された人が何人もいるが、それらは行方不明のような扱いで、死んだという事実すら隠された。浜中が、志賀の死を知ることなく、突然辞めてしまったと思っているのも、そういう理由だ」
「人が亡くなっているのに、それすら隠したということですか!?」
「俺達がしようとしていた偽装が幼稚に思えるほど、もっと高度な偽装をした者がいるということだ。そして、浜中もわかっているように、TODがかかわっていると思われる事件について、俺達が何か捜査するのは、ほぼ不可能な状況を作られてしまった。それが現状だ」
捜査の妨害などを受けた時、それは月上によるものだと思っていた。しかし、妨害しているのはもっと上の存在で、月上もその犠牲者の一人だった。そのことを知って、浜中はあまりにも大きな敵の存在を感じた。
「だから、俺は浜中の味方になることはできない。あくまで、浜中が単独行動をしているという形で、この先も動いてほしい。といっても、今回のことをどうするか……」
「それなら安心しろ。もうすぐ、月上さんの偽物がここに来る。それと入れ替わればいい。俺達は、別のルートでここを離れるから、何の問題もない。まあ、浜中については、指示された場所に行ってもいなかったことにして、俺にも逃げられたと言えばいい」
ビーがそんなことを言うと、月上は苦笑した。
「浜中のこと、お願いしてもいいですか?」
「……わかりました。お願いされます」
月上とビーは、お互いのことを理解した、それこそ親友のような感じで、言葉以上の思いを伝え合った様子だった。
「あ、私も伝えたいことがあったんです。緋山春来は今……」
「何も言うな!」
緋山春来が堂崎翔として、今も生きている可能性を伝えようとしたところで、急に止められてしまい、浜中は固まってしまった。
「今、緋山春来が生きているのかどうか、俺は知らない。そして、知らないままでいいと思っている。これまで浜中を止めてきた理由の一つは、どういう形かわからないものの、緋山春来が生きているんだとしたら、その事実を明らかにしない方が、彼のためになると思ったからだ。だから、何も言うな」
「……わかりました」
「それと、これも話しておこう。元々、日下は賞金を受け取るつもりがなかったと言っただろ? だから、口座を新たに作って、それを俺にも共有していた。それで、当初は、獲得した賞金を勝手に使っていいと言ってきたんだ」
「そんなこともあったんですか?」
「だから、一年前に獲得した賞金を、日下の娘の手術費用として使えるよう、俺が動いたんだ」
日下の娘が手術を受けられたという話は、浜中も聞いていた。ただ、そのことに月上が深くかかわっていたと知り、色々と思うところがあった。
「それだけでなく、日下の意思を継ごうと、日下の名前を借りたまま、オフェンスでの参加希望を出し続けているんだ。そうすることで、オフェンスを減らせればと思ってやっていることだが……メールを確認する手段がなくて、毎回参加できたかどうかすらわからない状況だ。ただ、定期的に賞金は振り込まれていて……何もしないで金稼ぎができてしまっているわけだ」
「それじゃあ、今回のTODでも、オフェンスが一人減っている可能性があるんですね」
「その確認はできないがな」
そんな話をしていると、また誰かが入ってきたため、そちらに注目した。そこには、どこからどう見ても月上にしか見えない男性が立っていた。
「これは……?」
「俺も会った時は驚いた。というより、気味悪くなった」
「ビーさんの変装の師匠よ。変装の達人で、正体も素顔も、それに声すら私は知らないわ」
「彼が移動した経路も教えておく。さっき話した通り、適当に誤魔化してくれ」
そんな話をしている間に、その変装の達人と言われた人物は姿を変えると、何も言うことなく外へ出て行った。
「まるで幽霊みたいだな。まあ、俺はもう行く……いや、もう少しだけいいか? 急いで出たから、持ったままになってしまっていたが、丁度良かったな。これを渡しておく」
そう言うと、月上はテーブルに何かを置いた。それは、ボイスレコーダーのようだった。
「それ、私が孝太君に渡したものよ。何で持っているのよ?」
「そうなのかい?」
「元々は、篠田さんが使っていたものよ。特に孝太君の取材をする時に使っていたから、篠田さんが亡くなった後、私から孝太君に渡したのよ」
「月上さん、何でそんなものを持っているんですか?」
「TODの捜査は真面にやらせてもらえないからな。色々と他の署の者にも手を回して、現場に入ることになったら、何でもいいから遺留品などを持ち去るようにお願いしていたんだ。それで、これは高畑孝太が殺された現場に残されていたものだ。しかも、見つけた時、録音状態だったそうだ」
そんなものが残されていたことだけでなく、月上がそんなことを裏でしていたという事実も知り、浜中はただただ驚くことしかできなかった。
「ただ、俺も録音された音声を聞いたが、ノイズがひどくて上手く聞き取れなかった。だから、誰か信用できる人に頼んで、分析してもらおうと思っていたんだ」
「それなら、私がやるわ。前から動画を作ってSNSに載せる時、音声の編集とかもしていたし……私にやらせてください」
篠田のものだということからか、速水は強い意志を持った様子で、そう言った。
「ああ、任せる。それじゃあ、俺は行く。浜中、言っても無駄だと思うが、無茶するなよ?」
「はい、ありがとうございます」
そうして、月上は外へ出て行った。
「それじゃあ、俺達も移動しよう」
そう言ったにもかかわらず、ビーは出入口のドアの鍵をかけた。
「え、何で鍵をかけたんですか?」
「戸締まりは大事だからな。ここから地下通路を通って、外に出られるんだ。だから、俺達はそこを使って、監視カメラを避ける」
そんなことまでできるのかと感心しつつ、浜中はビー達に案内される形で、そこを後にした。




